熊澤良尊 将棋駒工房

元将棋博物館顧問。将棋駒研究と制作。

JR加茂駅、徒歩2分。
見学訪問は、0774-76-5911へ。

目次

作品 文章 写真 販売品

雪崩的

2009-08-30 20:17:20 | 文章
只今、開票が始まりました。テレビは一斉に速報。
与党が雪崩的崩壊。当然でしょうね。

当確者数では、朝日放送(テレビ朝日)が、NHKの倍くらいの速さで進んで居ます。しばらく、状況を拝見することにします。


只今、午後12時を回りました。
野党は、民主だけでも300を超えて、旧与党に対してダブルスコア。数字だけ見れば恐ろしいほどです。

政権をとった上は、これまで以上に普通の日本になるように頑張ってもらわなければなりませんネ。
来年は参議院選挙もあります。
課題は、山積です。
日本がどのように変わるか、1年間ぐらいは、じっくり見させていただくつもりです。

では、寝ることにします。
明日の新聞を楽しみにしています。
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近作

2009-08-30 19:52:51 | 作品
銘を「兼成卿写」としました。
ベースは、古水無瀬です。
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江戸時代の将棋盤

2009-08-29 19:51:59 | 文章
8月29日(土)、晴れ。

今日の駒サロンは、江戸時代の将棋盤についてでした。
最近、名古屋工業大学の永田さんという方(女性)が、主に江戸時代の文献から集めた将棋盤についての論文を戴きましたので、今日はそれを下敷きにして、小生なりの解説をさせていただきました。

永田さんは、将棋盤の寸法や様式に関して記述がある文献27種類ほどを集めて、それぞれに記してある将棋盤について、将棋盤の種類・大きさなどを網羅的にリストアップされています。

種類では、大将棋盤・中将棋盤・小将棋盤とありますが、小将棋盤に限って言えば、縦横の寸法では何通りかの違いがあり、①14.44寸x13寸のもの、②13寸余りx12寸のもの、③12寸x10.66寸のもの、の3通りあることが示されています。ただし、史料文献には孫引きや孫孫引きも多いので、文献の数は余り考慮に入れるべきではありません。

現在の小将棋盤の定寸(本寸盤)は12寸x11寸ですので、3通りとも、現在とは少しズレがあります。

文献では、例えば「長さ(縦)1尺2寸にして9目に割り、広さ(幅)1目狭くして9つ目にすべし・・」とあるのですが、その記述してある言葉だけをベースにして幅寸法を計算すれば、
「12寸ー12/9寸=10.66寸」となるのですが、文献には書かれていない盤の周りの耳の幅を考慮する必要があります。
耳の幅は0.3~0.35寸程度ですので、幅サイズは
「12寸ー(12-0.7)/9寸=10.74寸」が正しいと思います。

盤の厚さについては、文献では、1.8寸から2.5寸とあります。
盤の厚みは時代とともにだんだん厚くなってくるのですが、小生の持っている「延宝8(1680)年」のカヤの小将棋盤の厚さは2寸7分ですので、1.8寸というのは100年くらいの時代のズレがあるようです。

ヤヤコシイことを書いてしまいました。
では、また。



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訃報

2009-08-27 19:23:43 | 文章
英国人社長が「日本の悪しき伝統には、これ以上耐えられない」と言って、1年あまりで自ら退職したニュースの続きです。

この場合の日本の悪しき伝統とは「単身赴任」です。
単身赴任は、ある程度以上の規模の会社なら、結構普通の事として、社員の何パーセントかの該当者が居ると思います。

単身赴任は、江戸時代の武家では普通のことでありました。
参勤交代が始まったのは江戸時代初めですが、妻を帯同して江戸に行けるのは、殿様のみ。お付の家老以下は皆、単身赴任でした。
単身赴任は、その頃からかと言えば、そうではありません。日本人は辛抱強いのですね。
平安時代、否、奈良時代の頃からあった訳です。

「防人(さきもり)」の制度は、664年に作られたと言います。
防人は、国土防衛のために東国や近畿など各地から、北九州の地へ送られて任務に当たる人たちのことですが、万葉集には防人が詠った歌が沢山残っています。
こんな歌もあります。

