当世ペット考(1)―イヌ・ネコと人の関係史―
日本でも世界でも、街や家の中でさまざまな小動物をペットとしで飼っている人は増え続けています。
ペットの代表は、イヌとネコですが、中にはヘビやトカゲなどの爬虫類、カメなどの両生類、モルモ
ットやウサギなどの哺乳類(小動物)など、数え上げればきりがないほど、多種多様なペットが「愛
玩」されています。
それは、それで、個人の好みの問題なので、特に問題になることはありません。私自身は、子どもの
時からネコとイヌを飼ったことがあるので、この二つについては多少の意見をもっています。
しかし、私が最近、日本人のペット(以下は、特に断らないかぎりイヌとネコ)との関係に、なにや
ら奇妙な関係というか、主従が逆転している減少が生まれつつあるように思えるのです。
これらについては次回以降で具体的に書きますが、その前にこの際、ペットとしてのイヌ・ネコとヒ
トの関係史をおさらいしておきます。
言い換えると、そもそもイヌやネコはどういう経緯でヒトと出会い、そしてペットとなっていったの
か、という歴史です。
実は、これを調べてゆくと、同じペットといっても、人間との関係でみると、イヌとネコではそもそ
もの出合いの経緯が異なっており、そのことが現在の両者の関係に影響を与えているように思えます。
まず、生物としての歴史をみると、イヌとネコの祖先は、4000~6500万年前に、ヨーロッパ
や北米に登場したミアキスという、20~30センチのイタチに似た食肉目の動物でした。
この時代は、まだ樹上の生活をしていましたが、3000万年まえころ、寒冷化によりヨーロッパの
森林が後退し草原が広がってゆきました。
この時、地上の生活に適したグループが草原に出て、イヌとその仲間(オオカミ、コヨーテなど)と
なってゆきましたが、森に残ったグループがネコの仲間(トラやヒョウなど)となってゆきました。
草原は、森林とちがって身を隠す樹木がないので、草原に出たイヌは、周囲360度、どこから敵に
襲われるかも知れないという脅威にさらされることになりました。
このため、イヌもイヌの祖先であるオオカミも、集団を組み、しかもリーダー(ボス)には絶対服従
と忠誠が生き残るための条件でした。これらの特性は本能的な習性(DNA)としてイヌ族に刻まれ
ました。
群れを離れて勝手に行動したり、ボスの統率に従わないと外敵に襲われてしまう危険性があります。
この習性は現代の飼い犬でも、飼い主の家族の中で、誰がボスで自分(イヌ)は、どの位置にいるの
かを必ず認識します。
実際には、自分に常にエサを与え散歩に連れて行ってくれる人、つまり自分の面倒を最もよく見てく
れる人をボスと認識します。
これに対してネコ族が選んだ環境は森林の中では、イヌ族のように群れを組んで生活するメリットは
ないので、ネコ族は、部分的には樹上の生活も残しながら基本的にはそれぞれが個別に生活するスタ
イルを身につけました。
さて、問題は、イヌ(あるいはオオカミ)やネコはどのようにして人間と接触するようになり、さら
に人間と共に暮らすようになったのでしょうか?
まず、イヌの問題から考えてみましょう。現在までの遺跡に残された骨のDNAの分析から、恐らく2~
4万年前にオオカミからイヌが進化しましたが、しれは人間による家畜化を意味します。
オオカミからイヌへの進化がどのようにして起こったのかは、推測の域を出ませんが、現在、科学者
の間では次のように考えられています。
オオカミの群れが人間の残飯をあさるために狩猟採集民の集落のはずれに移動したことがきっかけと
なった。その際、比較的従順でおとなしいオオカミの方が残り物にありつけたのではないか、という
ストーリーです(注1)。
以前、NHK(BSプレミアム)「イヌと人 3万年の物語~絆が生んだ最強の友」(2018年3月31
日放送)によれば、体の弱いあるいは獲物を狩る能力が劣っているオオカミが人間の集落に近づいて、
食べ残しなどを食べるようになったのが、人間がオオカミを家畜化して、いわゆるイヌへ変化してゆ
くきっかけとなった、と推測される。
その後は、イヌにとっては餌にありつける、という非常に大きなメリットがあり、人間にとっては、
猟などの際には、人間より早く走るイヌの存在は獲物を追うために好都合だったにちがいない。
恐らく、以上の説はそのとおりだと思いますが、私は敢て、尊敬する漫画家、東海林さだおさんが描
く説を支持したいと思います(注2)。
犬は、生まれながらに忠実であった。
そこのところに目をつけた人間が、
「どうだひとつ、忠実という事でやってみる気はないか」
と声をかけ、犬の方も、
「そうか、忠実で食っていけるのか」と、初めて気づき、イヌの仲間の間に
「忠実が商売になるらしい」ということが知れわたり、そうして家畜として採用されること
になったのである。
