アジアインフラ投資銀行(1)―中国の思惑と背景―
2013年10月,アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議において,習近平国家主席は,中国主導で,アジアインフラ
投資銀行(以後,AIIBまたは「投資銀行」と略す)を設立することを発表しました。
AIIBは,アジア諸国におけるインフラ(道路,港湾,鉄道,水道,通信,教育など)整備にたいする膨大な資金需要に対応する
ための国際金融機関を目指しています。
中国が新たに投資銀行を提案したのには,いくつかの背景があります。
まず,戦後の,アジア諸国にかかわる主な国際緊急機関は3つあります。金融危機に陥った国への融資を行う国際通貨基金
(IMF),世界銀行,そしてアジア開発銀行(ADB)の三つです。
IMFと世界銀行は第二次大戦末期の1944年の合意に基づいて設立されて、欧米中心の「ブレトンウッズ体制」と呼ばれる
国際金融システムが築かれていました。
IMFと世界銀行はアジア諸国をも対象にはしていますが,特にアジアを対象とした金融機関ではありません。しかもアジア
諸国には,これら国際金融機関への反感が共通してあります。
1977年のアジア通貨危機でIMFから緊縮を強いられたタイやインドネシアでは農村部の経済が疲弊し,不満がくすぶり
続けています(注1)。
これにたいして,アジア開発銀行は1966年に発足し,日本とアメリカが最大の出資国で主導権も持っています(注2)。
中国も一応,これらの国際金融機関に加盟していますが,世界第2位の経済大国となったのに、出資制限のため米国など
に比べて発言権が限られ「自分たちの主張が通らない」と強い不満を持っていました。
また,中国は世界銀行や国際通貨基金の改革を要求してきたのに,日米欧が築いてきた国際金融秩序を崩すことはできま
せんでした。
そこで,自分たちも主導権をもてる国際金融機関を設立し,「新秩序」の形成を目指したのです。これがAIIB設立の
背景にありました(『『毎日新聞』「なるほどドリ」2015年4月1日,『東京新聞』2015年4月16日)。
習主席は,2013年10月以来,東南アジアを歴訪し,各国首脳にAIIBの必要性を説明して回りました。
他方,インフラ整備を進めたい途上国は,中国の呼びかけに応じました。
中国の外交努力は今年に入ってさらに強化されました。
アジア開発銀行の副総裁を務めた中国の金立群氏や経済閣僚などが世界を回り,創設メンバーの「特権」やポストをちら
つかせ,欧州諸国を切り崩しました(『東京新聞』2015年4月15日)。
こうした外交努力の成果として,習主席の提言から1年経った2014年10月には,東南アジア諸国をはじめ,
21か国のアジア諸国が加盟を表明するまでになったのです。
そして,2015年4月15日現在,AIIB加盟国はヨーロッパの17か国を含めて57か国にも達し,この加盟国数は,
アジア開発銀行の67か国に匹敵するまでに膨らんだのです。これは,習体制が各国首脳を説得した積極外交の成果です。
しかも,アジア,アフリカだけでなく,17か国ものヨーロッパ諸国をも引き込むことに成功したことは,「新金融秩序」
の形成という経済面だけでなく,国際社会における政治や軍事など,多方面での発言権をも増大させたことは間違いあり
ません。
これも,AIIBの設立に込められた中国の大きな狙いでした。
ここで注目すべき点は,アメリカがAIIBへの参加を見送るよう世界各国を説得したにもかかわらず,それを無視して,
最大の盟友であるイギリスをはじめ多くのヨーロッパ諸国が加盟したことです。
参加を決めたヨーロッパ諸国にとって,巨大な市場である中国との関係を築いておくことは,自国の経済的発展のために
非常に重要であると判断したのでしょう。
つまり,アメリカの影響力が,もはや以前と比べてかなり低下したことを誰の目にもはっきりと示しています。
中国は,AIIBの創設メンバーの募集を2015年3月末としてきました。創設メンバーは,この銀行の目的や組織体制から、
議決権の分配方法、業務の進め方まで、最も重要な約束事となるのが設立協定の策定作業に参加できます。
中国は当初から日米に加盟を呼び掛けてきましたが,日米はずっと参加を見送っています。
その表向きの理由は「融資や審査の透明性が確保されていない」というものです。しかし,本当の理由は別にあります。
戦後世界の金融システムを支配してきたアメリカは,投資銀行を,既存のアメリカによる金融支配に対する挑戦であると
みなし,相対的な地位の低下を防ごうとしたことにあります。
アメリカが加盟しないスタンスをとっていたため,日本はアメリカに追随して同じ理由で,現在まで加盟を見送っています。
加えて日本の場合,尖閣列島の問題で中国への不信感と警戒感が強く,この感情的な外交姿勢も,加盟を見送ってきた
理由の一つでした。
こうした政府の立場を麻生太郎副総裁・財務相が3月24日の記者会見で次のように説明しています。