ーーー藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君ーーー

これを詠ったのは大伴四綱と言う人。多分、今で言う官僚の一人でしょう。

「今、ここでは藤の花がたわわに咲き誇っているのを見るに付け、都に残したあなたのことを思ってばかりいる。寂しいことです」ということ。

遠く単身赴任の地で、3年間交代で帰れる日を待ちわびる切ない歌です。

辞任した英国人社長は、日本の悪しき伝統のこんなこともご存知だったのかどうか。若し知っておられたのなら、大変な日本通ですネ。


訃報です。
石川県の塩井さんと泉野さんから、電話とブログのコメントで連絡を戴きました。

陶芸の人間国宝・徳田八十吉(正彦)さんがお亡くなりになりました。
大変な将棋ファンで、何年か前までは石川県で行われる将棋タイトル戦の盤駒は徳田さんが提供されることが多かったそうです。

以前、お持ちになっていたタイトル戦用の「静山作・錦旗書」でしたか、漆が飛んでしまって、ご指名で修理を頼まれたことがありました。

飛んでいたのは4枚ほどでしたが、1つでも漆の飛んだ駒は、多かれ少なかれほかの駒も漆が次々と飛んでしまうので、一旦、全部の古い漆をはがすところからやり直しました。
従って、駒の漆は全部、新しくなりましたので、文字も小生流に変わっています。

「玉将」の側面には、そのときの年号と小生が修理した旨の文字を、直ぐには分らないけれども、読めば読めるように彫り付けておきました。
そんな思い出があります。

数年前に体調を崩されて、一時は元気になられてお会いしたのですが、昨年からまた調子を崩されているとの話を聞いていました。
ご冥福を祈ります。
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クワガタ

2009-08-26 20:55:26 | 文章
8月26日(水)、朝は晴れ、そのあと曇る。

気温、湿度とも低く、カラッとして涼しい1日でした。
仕事は1組盛り上げ直前の磨きをしてから、36枚の裏面を盛り上げました。
結果は明日の朝ですが、多分上手く行ったように思います。

写真は、今朝見つけたクワガタです。
後ろにピントが合って、ちょっとアトピンです。
名前は、多分「ヒラタクワガタ」ではないかと思うのですが、どうでしょうか。
よしずで作ったフェンスのところに、活発に動いていました。

顎の力は結構ありますね。
気を許していて、指先を挟まれて「チカっ」として、飛び上がりました。


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対局場風景

2009-08-24 02:40:12 | 文章
8月24日(月)、天気不明。

先ほどウトウトして、チャンネルを廻すと、田原総一郎のテレビに党首たちが出演して、激論を戦わしていて思わず見入ってしまい、完全に眼が覚めてしまいました。

あと一週間で、日本の政治が変わるかどうかの結論が出ます。
それぞれ自分たちの善いこと、耳障りの良いことを言っていますが、要は信用できるかどうかということです。
眼くらましの言葉にだまされてはいけません。

誰が信頼できるか、どこが信頼できるかを、国民一人一人が賢くなって見抜かなければいけません。

30日には必ず投票に行って、意思表示をしなくてはなりません。
ここ1週間で「国民の命運」が決まります。




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百人一首

2009-08-23 20:00:06 | 文章
框の板で出来た古い百人一首。
入れ物の箱は、漆塗りの桐製。蓋に揚葉の蝶が描いてあります。
「清少納言」とあるのは読み札。この裏に上の句が書いてあります。
取り札の裏は、ブランクです。


明日、所用で上京します。
ブログの更新が出来るかどうかです。
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対局室の風景

2009-08-23 19:58:04 | 文章
対局室、対局後の風景です。
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雲が多いです

2009-08-23 12:33:14 | 文章
8月23日(日)、晴れ。

晴れてはいますが、朝から雲が多いです。
午前中は工房にて仕事の続き。「古水無瀬」を磨いています。

写真は、廊下から眺めた対局後の感想戦風景。
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只今帰りました

2009-08-22 00:18:51 | 文章
8月22日(土)、雨降ラネドモ、天気ノ詳細不明。

先ほど、昨日の23時過ぎ、尾崎さんの車で加茂の工房に到着。
ほかの皆さんと、冷たい水と熱いコーヒーで、しばし小休止していただきました。
日付が変わる頃、皆さんは帰路、四日市に向け出発されました。
四日市までは、あと2時間ほど。安全を祈って送りだしました。


王位戦5局目は、125手で深浦王位の勝利。
終局後は、対局室での感想戦を小一時間見学し、使用していただいた「宗歩好」
を」受け取ってから、現地を発ち、鳴門絵・淡路島・明石大橋を経由して帰ってきました。

現地でのこぼれ話は、追々書きます。

写真は、5局に使用された「宗歩好」です。
では、また。
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駒の写真集

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