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いつでも君のこと好きだったよ

 ハゴロモジャスミン

2015-04-30 22:46:15 | 日記

 ハゴロモジャスミンが咲き始めました。

 

 夫の部屋で寝転んでテレビを見ていると、頭のほうから甘い香りが漂ってきます。 あ、咲いてるな、と思います。 まだ咲き始めたばかりですが、GWの終わりごろになると毎年満開になって、壁から戸袋から障子からいろんなところから香りが入ってきて、家じゅうがハゴロモジャスミンの香りでいっぱいになります。

 

 はじめは頭が痛かったけどもう慣れた、と夫は言います。 夫の部屋がいちばん花に近いので、満開のときは確かにむせるようです。

 

 きのうも、久しぶりに会った近所のひとが「もうすぐ咲くね、すっかり風物詩になったね」と言ってくれたのですが、あの香りが好きじゃないひともいるだろうなぁと思っていました。

 

 死んでしまった友達にもらった花だから、なんとか枯れずに17年間、2度の引っ越しも乗り越えて咲き続けてくれているだけで、なんというか、「終わっていない」という気がします。

 

 今朝、高校生がふたり、駅で偶然会ったように話していました。

 

 「お誕生日おめでとう」

 「きのうお誕生日おめでとう」

 「やー会えてよかった。 今年は言えへんかったらどうしようかと思っててん」

 「うちも」

 

 たぶん、1日違いのふたりは中学のころはお互いに「おめでとう」を言い合っていたのかな、と思いました。 そして、高校は別のところへ行くことになったようで、制服が違っていました。

 

 一人は京都行きのホームへ、もう一人は奈良行きのホームへ降りていきました。 ずっと友達でいられるといいね。

 

 そして、きょうは私の大切な友達のお誕生日だったことを思い出して、メールでおめでとうを言いました。

 

 あたりまえだけれど、死んでしまったら誕生日がめぐってきてもおめでとうを伝えることはできないんだから。 

 

 お誕生日、おめでとう。

 

 

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時間をかけて読む歌集『銀色の馬の鬣』

2015-04-29 21:10:15 | 日記

 きょうは朝から春の花を抜いて、夏の花の種を植えました。

 

 久しぶりに近所の人と花の話をしました。 ビオラはくた~っとなった鉢は抜くのですが、まだ大丈夫なのは日蔭へ移動。 スズランは暑そうだったので、広い鉢に植え替えて舞台裏の涼しいスペースへ移動。 ここで夏から冬を過ごします。 そして、毎年あ~今年はとうとう枯れたな、と思っていると春に「生きてます~」と新しい芽をだして私を驚かせます。 強くて放置していても大丈夫な手のかからない花です。

 

 すみれも窮屈そうだったので大きなプランターへ植え替え、スズランと同じスペースへ。 すみれも一旦死んだふりをして復活してくる仲間です。 チューリップはそのままにしていても翌年咲くには咲きますが、小さくなったりするし、植えたままにすると「土」だけに見えるプランターばかりになるので、毎年思い切って抜きます。そして、秋に夏の花が終わったプランターに新しい球根を植えるというサイクル。

 

 いろいろ植え替えていると土がなくなったので、とりあえず終了。 そのうちに暑くなってきたので、草ひきもやめて家に入りました。 お昼ご飯はワカメとシャケのおにぎりをたくさん作って、おなかがすいたときにそれぞれが食べる、というようにしました。 休日は朝ごはんの時間もまちまちだし、出掛けたり帰ってきたり、予定がばらばらだから、おにぎりは便利です。

 

 午後からは岡井隆歌集『銀色の馬の鬣』をノートに写していきました。 先日、好きな歌、わからない歌に付箋を貼って通して読んだのですが、きょうはそれをすべて書き写します。

 

