ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

すてきな夏休み

2014-08-31 22:57:14 | 日記

 仕事も一段落して、職場の人もひととおり夏休みを取られたので、私も金曜日から4日間夏休みを取りました。

 

 金曜日は前回の日記に書いたとおり、神楽岡歌会と『白へ』を読む会でした。 参加者15名。(そのうち塔の人3名) もっと少ないと思っていたのでとても嬉しかったです。

会場へ向かう電車で、携帯に欠席のメールがきて、それがとても心のこもったメールで、それを読んだだけで涙がこぼれました。地下鉄で泣いている人ってへんだと思われただろうなぁ。

 

 少しでも時間を有意義に使うために、早いめに会場へ行って、鍵をあけていると、Yくんがやってきました。 「きょう、ふじたさんの歌集の会のこと知って来たので、歌集も持ってきてないんです。これ、お祝い」といって、きれいな包みのチョコを頂きました。 Yくんは彼が学生のころ(6年くらい前)にいっしょに有志の歌会をしていたことがあって、まるで息子からのサプライズのようで嬉しかったです。Yくんは読む会のあとの歌会には用事があって参加できないのに、歌もださずにこの小さな会のために来てくれたのでした。いい人だなぁ。

 2000円のタクシー代を払って来てくれた人や、ほぼ初対面の若者もいて、恐縮していたら、となりの席のNさんが「そんなに申し訳なさそうにしなくていいんだよ」って笑っていました。

 

 批評は私がまったく意識していなかったこと、私がほんとうは知っていたのに巧妙に避けてきたことが暴かれ(?)て、スリリングで、弱点をつぎつぎに突かれて、本当にためになる会でした。

なによりもみなさんがとても深く読み込んできてくださったことが嬉しく、「私のこれから進むべき方向」が見えたような気がしました。 第二章の物語風の構成部分が概ね好評で、あの連作は相当時間をかけて作ったものだったので、やはり気合いを入れて時間をかけて作らないといけないと思いました。 みなさんが言ってくださったことはすべてノートに書きましたので、迷ったときにはノートをみてがんばろうと思います。

 

 それから帰宅したのち、カヌーツアーの用意をして、6時に出発。 日高川ははじめてでしたが、とてもきれいで穏やかな川でした。 ただ、2年前に大雨が降って水害があったそうで、その爪痕はまだところどころに残っていました。 

 

 お昼は地元の特産物を使ってシェフカワムラが作ってくれた(私も手伝いましたよ)、炊き込みご飯、とうふのサラダ、鹿肉とエリンギのバジルソース炒め、豚汁。 河原で食べる食事のおいしいこと。 炊き込みご飯はおこげの香りがまたよくて、おかわりしました。

 

 夜はキャンプもできたのですが、私たちは近くの宿に泊まりました。偶然、延期になっていた夏祭りと花火大会があって、花火も見られてラッキーでした。

 

 今朝は快晴。日高川から河口をくだって、海へ出ました。 ちいさな島へ渡ってそこでランチ。 豪華なホットドッグとベーコンと野菜のスープと紀州ネーブル。 海がきれいで、青い小さな魚やうにもいました。帰りは車を待つあいだ、ずっとひとりで海を見ていました。 海面の光と、足元にやってくる波はいつまで見ていても飽きません。もう迎えがこなくてもいいなぁと思っていたら、携帯が鳴って呼び戻されてしまいました。

 

 3日間、リフレッシュできたので、あしたは山のような洗濯と散らかったままの家の片付けをします。 それから短歌も作ります。 川と海の歌がたくさんできたらいいな。

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夏の終わり

2014-08-29 16:07:50 | 日記

 大会が終わって、気になりながらも放っておいた事務をいっきに片付けました。

 

 やはり、ためてやるとよくないです。 月曜日の夜から始めて、きのうの夜になんとか目途がたち、さきほど送信しました。 あーすっきり。

 

 見渡す限り、紙、という状態は変わりませんが。

 

 おとといの朝、空にゆっくりというかぽっかりというのか、雲が並んでいて、「なんか、かわいいね」とかいいながら、家族で眺めていました。

 

 もう秋だね。

 

 きょうはこれから神楽岡歌会です。 歌会の前に『白へ』のミニ批評会をしてくださるということです。 平日だし、夏の大会の直後でみなさんお疲れだろうし、

何人の方が来てくださるかわかりませんが、「読む会をやりましょうね」といって、声をかけてくださった方々がおられることが、なにより嬉しいのです。

ほんとうにありがたいなぁと思います。

 

 そして、帰宅して仮眠をとったら日高川カヌーツアー。 これも楽しみです。

 

 

 川に浮かんで水にさわって、夏のというか、これまでの疲れを溶かしてきます。

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おつかれさま

2014-08-25 23:38:01 | 日記

 土、日は塔の全国大会でした。

 

