ベースボールと「野球」:違うスポーツのよう?
2023年3月6日に大阪で行われたWBC日本代表チームの強化試合(対戦相手は
阪神)で、アメリカのロスアンジェルス・エンゼルス所属の大谷翔平選手が3番
指名打者で出場しました。
大谷の出場は大きな関心を集め、球場でもテレビの前でも多くの日本人が期待と
興奮に胸を膨らませて大谷の一挙手一投足をじっと見守っていましたのではない
でしょうか。
普段は野球中継をみることがほとんどない私も、この時はテレビの前に釘付けで
した。
第一打席では、思い切り大振りしましたが、バットは空しく空を切り、三振を喫
してしまいました。
やはり、強化試合とは言え、日本での初戦で、しかも時差ボケの影響もあり、ま
だ気持ちと体のバランスが整っていないのかな、と私は勝手に想像していました。
ところが、ランナーを二人おいた第二打席では、片膝を地面に着きながら、つま
り完全に体勢を崩されながらも、最後は右腕1本で、バックスクリーン横にホー
ムランを打ち込みました。
これには、現地で見ていた観客はいうまでもなく、テレビ観戦をしていた私や多
くの日本人は“度肝を抜かれた”のではないでしょうか。
大谷の前に2人のランナーがいたこと自体、なんとなく大谷の3ランホームラン
をお膳立てしたようで、昔のイチローに対する表現を借りると、大谷は“持ってる”
(運を持っている)選手だと感じました。
さらに第二打席でもふたたびランナーが2人出ていたので、ここでホームランを
打てば、二打席連続ホームランということになります。
しかし、いくら“持ってる”男でも、ここで再び3ランホームランはないだろう、と
内心思っていました。この時ピチャーが投げた球は体に近いインコース寄りでした。
テレビで見る限り、大谷は腕をたたんで、一見、詰まらされたようなバットの振り
でした。
私は直観的に、最後は失速してセンターフライに打ち取られたかな、と思っていた
のですが、何と、これもホームラン、しかも3ランホームランになったのです。
大谷自身も後で、この時のバッティングは完全ではなかったけれど、力でなんとか
ホームランにした、とインタビューに答えていました。
確かに、大谷の2打席連続3ランホームランは、文句の付けようがない素晴らしい
バッティングで、日本人として誇りたくなります。
しかし考えてみれば大谷は、アメリカプロ野球(NLB)でもホームラン王を競うほ
どのホームランバッターなのです。
もちろん、これには大谷のたゆまない努力があるとはいえ、やはり持って生まれた
才能(これだけは鍛えようがありません)と運が大きいと思われます。
ところで、今回の大阪での阪神戦では3打席2ホームラン、1三振、という結果で
した。偶然かもしれませんが、いかにもアメリカの「ベースボール」に合ったバッ
ティングだなあ、との感想を持ちました。
とにかく、来たボールに向かって思い切りバットを振る、当たればホームラン、当
たらなければ空振り三振、というダイナミックなバッティングがアメリカのベース
ボールにおける主流といってもいいプレイスタイルです。
この点を、昨年からシカゴ・カブスに移籍して、この春で1年プレーした鈴木誠也
選手にとってこの1年はどちらかと言えば不振の1年でした(打率0.262 ホームラ
ン14本)。
スポーツ記者のインタビューで、鈴木選手が日米の野球の違いについて聞かれて、
「日米の野球は、まったく違うスポーツだと感じている」と答えています。
彼は、アメリカのベースボールでは、送りバント(犠打)とか盗塁のような、細か
なプレーは重要視されていないとこを挙げています。
ちなみにアメリカでは、日本のような小技を駆使したきめの細かなプレイスタイル
を「スモール・ベースボール」と表現しています。
これを端的に表すのが、何本ホームランを打ったか、がバッターとしての優劣の基
準となります。反対に、「何回送りバントを成功させたか」、は評価の対象になり
ません。
犠打が上手い選手はこれは日本では大いに評価され「犠打の職人」と呼ばれます。
