熊澤良尊 将棋駒工房

元将棋博物館顧問。将棋駒研究と制作。

JR加茂駅、徒歩2分。
見学訪問は、0774-76-5911へ。

目次

作品 文章 写真 販売品

ATC

2010-02-28 19:32:57 | 文章
2月28日(日)、晴れ。

昨夜は、日付けが変わった2時に就寝。7時に起床。8時40分にATCに出かけました。
ATCといっても、「自動列車停止装置」ではありません。
大阪限定のローカルな話ですが、最近は、大阪府庁の移転問題でかなり有名になりました大阪南港埋立地に建つ大きな近代ビルです。

この11階で将棋と駒のイベントがありました。
時間的な余裕を見て、出発したものの、カーナビに打ち込む電話番号も分からず、何せ2年ぶりなので、カーナビを使わずに間違わずに到達出来るかどうか。
かすかな記憶を頼りに何とかたどり着くと、時計は9時30分。

我が家から車で50分。結構近いところです。
展示品は、駒が4組ほどと、製作用の駒木地が10組あまり。それに、駒の文字書き。
これは「書」をされるKさんとSさんにも筆を渡して書く練習をしていただきました。

只今、どっと睡魔が来襲。
ブログは途半端ですが、中断して逆らわず寝ることにします。

では、また。





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金沢

2010-02-27 23:59:02 | 文章
2月27日(土)、曇り。

あと1分で2月の晦日。
「棋王戦」は、久保棋王の勝。終局を見届けてから、尾崎さんの車で帰ってきました。
金沢には、デジカメを持っていましたが、ボストンバッグに入れたまま。1枚の写真も撮っておりません。

昨日は、北陸先端科学技術大学院大学「飯田教室」を訪ねたあと金沢へ。
大学院大学では、3人の若い研究者にお会いして、研究内容をお聞きしました。
内、一人は日本語「ペラペラ」のフランスの若い人(お名前は明日、名刺を確認して書き込みます)。

金沢着は17時。
対局場所の北国新聞社ビルを確認して、グランドホテルにチェックイン後、前夜祭に。
何人か顔見知りの関係者から「明日の駒は良尊作」と教えられました。
塩井さん所蔵の駒です。

日にちが変わりました。
明日も早いので、風呂に入って寝ます。「おやすみなさい」。
では、また。
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展示会の準備

2010-02-26 06:41:05 | 文章
2月26日(金)、曇り。

もうすぐ、雨が降り出しそう。
昨日の最高気温は、24℃。
今日は、どのくらい。一気に夏日なのでしょうか。

さて、大阪での展示会の準備。
準備する主なものは、各種駒木地、駒書き実演のための根付木地。
細かなところでは、そのための漆と筆、書くときの台。これは、長年使い慣れたもの。
そのほか、めがね、筆洗い用の菜種油、書き終わった駒を入れる蓋つきの木箱、テイッシュなどなど。
販売品としては、「駒木地」のほか、上物の「桐の駒箱」や「駒袋」をどうするか。

なお、「駒木地」は、別途「玉将」をひと山。これは、バラ売りです。

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漢字の「京」のような「オリムピック」のロゴマーク。あれがチョッと気になっています。
見方によれば「雪灯篭」のようでもあり、何か日本的な形ですが、あのマークは何から来ているのでしょうか。

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久々の写真は、塩井さんに頼まれて製作した象牙製「水無瀬駒」の写し。
大きさと文字は、400年前の水無瀬駒に倣っています。
今回は40枚一組でなく「玉将」一枚のみ。重さはこれひとつで約34グラム。

駒尻には、その言葉と製作年の3行。
裏に書いた5文字は、写真ではぼやけていますが、塩井さんが大切にしている言葉「仁義礼智信」。

28日の展示会で、ほかの「塩井コレクション」と共に展示してくれるそうです。
駒の表と裏、それに駒尻まで見られるとよいのですが・・。


ではまた。
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字母紙16種

2010-02-25 19:31:20 | 文章
2月25日(木)、晴れ。

今日も気温は20℃近く、4月の陽気になりそう。
最近、駒づくりをするようになった方から、以前「販売品」としてお知らせした字母紙について問い合わせいただきました。

そこで[業務連絡]
「16種類の字母紙セット」は、まだ在庫があります。
FAXで用件と連絡先電話、送り先などお知らせください。
価格は、1セット1600円プラス送料です。

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将棋チェスト

2010-02-24 06:40:10 | 文章
2月24日(水)、曇り。

カーリングは、残念ながら予選敗退。
映像に写った眼。
数日前にアメリカに逆転勝ちした時は鋭く、昨日と今日はちょっとその射るようなところが無く、ちょっと違うことを感じました。

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[事務連絡]

「将棋チェスト」がまもなく出来上がります。
ご注文の皆様には、個々に連絡していますが、未着の方はお知らせください。


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スキージャムプ

2010-02-23 07:00:12 | 文章
2月23日(火)、晴れ。

オリムピックは中盤を過ぎて、連日、テレビ画面を見ながら心の中で応援しています。
強烈なのは「スピードスキー」だったか4人で走る新しいスキーの種目。
しかし、あれは過激すぎて日本人向きとは思えない気がします。

