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2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

聖ピオ十世会 聖伝のミサ報告2019年9月 SSPX JAPAN Traditional Latin Mass

2019年09月12日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

天主様に感謝!9月は、初金と初土に大阪で御聖体降福式を、月の最初の主日には東京で御聖体降福式を行うことが出来ました。

主日の夕方から月曜日には、関東地方に台風が到来し、月曜日には電車がストップしてしまいました。月曜日の朝には5名ほどしかミサに与ることが出来ませんでした。去年のこの頃は、台風の被害で関空が使えなくなりましたが、今年は、成田空港が大変なことになりました。

ミサのご報告を頂いたので愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

大阪でのミッションありがとうございました。
9月の初金・初土のミサの報告をお送り致します。

9月6日(初金) 至聖なるイエズスの聖心のミサには14人、
9月7日(初土) 聖母の汚れなき聖心のミサには25人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

初金曜日のお説教では私達が天主様から受けた恵み、ご恩に感謝する義務がある事を、感謝の第一段階として、受けた恩義を知る事を黙想しました。

感謝をするためには受けた善を認識するところから始まるというのが聖トマスアクイナスの説明するところです。
恩を受けていることを知らなければ、感謝が出来ないのは当然です。イエズス様が十字架上で御父に、「彼らは成す事を知らざるにより赦し給え」という御言葉を思い出しました。

それで、私達が受けた事を聖アルフォンソ・デ・リゴリのイエズス様の愛の極みを用いて知る事を提案して頂きました。
イエズス様が永遠の長さと深さをもって私達を愛してくださる。
全知全能の天主が私達を愛するが故に、私達と一緒に居たかったから、「人となろう」とこの世にお生まれになり、その御自由、御名誉、御生命を与え尽くされた事。
天使さえ驚嘆する、世の終わりまで小さなパンの中に留まり給い、食べものとして私達と一致されるご聖体の神秘。
疑う余地のない天主の無限の愛を信じ、ただ、なぜこれほどまでに天主は私達を愛されるのか?という事が私達の理解を越える。
自分のような罪人にさえこのような大きな愛をもって下さるイエズス様をどうして愛さないでいられるでしょうか?
イエズス様に、頂いた、頂いている、これからも頂くであろう御恵みにマリア様おを通して感謝し、イエズス様の事を知らない人々の分も変わって感謝できるようになりたいと思います。

ミサの後のご聖体降福式ではこのお説教の黙想のまま、イエズス様に感謝と礼と賛美をお捧しました。

初土曜日には翌日がマリア様のお誕生日であったので、マリア様の御生涯について黙想しました。
永遠の昔から、全知と全能を持ってマリア様を選ばれた天主のみせつりは何と偉大な御計画だったことでしょうか!
天地創造の時、天主様は最初の人アダムを土からお造りになる前に、エデンの園という美しい完全な場所を準備されのなら、約束された第二のアダム、イエズス様がお生まれになるためにどれ程の美しい、完璧な場所をマリア様に準備されたかと創造するなら、マリア様がどれほど偉大かは一目瞭然です。
与えられた恵みに比例して偉大な謙遜をお持ちになられたマリア様を母として持つ私達はなんと心強いことでしょうか。
マリア様の事をよく知らない人々、誤解している人々に、マリア様を母と認める大きなお恵みがあるようにと願います!

初土曜日のミサの後にもご聖体降福式をして頂き、イエズス様の前で初土曜日の信心として喜びの玄義第一玄義を黙想しました。マリア様が、天主のみ旨を果たしたいと唯一望まれる愛は、いかなる苦しみをも厭われませんでした。私達もマリア様に倣う事ができますように、弱い私達がをリア様がお助けくださいますように。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え


【報告】【東京】
Dear Fr Onoda:

9月8日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 27人(内、子供4人)
女: 31人(内、子供5人)
計: 58人(内、子供9人)

【報告】【東京】
アヴェ・マリア・インマクラータ!   

聖霊降臨後第十三主日の御ミサと御聖体降福式をありがとうございました。

お説教でライ病人が病気のことを司祭に見せに行くことは、告解の秘蹟のことが暗示されているところですと教えていただきました。告解をしたいと望むこと、そしてその告解の準備をするために心の中をいろいろ調べること、心の中を覗いたとき罪に縛られて病んでいる惨めな自分の姿を見つけること、そういったことがすでに天主様の憐みのみわざによるものだと思いました。

ライ病人のように病んでいた者でしたので、この人生の途上でイエズス様に出会ったことでどれほど変えていただいたことでしょう。いただいたお恵みにどれほど感謝しなければならないでしょう。

イエズス様に出会わなかったら、罪のなかに生まれたということもよくわからず、そもそも罪とは何かということもわからず、聖なるものや永遠への憧れの本当の意味も知らず、周囲に流されるままに(この世の王)ルシフェルの支配に敷かれたまま、この世の終わりの扉の向こうに本当の戻る場所があるということも知らないままだったでしょう。(扉を開けると天国の門があり、そこに入る資格もない私はただ天主様に憐れんでくださいと懇願するしかないということも教えていただきました。)

