“アベノミクス”で日本経済は再生するのか?(2)-金融緩和と円安は何をもたらすのか-
前回は,“アベノミクス”の経済政策を全般的に見ましたが,今回は,「三本の矢」をもう少しくわしく検討したいと思います。
今回はまず,安倍首相の標的は,「第一の矢」である大胆な金融緩和政策です。
これは,2パーセントの物価上昇が達成されるまで貨幣の供給を増やすこと,言い換えれば,2パーセントのインフレ・ターゲットを
設定します。
そのために,「無期限・無制限の金融緩和」を打ち出すという。これは,世の中に出回るお金を増やすために「いつやめるか」という
期限と,「いくらまで買うのか」の上限なしで,政府が国債(借金の利子付き証文)を発行することを意味します。
国債の大部分は日本の金融機関や保険会社などが買い,一部を個人や外国の投資家が買います。
そして,日銀は必要に応じてそれらの国債を買ってお金を市中に供給することができます。
また,現在では特別な場合を除いて法律で禁じられていますが,政府は日銀がもっと弾力的に直接引き受けられるよう,日銀法を改訂しようと
しています。
日銀が国債を買う場合でも,市中から買う場合でも,必要なお金は輪転機を回して紙幣を無制限に刷ることによって調達します。
これにより,政府は「第二の矢」である大規模な公共事業を行う資金を,無制限に調達できることになります。
政府は,民間にお金が大量に流れれば,デフレから脱却することが期待しています。それは,どういうことでしょうか?
まず,国内的にどんなことが起こるか考えてみましょう。
実際に,国民経済において物とサービスにたいする実際の需要があり,それをまかなうだけの貨幣が十分でない場合には,
実需に見合う紙幣を刷ることには問題ありません。
しかし,国民の間にそれだけの需要も購買力も無いのに(実体経済に何の変化もないのに),ただ貨幣を増やすと,
当然のことですが,貨幣の価値が下がり,物価が上がることになります。
実体経済に何の変化もないのに流通している貨幣を倍にすれば,単純に考えれば,貨幣価値は半分になり,物価は倍になる理屈です。
ただ,政府は,公共事業を大規模に増やして実需を人為的に作り出せば,それが「呼び水」となり,巡りめぐって経済を活性化させる,
と主張しています。
この問題点については「第二の矢」について説明する際に,もう一度検討します。
いずれにしても,貨幣量が大量に市中に出回れば,物価が上昇することは間違いないでしょう。
そうすれば企業の収益も増加し,税収も増えるというわけです。
政府が,市中に大量のお金を流すことのもう一つの狙いは,それによって,企業がお金を銀行から借りて,
設備投資をしたり,新たな事業を起こしやすくするということです。
金融緩和でお金が大量に出回れば,銀行などの貸し出し金利は当然下がり,企業は金融機関からお金を借りやすくなります。
しかし,これまで企業が新たな設備投資をして事業を拡大してこなかったのは,資金不足と借入金利が高かったことが原因ではなく,
むしろ,資金は内部保留金という形で企業にダブついているのが実情です。
企業にとっての問題は,投資して新製品を世に送っても売れる見込みはなく,収益が見込めるような投資先が無いから投資しないのです。
では,なぜ売れないかといえば,国民の間に購買力がないからです。
前にも書きましたが,国民の平均所得は過去,十数年間ずっと下がり続けているのです。
これには,「失われた20年」と言われる長期の不況に加え,小泉政権時代の法改正(改悪!)によって,
非正規雇用が大幅に増加したことが大きな原因となっています。
国債を大量に発行することによって発生する重大な問題が二つあります。
一つは,国債が大量に出回ることによって,国債価格が下落し,今までどおりの金利では国債を買う銀行や個人,あるいは外国の投資家は
いなくなります。
このため,国債を発行する条件として,政府はいままでより高い金利を保障しなければなりません。
国債の金利が上がれば,国債の償還と利払いのために国家予算がそのために使われるため,財政を圧迫します。
現在日本の国債残高は,年間GDPの二倍の1000兆円で,世界でも断然高い異常な水準に達しています。
これからさらに借金を増やすのは,将来の子ども達にさらに大きな負債を押しつけることになります。
「呼び水」として国債の発行によって,政府が真剣に日本経済の基盤を強化する政策を実行するならいいのですが,
どうやらそれは期待できないようです。
元経済産業省官僚の古賀茂明氏は次のように説明しています。
