年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

風船爆弾

2023年02月11日 | 陸軍特別操縦見習士官1期
アメリカで中国の気球が撃ち落された。
事実関係とか双方の宣伝合戦が真実の追求と世論誘導を行っていて、今や風船の中の気体より、陰謀が膨らんだ気がする。
 叔父の台湾で沖縄への特攻に至る経緯を学童疎開を研究している きむらけんさんの本『台湾出撃沖縄特攻』が昨年12月8日に出版されて、この本を持って春日部市の郷土資料館で米軍の進駐とか聞いてみた。
 今の東武野田線南桜井駅前にヤオコ―を中心としたショッピングセンタ-がある。そこが終戦間際に都内から移転し稼働した軍需工場だった。今のセイコ―ブランドの時計の会社が戦時中に大砲の信管を作っていたようで、昭和20年7月頃に出来た高射砲の信管でB29を何機か撃ち落したという。ある程度の高度になって爆発してという。想像だが花火が上空で爆発している姿を思い出した。どうなのだろうか。
 戦後になってセイコ―の工場は賀川豊彦の主導によって農村工業を目指し、農村時計製作所を作ったが間もなく業績不振となり、売れていた目覚まし時計のブランドで再発足したという。このブランドはリズム時計という。
 春日部市の郷土資料館のブログで軍需工場の製品の中に風船爆弾の部品もあったようで、アメリカの気球騒動で思い出した。ただ稼働時期が終戦間際で風船に使われてはいない気がする。それゆえ風船爆弾の本にはセイコ―のことは書かれていない。精工舎の社史で事実関係を確認したい。
 戦後に埼玉県にも米軍が進駐したがなぜか千葉県よりの南桜井に進駐したか理由が判らない。しかしこの米軍の進駐によって、1KM位しか離れていないところに住んでいた叔父の親族の恐怖感があって遺書等の処分をしたと思われる。同時に付近の集落の人たちの記録と記憶を消し去った。この時期に米軍と為政者とで庄和地区の人々に何があったのだろうか。この件は埼玉文書館で埼玉新聞を読んでみたい。何かありそうだ。
 戦争前には軍部が威張り、戦後も米軍が威張った。
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