つまり,中国はAIIBで最大の出資国となり、総裁も送り込む見通しだ。中国が自由に融資先を決めれば、
域内での影響力は一段と強まる。
日本の経済界には,ビジネスの機会を確保するために参加を求める声もあるが,「中がよく見えない」。したがって,
AIIBの理事会が個別の融資案件を審査できない点が改善されなければ参加は難しい,との考えです(注3)。
しかし,日本の財界は政府とは異なる見解をもっています。というのも,成長著しいアジアのインフラ整備需要には,
日本の産業界は熱い視線を注いているからです。
たとえば経済同友会の長谷川閑史代表幹事は,「AIIBに加盟しないことによって,インフラビジネスが不利になること
は避けてほしい」と語っています。
また,日本財務省の副財務官やADB研究所長を務めた東京大学公共政策大学院の河合正弘人教授は,
AIIBにおける中国の影響と日本の立場について次のように語っています。
日本が参加すれば欧州諸国と合わせた発言権は中国を上回り,中国にたいして日本と欧州がチェックすることができます。
逆に日本が参加しなければ,中国が欧州の発言権を上回り,中国の言いなりになる可能性が高くなってしまうのです。
しかも,日本が加盟しないことには大きな問題があると,河合氏は警告します。
日本がAIIBに入らずに,中国とアジア諸国で新しいインフラ整備のためのルールを作ることは決して望ましいことでは
ありません。
低いレベルでビジネスの競争がなされることになりかねません。
つまり河合氏は,日本も加盟して欧州諸国と協調すれば,中国の独走は防げるが,加入しないと,中国が独走してしまう
だけでなく「低いレベル」でビジネスの競争がなされる危険がある,警告しています(注4)。
河合氏が言う「低いレベルで行われるビジネスの競争」が具体的に何を指すのかは必ずしも明らかではありません。
恐らく,環境への配慮を欠いたインフラ整備への融資や,返済能力を厳しく査定しないで融資してしまうことなどでしょう。
いずれにしても,河合氏は日本は加盟してルール作りに積極的関与すべきだと指摘しています。
日本がアメリカの顔色を伺い,主導権をもっているADB(アジア開発銀行)にこだわるのは理解できますが,
ADBの融資枠はアジアお開発途上国の資金需要をまかなうほど大きくはありません。
ADBは融資枠
のインフラ需要は,少なくとも年間7000億ドル(約84兆円)~7500億ドル(90兆円)と試算されています。
ADBの融資枠では資金がまったく足りておらず、中国はAIIBで資金不足に対応する意義を強調しています。
(なるほどドリ 『毎日新聞』2015年4月1日)
日米にとって,AIIBと関連して気がかりなことが一つあります。それは,米国主導の環太平洋経済連携協定(TPP)
交渉の参加12カ国のうち、5カ国がAIIBに参加を表明し、オーストラリアは既に加盟を決定し,カナダも参加を検討
していることです。
中国がTPPへの対抗手段として重視するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)構想の交渉に参加している16カ国
で見ると、日本を除く15カ国がAIIBに参加を表明または検討しているのです。
中国はTPP陣営の切り崩しに成功し、貿易・サービスと金融という経済の両輪で日米を脅かしています(注5)。
中国は,TPPに対抗して,陸路と海路で中国とヨーロッパとを結ぶ「新シルクロード経済圏」を目指しており,
AIIBをその重要なステップと位置付けているのです。
次回は,日本政府の「想定外」に多くの国がAIIBへ加盟することになった経緯を,日本政府はなぜ事態を見誤った
のかを,アメリカへの追随,それに由来する情勢の誤認,情報不足という観点から検証してみたいと思います。
(注1)『日本経済新聞』(2015年4月15日。電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO85670160U5A410C1I10000
(注2)世界銀行はアメリカから,アジア開発銀行は日本から総裁を出しています。
(注3)『日本経済新聞』(2015年3月25日 電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC24H0F_U5A320C1EA2000/
(注4)『日本経済新聞』(2015年4月15日。電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO85670160U5A410C1I10000=2/
(注5)『日本経済新聞』(2015年3月25日 電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC24H0F_U5A320C1EA2000/
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千葉県佐倉市のオランダ風車とチューリップ