自民党内部に,「アベノミクス」は参議院選に勝利するためのものと位置づけているフシがあるからだ。
夏までに農協,医師会,建設業界といった既得権益グループにバラマキを行い,組織票を固めようという動きが垣間見える。
これでは規制緩和は進まず,とてもではないが,既得権益と闘う成長戦略は実行に移せない。(注1)
こうして,大量の国債発行の結果は,現役世代にとっては物価を上昇させ,将来の子供たちに対しては負債を先送りする結果にな
る可能性が大です。
他方,物価の上昇よりも早いテンポで賃金が上がることは現実的には考えられないので,大部分の国民の生活は苦しくなるでしょう。
次に金融緩和がもたらす対外関係への影響を見てみましょう。
金融緩和政策では,大量の貨幣が刷られて市中に出回るので,円の価値を下げ,円安をもたらす要因となります。
日本の安倍政権の姿勢だけが原因ではありませんが,実際に円は昨年の11月ころまで80円前後から,
2013年2月の10日ころには90円台にまで,13%ほど下落しました。
円安になると,日本製品が相対的に安くなるので,自動車などの輸出製品は競争力が増し,
さらに円での受け取り額が増えるという為替差益も加わるので,輸出企業は大きな利益を得ます。
たとえばトヨタ自動車は,1円安くなると数十億円の為替利益を得るといいます。
さらに,輸出企業を中心とした企業業績の好転を期待して,ここ2ヶ月ほど,とりわけ輸出関連企業の株価が上昇していいます。
ただし,今のところ,日本の輸出が増えたという実績はありません。現在は,あくまでも株価と為替差益の上昇という,
金融面での利益だけが強調されて報道されています。
それでは,円安の影響は一般の国民にどんな影響を与えるのでしょうか。
最近の株高で利益を得ている人もいることはたしかですが,株で儲けるほどの資産をもっている人は,個人としてはごくわずかでしかありません。
また,大きな利益を得た企業も,今のところ賃金を上げる予定はないようです。
円安の影響がもっとも端的に表れるのは,輸入価格の上昇です。
2012年末に発表された国債収支統計によれば,経常収支の黒字は前年に比べて50.8%減の4兆7036億円となり,
統計データを比較できる1985年以降で最小の黒字でした。
さらに昨年の12月だけに限って言えば2641億円の貿易赤字で,1985年1月以降初めて2ヶ月連続赤字におちいりました。
しかもこの記事の(1)で書いたように,2013年の1月の10日間だけで1兆700億円の貿易赤字となってしまったのです。
これは,原発を止めているために,石油や天然ガスの輸入が増えたことが主要因です。
このため,北海道などの寒冷地では,冬の暖房に欠かせない灯油価格が上昇しています。
また,全国的にガソリン価格が上昇しています。
おそらく,円安の本当の問題が私たちの生活に大きな影響を与えるのはこれからでしょう。
それは石油や天然ガスだけでなく,あらゆる天然資源,そして何よりも食糧もかなり大きな部分を輸入に頼っているからです。
(注1)http://wpb.shueisha.co.jp/2013/01/17/16561/
前回は,“アベノミクス”の経済政策を全般的に見ましたが,今回は,「三本の矢」をもう少しくわしく検討したいと思います。
今回はまず,安倍首相の標的は,「第一の矢」である大胆な金融緩和政策です。
これは,2パーセントの物価上昇が達成されるまで貨幣の供給を増やすこと,言い換えれば,2パーセントのインフレ・ターゲットを
設定します。
そのために,「無期限・無制限の金融緩和」を打ち出すという。これは,世の中に出回るお金を増やすために「いつやめるか」という
期限と,「いくらまで買うのか」の上限なしで,政府が国債(借金の利子付き証文)を発行することを意味します。
国債の大部分は日本の金融機関や保険会社などが買い,一部を個人や外国の投資家が買います。
そして,日銀は必要に応じてそれらの国債を買ってお金を市中に供給することができます。
また,現在では特別な場合を除いて法律で禁じられていますが,政府は日銀がもっと弾力的に直接引き受けられるよう,日銀法を改訂しようと
しています。
日銀が国債を買う場合でも,市中から買う場合でも,必要なお金は輪転機を回して紙幣を無制限に刷ることによって調達します。
これにより,政府は「第二の矢」である大規模な公共事業を行う資金を,無制限に調達できることになります。
政府は,民間にお金が大量に流れれば,デフレから脱却することが期待しています。それは,どういうことでしょうか?
