熊澤良尊 将棋駒工房

元将棋博物館顧問。将棋駒研究と制作。

JR加茂駅、徒歩2分。
見学訪問は、0774-76-5911へ。

目次

作品 文章 写真 販売品

光陰矢の如く

2013-10-31 05:03:14 | 写真
10月31日(木)、曇り。

10月も今日一日を残すのみ。
光陰矢の如くです。

昨日は午後から陽ざしが暖かく、ポカポカ。
小春日和のようでした。

昨日の仕事の進捗。
その映像です。


この書体文字の元々は、数年前にお嫁入りした自筆の書き駒。
それを「今度は盛り上げで」とのことで求められていたものです。
自筆筆跡の盛り上げナので、玉将・王将駒尻への「銘」をどのようにするのが良いか。
只今、考え中。

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久しぶりに、昨日の検索キーワード 上位20。
1 名駒大鑑
2 大局将棋 駒
3 平安時代 将棋
4 武者人形駒
5 天杉 曲げわっぱ
6 酔象 1 PV
7 水無瀬 タイヤ 
8 象牙 将棋駒  
9 将棋字母紙
10 将棋駒字母
11 根付 木地
12 熊澤良尊の将棋駒工房
13 熊澤良尊
14 熊澤 良尊
15 駒工房
16 古水無瀬
17 竜王戦
18 字母集
19 奥山 駒箱
20 醉象駒


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秋の御開帳

2013-10-30 05:29:00 | 写真
10月30日(水)、晴れ。

先ほどまで見えていた青空が無くなって、周り全体が霧に。

地元、木津川市にある名刹の数々。
この辺りは「山城(やましろ)」。
元々、奈良とのつながりは古く、奈良から見て、山の背中、やましろは「山背」。

で、秋の御開帳がすでに始まっています。








よろしければ、お出かけください。
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興福寺駒

2013-10-29 05:24:50 | 文章
10月29日(火)、晴れ。

好天気が続きます。
昨日、ある方から先日発掘された駒の記事とともに、手紙を貰いました。


手紙の主は、小生より一回り以上年上の歴史学者。
専門は、江戸時代の大和郡山藩史、あるいは幕末の志士・伴林光平の研究。
将棋好きで、25年来、親しくさせてもらっています。

その方の手紙で指摘されているポイントは、
  今回の駒も、駒の姿形、文字もよろしくない。
  出土駒は、安っぽい駒しか出てこないのはどうしてなんだろう。
  平安時代の貴族がこのような駒を好むはずは無い。
  そのあたりの突っ込みが、記事として不足している。
など、でした。

その部分の抜粋です。


これに関して小生も、ほぼおっしゃる通りの見方であると、次のようなことを電話で伝えました。
いかがでしょうか。
1、今回は、前回16~7枚の駒が出土したものと比べて、4~50年後のもののようだ。
  問題の「醉象」駒は、すでに発掘されていたものの中に、「醉象」と書いた木片が存在している。
  従って、新しい発見でもなく、「醉象駒」の存在が、従来より250年遡ると言うのは間違い。
  この時代、「酔象」を使った将棋が、普通に遊ばれていたという裏付けではある。

2、今回出土した駒は、文字は稚拙、材料もあり合わせの檜・椹など針葉樹のへぎの類で、駒の形も稚拙。
  「このような駒を平安時代の貴族が満足するはずはない」という見方には、同感。
  貴族の持ちものなら、もっと洗練されたものであったと思う。
  
3、出土した場所からして、恐らくは中層以下の庶民レベルの僧侶が自給自足した駒であろう。
  出土した4枚は、酔象のほか、歩兵・桂馬ともう1枚の種類は不明。
  他の新聞には、それぞれ写真付きでもう少し詳しく載っている。

4、駒の大きさのバラつき、あるいは大きさの逆転からして、大中小、数種類の将棋で使われた駒であろう。
  特に、「酔象の駒」は、桂馬や歩兵と比べると小さい。
  駒の枚数が多い将棋の駒の一枚一枚のサイズは、自ずと小さくなる。
  従って、例えば当時の「大将棋」などに使われた駒であったと思う。

5、適材適所と言う言葉があるように、平安時代でも、上等の駒には適材の「黄楊」が使われたと思っている。
  しかし、この時代の出土駒に黄楊の駒が出てこない。
  理由はあって、それは、黄楊が雨水とか腐敗菌に非常に弱い。
  伝世品なら耐久性を発揮するが、土中なら十年とか数十年でボロボロになってしまう。
  平安時代の遺跡では朽ちてしまうので、黄楊の駒が出てくることは考えられない。

6、ところが、4世紀とか5世紀の遺跡から「櫛」が発見されている例がある。
  資料には「材は黄楊」という説明があるものも複数ある。
  これについては、発掘担当者がそのように思いこんでよく吟味しないまま、そのように記したのだろう。
  発掘調査は、発掘は専門であっても、樹種鑑定の専門家でもない。
  しっかり調べ直せば、他の樹種と分かるはず。  

7、いずれにしても、前回と今回の奈良・興福寺旧境内からの発掘は、将棋と将棋駒の歴史を知る上で、貴重。
  前回は、将棋の好きで将棋史も研究している人であったのは、ラッキー。
  しかし、前回の発掘主任と今回の発掘主任とは違う人。
  今回、発表内容のコメントに根本的な疑義があり、将棋史の知識、二人の連携がどうであったか。
  報道陣も発表内容をそのまま書いているだけの感があり、突っ込み不足。

