鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

飛龍図鍔 幸利 Yukitoshi Tsuba

2010-09-15 | 
飛龍図鍔 幸利


飛龍図鐔 銘 長州萩幸利

 飛龍あるいは翼龍と呼ばれる霊獣を題にえた、迫力ある鐔。激しく起つ波と水面に向かう飛龍を巧みに構成し、鍔という円形空間を構成している。優れた図柄である。赤銅地一色、抑揚変化のある彫刻に細密彫刻を加えただけで表現している力には驚きを感じよう。実は、長州鐔工は、龍の図も得意として多くの作品を遺している。鉄地を肉彫あるいは高彫とし、色金を用いずに鏨の妙味のみで表現している作例が多い。この鐔には波の構成に江戸時代後期の風合いがある。幸利(ゆきとし)は中原家の文化頃の工。

霊獣図鍔 ト忠 Bokutyu Tsuba

2010-09-15 | 
霊獣図鐔 ト忠


霊獣図鐔 銘 長州住ト忠作

 霊獣の代表格である鳳凰と麒麟を巧みな肉彫で立体的に表現した作。ト忠(ぼくちゅう)なる工については不詳。作風から江戸時代後期と推測され、古典的な題材を量感豊かに彫り出しているところなど、知名度は低いにもかかわらず技術の高さが窺いとれる。躍動感に満ちた鐔面は、鏨の切り込み強く肉彫の量感に抑揚変化があるところに拠る。ごくわずかに金の布目象嵌を施している。

桐に鳳凰図鍔 豊章 Toyoaki Tsuba

2010-09-14 | 
桐に鳳凰図鐔 豊章


桐に鳳凰図鐔 銘 長州豊章

 江戸時代後期安政頃の岡本家の名人豊章(とよあき)の作。殊に桐の表現を友直の作風と比較して鑑賞されたい。ふっくらと量感のある写実的表現になる葉の様子には、植物図を得意とした長州鐔工の特質が窺いとれる。表裏を使い別けているのも時代の下がる鐔の特徴。鉄地一色に巧みに彫刻しており、一切の色金を用いていないにもかかわらず瑞々しさが感じられる。

桐に鳳凰図鍔 友直 Tomonao Tsuba

2010-09-14 | 
桐に鳳凰図鐔 友直


桐に鳳凰図鐔 銘 長州萩住河治六郎右衛門友直作

 古典的な題材を題に採り、透かしを巧みに洗練味のある空間を創出した作。友直(ともなお)は江戸時代前期から中期にかけての河治家の工で分家した名人。これも植物図を題に得ているのだが、後の長州鐔工に特徴的な写実的な植物図ではなく、前時代の正阿弥派の作風を強く残した作風。鉄地肉彫に金の布目象嵌を巧みに施し、華やかな空間を演出している。鳳凰の羽の彫り様は前時代の正阿弥流から脱しており、鏨の効いた彫口が鮮烈であり、構成も美しい。

桜花図鍔 政富 Masatomi Tsuba

2010-09-13 | 
桜花図鐔 政富


桜花図鐔 銘 長州萩住政富作

 これも桜図の装剣小道具において紹介したことのある鐔。耳際に帯状に縁を設け、ここに唐草文を廻らし、一段低く鋤き下げた地に桜の花を文様化して散し配している。桜花はきりっと立った彫口で、鉄地一色ながら鮮やか。耳の唐草文は線が細いもののこれも彫口鋭く繊細な趣がある。簡潔な意匠ながら味わい深い作品である。政富(まさとみ)は江戸時代後期、文化文政頃の、岡田家の工。

秋草図鍔 友道 Tomomichi Tsuba

2010-09-12 | 
秋草図鐔 友道


秋草図鐔 銘 長陽萩住友道作

 以前に紹介したことのある、菊花を中心として秋草を生け花風に構成した大胆な趣のある鐔。水辺の岩は揺るぎない存在感を暗示しており、これに生命感豊かな植物を組み合わせている。絵画としても好まれた図であり、間々みかける。鉄地を高彫にして量感と立体感を演出し、花の様子、葉の様子、枝ぶりなどを巧みに表現している。植物だけでも長州鐔工の作域であることが想像されるも、さらに山水風に岩を描き添えており、長州鐔工の本質を見るようでもある。この工は河治友道とは異なる。

牡丹図鍔 清高 Kiyotaka Tsuba

2010-09-11 | 
牡丹図鐔 清高


牡丹図鐔 銘 萩住井上清高作 狩野美信(花押)

 幕府お抱え絵師である狩野美信(よしのぶ)の下絵を鐔に活かした井上清高(きよたか)の鐔で、両者の銘が刻まれている。量感のある鋤彫で枝牡丹を密に構成し、小透を施して立体感と密集した状態を表現している。鉄地一色の長州鐔工らしい作風である。
 清高は井上家の初代で、1790(寛政二)年から長州藩に出仕し、美信は1755(宝暦五)年に駿河台狩野家の家督を継いだことから、両者はほぼ同年代である。両工の関係、鐔工の他の芸術分野との関係など興味が広がるところである。

牡丹図鍔 友範 Tomonori Tsuba

2010-09-10 | 
牡丹図鐔 友範


牡丹図鐔 銘 長州友範

 前回紹介した牡丹図鐔と同様に鐔全面を花に見立てた作。肉彫の手法はより写実的で、花弁が描く曲線には艶麗な趣がある。微妙に凹凸のある表面の様子は実際の花のようにやわらか味が感じられ、蕊は金の点象嵌で印象的。裏面は牡丹の花を裏から眺めた様子であり、鐔という表現媒体であるが故の表裏を意識した構成である。長州鐔工による植物図の場合、鉄地一色で表現されたものが多いが、ここではわずかに金象嵌を施してその効果を高めている。
 友範(とものり)は江戸時代後期の河治家の工。植物図を多く製作していたようである。

