ほよほよさんぽみちNEW

いつでも君のこと好きだったよ

第40回あなたを読む会

2018-08-31 20:47:35 | 日記

 きょうはあなたを読む会でした。もう第40回です。みんなすごいなぁ。

 

 きょうのメニューは短歌30首、16首、15首、14首、エッセイ。お昼開催になってから多少ゆったりぎみです。最近読んだ本とか歌集とかもろもろの情報交換ののち、14時から批評スタート。

 

 歌のモチーフや言い回しなどはもちろん、連作としてのタイトルや構成、省くべき歌などかなり辛辣に言い合います。

 

 長く読み合っているからわかるけれど、普通は読めないよ、とか。この花はここではあかんでしょうとか。かなり冷静に細かく見ていきます。わたしもここで試してみてわからないと言われたら、独りよがりなのかとか、無理なんだ、と素直に納得できます。だから結構チャレンジの歌も出せるのだと思います。

 

 きょうはまったく通じない歌があって、猛省。 作り直します。

 

 エッセイに対しても、いいところとこの部分はいらないというのがでて、みなさんきちんと深く読み込んできているなぁと思います。

 

 エッセイはずっと自伝のように続いているので、他のメンバーがきょうはエッセイにでてくる地名の載った地図や、筆者のお父さんが書かれた小説の付記されていた年譜のコピーなども用意してくださって、いままで頭で描いていたものが立体的になったり、ああ、対岸の半島というのはここのことね、と確認しあったり。

 

 16時半ころにいつもは終わるのですが、雷雨となり雨宿りしがてら、お茶を飲みながら1時間くらい歌の話をして、17時半すぎに事務所をあとにしました。

 

 たっぷり歌の話ができて、身体が元気になった感じ。また9月もがんばるぞ。

 

 

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いちじくを買いに行けない

2018-08-30 13:38:37 | 日記

 ああ、季節はいちじく。家にいていつでも9時まえに農家ガレージに行けるはずなのに。願っても見ないいちじく食べ放題的な環境にいるのに。

 

 買いに行けない。

 

 というのは、新しい車が来たから。名前はふうちゃん。まるで新生児が突然やってきたかのような、あわあわした日々。

 

 あの~ ガレージでランプが点滅しつづけているんですけど、放置しておいていいのでしょうか。

 

 担当者「ああ、それはセキュリティのランプですから、ドアをあければ消えます」

 

 ほー。夜泣きする新生児に戸惑う新米両親のようにいちいち驚く。これっていいのか、という疑問がつぎつぎに湧いて来る。 しかも前の車と同じサイズのを買ったはずなのに、デザイン的にガレージにぎりぎりのサイズなのだ。ドアをあけようとすると雨戸の戸袋にあたりそう。もう雨戸いらないか。戸袋ごとはずそうか。というような赤ちゃんの危険回避のためならリフォームするような勢いである。 だめだ。冷静になろう。そんなことでお金を使ってはいけない。

 

 きのうもガレージに面した窓のハンギングした朝顔の鉢植えに肩があたり、鉢ごとばさっと落ちてしまい、いつもなら、大事な朝顔が・・・・と思うのに、そもそもこんなところに鉢をかけちゃだめなんだなぁ(いつも夫にいわれていて反抗していたのに都合のいいようにすぐに変化する)。と、とりあえず種だけをとって瓶にいれました。ふーちゃんにはあたらずによかったなぁ。まぁ、朝顔は東のトレリスにもあるから。←植物に対する愛情が稀薄になっている

 

 ガレージにあると落ち着かないから、使っていいよ(できたら乗って行ってほしい)、と月、火曜日は夫が仕事に乗っていったのでしたが、水曜日は義父宅へ行くから置いていってもらって・・・だけど、やはり勇気がなくて、義父にもメールで安否確認と食料確保(買い物ヘルパーさんの日だった)を整えて、家にいました。

 

 夕方、じゃがいもがないことに気がつき、じゃがいものために歩くのも暑いしなぁ。ということで、21時ごろ帰宅した夫に「じゃがいもないからちょっといっしょにスーパー行って」と頼み、「じゃがいもごときにふたりで買い物ってどうなん」と言われつつ。

 

 なんとか遠いほうの遅くまでやっているスーパーまで私が運転し(前日の夜は近くの生協までついていってもらった)、コンビニの支払いや葉書の投函(ぜんぶまとめて済ませたい)をして帰宅しました。

 

 いまはガレージでおとなしく寝ているふうちゃん。孫を預かったおじいさんのように落ち着きません。

 

 土、日に練習をして、来週の義父の病院つきそいと山城歌会のいちじく購入ミッションをクリアしたいと思っているところです。

 

 

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こぼれおちた記憶をもらう

2018-08-29 20:24:12 | 日記

 

  このあいだ、久しぶりに再校作業に参加したら、ほんとうに久しぶりにOさんと会いました。

 

 「ふじたさん、おひさしぶりです~」「Oちゃん、ひさしぶりー、元気だった?」と、再会を喜び合う。

 

 Oさん「息子さんはお元気ですか?」

 私 「うん、もう社会人になって独り暮らししてるよ」

 Oさん「え、わたし、前にふじたさんちにお邪魔したときは小学生でしたよね」

 

 ああ、Oさん、うちにきたことあったなぁ。河野裕子論かなにか本か文章を書くといって、持っていない歌集を貸してあげたことがあったのでした。

 

