情報によりますと、ある全国紙が、富山県には朝刊夕刊とも配送を取り止めて、その他の一部地域に対しても夕刊を配送しなくするとのことです。
あーあ、ついに来ましたね、’全国紙の崩壊の始まりです。
否、崩壊は既に始まっていたのです。
新聞関係者は、それに気がついてはいたはずですが、新聞休刊日と称して、朝の新聞がどんどん削られてゆく。
昨今のSNSが伸びて行く情勢下にあって、新聞関係者に問いたいのは、どれほどの努力をしてきたかである。
にもかかわらず、新聞休刊日を設けてさらにそれを増やし続けてきたのは、自らの手で自分の首を絞め続けてきたわけです。
頭の良い人は多いと思うのです。
ですが、やる気力と実行する力が伴わなければどうしようもない。
益々、崩壊が進みます。
ついにここに至ったことは、新聞好き愛好者としては、実に寂しく悲しいことであります。
7月17日(水)、晴。
雲は多いですが、空の色は梅雨明けの兆し。
本日の映像は、大橋家に残されてきた古文書の断片。
小見出しに
「先(さきの)宗桂より相伝什物の控」とあって、
一、将棋家宝 箱一組内に
小将棋勅筆ノ駒 一面(組)
同 水無瀬殿筆駒 三面
中将棋ノ駒 同筆 三面
小将棋ノ駒守幸筆 一面
同 栃ノ駒 二面
小将棋小駒 一面
(以下云々、省略)
とあります。
ここに書かれている一番最初の「勅筆(天皇が書いた筆跡、宸筆とも)」とある駒。
これが代々の大橋家で「伝・後水尾天皇直筆の駒」として引き継がれてきた駒のことを指しているのですが、駒は、昭和初期に木村名人が買い付けたのですが、昭和の終わりごろ、木村家からの鑑定依頼によって、正しくは水無瀬兼成筆の駒であることが分かりました。
以上、誤伝の基である大橋家の実際の古文書を、参考のためアップしておきますので、お確かめください。
なお、映像中「矢印」をつけているのは「守幸筆の駒」の部分です。