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風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

あの夏を思い出せない

2016年07月11日 | 「新詩集2016」

  一滴の夏

水が魚になり
魚が水になる
水の記憶がしたたる夏
青い手のひらを泳ぎわたる
いっぴきの魚
きらきらと水を染めて
一滴の雫となった
あの夏

*

  少年の夏はどこへ

大きな捕虫網で
いっぴきの夏を追いかけた
少年の夢はなかなか覚めない

布きれで細長い袋をつくり
針金の輪をとおして
長い竹竿の先に括りつけていく
父の作業を見ていた
それでセミをとるのだと言う
父について林に入る
アブラゼミ
クマゼミ
ミンミンゼミ
ヒグラシ
まさにセミだらけの夏を
一網打尽にした
父とセミとりをしたのは
それいちどだけ
あれからあのいっぱいの夏を
どこへどうしたのだったか

窓を開けると
いっせいにセミの襲来
あの捕虫網はどこへやったか
青い風
白い雲
ドキドキしながら手をのばす
その先にセミの
透明な翅

*

  虫の夏

帽子と靴だけになって
おとうさんの夏はかなしいですね
おかあさん

虫もかなしいよ
と母はいう
虫は人になれないけれど
人は虫になれるという
両手と両足で地べたを踏んばる
体は緑色にふくらんでいるが
翅はまだ濡れている

胡瓜の種に嘔吐したり
ときには西瓜の夢にうなされても
青いままで生きつづける
幾度かの夕立のあとに虫たちは
黙って土に還ってしまうが
地べたを踏んばったままの母は
ことしも夏にとり残される

これが虫の夏さ
帽子も靴もありゃしない
すっからかん

おかあさん
いま帽子が何かしゃべりましたよ

*

  原始人の夏

耳を立てて
虹の匂いを嗅いでいる
そのとき
白い雲を背負って
ぼくらの原始人が現われる

原始人は血の匂いがする
ひそかに獣を食ったのかもしれない
あるいは体の中に獣がいるのかもしれない
おれは退化しつつある人間だ
と彼はいう
エクセルの操作も忘れた
もう敬語も使えない
ひげも剃らない

川岸にならんで小便をする
ひとりだけ毛が生えている
首がみじかくて猫背
歩くのも泳ぐのもにがて
だが古い時代を知っている

原始人はいう
水よりも青い夏の空は
トンボの世界だと
水から生まれて水に帰る
トンボの翅には大空の地図があると
だからトンボが川面に落ちると
ぼくらも空を見うしなう

川で生きる
石を投げて胡桃の実を落とし
殻を砕いて食べる
すべて石の作業だから石器時代だ
夏の原始人は
夏だけを生き延びる

夏の終わり
川は精霊の道となり
死者たちを送る
河童になった少年は帰ってこない
でも泣くな
きみらには秋がある
と原始人はいう
おれは夏が終ればいきなり冬だ
冬は裸では暮らせない

背中をたたく雨はやがて
美しい光の粒となって空に散る
川から生まれた虹は苔の匂いがする
空の橋をわたってゆく
日焼けした夏の背中が見える
うつむいて
横断歩道を渡るひとも見えた
猫背のままで
泳ぐような手つきで
公園の林へ消えてしまう
あれから
彼に会っていない




ヨーヨーおじさんの夏

2016年07月02日 | 「新詩集2016」


  おじさんの花火

ヒューヒューヒューと
おじさんは唇を鳴らしながら現れる
ドーンと叫んで両手を高くあげ
おもいっきり地面を蹴ると
おじさんの体は夜空へ舞い上がってゆく

闇に大きな花火がひらく
ぼくたちは
おじさんの花火が楽しみだった

おじさんは夜しか現れない
ビョーキだから痩せこけている
仕事がないから髭も剃らない
子どもも奥さんもいないようだ
そら豆のような唇を
ヒューヒューヒューと鳴らすのが癖だ