これらの細かなプレーも重視する日本の「野球」(日本で育ったベースボールを、
ここではあえて「野球」と表記します)からみるとアメリカの「ベースボール」は
いかにも大味で雑な感じがします。
これには、アメリカにおけるベースボールの歴史的背景があるのだと思います。ア
メリカのベースボールの特徴は、子供たちが楽しんだ「草野球」がそのまま大人の
世界に発展した、と要約できます。
つまり、アメリカのベースボールの原点は、投げて、打って、走ってというとても
シンプルな遊びが発展したスポーツなのです。
鈴木選手ははっきりとは言いませんでしたが、バッターとしてホームランを打つこ
とが期待されている、というプレッシャーがあったのかもしれません。
もちろん、アメリカの球界もファンも、ホームランだけを、あるいはピッチャーな
ら球の速さや三振数だけを優れた選手を評価するわけではありません。
このブログでも、以前、イチローがアメリカでなぜ高い評価を得たのかを4回ほど
詳しく紹介しました(注1)。
同じバントでもイチローが大リーグに移って初めて行ったバントは、相手の守備陣
形を見て三塁線ぎりぎりのコースを転がり、相手はファールになるかもしれずに球
の転がる様をじっとみているしかなく、結局安打となりました。
この絶妙のバントを当時のアメリカの解説者も絶賛しました。
また、シアトルの野球担当記者は、「誰もイチローのホームランを期待して観に来
るわけではない。イチローの何でもない内野ゴロが、彼の俊足でセーフになるかも
知れない、というそのスリルを味わいたいのだ」とも言っています。
彼が塁に出れば、まんまと投手のスキを突いて一塁から二塁へ、さらに二塁から三
塁へ盗塁を決めてしまうかもしれない、と観客はワクワクとスリルを味わった。
守りでいえば、2001年4月にライトの一番深いところから、三塁に地面すれすれの
レーザービームと言われた球を投げて走者をアウトにしてしまったこともありまし
た。当時、この送球は「全米を驚愕させた」、とまで言われました。
このほかイチローが2004年に打ち立てた、シーズン安打数262という記録は、
アメリカのベースボール史上70数年ぶりに記録を塗り替えています。
要するに、イチローは、バッター、走者、守備の全てにおいて、人々のスリルと感
動を与えたために、アメリアで高く評価されたのです。
上記のスポーツ記者は、イチローはアメリカのファンに、ベースボールがもってい
る新たな魅力と感動を改めて気づかせた、とも語っています。
私の研究テーマの一つである「文化交渉史」の観点からすると、イチローは、アメ
リカ生まれのベースボールに、日本の「スモール・ベ―スボール」の良さと楽しさ
を持ち込み、ベースボールを変えてしまったのです。
ただ、イチローは大谷と同様、天賦の才能と努力と運があったからこそ実現できた、
類まれな存在であることは確かです。
いずれにしても、今回のWBCには、これまで野球にあまり関心がなかった日本人
も大きな関心を寄せており、その関心の中心の一人は、大谷選手であることは間違
いありません。
ただ、私が個人的に注目しているのは大谷の他、実績のあるダルビッシュ投手と新
鮮な若侍といった感じの佐々木郎希投手です。
世界を見ればウクライナ戦争、トルコ・シリアの大地震、国内では物価の高騰など、
ますます軍事化を進める政府など、暗いニュースばかりです。
こんな世情の中で、嘘・偽りのないWBCというスポーツ・イベントは、私たちに無
条件の興奮と感動を与えてくれます。
これこそがスポーツという文化がもつ力なのでしょう。
(注)イチローの評価については、このブログの 2013年8月27日、9月1日、9月6日(以上、「イチロー
とアメリカ社会」)、2019年3月31日(「イチロー引退の衝撃:アメリカ社会はイチローの何を見て
何を評価したのか」)の記事を参照されたい。
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近くの「千本桜」(河津桜)は満開でした。 公園の梅も、今が盛りです。