 はじめて会う人、ひさしぶりの人。 きのうのことなのに、もうずっと遠いことのようで、何を書けばいいのかわかりません。

 

 何度か泣きそうになりました。 2004年の50周年記念大会から10年。

 

 短歌を介して出会い、「塔」を介してであったひとたち。 50周年のときはあたりまえのようにあったのに、いまはもうないもの。 いなくなってしまった人。

 

 おとといの公開シンポジウムには、私のいまの職場のパートナーのHさんが来てくださり、たくさんのバックナンバーを手に持っておられたので、声をかけると

 

 「勉強させてもらいます」 とおっしゃっていた。 びっくりしました。 なんでも吸収しようとする姿勢に。

 

 会場入り口で何人かの「塔」以外の知人にも出会いました。「塔」に入る前にいっしょに歌の勉強をしていた方が来ておられて、とても懐かしかったです。ひとつのちいさなきっかけから、流れ流れてここまで来たのだなぁと思いました。 私が新聞投稿していたころにいっしょに勉強しましょうと声を掛けてくださり、縁というか運命的なものを思いました。それが1997年ころのこと。

 

 2000年に、「あなたは「塔」に入ったほうがいい」と勧められ、迷っていたときに、「どんな場所にあっても光るものは光るし、場所が変わって消えてしまうのなら、もともとそんなに強い光ではなかったということだ」と知人に言われ、そのひとことで「塔」に入ったのでした。

 

 人生の大切な地点で必ず誰かが現れて、言葉をもらって、そのとおりに進んできたように思います。

 

 ひさしぶりに工場を観に行きたくなりました。 私の大好きなセメント工場。 そこで、ぐるぐるかきまわして、こねこねこねて、ざざざーと流れて。

あの幸福感はなんなのでしょうね。 

 

 みなさん、いままでどうもありがとうございました。 そして、またあしたからもよろしくお願いします。

 

 

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ばたばた

2014-08-21 23:44:15 | 日記

 きょうは会社の帰りの電車の待ち時間に櫛、ブラシ、くつしたを買いました。 もっと別のものを買わないといけないんじゃないかと思いながら。

 

 帰宅したのが19時半で、ポストに「不在連絡票」が入っていたのでヤマトに電話しました。

 

 「このあとはご在宅ですか」

 

 「すみません、8時半くらいまで留守にします」

 

 「そうですか・・・・それではそのころに伺います」

 

 ヤマトさん、私は百均ショップへ5円コピーに行くのです。1時間あれば大丈夫・・・ お店は8時までか9時までかわからなかったけど、どりあえず原稿を持って出かけました。

 

 レジで小銭に両替してもらって、機嫌よくコピーしはじめたのですが、なんか・・・ でてきた用紙の2枚に1枚は汚れていて。 用紙が切れたので、お店の人を呼んで補充してもらったついでに、事情を話すと

 

 「もう停止にして、汚れているのは返金します」 ということで、使えるのと使えないのにわけて枚数を数えてもらいました。迷惑な客・・・ それより、ヤマトが気になる・・・結局100枚は使えることになりました。(もっと早く止めるべきだったかも)

 

 帰宅したらすぐにヤマトさんが来ました。セーフ。 こんなややこしいときになんだろうと思ったら、大きな箱。 かわいいお花でした。わーー ありがとう。

 

 そこへ夫帰宅。 うどんを食べに行って、帰りにコンビニでコピー。 150枚くらいのところで、用紙切れ。(2軒目) お店のひとを呼んで補充してもらいました。手元をみると、なんだか少ししか用紙がありません。ざっと100枚くらいでしょうか。

 

 「あの、あとだいぶコピーあるんですけど、もう少し補充してもらえませんか」

 

 「これで最後なんです。 あとどれくらいですか」

 

 「100枚くらい・・・」

 

 「100枚!? もうないんで」

 

 申し訳ない気持ちでコピーに向かいました。 っていうか、用紙の束、薄すぎでしょー。ふつう1束500枚くらいなんじゃないんですか・・・? うちにあるから持ってきましょうか・・・って気持ちになるとともに、残り枚数が気になって、祈るような気持ちでつづけました。 なんで、こんなにどきどきしながら、やってるんでしょう。

 

 なんとか目的の枚数に達しましたが、明日コピーに来た人、紙がなかったらごめんなさい。

 

 大会はあさってです。 

 

 

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水曜日は短歌の日(9) 吉岡太朗『ひだりききの機械』

2014-08-20 19:45:09 | 日記

 きょうはカットに行って(普段よりおしゃれふう)、そのあと全国大会で配布するバックナンバーをホテルに送ろうとして、転んでしまいました。

 