おじさんの花火はひと晩に一発だけ
空にあがったおじさんは
それきり戻ってこないからだ

おじさんは毎夜
ぼくたちのリクエストをきく
スターマインだ 牡丹だ 菊花だ
ロケットファイヤーだ ドラゴンマークだ
ゴールドショックだ 孔雀スパークだ
あれだ これだ
おじさんはかならずVサインするけど
おじさんの花火はいつも同じだった

もう花火は無理かもしれない
夏休みも終わる頃に
おじさんはさびしそうに言った
でもやってみよう
一発ナイヤガラに挑戦してみよう
おじさんはいつものように
地面を蹴った

ぼくたちはいっせいに夜空を見あげる
ナイヤガラはどんなだろう
けれども何も始まらない
ただ天の川がしずかに流れている

そのとき足元で
ヒューヒューヒューとかぼそい音がした
線香花火が弱い光を放射している
小さな小さな火の玉が
うるうるとしばらく浮いたあとに
ぽとりと地面に落ちて
消えた

そうして
ぼくたちの夏も終ったのだった

*


  つくつくぼうし

シュクダイ シュクダイ
セミが急きたてるので焦っている
ぼくの夏休み日記
河原のオリンピックが忙しかった
競泳に石の砲丸投げ
棒高跳びに三段跳び
飛び込みで頭を切った
血と汗の赤いメダルはそれだけ
ノートは真っ白
オシマイ オシマイ

シュク シュクと
その言葉の意味は知らない
ヨーヨーおじさんは
シュクシュクと草むしりをする
爪も指もみどり色
ときどき草の匂いを嗅いでいる
それがおじさんの癖
セミの死骸をいっぱい空に放ったが
おじさんの夏は終わらない

ツヅク ツヅク
セミは死んでも鳴いている
それが
ヨーヨーおじさんの詩の世界
昨日と今日と明日
続いているが続かない
続かないものを続けようとする
指についた草の匂いが
今日もおじさんを悩ませている
草はやっぱり生き続けてるんだと

ツクヅク イッショウ
ヨーヨーおじさんと墓参りした
ドードーおじいさんの一生
チワチワおばさんの一生
おじさんの愛犬ムクムクの石ころも一生
蚊に食われて草むしりする
水をかけて墓石を洗う
どれも四角い
一生はみんな同じ
一行だけ日記の文句が浮かんだ

ヨーヨーおじさんは片想い
セミにもアイアイ姉さんにも
透きとおった翅がある
姉さんはぼくの天使だから
ぼくにだけ見えるものがある
ときどき彼女は空に舞いあがる
おじさんは手を伸ばす
届かない
ツクヅク オシイ





風の中をあるく

2016年06月24日 | 「新詩集2016」


  風の中をあるく

     (『山頭火版画句集』秋山 巌)

この道しかない
「けふもいちにち風をあるいてきた」
ひとは揺れている雑草の
ふるつくふうふうだった

音は声となり
形は姿となり
匂いは香りとなり
色は光となるように

風景は風光とならなければならない
と山頭火は日記に書いた
風を追って
「風の明暗をたどる」

明と暗を
光と影を
版画家はいちまいの板に探り続ける
「何を求める風の中ゆく」

風の姿がなかなか見えない
化けものを観ろ
化けものを出せ
志功の言葉が化けものだった     (志功=棟方志功)

「さて、どちらに行かう風がふく」
風の中をゆく人の
風のことばを板にのこす
「この旅、果もない旅のつくつくぼうし」

とめどなく無骨に
風のことばを刻んでゆく
「べうべううちよせて我をうつ」
ことばは風に似ていた

         (「 」内は山頭火の句から引用)


*

  風のうた

     (『犬のおまわりさん』佐藤義美)

