Ⅳ. 大司教とその軍勢
忠実な軍勢と内部危機
自分の教義的路線への、自分が育てた司祭の殆どが持つ忠実さ、つまり“異端者でもなく、離教者でもなく、リベラル(自由主義者)でもなく、偏狭な教条主義でもない”ことは、ルフェーブル大司教にとって大きな喜びであった。残念ながら、悪魔は大司教の軍勢の中で不和を引き起こそうと働いていた。自分の弟子達であるこの軍勢に対し、大司教は時折、非常に意外な方法で励ました。
「もし私が間違っているなら、私のもとを去って下さい!私の正否について、調べることができるはずです。皆さんは図書室に聖伝【関連の書籍】を持っていますから、自分で調べる事が出来ます。」
聖ピオ十世会は、周期的に、苦い熱心という“熱病”によってかき乱されるか、或いは又、蕁麻疹のような自由主義の“掻痒”に貧血を起こした。ある神学生たちは、自らをやかましく“反自由主義者”と名付け、他者は自由主義者であると見做したので、大司教は彼らにこう言ってその過ちを気づかせた。
「確かに、貴方たちは近代の誤謬について知っていなければなりません。何故なら、真理を説く事は、誤謬から遠ざかる事を説く事でもあるからです。ですが、否定的で二次的な事柄を最重要項目にしないで下さい!第一目的とは、誤謬と戦う事ではなくて、真理を知る事です。貴方たちにとって最も重要な関心ごとは、勉強と、自分自身の聖化、沈黙、黙想、そして愛徳の実践です。」
大司教は、エコンに紛争をもたらしたトラブルメーカーを数人摘み出さなければならなかった。他方で、もし自分が誤謬とリベラリズムとに対して戦う必要性を再確認するなら、大司教はまたこの戦いの深い本性を思い起こさせるのだった。
「私達の戦いは、悪魔と堕ちた天使らの霊的な力に対する超自然的な戦いなのです。それは巨人との戦いであり、議論や知的論争ではありません。神学校に入学する事で、皆さんはカトリック教会の歴史に立ち入ったのであり、自然の領域ではない戦いを行うのです。さもなければあなたたちは真理から完全にはずれていることになります。私達の戦いは、天主の恩寵の領域にあるのです。哲学的に自分を準備して下さい。ですが霊魂を納得させるのは恩寵です。祈りと犠牲と苦行と聖徳を生きて初めてその恩寵を受けることが出来るのです。」
これこそが、ルフェーブル大司教の抱いていた反自由主義である。残念ながら、彼の言葉は必ずしも常に聞き入れられた訳ではなく、かつては非常に有望であった若枝も、その幹から離れ、「公会議の教会」に接木されるか、あるいは、みじめにも信仰から離れ去ってしまった。
一方において、大司教が自分達を離教に先導しているという、自ら抱いた想像上の離教を心配したある神学生たちは、【上辺では賛同を装う】半地下活動(1977年に見られた)や、公会議の教会の法だけを重視(1974年、1976年、1981年、1986年に発生)の内に逃げ込んだ。そして最後にはたっぷりと“【公会議思想により】再教育される” 羽目になってしまった。ローマに1986年に作られた神学校「マーテル・デイ」がこのつかの間の役割を果たすだろう。
又もう一方で、数人の司祭と神学生たちは、その度を過ごした熱心あるいは活動主義を満足させる教皇座空位論に惹きつけられ、聖ピオ十世会と袂を分かち(1983、1985、1989年に発生)、時として、彼らの中で分裂が起こり、幻想的な「独立司祭」となった。彼らはしばしば自分自身の論理に追い詰められ、司祭職を、それどころか司教職さえ、ベトナムのフエの前大司教、ピエール・マルタン・ンゴ・ディン・トゥク大司教によって聖別された司教継承による、思い違いか、あるいは非合法な司教たちの手から、授けられるまで駆り立てられてしまった。
非常に深刻な危機は、先ず1977年に エコンを襲う。この時、エコンの神学校校長と3名の教授たちが、神学生たちの一団とそこを去り、ブルターニュでの創立というつかの間の実験を試みた。その次は、アメリカ合衆国の番だった。それは1983年の春であり、ルフェーブル大司教自身が、自分の司祭の内、9名による反乱を見に行かなければならなかった。決定的な退会を前にして、反乱を起こした司祭達は大司教に言った。「もう私達は一緒に働けません。」翌年3名のアメリカ人新司祭が、聖ピオ十世会への忠誠と、司教に対する従順の神聖な約束 を完全に無視して、叙階された翌日に聖ピオ十世会を去って行った。最後に1989年、アルゼンチンの神学校では、前校長が出口のない冒険的離反の試みをして、それについて行った神学生の半数がその中で失われてしまった。このように自分の霊的息子である司祭たちによって欺かれた大司教にとっては、余りに多くの悲しみだった。
自分の協力者の一人であるウルバン・スナイダー神父は大司教を、召命の真偽があまり明確ではない司祭候補者をいとも容易く叙階するとして非難した。時折大司教は、ちょうどアフリカで表明したように、自分が人々に信頼を置きすぎることを認めた。しかし、信徒たちが訴える【司祭補充の】必要性こそ、判断基準となるのではないのだろうか?
【聖ピオ十世司祭兄弟会 (FSSPX) 創立者 ルフェーブル大司教 伝記 目次】
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