ちょっと残念なのは、「スキージャムプ」の5位。
葛西選手。良く飛んだ。たいしたものです。
若手の皆さん。次は頑張ってね。
ソレニシテモ、岡部さんは、お気の毒。一度でもいいから飛んで欲しかった。
「判官びいき」です。監督もつらい選択だったろうと思うのですが・・。

思うに、世界のトップと比べ、日本のそれはスキーの底がやや外向きに傾斜しています。
素人ながら、水平に近いほうが、浮力がつきやすいと思うのですが・・。

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日中は19℃。暖かいというより、暑かったくらい。
運転免許更新に行ってきました。
今年から「ITカード免許証」に変わりました。
世の中、何でも「IT」に変えればいいというものかどうか。メリットが分かりません。

まあ、1億3千万人の2/3が免許証を持っているとして、9千万人分の需要が約束されているわけで、これも公共事業の一環でしょうネ。

「源兵衛清安」の彫り埋めが、まもなく出来上がります。
出来上がったら写真でご覧いただこうと思っています。

では、また。


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豆本の世界

2010-02-22 05:03:53 | 文章
2月22日(月)、晴れ。

只今、女子カーリング対ロシア戦の9対9の延長戦。
どうなりますか。

昨日岐阜県の方から、「豆駒」について速達で問い合わせ。
中には、手紙とともに脚付きの小型盤と「豆駒」の写真が同封されておりました。
そして、「豆本」も収集されているとのことでした。
「豆本」は小さいのは、手のひらに収まる位のものから1ミリにも満たないものもあるそうで、小さいにもかかわらず、装丁等が凝ったつくりになっているものも多く、好事家の収集対象になっています。

■■■只今、日本の勝利が決まりました。見事です。■■■

小生が「豆本の世界」と出会ったのは30年前。山形県酒田市の佐藤公太郎さんをお尋ねしたときです。
佐藤さんは、竹内淇洲さんの愛弟子。
その前に、ご子息・竹内六朗さんとお会いして、六朗さんの紹介で佐藤さんを尋ねました。目的は、本間美術館に収められている「錦旗姉妹駒」と、佐藤さんが所蔵されている駒を拝見することでした。

このとき佐藤さんから、ご自分が作られた「錦旗の駒」や、明治時代の実話を書いた「露西亜船遭難記」なる豆本(いずれも名刺ほどの大きさです)をいただいて、この世界のことを知りました。
この2冊の豆本は、現在も大切に所蔵しています。

さて、岐阜県の方からの手紙では、「豆本をはじめ小さいものが好き。将棋の道具も何軒かの店に聞き合わせたりして2組の「豆駒」を盤とともに買ったが、駒は満足するものでは無く、たまたま小生のブログ写真の豆駒を知って、作ってもらえるだろうか」との問い合わせでした。

小生の「豆駒」が、果たして満足いただけるかどうかは分かりませんが、とにかく次のようなことをお話しました。
1、オーダーメイドなので盤の大きさが決まっておれば、駒はそれに合わせて作ります。
  ご希望なら「カヤ盤」も一緒に作ります。
2、文字は、小生の肉筆の書き駒です。
  希望により盛り上げも作りますが、既存の文字のときは、ご相談で。
3、値段は木地にもよりますが、普通サイズの盛り上げ駒の1/3ほど。
  ご予算や希望は遠慮なくおっしゃってください。
4、(これは、言い忘れましたが)納期は2ヶ月くらい。
  木地整形も小生がします。  

と言うことで、手持ちの盤の升目のコピーを送ってもらうことになりました。
充分吟味したいい材料で「豆駒」を作りたいと思っております。

■■■カーリング。日本は「3勝2敗」。予選突破に向け希望が高まりました。■■■
只今5時40分。もう一眠りします。
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この1週間

2010-02-21 22:58:45 | 文章
2月21日(日)、曇り。

雲の中に僅か青空が見えています。
1割以上なら「晴れ」と言うんでしょうが、微妙なところです。

今から仕事場に入ります。
昨日は殆んど外出。今週火曜日は地元の警察で「免許更新の講習会」。金曜日は「金沢」行き。次の日曜日は、大阪のATCで展示会があります。
それまでにやるべきことは、済ませておかなければ・・と言う思いです。

そうそう。一昨日のNHKラジオでは、実際に告知されたかどうかは確認しておりませんが、「展示会」告知を依頼しておきました。
その展示会では「駒根付」を使っての「漆書き」を披露します。
時間は多分午後になるでしょうが、ブランクの駒に「王将」とかを一筆書きします。
希望者には、裏に「名入れ」もします。
ただし、漆が乾くまでに1日2日掛かるので、お渡しできるのは1週間先です。

ソレニシテモ、このブログへのアクセス。
普段の訪問者数は300人前後、アクセス数600くらいですが、昨日一昨日とアクセス数が1300件を超えています。
何故なんでしょうかネ。