だから、家畜の数はその後たくさん増えたが、忠実で商売しているのは犬だけある。
猫をみるがいい。猫には忠実のかけらもない。
犬は数ある家畜商売の中でも、非常に特異な忠実業としてその生計をたてているわけなのだ。
犬は忠実屋だったのである。
もちろん、東海林さんの描写は、あくまでも漫画的ではありますが、かなり本質を突いているのでは
ないか、と私は密かに思っています。
イヌ好きな人は、飼い主(ご主人)にたいするイヌの忠実・忠誠を高く評価しているのでしょう。
これは、まちがいなく、オオカミ時代以来、イヌがボスに対する忠実・忠誠というDNAを受け継い
でいるからで、そこに目を付けた人間がイヌをペットとして愛玩するようになったのでしょう。
何しろイヌは、忠誠・忠実で人間界で確固たる地位を築いてしまったので、徹底的にその性質を人間
に利用されるようになってしまいました。
特にヨーロッパでは、ダックスフンド(文字通りの意味は「穴熊犬」)のようにアナグマ狩りに特化
した脚の短い姿に造られたり、獲物を驚かせないように、吠えることなく獲物の方向だけを顔で指し
示す(ポイントする)ポインター犬、牛に噛みついても呼吸ができるように鼻が極端に低いブルドッ
グ(文字通りの意味は「牛犬」)などなど、数え上げればきりがないほど、多様な人間の要望によっ
て姿かたちを変えられてきました。
これにたいしてネコは犬とはまったく違った経緯をたどりました。
最近の研究によって、ネコは人間が家畜化したのではなく、自ら人と暮らす道を選んでいたことが明
らかになりました。その間、彼らの遺伝子は、野生のヤマネコの遺伝子からほとんど変わっていない
ことが分っています。
ネコは、人間が農耕を始めたころ(1万年前くらい)に人間に近づいたと考えられています。
ネズミは、人間の文明が生み出す穀物や農業の副産物に引き寄せられました。ネコはネズミの後をつ
いてきた結果、人間の居住地域に頻繁に近づくようになったと考えられます。
この問題を研究してきたベルギーのクラウディオ・オットーニ氏は、「おそらくはこれが人間とネコ
との最初の出会いでしょう」「人間がネコを捕まえてきて檻に入れたわけではありません」。つまり
人間は、いわばネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけということになりま
す(注3)。
これらのネコの中で、イエネコには2系統あったようです。一つは、4000年頃に、ティグリス川とユ
ーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」の農村周辺をうろつくようになり、そこでネズミ
を退治したい人間たちと、互いに利益のある共生関係を築いていった系統です。
二つ目には、エジプトで優勢だったアフリカのネコで、彼らは紀元前1500年頃から、地中海や旧世界
のほぼ全域へと生息範囲を拡大していった。このエジプトのネコは、人間にとって魅力的な、社交性
や従順さといった習性を持っていたものと思われます(注3)
日本においても、狩猟採集の生活をしていた縄文時代には、すでに「縄文犬」といわれるイヌが家畜
化されて、人間と共に暮らしていました。
しかしネコが人間に近づいてイエネコ化したのは、やはり農業が始まった弥生時代以降のことでした。
ここでもネコは勝手に人間の生活圏に入ってきただけで、イヌのように忠実・忠誠を示して人間に取
り入るわけでもなく、あくまでも自らの欲求や気分で行動してきました。
以上、みたように、イヌとネコでは人間との関わりに大きな違いがありました。次回は、現代のイヌ
とネコと私たちの関係について考えてみたいと思います。
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日本の「縄文犬」(複製) 日本のイエネコ(複製)
千葉県佐倉市の「国立歴史民俗博物館」所蔵 どことなくオオカミの面影を残しています 「国立歴史民俗博物館」 稲作の時代に入り、貯蔵された米ネズミの害から守るネコのイメージ。
(注1)BBC NEWS JAPAN (2017年07月21日)
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40679096
Peco (2019.03.16) https://peco-japan.com/52285
(注2)東海林さだお『食後のライスが大盛りで』文春文庫420、1995:78-79ページ。
(注3)『日経新聞』(デジタル版)(2017年7月3日)https://style.nikkei.com/article/DGXMZO18021730T20C17A6000000?channel=DF130120166020&nra&page=1,2
