ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

愛するひめまるとの再会

2015-12-30 21:03:16 | 日記

 きょうは一歩も外に出ず。

 

 きのう一晩つけておいた黒豆をことこと煮ながら、きのう洗い残していたカーテンを1組洗い、黒豆がたけたあとはリビングを片付け、2Fの息子の部屋の片付けをしました。 息子の部屋は息子担当なのですが、私の部屋と短歌関係の部屋になっている和室(両方とも私の担当)がまだ手付かずの状態なので、交換条件を出し、3部屋をふたりで協力するということで合意。

 

 息子の部屋の片づけに関与するのは5年ぶりくらいなのですが、やはり、他の眼を通すと普段スルーしていた場所を指摘できたり、迷うものがでてきたとき、「捨てる!」という決断がすぐに下せるので、結構ばさばさ捨てました。

 

 「こんな部屋、誰も入ってもらえないでしょ」というと、「いや、ふつーに入ってもらっている」と言います。 「好きなときはどんなものを見ても見ないことにできるけど、一度嫌になるとああそういえば部屋が汚かったな、とかマイナス項目に加算されていくのよ」

 

 息子「それ、なんの話?」

 私 「一般論よ」

 息子「まぁ、そういえばそうかも」

 

 そして、もうごみの最終の収集日は終わったのに、いらないものがどっさりでました。 服も雑誌もおもちゃも捨てて、ごみ袋3つくらいになりました。 あーすっきり。人のものは捨てがいがあります。 あしたは私のものを捨てられるんだろうな。 

 

 リビングを片付けているとき、ずっと消息不明だったしろひめまるが出てきました。

 

 「あああー こんなところにあった! ポーチやペンケースの入っているボックスの隙間にまぎれてたー」

 

 少し前から探していて、「もう見限って家出されたんとちがう?」とか、「いまごろ闇の中やろう」とか家族に言われてしょげていたのでした。 私の口癖、

 

 「大切にしないからいなくなる」という教訓(?)を逆にいわれて言い返す言葉がなかったのです。

 

 「ひめまるーごめんよー。 これからは大切にするからね!」 

 

 写真はひめまるちゃんの無事の救出を喜ぶ仲間たち。

 

 

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少しずつお正月

2015-12-29 22:30:20 | 日記

 きょうは朝の7時半くらいから、「この地域の~きょうは~燃やすごみの~最終日です~」というお知らせカーが家のまわりをぐるぐる回るので起きてしまいました。 年末だから、みんなもっと早起きをするのかな。

 

 朝ごはんののち、外へでて、枯れかけた植物を抜き(夏の名残のインパチェンス、ニチニチソウ、フウセンカズラ)、放置していたビオラやパンジーの花がらを摘み、野ぶどうの枝を切り(実をふたつ、土のなかに埋めてみました。来年芽がでるといいな)、水遣りをしていると、収集車がやってきました。

 

 それから5つの窓のカーテンを洗い、洗っているうちに窓ふきをしました。 うちの洗濯機は2槽式で(このあいだ若い人に家庭科の教科書でしか見たことがないと言われた)、こういうとききれいなもの順にあらっていけるので便利です。 レースのカーテン、分厚いカーテンで1サイクル。 いったん水を捨て、つぎの窓へというふうにしてつぎつぎに洗いました。 

 

 窓もひさしぶりにぴかぴかになりました。 2階の私の部屋の出窓のカーテンを外すと、部屋の中が向かいの家のベランダから丸見えになってしまいます。ちょうどお向かいの人が洗濯物を干していて、たぶん全部見えていたと思いますが、普通に窓を拭いていました。 

 

 そうそう。 このあいだお正月の来客用のお椀をふたつ買ったのですが、きのう戸棚を整理したら、まだ使ったことのないお椀が5つでてきました。 母がお嫁入りのときに持たせてくれたものと思われます。 これを使うことにしました。 ほかにもお菓子鉢とかいろいろでてきて、この際と思って出しました。

 

 午後からはお正月用のもろもろの買い物に。

 

 お酒、お餅、お菓子、玄関飾り。 いつものスーパーも混んでいて、ガソリンスタンドでは洗車の順番を待つ行列ができていたりして、年の瀬だなあと思いました。

 