この日の聖福音に「天主をたたえるために引き返してきた人はないのか!」と話されたことが記されているのは、イエズス様が自分の子どもたちから、感謝の言葉をいただくのがとてもお好きだということを知って欲しいからだと思いました。

天主様に祈り感謝をするということが人としての大切な務めだと理解しました。誰よりもひどい苦しみと痛みとを聖母と共に私の罪の代償としてお支払いくださったイエズス様に何もお返しをすることができません。どれほどの愛によって愛してくださっているか、イエズス様の御受難をいつも黙想することでもっとわかることができるようになりたいと思います。

今回は神父様からこのサマリア人のことを詳しく分析して考察するトマス・アクィナスの教説をご紹介いただきました。

第一に頭で自分が受けた恵みを認識すること、
第二に御礼の気持ちを口に出して言い表して讃美すること、
第三に行動や動作でも表現すること。
この三つの段階が、感謝するということには含まれるものですというお話でした。

私は、まだ受けた恵みの素晴らしさを十分によく認識できていないと思いました。洗礼によって罪から離れさせていただき、カトリック教会というノアの箱舟に入れていただき、本当の唯一の救いに導かれていることを、もっとしっかりと認識したいと思います。また、天主様に向かって、イエズス様に向かって、自分の罪を告白するときも、自己認識が必要と思います。自分の力だけでは自己認識は難しいものです。

イエズス様は、わたしの心の中の思いもすべてお分かりになられているにちがいありません。

朝と夕の祈りをけっこうぞんざいになおざりに口にしていることが多いことを反省いたします。そういうとき真剣に集中して祈りの言葉を申し上げているのではないことも全部お分かりのことと思います。できるだけイエズス様に心からの感謝の思いをお伝えしたいと思います。

御ミサや御聖体降福式のなかでひれ伏して跪いて感謝することができるのはなんという幸せでしょう。

天主様に向かう当たり前の態度と思いますのに、日本では公にはミサを変えてしまうと同時に少しずつこの身体を用いて天主様に自分の感謝と愛をあらわすことを禁止するようになっているようでそのことを恐ろしく思います。

忘恩の三つの段階を破滅に向かって下がろうとしているなら、日本は悲しいことになるのではないかと怖れています。本来天主様へ向かうように作られた人間の心を、迷わすような風潮を恐ろしく思います。

造られたものとして創造主に向かって感謝を忘れしまうという忘恩の嘆かわしさに陥りませんようにお祈りいたします。どれほど天主様が私どもすべての者を愛してくださっているかをもっと知ることができますようにと思います。マリア様もどれほど日本のことを心に掛けてくださっているか、秋田でもお話しくださいましたことが思い出されます。

そして、お説教での悲しくも今は忘恩に陥っている霊魂のためにも代わりに祈らなければならないとお話に、御ミサと御聖体降福式でもお祈りいたしました。

この日は童貞聖マリアの御誕生の記念日でもあったので、御聖体降福式での聖マリアの連祷をおささげすることができましたこと、格別にうれしく思いました、

ご聖体降福式を御ミサの後にも長時間お捧げくださる神父様はとても大変な犠牲と思います。いつも本当にありがとうございます。

童貞聖マリアの至聖なる御名がとこしえに讃えられますように!

今回の台風は私たちに今までの天主のお恵みに気づかせてくれました。
アヴェ・マリア・インマクラータ愛する兄弟姉妹の皆様、大阪の夕方の主日のミサについてご質問を受けました。【質問】童貞聖マリア様の御誕生の大祝日おめでとうございます!......


聖ピオ十世会:9月の聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ、旧典礼のミサ)の報告:SSPX JAPAN Traditional Latin Mass
アヴェ・マリア・インマクラータ!愛する兄弟姉妹の皆様、、台風21号は、大阪に大きな被害をもたらしました。聖ピオ十世会の聖堂は、被害が無かったとの報告を受けております。......


ベネディクト十六世「公会議後の楽観主義こそが、偽りの楽観主義だ。修道院が閉鎖されつづけ、神学校が閉鎖されつづけている時、全ては順調だ!と。私は言う。いいえ!全ては順調ではない。」
アヴェ・マリア・インマクラータ!愛する兄弟姉妹の皆様、今日は聖母の御誕生日です。おめでとうございます!ルルドさんというハンドルネームの方からコメントを頂きました。ル......