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日本でも世界でも、街や家の中でさまざまな小動物をペットとしで飼っている人は増え続けています。
ペットの代表は、イヌとネコですが、中にはヘビやトカゲなどの爬虫類、カメなどの両生類、モルモ
ットやウサギなどの哺乳類(小動物)など、数え上げればきりがないほど、多種多様なペットが「愛
玩」されています。
それは、それで、個人の好みの問題なので、特に問題になることはありません。私自身は、子どもの
時からネコとイヌを飼ったことがあるので、この二つについては多少の意見をもっています。
しかし、私が最近、日本人のペット(以下は、特に断らないかぎりイヌとネコ)との関係に、なにや
ら奇妙な関係というか、主従が逆転している減少が生まれつつあるように思えるのです。
これらについては次回以降で具体的に書きますが、その前にこの際、ペットとしてのイヌ・ネコとヒ
トの関係史をおさらいしておきます。
言い換えると、そもそもイヌやネコはどういう経緯でヒトと出会い、そしてペットとなっていったの
か、という歴史です。
実は、これを調べてゆくと、同じペットといっても、人間との関係でみると、イヌとネコではそもそ
もの出合いの経緯が異なっており、そのことが現在の両者の関係に影響を与えているように思えます。
まず、生物としての歴史をみると、イヌとネコの祖先は、4000~6500万年前に、ヨーロッパ
や北米に登場したミアキスという、20~30センチのイタチに似た食肉目の動物でした。
この時代は、まだ樹上の生活をしていましたが、3000万年まえころ、寒冷化によりヨーロッパの
森林が後退し草原が広がってゆきました。
この時、地上の生活に適したグループが草原に出て、イヌとその仲間(オオカミ、コヨーテなど)と
なってゆきましたが、森に残ったグループがネコの仲間(トラやヒョウなど)となってゆきました。
草原は、森林とちがって身を隠す樹木がないので、草原に出たイヌは、周囲360度、どこから敵に
襲われるかも知れないという脅威にさらされることになりました。
このため、イヌもイヌの祖先であるオオカミも、集団を組み、しかもリーダー(ボス)には絶対服従
と忠誠が生き残るための条件でした。これらの特性は本能的な習性(DNA)としてイヌ族に刻まれ
ました。
群れを離れて勝手に行動したり、ボスの統率に従わないと外敵に襲われてしまう危険性があります。
この習性は現代の飼い犬でも、飼い主の家族の中で、誰がボスで自分(イヌ)は、どの位置にいるの
かを必ず認識します。
実際には、自分に常にエサを与え散歩に連れて行ってくれる人、つまり自分の面倒を最もよく見てく
れる人をボスと認識します。
これに対してネコ族が選んだ環境は森林の中では、イヌ族のように群れを組んで生活するメリットは
ないので、ネコ族は、部分的には樹上の生活も残しながら基本的にはそれぞれが個別に生活するスタ
イルを身につけました。
さて、問題は、イヌ(あるいはオオカミ)やネコはどのようにして人間と接触するようになり、さら
に人間と共に暮らすようになったのでしょうか?
まず、イヌの問題から考えてみましょう。現在までの遺跡に残された骨のDNAの分析から、恐らく2~
4万年前にオオカミからイヌが進化しましたが、しれは人間による家畜化を意味します。
オオカミからイヌへの進化がどのようにして起こったのかは、推測の域を出ませんが、現在、科学者
の間では次のように考えられています。
オオカミの群れが人間の残飯をあさるために狩猟採集民の集落のはずれに移動したことがきっかけと
なった。その際、比較的従順でおとなしいオオカミの方が残り物にありつけたのではないか、という
ストーリーです(注1)。
以前、NHK(BSプレミアム)「イヌと人 3万年の物語~絆が生んだ最強の友」(2018年3月31
日放送)によれば、体の弱いあるいは獲物を狩る能力が劣っているオオカミが人間の集落に近づいて、
食べ残しなどを食べるようになったのが、人間がオオカミを家畜化して、いわゆるイヌへ変化してゆ
くきっかけとなった、と推測される。
その後は、イヌにとっては餌にありつける、という非常に大きなメリットがあり、人間にとっては、
猟などの際には、人間より早く走るイヌの存在は獲物を追うために好都合だったにちがいない。
恐らく、以上の説はそのとおりだと思いますが、私は敢て、尊敬する漫画家、東海林さだおさんが描
く説を支持したいと思います(注2)。
犬は、生まれながらに忠実であった。
そこのところに目をつけた人間が、
「どうだひとつ、忠実という事でやってみる気はないか」
と声をかけ、犬の方も、
「そうか、忠実で食っていけるのか」と、初めて気づき、イヌの仲間の間に
「忠実が商売になるらしい」ということが知れわたり、そうして家畜として採用されること
になったのである。