 わからないのにもいろいろあって、言葉がわからないとか、固有名詞を知らないとか、漢字が読めないとか。 自分のアホ加減を再認識するようなものなのですが、こういうときダイアナが言っていた言葉を思い出します。 次女のNちゃんが小さい頃なかなか文字が読めなかったとき、「だけどね、Nちゃんは絵本みながら絵だけを見て何が書いてあるのかなぁって想像しながら楽しんでいるから、そういう時期も一生のうちにあってもいいかなって思うの」と言っていて、なんだかそういうお母さんに育てられる子はいいなぁと思ったのでした。

 

 そうだ、知らないことがたくさんあるというのは、これから知っていく喜びがまだまだあるということだ、と自分を励ますのです。

 

 リエゾンってなに? 励起って・・? といちいち立ち止まって、辞書で調べてみたり、ネットで検索したり。 ほーなるほどーそれで、この歌でその言葉はどういう働きをしているのかな、と考えます。 知らない詩人がでてきたら、ネットに書かれているプロフィールや作品を読んで、ちょっと涙ぐんだり。 ぜんぜん進まないんだけど、こんなふうにひとつひとつの歌について、ゆっくり向き合ったり味わう機会もあまりないので、楽しいなぁと思いました。

 

 もしこの歌集と出会わなかったら知らないでいた詩人やその作品と出会えたのですからね。 まだ三分の一までしか進んでいないのですが、楽しみながら続きを読んでいこうと思います。

 

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高反発座布団

2015-04-28 22:09:19 | 日記

 整骨院をやっている友人Mさんの勧めで、高反発座布団を購入しました。

 

 値段はいろいろあったけれど。 デパートで座ってみて買うようにいわれたけれど、とりあえず安いのをネットで買ってみることにしました。 それがさっき届いて、それにすわって晩御飯を食べました。気のせいか、背筋がしゃんとして、腰にもいいようです。

 

 私は肩も腰も足もぜんぜん凝っていないと思っていたのに、施術してもらうと、猛烈に痛い箇所がいくつかあって、すごく痛かったんだけど、「ちょっとがまん」と言われてがまんしているうちに、終わりごろには身体が軽くなっていったのでした。

 

 きょうは説明会があって、無事自分の担当のところは説明し、そのあとの質疑応答にもなんとか答えることができました。

 

 こちらが柔軟な姿勢をみせると、あとから個別に相談してこられる職員もあり、やっぱり顔をあわせて業務の改善を計るのはいいことだと思いました。 勝手な思い込みで、当然わかっているだろうと思っていたこともわかっていなかったり、これまでの説明不足を反省しました。

 

 説明会が終わって、4階へおりて自分のデスクにいると、何人かのひとが帰りに挨拶にこられて、「ふじたさん、またわからないことがあったら教えてくださいね」「いつでもどうぞ。私もいろいろお訊きすると思います」というような和やかな会話があって、ちょっと嬉しかったです。

 

 「ちょっとみんなの前ではきけなかったんですけど、確認してほしいことがあるんです」とか「こういうセミナーを考えているんですけど、経費はどうなりますか」とか、こっそり訊いて来られた方もありました。

 

 あしたは種を植える日。 お皿に水をいれて種をつけていたら、きょうはよっぽど暑かったのか、玄関においたお皿の水がなくなっていました。 あわてて水を足しました。

 

 そろそろチューリップもビオラも終わりです。 そのあとに夏の種を植えましょう。

 

 

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筍の不思議

2015-04-27 23:15:06 | 日記

 明日は大きな説明会があって、私も「説明する」ことになっています。 とりあえずきょう資料はコピーして準備はしたんだけど。胃がぴりぴりします。

 

 そして、きのうゆがいておいた筍を炊いたのですが、ちゃんとゆできっていなかったのか、えぐみが残っていて、食べるとぴりぴりするのです。 味はまあまあなのに。

 

 フライとポトフとぴりぴりの筍の煮物と納豆というちょっと変わった晩御飯。 やはり筍は母に炊いてもらったものを食べるのが一番いいな。 

 