では、また。

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山の端

2010-02-20 18:34:25 | 文章
2月20日(土)、晴れ。

今日はこのまま快晴になるんでしょうか。
山の端がほの赤いグラデーション。寒そうな朝です。
万葉集に、奈良の奥・大宇陀の「カギロイ」の歌がありますが、「カギロイ」とは近い現象かも知れません。
昨日は、車の中で「銅メダル」を聴きました。
男子フィギャでは初めてとか。「転倒しなかったら・・金」かも。
ソレニシテモ、メダル獲得は良かったです。

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昔、勤めていた会社の上司が亡くなって、今日、お葬儀に行ってきました。
お名前は「西羽潔さん」。
ひょっとすると、ご存知の方も居るかも知れません。
2005年の暮れに「戦争を語り継ごう」というブログを立ち上げて(このことは本人から聞いてはおりましたが・・)、メーリングリストなども整えて、全国にその思いを発信し続けておられました。

近年は、旧日本兵の遺品が米国のオークションで、売り買いされている現状を知り、現地に住む日本人の友人と連携して、収集した遺品を、遺族に戻す運動もされ、ニュースや新聞でも取り上げられておりました。
その報道は小生も見たりしたことはあって、そのときは「厚生省は何もしていないのは、どうしたことか・・」と憤ってい他のですが、よもや元上司の西羽さんがなさっていとことは、不覚にも知りませんでした。

3年前に「胃癌」が発覚、余命1月と宣告されていたそうですが、その間も治療の傍ら、精力的に各方面に出向いたり、活動を続けておられました。
式場では、その様子を録画したNHKニュースが披露され、初めて「立派なことをされていたんだ」と知った次第です。

先月末、急速に体調が悪化して癌が肝臓に転移していたことが分かり、一月を待たずお亡くなりになりました。

再度ブログ名を示しておきます。「戦争を語り継ごう」です。
享年76歳。合掌。

ところで、葬儀は「仏式」でもなし「神式」でもなし、まったく宗教色の無い形式でした。
中央に「華美でない祭壇」。
その上には「慰霊写真」。
先ずは、弟さんの「追悼の詞」。学友の「追悼の詞」。
そのあと、天井からスクリーンが降りてきて、生前の活動の一端「NHKニュース(2つ)」が映し出されました。

続いて、親族の「献花」、参列者の「献花」。
アメリカで遺品収集活動をする友人から届いた、西羽さんの活動を讃え故人を惜しむ「メール」の披露がありました。

形どおりの「弔電」は、名前のみの読み上げ。
これは、参列者へ余計な時間を掛けないという、ご遺族の配慮だと思いました。
最後に、ご長男から「闘病生活と最期の様子」が語られて、以上で1時間。

小生が知る限りでは、大変洗練されて好感の持てるご葬儀でした。
では、また。
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JOBK

2010-02-19 20:38:57 | 文章
2月19日(金)、晴れ。

東の空がホンノリ明るいです。
南に見える町並みと田畑は霜で真っ白。空気が冷たそう。
そういえば、昨日もちょっと寒かった。
テレビでは「来週は、暖か」だと言っております。

本日17時15分過ぎから30分間。
もし機会があれば、ラジオ「NHK大阪第一放送」を聞いてください。
もうすぐ、対中国戦カーリングが始まります。
では、また。
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午後は、関西将棋会館と馬場町のJOBKに。
将棋会館では、共同通信OBの小林さんと、産経新聞OBの保坂さんが、別室で対戦中。
聞くと今日は夕方から「記者会」が開かれるとのことで、揃って来館。
二人は、昔からの好敵手同士。
小林さんとは、時々お会いしたり電話で話をしていますが、保坂さんとは1年ぶり。お元気でした。今年は「棋聖戦」のホテルニューアワジでお会いできるかどうか。それを尋ねるのを忘れました。
棋士室を覗くと、そうそうたる先生方や奨励会員が大勢。そう広くない部屋で、全部で15人くらいでしたか。

その後、JOBKに移動。
馬場町の角は、JOBKの旧館がすっかり更地になり、跡形もありません。
旧館は、子供のころからの思い出があります。
最初は誰かに連れられて「お父さんはお人よし」の録音スタジオ見学。
60年近く前のことですが、マイクの前に立つ花菱あちゃこ・浪速千恵子の姿を、おぼろげながら覚えています。
2回目は、小学5年生のとき。
小学校の男子合唱団が大阪府で優勝して、皆がBKスタジオに呼ばました。
録音が始まると、堪えていた咳が止まらず、私だけが途中で外に出されました。

3回目は高校生のときのアルバイト。
カラーテレビカメラ用のケーブル(細い線が100本以上入っています)コネクターを半田付けする仕事もここでやりました。
相前後して、電話交換機のセレクターと言う部品の半田付や、鉛管ケーブルの取替えもやりました。

今はその反対側に18階建ての新館が建っています。
ラジオのスタジオはその11階。
写真は、その風景。許可を得て撮影。向こう側がスタジオです。
帰りの車中では「あの時はこういう言い方をすれば良かった・・」と反省することしきり。

では、また。




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駒の写真集

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