まず,国内的にどんなことが起こるか考えてみましょう。
実際に,国民経済において物とサービスにたいする実際の需要があり,それをまかなうだけの貨幣が十分でない場合には,
実需に見合う紙幣を刷ることには問題ありません。
しかし,国民の間にそれだけの需要も購買力も無いのに(実体経済に何の変化もないのに),ただ貨幣を増やすと,
当然のことですが,貨幣の価値が下がり,物価が上がることになります。
実体経済に何の変化もないのに流通している貨幣を倍にすれば,単純に考えれば,貨幣価値は半分になり,物価は倍になる理屈です。
ただ,政府は,公共事業を大規模に増やして実需を人為的に作り出せば,それが「呼び水」となり,巡りめぐって経済を活性化させる,
と主張しています。
この問題点については「第二の矢」について説明する際に,もう一度検討します。
いずれにしても,貨幣量が大量に市中に出回れば,物価が上昇することは間違いないでしょう。
そうすれば企業の収益も増加し,税収も増えるというわけです。
政府が,市中に大量のお金を流すことのもう一つの狙いは,それによって,企業がお金を銀行から借りて,
設備投資をしたり,新たな事業を起こしやすくするということです。
金融緩和でお金が大量に出回れば,銀行などの貸し出し金利は当然下がり,企業は金融機関からお金を借りやすくなります。
しかし,これまで企業が新たな設備投資をして事業を拡大してこなかったのは,資金不足と借入金利が高かったことが原因ではなく,
むしろ,資金は内部保留金という形で企業にダブついているのが実情です。
企業にとっての問題は,投資して新製品を世に送っても売れる見込みはなく,収益が見込めるような投資先が無いから投資しないのです。
では,なぜ売れないかといえば,国民の間に購買力がないからです。
前にも書きましたが,国民の平均所得は過去,十数年間ずっと下がり続けているのです。
これには,「失われた20年」と言われる長期の不況に加え,小泉政権時代の法改正(改悪!)によって,
非正規雇用が大幅に増加したことが大きな原因となっています。
国債を大量に発行することによって発生する重大な問題が二つあります。
一つは,国債が大量に出回ることによって,国債価格が下落し,今までどおりの金利では国債を買う銀行や個人,あるいは外国の投資家は
いなくなります。
このため,国債を発行する条件として,政府はいままでより高い金利を保障しなければなりません。
国債の金利が上がれば,国債の償還と利払いのために国家予算がそのために使われるため,財政を圧迫します。
現在日本の国債残高は,年間GDPの二倍の1000兆円で,世界でも断然高い異常な水準に達しています。
これからさらに借金を増やすのは,将来の子ども達にさらに大きな負債を押しつけることになります。
「呼び水」として国債の発行によって,政府が真剣に日本経済の基盤を強化する政策を実行するならいいのですが,
どうやらそれは期待できないようです。
元経済産業省官僚の古賀茂明氏は次のように説明しています。
自民党内部に,「アベノミクス」は参議院選に勝利するためのものと位置づけているフシがあるからだ。
夏までに農協,医師会,建設業界といった既得権益グループにバラマキを行い,組織票を固めようという動きが垣間見える。
これでは規制緩和は進まず,とてもではないが,既得権益と闘う成長戦略は実行に移せない。(注1)
こうして,大量の国債発行の結果は,現役世代にとっては物価を上昇させ,将来の子供たちに対しては負債を先送りする結果にな
る可能性が大です。
他方,物価の上昇よりも早いテンポで賃金が上がることは現実的には考えられないので,大部分の国民の生活は苦しくなるでしょう。
次に金融緩和がもたらす対外関係への影響を見てみましょう。
金融緩和政策では,大量の貨幣が刷られて市中に出回るので,円の価値を下げ,円安をもたらす要因となります。
日本の安倍政権の姿勢だけが原因ではありませんが,実際に円は昨年の11月ころまで80円前後から,
2013年2月の10日ころには90円台にまで,13%ほど下落しました。
円安になると,日本製品が相対的に安くなるので,自動車などの輸出製品は競争力が増し,
さらに円での受け取り額が増えるという為替差益も加わるので,輸出企業は大きな利益を得ます。
たとえばトヨタ自動車は,1円安くなると数十億円の為替利益を得るといいます。
さらに,輸出企業を中心とした企業業績の好転を期待して,ここ2ヶ月ほど,とりわけ輸出関連企業の株価が上昇していいます。
ただし,今のところ,日本の輸出が増えたという実績はありません。現在は,あくまでも株価と為替差益の上昇という,
金融面での利益だけが強調されて報道されています。
それでは,円安の影響は一般の国民にどんな影響を与えるのでしょうか。
最近の株高で利益を得ている人もいることはたしかですが,株で儲けるほどの資産をもっている人は,個人としてはごくわずかでしかありません。
また,大きな利益を得た企業も,今のところ賃金を上げる予定はないようです。
円安の影響がもっとも端的に表れるのは,輸入価格の上昇です。
2012年末に発表された国債収支統計によれば,経常収支の黒字は前年に比べて50.8%減の4兆7036億円となり,
統計データを比較できる1985年以降で最小の黒字でした。
さらに昨年の12月だけに限って言えば2641億円の貿易赤字で,1985年1月以降初めて2ヶ月連続赤字におちいりました。
しかもこの記事の(1)で書いたように,2013年の1月の10日間だけで1兆700億円の貿易赤字となってしまったのです。
これは,原発を止めているために,石油や天然ガスの輸入が増えたことが主要因です。
このため,北海道などの寒冷地では,冬の暖房に欠かせない灯油価格が上昇しています。
また,全国的にガソリン価格が上昇しています。
おそらく,円安の本当の問題が私たちの生活に大きな影響を与えるのはこれからでしょう。
それは石油や天然ガスだけでなく,あらゆる天然資源,そして何よりも食糧もかなり大きな部分を輸入に頼っているからです。
(注1)http://wpb.shueisha.co.jp/2013/01/17/16561/