大木昌の雑記帳

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米朝首脳会談(1)―その歴史的意義は?―

2018-06-17 15:42:18 | 国際問題
米朝首脳会談の意義(1)―その歴史的意義は?―

このブログの2018年4月29日の記事は、同月27日に行われた南北朝鮮の首脳会談を、「歴史が動く
場面」と書きました。

しかし、6月12日の米朝首脳会談で私たちは、もう一つの「歴史が動く場面」を目の当たりにすること
になりました。

今回の米朝首脳会談について、「大枠だけで中身のない非核化でアメリカが妥協した」、「結局、トラン
プ大統領は北朝鮮の金正恩委員長にうまくやられた」とか「非核化の検証については、共同宣言では一言
も触れられていない」などなど、メディアでは首脳会談に否定的な評価を下す論調が目立ちます。

これらの評価は、間違ってはいませんが、「全体の文脈のなかで真相に迫る」という視野に欠けており、
このため、今回の首脳会談の歴史的な意義を正しく評価できなくさせてしまう危険性があります。

それでは、今回の首脳会談を戦後の歴史的文脈の中に位置づけると以下の3点が重要です。

①日本による朝鮮の植民地統治(1916-45)が、日本の敗戦によって終わる。
②朝鮮は南の大韓民国(韓国)と北の朝鮮民主主義人民共和国とに分裂
③朝鮮戦争(1950~53年)が終結し、休戦協定が国連軍22カ国(実態はアメリカ)と北朝鮮・中国との
 間で休戦協定が締結される。

ここで、国際法上朝鮮戦争は現在も継続中で、休戦状態にあることを認識する必要があります。

このため南北朝鮮は北緯38度線の休戦ラインを挟んで、現在、世界で唯一残る分断国家となっています。

なお、<韓国は休戦協定に調印していませんので、韓国と北朝鮮も国際法上では戦争状態にあります。

以上の歴史的背景を考えると、今年の4月27日に韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩氏が休戦ラインを
お互いに踏み越えて融和に向けて会談したことは、画期的な歴史的「事件」であったわけです。

敵対関係にあった南北朝鮮が融和に向かい、本当の終戦・平和条約を結べば、韓国を守るという名目で駐
留している在韓米軍が根底からその存在理由と根拠を失います。

もう一つ、文大統領はアメリカ軍による北朝鮮への軍事攻撃の余波で、韓国が北朝鮮から攻撃される事態
を何が何でも避けなければなりませんでした。

この意味で、4月の南北首脳会談は大成功であったと言えます。つまり、この首脳会談でアメリカは軍事
オプションというカードを使いにくくなりました。

また、今年の6月12日に、朝鮮戦争の主要な当事国アメリカの大統領と北朝鮮の金委員長が首脳会談を行う
ということは、南北朝鮮の首脳会談と並んで、あるいは世界史的にも大きな「事件」であったと言えます。

それでは、今回の米朝首脳会談はどんな文脈で実現したのでしょうか?

アメリカ・トランプ氏側には、北朝鮮が原爆と水爆の核開発に成功したのみならず、アメリカ本土まで届
く長距離ミサイルに核弾頭を搭載する技術をも成功させてことで、何とかその核の脅威を取り除かなけれ
ばならない、との国家的課題があった。

さらに、ロシア疑惑によってトランプ大統領に対する弾劾裁判が行われるかも知れないという個人的な問
題があり、何らかの成果を国民に見せて11月に迫っている中間選挙に勝ちたいという強い思いがあります。

今回の首脳会談は、トランプ氏にとって、これらの国家的要請と個人的問題を一挙に解決する絶好の機会
としてとらえていたと思われる。

さらに、もし、今回の首脳会談がきっかけとなって、戦後の大統領の中で誰も成し遂げられなかった朝鮮
戦争の終結への道筋をつけることができれば、ノーベル賞も全くの架空の話ではなくなります。

他方、北朝鮮の金委員長の側には、アメリカによる軍事攻撃の脅威を取り除き、それによって金体制の維
持をアメリカに保証させ、さらに北朝鮮の経済を苦しめている経済制裁を解除させることが、達成すべき
最大の目的でした。

ただし、北朝鮮とすれば、たとえ非核化を実現しても、本当に体制維持が保障されるのか、という不安は
残ります。

リビアのカダフィ氏のように、核を放棄した途端にアメリカその他の国の軍事攻撃を受け、最終的にはア
メリカに支持された民衆によって殺されてしまいました

リビアの二の舞を踏まないためには、体制維持を担保する何らかの方策が必要です。

そこで、金氏は、一方で中国と短期間に二度も中国を訪れ習近平中国共産党中央委員会総書記主席と会談
し、両国の緊密な連携をアピールしました。

その一方で、金委員長は、トランプとの会談を直前に控えた5月31日、ラブロフ・ロシアの外相と平壌
で会談しています。

つまり、北朝鮮は、中国とロシアという二大国が後ろ盾にあることを内外に示したことにより、アメリカ
による軍事攻撃を封じ、体制維持を二重・三重に確かなものにしようとしてきましたし、実際、これは大
きな意味を持ちました。