千葉県佐倉市のオランダ風車と菜の花

2013年10月,アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議において,習近平国家主席は,中国主導で,アジアインフラ
投資銀行(以後,AIIBまたは「投資銀行」と略す)を設立することを発表しました。
AIIBは,アジア諸国におけるインフラ(道路,港湾,鉄道,水道,通信,教育など)整備にたいする膨大な資金需要に対応する
ための国際金融機関を目指しています。
中国が新たに投資銀行を提案したのには,いくつかの背景があります。
まず,戦後の,アジア諸国にかかわる主な国際緊急機関は3つあります。金融危機に陥った国への融資を行う国際通貨基金
(IMF),世界銀行,そしてアジア開発銀行(ADB)の三つです。
IMFと世界銀行は第二次大戦末期の1944年の合意に基づいて設立されて、欧米中心の「ブレトンウッズ体制」と呼ばれる
国際金融システムが築かれていました。
IMFと世界銀行はアジア諸国をも対象にはしていますが,特にアジアを対象とした金融機関ではありません。しかもアジア
諸国には,これら国際金融機関への反感が共通してあります。
1977年のアジア通貨危機でIMFから緊縮を強いられたタイやインドネシアでは農村部の経済が疲弊し,不満がくすぶり
続けています(注1)。
これにたいして,アジア開発銀行は1966年に発足し,日本とアメリカが最大の出資国で主導権も持っています(注2)。
中国も一応,これらの国際金融機関に加盟していますが,世界第2位の経済大国となったのに、出資制限のため米国など
に比べて発言権が限られ「自分たちの主張が通らない」と強い不満を持っていました。
また,中国は世界銀行や国際通貨基金の改革を要求してきたのに,日米欧が築いてきた国際金融秩序を崩すことはできま
せんでした。
そこで,自分たちも主導権をもてる国際金融機関を設立し,「新秩序」の形成を目指したのです。これがAIIB設立の
背景にありました(『『毎日新聞』「なるほどドリ」2015年4月1日,『東京新聞』2015年4月16日)。
習主席は,2013年10月以来,東南アジアを歴訪し,各国首脳にAIIBの必要性を説明して回りました。
他方,インフラ整備を進めたい途上国は,中国の呼びかけに応じました。
中国の外交努力は今年に入ってさらに強化されました。
アジア開発銀行の副総裁を務めた中国の金立群氏や経済閣僚などが世界を回り,創設メンバーの「特権」やポストをちら
つかせ,欧州諸国を切り崩しました(『東京新聞』2015年4月15日)。
こうした外交努力の成果として,習主席の提言から1年経った2014年10月には,東南アジア諸国をはじめ,
21か国のアジア諸国が加盟を表明するまでになったのです。
そして,2015年4月15日現在,AIIB加盟国はヨーロッパの17か国を含めて57か国にも達し,この加盟国数は,
アジア開発銀行の67か国に匹敵するまでに膨らんだのです。これは,習体制が各国首脳を説得した積極外交の成果です。
しかも,アジア,アフリカだけでなく,17か国ものヨーロッパ諸国をも引き込むことに成功したことは,「新金融秩序」
の形成という経済面だけでなく,国際社会における政治や軍事など,多方面での発言権をも増大させたことは間違いあり
ません。
これも,AIIBの設立に込められた中国の大きな狙いでした。
ここで注目すべき点は,アメリカがAIIBへの参加を見送るよう世界各国を説得したにもかかわらず,それを無視して,
最大の盟友であるイギリスをはじめ多くのヨーロッパ諸国が加盟したことです。
参加を決めたヨーロッパ諸国にとって,巨大な市場である中国との関係を築いておくことは,自国の経済的発展のために
非常に重要であると判断したのでしょう。
つまり,アメリカの影響力が,もはや以前と比べてかなり低下したことを誰の目にもはっきりと示しています。
中国は,AIIBの創設メンバーの募集を2015年3月末としてきました。創設メンバーは,この銀行の目的や組織体制から、
議決権の分配方法、業務の進め方まで、最も重要な約束事となるのが設立協定の策定作業に参加できます。
中国は当初から日米に加盟を呼び掛けてきましたが,日米はずっと参加を見送っています。
その表向きの理由は「融資や審査の透明性が確保されていない」というものです。しかし,本当の理由は別にあります。
戦後世界の金融システムを支配してきたアメリカは,投資銀行を,既存のアメリカによる金融支配に対する挑戦であると
みなし,相対的な地位の低下を防ごうとしたことにあります。
アメリカが加盟しないスタンスをとっていたため,日本はアメリカに追随して同じ理由で,現在まで加盟を見送っています。
加えて日本の場合,尖閣列島の問題で中国への不信感と警戒感が強く,この感情的な外交姿勢も,加盟を見送ってきた
理由の一つでした。
こうした政府の立場を麻生太郎副総裁・財務相が3月24日の記者会見で次のように説明しています。