 レシピをみても、「尖端を切り落とす」ってなってて、筍のどこまでが尖端かわからないし。 下の堅い部分は筍ごはんに使うとよい、って書いてあるけど、どこまでが下か、どこまでが堅いのかよくわからないし。 「外の皮をはずす」ってどこまでが外の皮なの・・・ 筍は謎が多すぎる。

 

 あんなに時間をかけて悩んだり切ったりゆがいたり炊いたりしたのに、できあがったのは中くらいのお鉢いっぱいくらい。 しかもぴりっぴり。 

 

 母のように「だいたい」とか「勘で」とかができません。 

 

 もう25年以上料理をしているのに、いまでも見ている本は「基本のおかず」。 「いつまで基本やってるねん」と家族に笑われています。

 

 「基本のおかず」以外では、暮しの手帖の「おそうざい12ケ月」と「おそうざいふう外國料理」をよく見ます。 料理の本はそのとおりに作ると同じ味になるところが安心できて好きです。

メニューによって見る本が違って、今回の筍の煮物は「土井勝料理教室」(半年だけ通った)のテキストを見ました。シュウマイやかに玉もこの本です。 にくじゃがは「基本のおかず」。ロールキャベツはティファールの圧力鍋についてきた冊子。 

 

 舌がぴりぴりして、ちょっと悲しい気分だったけれど、今度実家へ帰ったときにうまく筍が料理できるようにちゃんと母に教えてもらおう、という気持ちになってきました。 

 

 文章を書く。 というのはいいものだな、と思います。

 

 

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5月のための準備

2015-04-26 20:45:43 | 日記

 きょうは選挙。

 

 きのう、整骨院の友達Mさんのところに私たちの前に首が痛いという患者さんがこられたそうで、その人は立候補者だったらしい。 ひとりでポスターを貼ってまわっているうちに、痛くなってきて駆け込んでこられたそうです。 よっぽど痛かったんでしょうね。 翌日が選挙というのに。 「いまごろポスター貼ってて大丈夫なの?」と私が訊いたら、「普段は会社員やってて、土日しか活動ができへんで、貼るひまがなかったんやろう」ということでしたが。 その人はどうだったんでしょうね。

 

 朝から3人で選挙へ行き、両親を選挙会場へ送っていき、来週の甥の結婚式のためにワンピースやスーツをクリーニングに出し、両親を迎えに行って買い物へ行きました。 その後、夫の礼服を買いに行き(今朝、着てみたらあまりにもぴちぴちだったので、思い切って買うことにしました)、ランチを食べて、私の高反発の座布団を買いに行きました。 きのう、Mさんに長くデスクワークするなら高反発の座布団を使ったほうがいいと勧められたのでした。 でも、低反発のはたくさんあったのに、高反発の座布団というのがありませんでした。 がっかり。 帰りに日用品を買って。 家についたらもう眠くてダウン。

 

 休日は連続3時間しか私のカラータイマーはもたないのに、外に長くいすぎました。 そこから昼寝。

 

 目が覚めると夕方で、植物の手入れをし、二階の和室(私の勉強部屋)を掃除し、義姉からいただいた筍をいまゆがいているところです。 あと13分。

 

 きのう、電車に乗る時間や待ち時間が長かったので、前川佐美男の『植物祭』を再読しました。 久しぶりに読みましたが、やっぱりこのひと面白いなぁ。 個性的だなぁ。 なんか親近感わくのです。 人間的に興味深い。 苦悩はかなりあるのに、ある臨界を超えると行動が極端なほうこうへ行き、この客観的な歌はなんだ、と思えてきます。 五月の『植物祭』の勉強会は後半だから、とりあえず、前半にあるもののことをやらないと。

 

 その前に、塔4月号の三井選歌欄評をきょうは書きます。 これが最終回。 今回は若葉集担当だったので、歌を選ぶのが楽しかったです。無理に歌にしようとする思わぬ方向からのエネルギーが読んでいておもしろいです。 20首までしぼっているので、あとはそれを15~17首に書きながらまとめていこうと思っています。

 

 

 

 

 

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