ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

ホットヨガ

2016-05-31 23:05:29 | 日記

 5月はいろいろ行事が多くて、月4回のホットヨガになかなか行けませんでした。

 

 通常は週に1回、火曜日に行くのですが、祝日だったり用事ででかけたりして、なかなか火曜日に行けません。 そういえば4月も3回しか行けなかったのでした。

 

 ちゃんと4回行かないと月謝がもったいない。

 

 そう思って、ふと気づいたら29日になっていました。 あと3日しかないのに、2回分残っている・・・ それで、日曜日は午前は義父母の家へ行き、午後にヨガというぎりぎりのスケジュールになりました。 帰ってすぐにウエアを洗濯して、きのうは1日あけて、またきょう仕事帰りに行きました。

 

 きょうの先生よかったな。

 

 いつもの火曜日の先生もいいのですが、きょうは代役の先生で、とてもさっぱりした言葉の使い方で、しっくりきました。

 

 先生によって全然違うので、いろいろいってみるのもいいかなと思います。

 

 このあいだの日曜日の先生はとても優しいものごしの先生。 もうちょっと厳しくてもいいかな。

 

 なんとか4回クリア。 こんなに苦労して行くものなのか。 

 

 でも、ホットヨガをして帰った日はやたら眠くて熟睡できます。 もうねむねむです。 おやすみなさい。

 

 

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桜見台

2016-05-30 23:17:24 | 日記

 うちから歩いて5分くらいのところに、水度神社(みとじんじゃ)という古いお宮があります。

 

 そのお宮さんの石段をのぼって、いくつかある鳥居をくぐると、鴻巣山という小さな山に繋がっています。

 

 桜の季節にはよく登ってお花見をしたり、桜見台という、桜が一望できる場所に座って、本を読み、持ってきたお茶を飲んで長いあいだぼうっとしているのが好きでした。

 

 桜の終わるころになるとコバノミツバツツジの濃いピンクの花があちらこちらに見られるようになります。 木の枝を渡っていくリスを見ることもありました。

 

 最近は桜見台へも鴻巣山へも行っていません。

 

 少し距離を置いてみる桜の山は、うす桃色の雲の上にいるようで、それはすてきな眺めなのです。  距離をおくと見えてくることがあります。 人の本質や、弱ったものにどういう言葉をかけるのか、ふうん、へえ、と見ていると、ははぁん、なるほどと思って、お茶をもういっぱい飲みます。

 

 いままでいろんなことがあったけれど、私は自分の人生を気に入っているし、きっと明るいほうへ向かっているんだと思っています。

 

 真っ暗に思えたときだって、それは目を休めるための時間だったのかもしれないし。

 

 自分に必要のないものは自ずから離れていくものだから。

 

 きっと来年はおいしいお茶を水筒に入れて、桜見台に座って、桜の山を眺めていると思うと、いまから春が楽しみです。

 

 

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街道からの離脱

2016-05-28 22:46:02 | 日記

 もうすぐ5月も終わりです。

 

 気になっていることがたくさんになって。

 

 植物の世話を夫まかせにしている。(テキトーな水の遣り方にも、引け目があるので注意できない) 

 病気の親に会いに行く時間がない。 (足の悪い妹にまかせている。 ほんとうに申し訳ない)

 友達の誕生日のプレゼント発送が遅れてしまった。(彼女は毎年誕生日その日に届くように送ってくれるのに)

 夫の親(90歳、86歳)の用事を夫まかせにしている。

 仕事のこまごましたことを、同僚のYさんにふってしまっている。(そのせいで先週Yさんは2回残業することになってしまった)

 塔の友人の相談事に親身になれない。

 家が散らかっている。(これはいつものことだけれど、限度というものがある)

 家事をしていない。(夫に9割をまかせている)

 

 という感じで、いまの私は「人任せ」街道を突き進んでいます。

 

 電話の応対や、メールの返信などにも細かい配慮ができず、小さな頼まれごとに腹を立て、友達からの気遣いの手紙や葉書に返事も書けず。

 

 このままじゃ、だめなんじゃないか。

 

 まずは、普通の暮らしに戻して、心を安定させないと。

 

 それで、思い切って、暮らしを立て直す決心をしました。 自分勝手だと思われるかもしれないけれど、これ以上こういう街道を突き進んでいると、生きるのが苦しくなって、若いころのように壊れてしまう可能性がでてきたので、まずは家族のこと、植物のことに時間をあてて、自分を取り戻していきたいのです。

 

 いろいろご迷惑をかけるところもあるかもしれませんが、きっと許してもらえるだろうと、甘えています。

 

 いままでがまんしてきてくれたみんな、ありがとう。 

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約束したのに・・・・

2016-05-25 23:33:05 | 日記

 きのうの16時ごろ。 高安国世ツアーが終わって、自宅へ帰るときのこと。

 

 駅からちょうどいいバスがなかったので、歩いて帰っていました。 徒歩15分くらいです。

 

 あと少しで家、というところの小さな公園に女の子がひとりで立っていました。 なんというか、とても心細いようすで立ちすくむ、という感じでした。 私と目があったとき、泣きそうな顔になったので、