夕方の6時に
ミュージックサイレンが鳴る
愛らしくて淋しい
いぬのおまわりさん

カラスなぜ鳴くのではなく
赤トンボでもない
ゆうやけこやけでもなく
家路でもなかった

だからときどき
そのひとは迷子になった
古い山の道をだれも知らない
名前を聞いてもわからない

おまわりさんも知らなかった
逗子の海を愛した詩人を
帆とともに海の風になってしまった
60歳のヨットマン

どんなに滑走したとても
風よりのろいMISS YOSHIMI号
風のうたはピープー
カモメのうたはギイヨギイヨ

風はただ歌うだけ
海はひろい山はふかい
きょうも迷子が泣いている
犬のおまわりさんも泣いている

*

  風のおと

     (『荒城の月』滝 廉太郎)

風の音がした
ふり向くと誰もいない
古い家を出ていくひとの
いつかの靴音だったかもしれない

風に耳をすまし
音を探すひとかげがよぎる
23年の短い生涯の
3年だけこのまちに彼はいた

耳のふちを流れる
細い水路のせせらぎ
敷石を踏む下駄のひびき
すべてが風の音階となった

彼がきいた音がある
彼がつくった音がある
いまも消えない
うつくしい音がある

15歳で上京
東京音楽学校を首席で卒業
ドイツに留学したが病んで帰国
シューちゃんと呼ばれた日本のシューベルト

ラインの風が流れる
隅田川の春をうたった
新しい風の音をみつけて
みじかい季節を光で満たした

お母さん泣かないで下さい
ぼくには自分の寿命がよくわかる
ぼくの曲が歌われるかぎり
ぼくは生きているのですから

ホームに汽車が着くと
彼が作ったうたが流れる
ふるさとの風のおとを耳に残して
ひとはまた風の旅を始める





雨が降っている

2016年06月17日 | 「新詩集2016」


  天気予報

きょうは
新しい空に着がえた
とてもいい日になるだろう

雨上がりの風が
雲の影を明るくしている
行ったり帰ったり
道の向こうの
かすんだ記憶が
めくれている

夕焼けをみて
祖父は鎌を砥いだ
祖父の祖父は
刀で薪割りをしていたという

もはや5%の殺意もなく
父の遺品の剃刀で
ぼくは紙細工に熱中する

雨の予報は
30%だったのに
雲の形をうまく切り取れなくて
大切な空を濡らしてしまった

*

  雨の子ども

雨が降っている
雨が降ると私はいそがしい
家の中が子どもでいっぱいになる
空から降ってくるように
子どもがどこからか現れる
つぎからつぎと
家のすきまから入ってくる
いつのまにか子どもだらけになって
私のひざや腕の上やら
肩から首をつたって頭の上まで
そしてついには
私のまゆ毛にまでしがみついている
ああ助けてくれ
私はもう子どもは嫌いだ
もはや傘をさすこともできない

やがて雨があがると
子どもたちはいっせいにいなくなる
私はひとりぼっちになって
ただ青空に向かって
傘をひらいている

*

  あまだれ

あまだれが落ちるのを
じっと見ている
そんな日があった
そんな子どもだった

樋の下でふくらんで
まっすぐ地面に落ちてくる
あまだれが
1ぴき死んだ
あまだれが2ひき死んだ
あまだれがいっぱい死んだ

小さな涙のよう
息をとめて
落ちる瞬間が美しい
さよならをする
合図のようだった

おじいさんもさいなら
おばあさんもさいなら
雨あがりのおじいさん
どしゃ降りのおばあさん
茶がゆに卵やき
ちりめんじゃこに茄子の古漬け
うすぐらい土間の
足ぶみの石臼
みんな帰っていった