 Oさん「わたしがいるときに学校から帰ってきて、筆箱に鉛筆が入ってなかったって怒ってましたよ」

 

 あはは。そんなことあったかなぁ。すっかり記憶から落ちていました。3、4年生だったと思うけど、なんで鉛筆が入ってないって私が怒られていたんでしょう。理不尽な。自分でやれ。といまでは思います。まあ、あのころからきちんとしたお母さんはやってなかったんだなぁと省みる。ゆるゆるで育てていたからなぁ。自分でやるように教育せず、かといってきちんと整える母親でもなく。中途半端だ・・・・・

 

 それにしても、いろんな人が家に出入りしていたことはいまから思うとありがたいような気がします。私が忘れてしまっていることをこんなふうに十五年くらいのちにプレゼントされたりするのです。だれかの頭に保存されたまま。Oちゃん、覚えていてくれてありがとう。

 

 今年亡くなったTさんの娘さんから、百ケ日法要が済んだというお葉書をいただきました。いい父娘関係だったんだなぁと亡きTさんのおひとなりを思い返し、娘さんにお葉書を書きました。Tさんが私に言ってくださったこと。娘さんへの感謝の気持ち。お父さんに会いに行ってあげてください、娘がくると嬉しいものですよ、と仰っていたこと。娘さんが知らない、私が覚えていること。

 

 きのう、実家から帰って来たばかりですが、もう少し優しくすればよかったなぁと思ったりするのです。

 

 写真は再校の日、21日の夕方のもの。バスのなかから虹をみつけて、バスをおりてすぐに写真に撮ったのですが。薄くなっていましたがなんとか撮れました。

 

 

 

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友達さがしに行こうよ

2018-08-28 22:33:10 | 日記

 ちびまる子ちゃんの原作者さくらももこさんが逝去された。

 

 え!  ネットニュースで知ったとき、思わず声をあげてしまった。

 

 高校時代の親友のたかちゃんが元気だったころ、ちびまる子ちゃんおもしろいから読んでみて!って教えてくれた、というエピソードがあって。まだ息子もうまれていない頃だった。

 

 私は本屋へ行って、ちびまる子ちゃんの1巻を購入。ほんと、おもしろいな!!

 

 そののち、テレビ放送がはじまったとき、たかちゃんが、

 「あたし、このオープニングの歌すっごい好き。いますぐおしゃれに着替えて友達さがしに行こうよ、ってところが特に」

 

 と言ったことを覚えている。

 

 そして、たかちゃんは36歳のときに癌で亡くなった。

 

 おしゃれに着替えてももうたかちゃんを探しに行けないんだな。

 

 たかちゃんは裁縫も絵も字もなんでも上手で、歌もすごくうまかった。そして、私が作るすっごくつまらないものでもなんでも褒めてくれた。詩も曲も物語も。高校のころから亡くなるときまで。 私がいまでも短歌や物語を書いているのは、たかちゃんの「ちい、すごくいいやん!」っていう声をききたいからかもしれない。

 

 たかちゃんはこれ読んだらなんていうだろうなぁと思いながら、作っている。 私のてんぐちゃんみたいな存在。

 

 実家には授業中にたかちゃんが私に書いてくれたルーズリーフの手紙がまだたくさん残っている。確かめてはいないけれど。ある、と思えばある、そういう気がする。

 

 たかちゃん。きのうときょう、私たちが通った高校の前を通ったよ。 

 

 

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さよならスパイク

2018-08-25 20:19:35 | 日記

 きょうのタイトルを書いて、おはようスパンクという漫画のタイトルを思い出しました。

 

 いま乗っている車、スパイクは今年で14年目。このあいだから高速を走りながら異音がして、ちょっと怖いなぁと思っていたのですが、先日夫と息子もいっしょに走った時、異音が大きくなっていて、まるでプロペラ機のようで。「これ、飛ぶつもり?」とかいって笑っていましたが、ほんとうにがたがたしてこれはもうだめじゃないかということになりました。

 

 14年といえば、息子が10歳から乗ってきた車です。10歳から24歳って学生時代をほぼカバーしています。小、中、大、社会人への道のり。

 

 中、高は吹奏楽部だったので、コンサートのときは早朝から学校に行ってホールまで楽器を運んだり、帰りはまた学校に運んだり。塾の帰り、大雨の日は自転車を積んで帰ったり。ピアノの送り迎えとか。カヌーツアーへ行ったり、紀伊半島一周や、両親と京丹後へ行ったり。

 

 塔の松山と長野の全国大会にもこの車で行きました。城陽の文化パルクで批評会があったときは、帰りに佐藤南壬子さんや藤井マサミさんにも乗ってもらってティンクル城陽というイルミネーションのイベントに行ってみたり。(でも、じつは時間が早すぎて見れなかったり)とととのあいっちや瑞紀ちゃんと近江八幡行ったり。

 

 高安醇さんの「広場」をギャラリーから運んだり。

 

 義父が入院したときは、春休みだった息子が義母を車に乗せてお見舞いに通ってくれたり。 

 

 たくさん傷つけて、こすったり、ドアに穴をあけたりしてごめんね。

 

 でも、いっしょにいた日々のこと、忘れないよ。 ありがとう。 さよなら、スパイク。

 

 

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