結論として、上に書いたように両者の思惑が一致して首脳会談が実現しと言えるでしょう。

以上の米朝首脳会談の文脈を念頭において、両国で文書として交わされた共同宣言を見てみましょう。そ
の要点は、前文と4項目から成っています。

「全文」トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全非核化
への確固で揺るぎない約束を再確認した。

確認した4点とは以下の通り。
1 米朝は平和と繁栄のため、新たに米朝関係を確立することを約束する。
2 米朝は朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を築く努力をする
3 2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認する再確認し、朝鮮半島における完全非核化に向けて努力す
  ることを約束する。
4 米朝は(朝鮮戦争の米国人)捕虜や行方不明兵士の遺骨収集を約束する。

共同宣言に明文化はされませんでしたが、当日の夕方に行われた記者会見で、トランプ氏は二つの重要な
発言をしています。

一つは、この夏にも予定されている米韓合同軍事演習を中止することです(注1)。その理由として、米韓
合同軍事演習は巨額の費用がかかる「戦争ゲーム」であり、今は、「北朝鮮に軍事的脅威をちらつかせる時
ではない」と語っています。

もう一つは、「朝鮮戦争は間もなく終わる」という見通しです。これは世界史を変えるかもしれない重大な
問題なので、別の機会に回したいと思います。

以上が、米朝首脳会談の文脈で、トランプ氏側の意図と北朝鮮が抱える問題と金氏側の交渉目標です。

ところで、首脳会談直後のアメリカや日本における反応は、一様に消極的、ないしは否定的でした。

その大きな理由は、「非核化」の中身について、完全で非可逆的で検証可能を条件としてながらも、共同宣
言では「検証可能な」(verifiable)という文言がないこと、いつごろまでにどんな手順で非核化を行うか
の具体性がない、ということです。

たしかに、検証の方法や時期についてはどこにも触れられていません。この点を記者会見で質問されるとト、
ランプ氏は、金委員長は帰国後すぐにその準備にとりかかるだろう、と答えています。

会談全般を通して、アメリカの議会はどちらかと言えば、成果に懐疑的ですが、一般の国民は、何はともあ
れ核戦争の脅威が去ったという意味で、55%が肯定的に評価しています。
して、弱まりつつあった支持率もじ半数以上の米国民は

不十分な点は多々ありますが、私は、今回の首脳会談は成功で意味があったと考えています。

第一に、朝鮮戦争後65年間も法的には戦争状態にあった米朝の首脳が直接会って話し合った、という事実
は、今後の極東における平和にとって、非常に良かったと思います。

第二に、半年前までは、アメリカは「斬首作戦」などという強迫的な名前の軍事演習をし、核実験と米国ま
で届くミサイルの開発を行ってきた両国の首脳があったことで、さし当りの戦争の危機を回避した意味は大
きいとおもいます。

第三に、検証の細部が詰められていない、との批判もありますが、両首脳が一対一で話し合った時間は、通
訳を通してわずか実質38分でした。この短時間に、細部を詰めるというのは、現実的で意味がありません。

今の段階では共通の目標や理念を確認し合い、大枠を決めることが精一杯で、それはとても大事なことです。

さらに、トランプ氏には事前に、非核化の細部にこだわると、会談そのものが壊れてしまうので、そこには
踏み込まないように、とのアドバイスがあったようです。

実際、非核化の検証というのは簡単ではなく、年月にして10~15年、費用は220兆円ほどかかると試
算されています。そのようなことを最初の会談で詰めることは不可能です。

今回の首脳会談で、得をしたのは北朝鮮だけで、アメリカは情報するだけだった、と主張する人がいますが、
それは必ずしも正しいとは思いません。

アメリカは、北朝鮮からの核の脅威を取り除くことができたし、演習の度に動かす艦船、航空機、陸上部隊
の巨額の経費も節約できる。

トランプ氏個人にとっては、国民の過半数が会談を評価しているので、11月の中間選挙に関して有利に作用
することが期待されます。

北朝鮮に時間稼ぎを許してしまった、と主張する論者もいますが、これも的を射た見解とは言えません。

なぜなら、金委員長がここまで積極的に米朝会談を臨んだのは、一刻も早く経済制裁を解いて経済を立て直し、
国民の生活を安定させなければならない、という切羽詰まった崖っぷちに立たされているからです。

アメリカの軍事的攻撃で体制が崩壊させられる脅威も大きいとは思いますが、これ以上国民の生活を貧困状態
にしておくことは、国民の不満が爆発し内部から体制崩壊が起こる危険性もおおきいのです。

いずれにしても、今夏の首脳会談は、世界の緊張を少しでも緩和したとことは大いに評価すべきです。

次回は、今回の首脳会談によって、日本がどのような状況に立たされ、今後どんな課題が待ち構えているかを
検討してみたいと思います。


(注1)これは後に、金氏が5月に中国で習氏にあった時、習氏が要請したことが分りました『朝日新聞 デジタル』(2018日6月17日)
  https://www.asahi.com/articles/DA3S13543996.html?ref=nmail_20180617mo

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なかなか珍しい白百合の群落  花言葉は「純潔」                                 アジサイは花の種類も色も多種多様です。花言葉は「移り気」「家族団らん」

  


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