夏の魚となって
醒めきらないままの
コップのなかに残された朝と
水を分けあう
ゆっくり水際を泳いでゆこうとする
小さな魚がみえる
夏のはじまり
草となり
ただ草となる
それだけの夏があることを
魚は知らない
水となり
ただ水となった魚は
水上の雲を砕かんとして
空へはじける
一瞬の夏を残して
*
秋の魚あはれ
朱色の葉っぱを頭にのせて
セコと呼ばれる河童が
川から山へと帰っていく季節だった
その道を
山から川へと帰っていく人もいた
その人は一枚の葉っぱが
魚に変身するのを見たという
美しい魚だった
エノキの葉っぱが魚になったので
エノハと名付けられた
川瀬の激しい落ち込みに
大きく竿を振って瀬虫を放りこむ
手元にぐぐっとくる動きを引き上げる
痺れたように身をふるわせて
あはれ銀色の魚体が
宙をおよぐ
一瞬の秋が落ちた
そのとき
釣り人の手に残されたのは
色あざやかな
一枚の葉っぱだった
*
ゆうがたの魚
ゆうがた
ひとびとの背がかなしい
ひとびとの背を超えてゆく
魚がかなしい
幻の水をしなやかに
幻の魚がおよぐ
ひろがってゆく無数の波紋
空と水を分けて
とつじょ失踪する魚の群れ
そのとき
満ちてくるものの
魚が超えるかなしみの深さへ
いそぎ帰るひとびとの
背中の水がかなしい
*
魚になる季節
魚になろうって
きみが言ったから
ふたりは全裸になって
水になった
魚になった
重たい水を押しひらく
きみの顔が泡つぶだらけで
いぼのある恐い魚にみえた
きみはわたしの足をつかんだまま
なかなか離してくれない
わたしは水を飲んで死にそうで
いくども息がつまった
弱った魚になって
ふたりは岸にあがり風を吸った
きみのおちんちんは小さくてまっすぐ
わたしは固くなった乳首がくすぐったい
きみはオスでわたしはメス
魚のような青いひらめきをした
膨らみかけたわたしの胸をみて
きみの目は泳いでいた
その時からきみは
魚になろうなんて言わなくなった
弱虫のきみは川をすて
わたしはたぶん
きみよりも強くなった
わたしは今でも
その川のそばで暮らしている
あれからいちどだけ
わたしは魚になったことがある
わたしのまわりのすべて
草のいろも花のいろも失われ
苦しくて苦しくて
わたしの小さな魚たちが
あぶくになって散っていくのを
ただじっと見つめていた