おじさんもさいなら
おばさんもさいなら
誰もみんな
かんたんな合図だけで
小さく光って小さく消えた
あまだれのさよなら

*

  雨がふり続いている

もう止まないかもしれない
そんな雨が降りつづいている
街も道路も車も人も
みんな水浸しになっている
ほんとに誰かが
大きなバケツの水をぶちまけたのだろうか
梅雨の終わりの最後には
雨の神さまがバケツを空っぽにして騒ぐんや
そう言ってた祖母はいまや雨よりも高いところにいて
ぶちまけた水で溺れそうになった父も
すでに雨の向こうへ行ってしまった

裏には山があり前には川がある
年老いた母はひとりぼっちで泣いているだろう
家財道具を2度も川にさらわれた
雨戸が流されてゆくのを呆然と見ていた父が
海釣りの竿が浮いているのを見つけて
慌ててどろ水のなかに飛び込んだ
がらんどうの家の中に残ったのは
壊れた冷蔵庫と釣竿だけ
あれから父は
黒鯛をなんびき釣っただろう

魚になって生きのびる
雨戸を閉じて母は川の音を聞いている
山の音を聞いている
誰も帰ってこないと嘆いているだろう
電話の呼び出し音が鳴っている
痛い痛いと腰を曲げたまま立ちあがる
急に起きたので貧血でぼんやりしているだろう
黒い受話器まであと数歩……
いやいやちがう
母もとっくに雨の向こうだったんだ
電話は鳴りつづけている
雨もふり続いている




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虫として生きる方法

2016年06月09日 | 「新詩集2016」


  てんとう虫

背中に負った
ななつの星が重すぎて
飛翔しても
飛翔しても落ちる
てんとう虫の
小さな宇宙

広くて大きなものの中で
あまりにも小さく生きている
てんとう虫の恍惚と不安

だから
落ちても落ちても飛翔する
宇宙の外へ
飛びだしてゆく

*

  虫の季節

草の匂いがした
土の匂いがした
水の匂いがした
山は崩落し川は氾濫した
うつむいて日陰ばかり歩いていたら
虫になってしまった

鳴くこともできず
飛ぶこともできず
交尾の仕方もわからず
それでも弱い人間なので
虫になれた

虫の一生は
ひと夏よりも短い
ひたすら太陽のしずくを吸った
いのちの味は甘美だった
風に翅を奪われると
虫たちは
ついと死んだ

生き残ったのは
虫になった人間ばかりだ
なつかしい日陰の匂いがした
やっと我にかえり
必死で脱皮しようともがいた

*

  ディスタンス

虫は
しゃくとり虫は
空へと伸びる木の高さを知りたい
木の動かないことを探りたい
遥かなものを
引きよせ引き離ししながら
木になろうとする

木の生長よりも早く
葉脈の先にたどり着いたあとに
なお宙空に伸びようとして
虫は
自らを測り損ねて
そのまま落ちてしまった

虫は自問する
私は私を測り終えたのか
私の労役は
一本の木として報われたのか
しゃくとり虫は再び
もとの木に戻り
もとの虫に戻った

*

  蜥蜴(とかげ)

人間になったときに
長いしっぽは捨てたはずだったが
ゆうべまた
しっぽが生えてきたので
もういちど蜥蜴になろうと決心した

体が楽になったのは
まっすぐで生きられるからだろう
草の川と 光の風をあびながら
縞もようの風景をすり抜ける

背中が陽に染まる
風に染まる
水に染まる
わきあがる色を吐き出したら
蜥蜴は
小さな虹になった

きゅうに地球がやさしくなる
そんな一日はきっと短い
目が覚めたら
地球の裂けめから這いだしていく
そのとき蜥蜴は
まだ蜥蜴の朝を知らないけれど

*

  蜻蛉(とんぼ)

赤いチョーク
のようなトンボが
風をひっかきひっかき
水平な目で
ぼくの背たけを測っている

よろこびとかなしみの
草の中から
朝ごとにトンボは生まれる
ぼくは大きくなっただろうか
ふと目覚めたように
新しいことばも生まれる

きょう
トンボは蜻蛉
ということばを知った
翅が濡れているので
まだ飛べない




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