だから、家畜の数はその後たくさん増えたが、忠実で商売しているのは犬だけある。
猫をみるがいい。猫には忠実のかけらもない。
犬は数ある家畜商売の中でも、非常に特異な忠実業としてその生計をたてているわけなのだ。
犬は忠実屋だったのである。
もちろん、東海林さんの描写は、あくまでも漫画的ではありますが、かなり本質を突いているのでは
ないか、と私は密かに思っています。
イヌ好きな人は、飼い主(ご主人)にたいするイヌの忠実・忠誠を高く評価しているのでしょう。
これは、まちがいなく、オオカミ時代以来、イヌがボスに対する忠実・忠誠というDNAを受け継い
でいるからで、そこに目を付けた人間がイヌをペットとして愛玩するようになったのでしょう。
何しろイヌは、忠誠・忠実で人間界で確固たる地位を築いてしまったので、徹底的にその性質を人間
に利用されるようになってしまいました。
特にヨーロッパでは、ダックスフンド(文字通りの意味は「穴熊犬」)のようにアナグマ狩りに特化
した脚の短い姿に造られたり、獲物を驚かせないように、吠えることなく獲物の方向だけを顔で指し
示す(ポイントする)ポインター犬、牛に噛みついても呼吸ができるように鼻が極端に低いブルドッ
グ(文字通りの意味は「牛犬」)などなど、数え上げればきりがないほど、多様な人間の要望によっ
て姿かたちを変えられてきました。
これにたいしてネコは犬とはまったく違った経緯をたどりました。
最近の研究によって、ネコは人間が家畜化したのではなく、自ら人と暮らす道を選んでいたことが明
らかになりました。その間、彼らの遺伝子は、野生のヤマネコの遺伝子からほとんど変わっていない
ことが分っています。
ネコは、人間が農耕を始めたころ(1万年前くらい)に人間に近づいたと考えられています。
ネズミは、人間の文明が生み出す穀物や農業の副産物に引き寄せられました。ネコはネズミの後をつ
いてきた結果、人間の居住地域に頻繁に近づくようになったと考えられます。
この問題を研究してきたベルギーのクラウディオ・オットーニ氏は、「おそらくはこれが人間とネコ
との最初の出会いでしょう」「人間がネコを捕まえてきて檻に入れたわけではありません」。つまり
人間は、いわばネコが自ら家畜化するのを、ただ好きなようにさせておいただけということになりま
す(注3)。
これらのネコの中で、イエネコには2系統あったようです。一つは、4000年頃に、ティグリス川とユ
ーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」の農村周辺をうろつくようになり、そこでネズミ
を退治したい人間たちと、互いに利益のある共生関係を築いていった系統です。
二つ目には、エジプトで優勢だったアフリカのネコで、彼らは紀元前1500年頃から、地中海や旧世界
のほぼ全域へと生息範囲を拡大していった。このエジプトのネコは、人間にとって魅力的な、社交性
や従順さといった習性を持っていたものと思われます(注3)
日本においても、狩猟採集の生活をしていた縄文時代には、すでに「縄文犬」といわれるイヌが家畜
化されて、人間と共に暮らしていました。
しかしネコが人間に近づいてイエネコ化したのは、やはり農業が始まった弥生時代以降のことでした。
ここでもネコは勝手に人間の生活圏に入ってきただけで、イヌのように忠実・忠誠を示して人間に取
り入るわけでもなく、あくまでも自らの欲求や気分で行動してきました。
以上、みたように、イヌとネコでは人間との関わりに大きな違いがありました。次回は、現代のイヌ
とネコと私たちの関係について考えてみたいと思います。
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日本の「縄文犬」(複製) 日本のイエネコ(複製)
千葉県佐倉市の「国立歴史民俗博物館」所蔵 どことなくオオカミの面影を残しています 「国立歴史民俗博物館」 稲作の時代に入り、貯蔵された米ネズミの害から守るネコのイメージ。
(注1)BBC NEWS JAPAN (2017年07月21日)
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-40679096
Peco (2019.03.16) https://peco-japan.com/52285
(注2)東海林さだお『食後のライスが大盛りで』文春文庫420、1995:78-79ページ。
(注3)『日経新聞』(デジタル版)(2017年7月3日)https://style.nikkei.com/article/DGXMZO18021730T20C17A6000000?channel=DF130120166020&nra&page=1,2
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