つまり,中国はAIIBで最大の出資国となり、総裁も送り込む見通しだ。中国が自由に融資先を決めれば、
域内での影響力は一段と強まる。
日本の経済界には,ビジネスの機会を確保するために参加を求める声もあるが,「中がよく見えない」。したがって,
AIIBの理事会が個別の融資案件を審査できない点が改善されなければ参加は難しい,との考えです(注3)。
しかし,日本の財界は政府とは異なる見解をもっています。というのも,成長著しいアジアのインフラ整備需要には,
日本の産業界は熱い視線を注いているからです。
たとえば経済同友会の長谷川閑史代表幹事は,「AIIBに加盟しないことによって,インフラビジネスが不利になること
は避けてほしい」と語っています。
また,日本財務省の副財務官やADB研究所長を務めた東京大学公共政策大学院の河合正弘人教授は,
AIIBにおける中国の影響と日本の立場について次のように語っています。
日本が参加すれば欧州諸国と合わせた発言権は中国を上回り,中国にたいして日本と欧州がチェックすることができます。
逆に日本が参加しなければ,中国が欧州の発言権を上回り,中国の言いなりになる可能性が高くなってしまうのです。
しかも,日本が加盟しないことには大きな問題があると,河合氏は警告します。
日本がAIIBに入らずに,中国とアジア諸国で新しいインフラ整備のためのルールを作ることは決して望ましいことでは
ありません。
低いレベルでビジネスの競争がなされることになりかねません。
つまり河合氏は,日本も加盟して欧州諸国と協調すれば,中国の独走は防げるが,加入しないと,中国が独走してしまう
だけでなく「低いレベル」でビジネスの競争がなされる危険がある,警告しています(注4)。
河合氏が言う「低いレベルで行われるビジネスの競争」が具体的に何を指すのかは必ずしも明らかではありません。
恐らく,環境への配慮を欠いたインフラ整備への融資や,返済能力を厳しく査定しないで融資してしまうことなどでしょう。
いずれにしても,河合氏は日本は加盟してルール作りに積極的関与すべきだと指摘しています。
日本がアメリカの顔色を伺い,主導権をもっているADB(アジア開発銀行)にこだわるのは理解できますが,
ADBの融資枠はアジアお開発途上国の資金需要をまかなうほど大きくはありません。
ADBは融資枠
のインフラ需要は,少なくとも年間7000億ドル(約84兆円)~7500億ドル(90兆円)と試算されています。
ADBの融資枠では資金がまったく足りておらず、中国はAIIBで資金不足に対応する意義を強調しています。
(なるほどドリ 『毎日新聞』2015年4月1日)
日米にとって,AIIBと関連して気がかりなことが一つあります。それは,米国主導の環太平洋経済連携協定(TPP)
交渉の参加12カ国のうち、5カ国がAIIBに参加を表明し、オーストラリアは既に加盟を決定し,カナダも参加を検討
していることです。
中国がTPPへの対抗手段として重視するRCEP(東アジア地域包括的経済連携)構想の交渉に参加している16カ国
で見ると、日本を除く15カ国がAIIBに参加を表明または検討しているのです。
中国はTPP陣営の切り崩しに成功し、貿易・サービスと金融という経済の両輪で日米を脅かしています(注5)。
中国は,TPPに対抗して,陸路と海路で中国とヨーロッパとを結ぶ「新シルクロード経済圏」を目指しており,
AIIBをその重要なステップと位置付けているのです。
次回は,日本政府の「想定外」に多くの国がAIIBへ加盟することになった経緯を,日本政府はなぜ事態を見誤った
のかを,アメリカへの追随,それに由来する情勢の誤認,情報不足という観点から検証してみたいと思います。
(注1)『日本経済新聞』(2015年4月15日。電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO85670160U5A410C1I10000
(注2)世界銀行はアメリカから,アジア開発銀行は日本から総裁を出しています。
(注3)『日本経済新聞』(2015年3月25日 電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC24H0F_U5A320C1EA2000/
(注4)『日本経済新聞』(2015年4月15日。電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO85670160U5A410C1I10000=2/
(注5)『日本経済新聞』(2015年3月25日 電子版)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDC24H0F_U5A320C1EA2000/
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千葉県佐倉市のオランダ風車とチューリップ

千葉県佐倉市のオランダ風車と菜の花