 小さめのみかん箱2つだったので、そんなに重くないと思って油断していました。1つ目を宅配所へ運んで、2つ目を車からおろし、車にキーをかけようとしたところ(単にキーについているボタンを押すだけのことだったのに)、バランスを崩し、後ろに箱ごとひっくり返ってしまいました。一瞬、ああ、もう今年は大会には行けない、と頭にいろいろよぎったのですが、肘と膝を擦りむいただけで、大丈夫でした。気をつけないといけません。駐車場の私の車のとなりの車のドアで後頭部を打ちましたが、それも大丈夫そうです。誰にもみられていないと思いますが。思いたいです。

 

 さて、きょうは水曜日。短歌の日です。吉岡太朗さんの『ひだりききの機械』から。

 

 この歌集は、頁が「顔」という文字(顔文字じゃないんです)で埋めて、そのなかにひらがなで歌がとぎれとぎれに挟まってあったり、最後の一連は手書きだったり、歌集の作りに工夫がされています。私は吉岡さんらしくていいなと思いました。読んでいて、くすっと笑ったり、深く考え込んだり、歌に沿って自分のなかの感情や記憶がつぎつぎに引き出されてきて、それは歌のひとつひとつの力だろうと思います。

 それと、やはり歌を作るときに大切なのは、その歌が生まれる直前のそのひとの思いが「ある」かどうか、だなぁとこの歌集を読みながら考えました。思いを「込める」ほどじゃなくていい、「ある」くらいのちょうどいい感じが大事です。

 

 ・友はもう友にはあらず公園のベンチの下に割れた鳩笛

 

 「鳩笛」が割れていて、それは誰かのものかもしれないし、喧嘩して割れてしまった自分のものかもしれません。子供のころの回想のようにも読めますが、そのときの感情を思い出させるようなことがあったのではないでしょうか。大人になってからは喧嘩もしないのに、「ああ、もう友達おわりだな」と思うことがあります。その人が「友」で、それまで大切な人だったからこそ悔しいのだと思います。

 

 ・自転車で鼻歌なわし 自転車とわしに乗っかり生きのびる唄

 ・感性のない運転手(おっさん)がバスに板かけわたすとき花を踏んどる

 

 「Ⅱ」に収められた歌は自分のことを「わし」と言ったり、「しとる」といった言い方をしているのですが、私がノートに写したのは「Ⅱ」からが一番多かったです。わしと自転車と鼻歌。「唄」が自転車とわしに乗っかって生きのびているなんて、読んでいるだけでご機嫌になります。

 バスの運転手さんはダイヤどおりに運行しないといけないですし、車椅子の人が乗っておられると気をつかって走行しないといけません。車椅子の人が降りるときにはバスを止めて、乗降口まで回り込み、「板」を渡して、重い鉄の車止めを車椅子から外し、降りられたあとは車止めを所定の位置に戻し、板を収納スペースにおさめ、また回り込んで運転席に戻る、という作業があります。そのとき他の乗客はじっと運転手さんの行動を見ていますし、この歌の場合はバス停側から見ています。親切な行為をしながらも、それが「業務」の一環であること。「感性のない」と決めつけたのは、花を踏んでいたこともそうですが、機械的に「業務」としてする行動から感じたことなのかもしれません。

 

 ・しろめしを上の前歯にひっかけて歯の裏側の穴へとおとす

 ・水鳥がとびたつように抜くんやと教わりて抜く口から匙を

 

 介助が必要な人のところへいって研修を受けているときの場面ですが、緊張している指先まで見えてくるようです。「歯の裏側の穴」。 口はまさしく食べ物の入口なのですが、そこだけを集中してみているとそれまでの「口」とは別物のような感覚になるのでしょう。「水鳥がとびたつように」口から匙を抜くなんて、すてきな教え方だと思いました。「匙」が最後にきているのもいいと思います。初めて読んだときは、上から読みますから「抜く」ものといえば、歯とか骨とかを一瞬思うのですが、「匙を」と言われたときの、意外な感じと温かさがふわと伝わってくるような歌になっています。

 

 ・ヘッドライトさわればいまだあたたかく言えずに終わってゆく物語

 ・火にかけたりんごをともに食べてきた話 わたしのしらないひとと

 ・耳当てをあてるみたいに自動車はサイドミラーをとざして眠る

 ・すれちがいざまなでられるばかりにて風と握手をしたことがない

 

 「Ⅲ」には、恋愛の歌がたくさんあって、ちょっと寂しかったり、わっと嬉しかったりしながら、微妙な距離の間柄のときの揺れがじんわりしました。

 

 最後にもう一首。「Ⅳ」の最後の手書きの一連「れきしてきいきづかい」より。

 

 ・くっついたままでくもみておたがいにえさあたえあうともう四時だ

 

 いろんな楽しみを連れてきてくれる歌集です。

 

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