 

 私「どうしたん? 迷子?」 ときくと、

 女の子「ううん」 と答えながらもう泣く寸前。

 私「お母さんは?」

 女の子「おうち」

 私「ひとりで大丈夫?」

 女の子「あんな、お友達と約束したのに・・・・きはらへんねん」 と、そこまで言うのが精いっぱいで泣き出してしまいました。

 

 約束したのに相手が来ないというのは心細いものです。 しかも小さい子だから携帯も持っていません。 こういうのつい最近まではよくあったなぁと思いながら、

 

 私「うーん。 じゃあもうおうち帰る?」 女の子は大きく首を振りました。

 私「お友達のおうちは知ってるの?」 

 女の子「うん」

 私「何年生?」

 女の子「一年生」

 

 あら。 一年生ということは、この3月までは幼稚園だったということです。 そりゃあ心細いだろうなぁ。 女の子は泣きながらも、肩にかけていた水筒のふたをとって、コップにお茶をそそぎ、ひとくち飲みました。

 

 私「そうそう。 ちょっとお茶のんで落ち着いたほうがいいよ。 お友達のおうちへ迎えに行ってみる?」

 女の子「うん」

 私「ひとりでいける?」 女の子は首を振りました。

 

 というわけで、私もいっしょにお友達の家までついていくことになりました。 

 

 ほんの近くのそこから徒歩2分くらいの距離でしたが、そのあいだに女の子はランリュック(ここらへんはランドセルより軽いランリュックという学校指定のリュックで通学しています)を置いてきたことや、来る前に宿題もちゃんとやったことなどを話してくれました。

 

 お友達の家にはインターホンがなくて、細いガレージを歩いて玄関の扉の前まできました。 

 

 私「ドアあけて、お友達の名前呼んでみたら?」 と言ったら、もじもじして恥ずかしそうにしています。 仕方がないので、なんで私がと思いながらも、

 私「あの~こんにちは~ すみません~」 と言ってドアを開けました。

 

 すると、お友達が国語のノートを持ったままだだだだと走って出てきました。 その子のお母さんも「あら、どうしたの?」と女の子に声をかけました。 女の子は安心してまたわっと泣き出しました。 それで簡単に事情を説明して、私はその場を立ち去ったのでした。

 

 近頃は小さい子に声をかけて連れ歩くなんて、誘拐と間違われるんじゃないかとひやひやします。 

 

 そういえば、息子が一年生のときに、学校の帰りに溝にはまって、泣いていたら現場近くの家の人がでてきて、手当をしてもらって帰ってきたことがありました。 いつかまた私が別の形で恩を返せばいいかなと思っていたのですが、ようやくその恩が返せたのかなと思います。

 

 

 

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高安国世ツアー(京都編)

2016-05-24 18:38:06 | 日記

 きょうは高安国世のゆかりの地をめぐるツアーの最終回。 京都編。

 

 叡山電車の茶山駅をスタートに、徒歩で銀月アパート、高安邸、京都大学、来光寺をまわりました。

 

 高安邸のある疎水沿いの道を歩いたのは2回目。 前に高安国世を読む会で、私が『朝から朝』の担当になって現地視察?をしたとき以来。 疎水沿いにドクダミの白くはっきりした花が咲いていたり、赤花夕化粧や昼咲月見草も咲いていました。

 

 銀月アパートは初めて行きました。 想像していたよりおしゃれで、趣きがあって、1年くらい暮らしてみたいなぁと思いました。

 

 古い樹があったり、大きなお地蔵さんが祀ってあったり、ところどころに昔を思わせるものがあって、この地を高安さんも歩いておられたのかなぁと思ったりしながら、初夏の眩しい道を歩いていました。

 

 お昼は学生に紛れて学食でいただきました。 豆腐ハンバーグ、麦ごはん、温泉卵で406円。 ほかにもいろいろメニュー豊富で。 

 

 京大の時計台記念館歴史展示室の資料はわかりやすく展示されていて、昭和14年当時の大学の様子がジオラマになっていて、ジオラマ好きの私はいつまでも眺めていたい気持ちになりました。

 

 高安邸が改築中だったり、お墓の石が新しくなっていたり。 少しずつ変化していました。  お墓はいつまでもそこにあると思っていたのに、木陰の下にあった一枚岩のようなお墓が、灰色の直方体の普通のお墓に代わっていて、木もなくなってがらんと明るくきれいになっていて。 それはそれできれいに整備されていていいのですが、人の記憶はそのときのまま更新されないので、イメージがまったく違っていて、別の人のお墓のようでした。

 

 ・わが病むを知らざる人らわが心の広場にあそぶたのしきさまや 


 という高安さんの歌は前と同じものが彫られていましたが、字体も違っていました。


 お墓はもちろん、ご家族のものだから、新しくされたりすることに私たちがなにもいうことはないのですけど。 あのまえの石はどうなったのか訊きたくて、帰りに来光寺へ行ってお寺の方に会いにいったのですが、詳しいことは訊けませんでした。


 自分が行かないうちに、自分の記憶にある場所にも時間が流れているというあたりまえのことを感じた日でした。



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