 あしたは黒豆を炊きます。 

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Nが助けてくれる

2015-12-28 22:58:38 | 日記

 このあいだ、とても悲しい夢をみて、目がさめても悲しくて、ああ、私は寂しかったんだなぁということを確認したようで、そう思うとひどく落ち込んでしまって、そういうときに思い出す高安国世の「自分を放りだしてはいけない」というメッセージを繰り返し唱えてみたのですが、効果があがらず。

 

 それでも、元気になるようなプレゼントとか、お食事とか掃除とか。 日々をすごしているうちに、少しずつ夢のことも薄らいでいったのでしたが。

 

 きょうの明け方の夢にNが現れました。 知らないのによく使っているふうの駅前にNがいて、「よう!」といって近づいてきたのです。

 

 歩いている道は懐かしい遊歩道でした。 

 

 「なにしてんねん」 とNがいいます。

 「べつに」 と私がいって歩きます。

 

 ぜんぜん変わってないな、と思うと嬉しくて、

 

 Nの住んでいた高層団地の前を通りながら、「家、もう過ぎたよ」 と私が言うと、「まぁ、送っていったろ」 といいながら私の家のほうへ歩いている、そこで終わりました。

 

 14歳のとき、転校してきた私に、最初に話しかけてくれたのがNでした。 そして、いまも私がぺしゃんこなとき、夢に現れます。 よっぽどぺしゃんこにならないと現れないので、滅多に会えません。

 

 どんなに時間が経っても、どんなに遠くに離れても、呼び戻される場所が私にはある。 人生のはじまりにNが立っていたことが、私には奇跡だとしか思えません。

 

 きょうは仕事に行って、午後からは大掃除をして、また仕事に戻って、帰りに新しい場所の門をたたきました。

 

 いろいろ説明を受けて、納得したのでその場で入会しました。 Nが背中をおしてくれたように思います。 人の一生にはいくつか曲がり角があって、そこには重要な人とかものが贈り物のように置かれている、と信じているのですが、まさしくきょうはそんな日でした。 Nに「なにしてんねん」といわれないよう、ちゃんと生きていたいです。

 

 

 

 

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最後の日曜日

2015-12-27 23:11:26 | 日記

 きょうは今年最後の日曜日。

 

 結構のんびり寝ていて、ゆっくりと朝ごはんを食べ、我に返ったように大掃除にとりかかりました。

 

 まず、例年のごとく家族のお掃除分担表をプリントアウトし、冷蔵庫に貼ります。 きょうから大晦日までそれぞれが分担された場所の掃除をこなし、自分で計画的に実行し、あいた時間は自由にしていいのです。

 

 私はまずキッチン。 普段使っているカップを磨いたり(え、そんな細かいところからやるんや、と家族からの指摘)、洗った食器をたてておくカゴとか、スポンジの台とか、三角コーナーの目地とか、かなり細かいところからやります。

 

 小さな出窓がシンクの前にあって、そこに並べてあるものを磨いたり。

 

 思ったより時間がかかって、午前中はそれで終了。 チャーハンを作って、ひとやすみ。

 

 気がつくと眠っていて、夕方の5時でした。 なんと・・・ ひとやすみのつもりが。 あいた時間を自由に使いすぎました。 (あいたわけでもないのに)

 

 それから心を入れ替えて、集中して書評をひとつ書き、晩ご飯(夫担当)を食べてお風呂に入ったらもう11時半。 

 

 最後の日曜日はメインが昼寝、という日になってしまいました。 あーあ。

 

 

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おつかれごほうび会

2015-12-26 22:33:10 | 日記

 まだ仕事は28日まであるのですが。

 

 きょうは仕事のパートナーのHさんのお誘いで、Hさんがコーディネートされている祇園のお店でお食事をしました。 ここです。http://gion-mikuni.co.jp/

 

 京都といっても住んでいるのは城陽で、京都市内へは職場周辺、塔や短歌イベント、作業先と、ピンポイントしか知らないので、祇園界隈が珍しくて、風情のあるところだなぁと思いながら歩きました。 

 

 同じテーブルには去年まで一緒に仕事をしていたTさんもおられて、楽しい午後を過ごしました。

 

 お料理もとてもおいしく、細やかな気配りの食材、器を堪能し、おしゃべりも楽しく、今年一年のご褒美のような日でした。

 

 帰宅して、たまっていた家計簿をほぼ二か月分まとめ(いきなり現実)、棚上げにしていた用事をさくさくやって、いい感じ。

 

 充電は必要です。 来年もメリハリをつけてご褒美の日も確保してご機嫌で過ごしたいです。

 

 

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