2023年3月6日に大阪で行われたWBC日本代表チームの強化試合(対戦相手は
阪神)で、アメリカのロスアンジェルス・エンゼルス所属の大谷翔平選手が3番
指名打者で出場しました。
大谷の出場は大きな関心を集め、球場でもテレビの前でも多くの日本人が期待と
興奮に胸を膨らませて大谷の一挙手一投足をじっと見守っていましたのではない
でしょうか。
普段は野球中継をみることがほとんどない私も、この時はテレビの前に釘付けで
した。
第一打席では、思い切り大振りしましたが、バットは空しく空を切り、三振を喫
してしまいました。
やはり、強化試合とは言え、日本での初戦で、しかも時差ボケの影響もあり、ま
だ気持ちと体のバランスが整っていないのかな、と私は勝手に想像していました。
ところが、ランナーを二人おいた第二打席では、片膝を地面に着きながら、つま
り完全に体勢を崩されながらも、最後は右腕1本で、バックスクリーン横にホー
ムランを打ち込みました。
これには、現地で見ていた観客はいうまでもなく、テレビ観戦をしていた私や多
くの日本人は“度肝を抜かれた”のではないでしょうか。
大谷の前に2人のランナーがいたこと自体、なんとなく大谷の3ランホームラン
をお膳立てしたようで、昔のイチローに対する表現を借りると、大谷は“持ってる”
(運を持っている)選手だと感じました。
さらに第二打席でもふたたびランナーが2人出ていたので、ここでホームランを
打てば、二打席連続ホームランということになります。
しかし、いくら“持ってる”男でも、ここで再び3ランホームランはないだろう、と
内心思っていました。この時ピチャーが投げた球は体に近いインコース寄りでした。
テレビで見る限り、大谷は腕をたたんで、一見、詰まらされたようなバットの振り
でした。
私は直観的に、最後は失速してセンターフライに打ち取られたかな、と思っていた
のですが、何と、これもホームラン、しかも3ランホームランになったのです。
大谷自身も後で、この時のバッティングは完全ではなかったけれど、力でなんとか
ホームランにした、とインタビューに答えていました。
確かに、大谷の2打席連続3ランホームランは、文句の付けようがない素晴らしい
バッティングで、日本人として誇りたくなります。
しかし考えてみれば大谷は、アメリカプロ野球(NLB)でもホームラン王を競うほ
どのホームランバッターなのです。
もちろん、これには大谷のたゆまない努力があるとはいえ、やはり持って生まれた
才能(これだけは鍛えようがありません)と運が大きいと思われます。
ところで、今回の大阪での阪神戦では3打席2ホームラン、1三振、という結果で
した。偶然かもしれませんが、いかにもアメリカの「ベースボール」に合ったバッ
ティングだなあ、との感想を持ちました。
とにかく、来たボールに向かって思い切りバットを振る、当たればホームラン、当
たらなければ空振り三振、というダイナミックなバッティングがアメリカのベース
ボールにおける主流といってもいいプレイスタイルです。
この点を、昨年からシカゴ・カブスに移籍して、この春で1年プレーした鈴木誠也
選手にとってこの1年はどちらかと言えば不振の1年でした(打率0.262 ホームラ
ン14本)。
スポーツ記者のインタビューで、鈴木選手が日米の野球の違いについて聞かれて、
「日米の野球は、まったく違うスポーツだと感じている」と答えています。
彼は、アメリカのベースボールでは、送りバント(犠打)とか盗塁のような、細か
なプレーは重要視されていないとこを挙げています。
ちなみにアメリカでは、日本のような小技を駆使したきめの細かなプレイスタイル
を「スモール・ベースボール」と表現しています。
これを端的に表すのが、何本ホームランを打ったか、がバッターとしての優劣の基
準となります。反対に、「何回送りバントを成功させたか」、は評価の対象になり
ません。
犠打が上手い選手はこれは日本では大いに評価され「犠打の職人」と呼ばれます。