なお興福寺は、そもそもは春日大社と同じように、藤原家の安康のための寺社でありますね。     以上。


  
  



  
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マー君頑張った

2013-10-28 05:33:01 | 文章
10月28日(月)、晴れ。

朝晩は少し冷えるようになりました。
夜は放射冷却と言いますか、マイカーに霜がつく時節になりました。


昨夜は日本シリーズを見ながら、いつの間にか眠っていました。
夜中に眼を覚ましてどうやら楽天の勝ったのを知りました。
日本シリーズは、1-1。
試合は、2-1。
マー君、頑張った。

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今日の映像。
キーボードのボッチくらいの「愛」。
4~5年前だったか、6~7年前だったか。
その頃に作ったものです。

その裏。

瑞泉寺は富山の名刹。
寺の宝物殿に、古い駒が展示されています。
昔、僧侶たちが使ったのでありましょう、かなり古い駒です。

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三つ揃え

2013-10-27 05:03:29 | 写真
10月27日(日)、晴れ。

今日は久しぶりの青空になりそう。
昨日は午後からお天気が回復して、2組分の盛り上げ作業を再開。
桂馬、銀、飛車角それぞれの裏、と歩兵を少々。
映像は、その途中の様子。


書体は、自筆の文字。
本来は書き駒で、それは1年前に納めました。
その折に「同じ書体を盛り上げで」と所望されて、ボツボツと彫り進めていたもの。
書き駒と盛り上げ駒。
彫り駒を加えると、三つ揃え。

今回は、先週から盛り上げに着手。
お天気を見ながら、例によって裏の文字から始めています。
表は来週以降。
出来上がり予定は来月半ば頃でしょうか。





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今日の映像

2013-10-26 06:33:13 | 写真
10月25日(土)、くもり。

大型台風は、どうやら本土はそれる模様。
南海の御蔵島あたりは、ご用心。

今日の映像。

ちょっと工夫した便利グッズ。
盤は日本榧。
黒木碁石店より20年ほど前に購入した柾目の一枚板の平盤。
脚も同様です。
本体は、しっかりとした厚手の桐。
使わずにそのまま置いていたものです.
胴体を久しぶりに磨き直ししました。


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各紙記事

2013-10-25 18:29:47 | 写真






記事の中で、「最古の醉象駒・・」とありますが、この表現に違和感があります。

と言うのも、18年前に発掘済みの最古の16枚の「興福寺駒」とともに、「醉象」と書かれた習書木簡(文字を練習した木簡)が発見されています。
従って、この時点ですでに「平安時代に醉象の駒が存在していた」ことが分かっております。
と言うことで、「今回の発掘で醉象駒の年代が遡った」云々は誤りだと思うので、指摘しておきます。

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出土した「醉象」

2013-10-25 07:31:51 | 写真
昨日発表された「醉象」。
毎日新聞の記事を転載します。
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駒箱

2013-10-25 05:00:54 | 文章
10月25日(金)、雨。

台風が本土に近づいています。
その影響で、昨夜から雨。
影響が少なければ良いが・・。

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この間、ある方から駒箱の相談を受けました。
「持っている駒箱の内、タイトル戦で使ってもらうのはどれが良いか」との内容でした。

電話なので、実物は観られません。
所持しているのは、作者がAさん、Bさん、Cさんの3つ。
いずれも新品とのこと。

AさんBさんの駒箱は、これまでよく見たことが無いので良く分かりません。
Cさんは奥山さんと分かりました。
こちらは、桑の隅丸仕上げ。
で、「それなら間違いないと思いますよ。それにされたら・・」と申し上げました。

駒箱と言っても、いろいろなデザインと造りがありますね。
好みと感覚の問題でしょうが、中には駒箱らしくないモノもあって、どうかと思うものも散見します。
作者はわざわざ手間を掛けて細工して技術を見せようとするのでしょうが、かえって視覚的に邪魔になったり。

柳宗悦が言うところの「用と美」。
小生の好みはシンプルでスッキリした中に味わい深い木味の箱。
そんなのが良いと思うのです。
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再び最古級の駒

2013-10-24 17:21:31 | 文章
奈良・興福寺旧境内でまた古い駒4枚が発掘された。
その中に「醉象」「桂馬」「歩兵」が含まれている。
発掘したのは、前回と同じく、奈良県立橿原考古学研究所のチーム。
前回発掘されたところとは数百メートル離れたところ。
古今の大きさは、現代のものと比べてやや小さいと言う。
最大の関心は、この駒が最古かどうかということ。
この近くから「承徳二年」と書いた木札が出ているところから、最古とは言えない可能性もある。

このニュースは、数日前に洩れ聴いていたが、今日の17時ラジオで報道された。
多分、テレビでも映像で報道されるから注目です。

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映像は同じ「醉象」でも20数年前に推定復元したものです。
「醉象」の駒は、この時2枚作って、1枚は福井県の資料館に渡し、1枚は手元に置いたいたもの。
比較にならないが、1000年前をイメージして作ったものです。
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駒の写真集

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