牡丹図鐔 久平 Hisahira Tsuba

2010-09-09 | 
牡丹図鐔 久平


牡丹図鐔 銘 長州萩住久平作

 鐔の外周を大きく開いた牡丹の花形に造り込み、その華麗な風合いを鐔全面で表現した作。長州鐔工が江戸の伊藤派に学んだ作風の一つがこれで、植物のありようを、絵画的に、時に正確精巧な彫法で科学的な標本の如くに描き表わしている。この鐔は殊に大胆な描写が魅力である。
 久平(ひさひら)なる工について詳細は不明。長州にはこのように知名度が低いにも関わらず、表現意図に富んだ作品を遺した工がたくさん存在した。□

岩牡丹図鐔 友保 Tomoyasu Tsuba

2010-09-08 | 
岩牡丹図鐔 友保


岩牡丹図鐔 銘 長州萩住友保作

 岩場に花を咲かせる牡丹を大胆な構成で表現した作。鉄地高彫で色金を用いず、精密で精巧な彫刻を施し植物を彫り描くのも長州鐔工の特徴。植物図や精巧な写実的高彫は江戸の伊藤派に学んだことによる。伊藤派の中には長州に赴いた工もおり、長州鐔工も江戸に学んでいる。植物図の多くは背景を描くことなく、枝花のみという例が多いのだが、この鐔では、山水風の岩場を添え描いており、その風景観もみどころ。力強い作である。友保(ともやす)は中井家の流れを汲む幕末の工。

山水図大小鍔 信周 Nobuchika Tsuba

2010-09-07 | 
山水図大小鐔 信周


山水図大小鐔 銘 長州萩住信周作

 大小二枚にわたって描き表わした、古代中国の山水図である。鉄地をさほど肉高く描写しているわけではなく、描法が絵画的な、まさに水墨画のように感じられる作。岩や山の表面に微妙な鏨を打ち、植物の葉にも鏨を加えて繁茂の様子を表現している。
 山水図の背景には、煩わしい政治権力から離れて神仙の住む山中に隠棲したいと願う気持ちから生じた。この指向は我が国にも伝えられ、世捨て人と言われることを甘んじて受け、都会を離れて各地を歩き、和歌や俳句を詠んだ多くの詩人の姿も浮かんでくる。□

山水図鐔 友久 Tomohisa Tsuba

2010-09-06 | 
山水図鐔 友久


山水図鐔 銘 長州萩住友久作

 彫り込み深く、立体感に溢れる山水図を描き出した鐔。古典的な墨絵風ではなく、明らかに彫刻による立体感を意識した作である。この鐔において、現実の彫刻は高さが五ミリほどだが、この写真をみて分かるように、その倍、いや二十ミリぐらい彫り込んでいるかのような描写である。ことに図の構成が優れている。迫り出した岩場に老松、瀧が轟いて落ちる様子を李白であろうか眺めている。裏面の岩陰に隠れるように立つ庵、遠く霞む山並み。絵画を超越した作と言っても良いだろう。長州鐔工の作品は比較的安価である点もうれしい。友久(ともひさ)については、同銘数工あることから、どの系統であるのか、今後の研究に委ねたい。系統が不明な金工も、長州には頗る多いのである。

山水図鍔 友恒 Tomotsune Tsuba

2010-09-05 | 
山水図鐔 友恒


山水図鐔 銘 長州萩住友恒作

 江戸時代後期の中井家の友恒(ともつね)の作と鑑られる鐔。赤銅地を高彫にし、一切の色金を用いずに古典的な中国の山水図を再現している。ただし、これも裏面には我が国海辺に取材したと推測される干網の様子が描かれている。近景の松樹、添景である人物、遠く雲に浮かぶ山並みなど、鏨の使い方が巧みで、岩の様子も絵筆調。

山水風景図鍔 金幸 Kaneyuki Tsuba

2010-09-04 | 
山水風景図鐔 金幸


山水風景図鐔 銘 長州萩住山本孫右衛門金幸

 長州金工に山水図が多い理由は、室町時代の絵師雪舟の存在にまで遡ると考えられている。さらに大内氏が京都の文化を盛んに採り入れるなど高い教養を求めた結果でもある。
 古代中国の山水図を手本とした鐔もあるが、このような我が国の農村風景を題に得たような山水図も多く製作されていることも、実は長州鐔工の特徴の一つである。この鐔では、雲間から下界の様子を窺っている仙人風の人物も描き添えられており、図柄には大きな興味がある。
 鉄地高彫に金銀素銅の象嵌。山本孫右衛門金幸(かねゆき)は江戸時代中期の工。同図は同じ長州鐔工で、中井家の友恒にもあることから、現代の我々には計り知れない何らかの意味が隠されているのではないだろうかと考えている。□

山水図鍔 貞次 Sadatsugu Tsuba

2010-09-03 | 
山水図鐔 貞次


山水図鐔 銘 長州萩住有田源右衛門貞次作

 素銅地を変り木瓜形に造り込み、耳を打ち返して変化をつけ、近景は川辺の風景、中ほどに帰雁の群れを配し、遠い山並みは夕日に霞んでいる様子を描かずに、赤味のある地金の様子で暗に表現している。構成の巧みな作である。この鐔も古い正阿弥派の手法を下地としており、地の使い方、金銀の布目象嵌の効果的な使い方など、寂の世界観が見事に表現されていると言えよう。有田源右衛門貞次(さだつぐ)は江戸時代中期の工。長州鐔工に多い鉄地高彫を専らとするも、このような古典に倣った作品も遺している。京都の金工文化を良く伝え、良く再現しており、ことに素銅や真鍮などを用いた例は資料的価値が高い。□