これらの細かなプレーも重視する日本の「野球」(日本で育ったベースボールを、
ここではあえて「野球」と表記します)からみるとアメリカの「ベースボール」は
いかにも大味で雑な感じがします。
これには、アメリカにおけるベースボールの歴史的背景があるのだと思います。ア
メリカのベースボールの特徴は、子供たちが楽しんだ「草野球」がそのまま大人の
世界に発展した、と要約できます。
つまり、アメリカのベースボールの原点は、投げて、打って、走ってというとても
シンプルな遊びが発展したスポーツなのです。
鈴木選手ははっきりとは言いませんでしたが、バッターとしてホームランを打つこ
とが期待されている、というプレッシャーがあったのかもしれません。
もちろん、アメリカの球界もファンも、ホームランだけを、あるいはピッチャーな
ら球の速さや三振数だけを優れた選手を評価するわけではありません。
このブログでも、以前、イチローがアメリカでなぜ高い評価を得たのかを4回ほど
詳しく紹介しました(注1)。
同じバントでもイチローが大リーグに移って初めて行ったバントは、相手の守備陣
形を見て三塁線ぎりぎりのコースを転がり、相手はファールになるかもしれずに球
の転がる様をじっとみているしかなく、結局安打となりました。
この絶妙のバントを当時のアメリカの解説者も絶賛しました。
また、シアトルの野球担当記者は、「誰もイチローのホームランを期待して観に来
るわけではない。イチローの何でもない内野ゴロが、彼の俊足でセーフになるかも
知れない、というそのスリルを味わいたいのだ」とも言っています。
彼が塁に出れば、まんまと投手のスキを突いて一塁から二塁へ、さらに二塁から三
塁へ盗塁を決めてしまうかもしれない、と観客はワクワクとスリルを味わった。
守りでいえば、2001年4月にライトの一番深いところから、三塁に地面すれすれの
レーザービームと言われた球を投げて走者をアウトにしてしまったこともありまし
た。当時、この送球は「全米を驚愕させた」、とまで言われました。
このほかイチローが2004年に打ち立てた、シーズン安打数262という記録は、
アメリカのベースボール史上70数年ぶりに記録を塗り替えています。
要するに、イチローは、バッター、走者、守備の全てにおいて、人々のスリルと感
動を与えたために、アメリアで高く評価されたのです。
上記のスポーツ記者は、イチローはアメリカのファンに、ベースボールがもってい
る新たな魅力と感動を改めて気づかせた、とも語っています。
私の研究テーマの一つである「文化交渉史」の観点からすると、イチローは、アメ
リカ生まれのベースボールに、日本の「スモール・ベ―スボール」の良さと楽しさ
を持ち込み、ベースボールを変えてしまったのです。
ただ、イチローは大谷と同様、天賦の才能と努力と運があったからこそ実現できた、
類まれな存在であることは確かです。
いずれにしても、今回のWBCには、これまで野球にあまり関心がなかった日本人
も大きな関心を寄せており、その関心の中心の一人は、大谷選手であることは間違
いありません。
ただ、私が個人的に注目しているのは大谷の他、実績のあるダルビッシュ投手と新
鮮な若侍といった感じの佐々木郎希投手です。
世界を見ればウクライナ戦争、トルコ・シリアの大地震、国内では物価の高騰など、
ますます軍事化を進める政府など、暗いニュースばかりです。
こんな世情の中で、嘘・偽りのないWBCというスポーツ・イベントは、私たちに無
条件の興奮と感動を与えてくれます。
これこそがスポーツという文化がもつ力なのでしょう。
(注)イチローの評価については、このブログの 2013年8月27日、9月1日、9月6日(以上、「イチロー
とアメリカ社会」)、2019年3月31日(「イチロー引退の衝撃:アメリカ社会はイチローの何を見て
何を評価したのか」)の記事を参照されたい。
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