聖ピオ十世会日本 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告 FSSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年09月04日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

昨日は聖ピオ十世の祝日で、マニラでは夕方に荘厳ミサが行われました。天主様に感謝!
ワリエ神父様がミッションをすることが出来なくなってしまったので、9月の最初の主日には、フォルティン神父様が韓国と大阪のミッションをして下さいました。
9月1日には、愛する兄弟姉妹の皆様のしもべは、フィリピンのマニラとタナイで奉仕させていただきました。良きサマリア人のたとえも一緒に黙想しました。いつか、黙想の内容を愛する兄弟姉妹の皆様にもご紹介できるとよいな、と思っております。

レポートを頂きましたので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介します。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

9月の最初の主日のミサの報告をお送りいたします。
9月1日(聖霊降臨後第12主日のミサには19人、
9月2日ハンガリーの聖ステファノ王の祝日の朝ミサには10人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

この度のミサは、マニラのフォルティン神父様が来て下さり、隣人愛についてお説教をしてくださいました。

カトリック教会が年中通して、何度も兄弟愛、隣人愛について私達に教えているのはなぜか?それは、イエズス様が完成なさった新約の掟の最も大切な掟の一つだからにほかなりません。
イエズス様が、福音書の多くの場面で、兄弟愛がどれ程大切かを言及されているのは、それが私達の救霊に絶対的に必要な事だからなのだとお説教を聞きながら感じました。
自分はどれ程隣人に愛徳の業を行っているか、隣人の為に 祈っているか、隣人を赦しているか、隣人に忍耐を持って接しているか、隣人を大切にしているか、を深く考えさせられました。
ミサを通して、イエズス様をお喜ばせするために、イエズス様の光栄のために、「人をもわが身の如く愛する」徳を実践出来るように、また、聖ピオ十世の祝日が近いので聖ピオ十世会の修道院が日本に出来て、日本の多くの隣人がイエズス様の元に来られるように、祈りました。

聖ピオ十世会の神父様方がハードなスケジュールの中、犠牲を払って日本まで来て下さる事は、隣人愛の実践に他ならないと思います。私達は隣人愛の良いお手本を見て、神父様の隣人愛は有言実行であるからこそ、お説教も私達の心に深く響いているんあだなあと思いました。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え


聖ピオ十世会マニラ 近況報告

2019年08月29日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

聖ピオ十世会のマニラ修道院では、フィリピンの修道院長のミーティングがありました。











聖ピオ十世会 聖伝のミサの報告(2019年8月18日聖霊降臨後第十主日)SSPX JAPAN Latin Traditional Mass

2019年08月19日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

8月18日(主日)には、兄弟姉妹の皆様のしもべはマニラでミサを捧げておりました。私の代わりに、毎月一回、マニラからフォルティン神父様が日本に行って下さることになり、老司祭のしもべにとっては肩の荷が少し軽くなった感じがしております。(^^;)

大阪では Our Lady of Victories Catholic School のための第二献金を行ってくださり、八万五千円の寄付金が学校のために集まりました。大変感謝しております。

聖霊降臨後第十主日の福音に出てくる二人について、兄弟姉妹の皆様のしもべもマニラで黙想しました。

税吏は、とても軽蔑されている「非国民」とでも言われているような人でした。現代日本でも、それに相当する人がいるのかもしれません。でも口に出すのがタブーにされるようなレッテルを張られた人でしょう。私たちの主はそのような人を敢えて取り上げた、すごいなぁと思います。
税吏の態度は、謙遜です。
私たちの主と共に十字架に付けられた「良き盗賊」の態度を思い起こさせました。「主よ、御国に至らん時、私を思い出して下さい。」

税吏の言った「天主よ、罪人である私を憐れみください。」この謙遜な一言で、彼は赦されます。謙遜な心からの痛悔の念は、天主になされて、天主が嘉納します。

税吏が、一言、天主に憐れみを乞うている、たったそれだけです。その謙遜な一言で、聖化され、高められて家に帰っていきます。
税吏は、他の人々のことは眼中になかったかのようです。
謙遜は、真実で、真理を真理として認め、受け入れます。ありのままの現実をそうであるとします。

ファリザイ人は、掟を守っていた人々でした。不法なことはしなかった人々です。外の態度では立派でした。
ファリザイ人は、天主に感謝すると言います。何故なら、他の人々のように罪人(つみびと)ではないから、と。ファリザイ人には、他の人々のことだけが眼中にあったようです。自分を肯定して自慢して偉ぶるために、他人をおとしめようとします。
自分の力で自分はこんなにも素晴らしいが、他人は腐っている、と。
もしかしたら、他人が自分に対してやることは全て悪意だ、私は他人の犠牲者だ、他人は私から後で搾取するために善をしているのだ、と言い出すかもしれません。

ファリザイ人の態度は、主と共に十字架に付けられた「悪しき盗賊」の態度を思い起こさせました。
「あなたはキリストではないか。では、自分とわれわれを救え」(つまり、オレは正しい、オレが苦しむのはおまえが無能だからだ。)
あるいは、アダムとエワを思い出します。
ヤーウェから何故食べてはいけない木の実を食べたのかと尋ねられると、アダムは答えます。
「あなたがくださった女が、私に食べろと言いました。」(つまり、自分は正しい、あなたがよこした女のせいだ、つまりあなたのせいだ。)
今度はエワに尋ねると、エワはこう答えます。
「蛇が私に食べろと言いました。」(つまり、自分は正しい、あなたが創った蛇せいだ、つまりあなたのせいだ。)
フランス革命の時も、革命家らは、王や貴族など他人を非難しました。
共産革命の時も、いわゆる人民裁判は、社会正義の名の下に他者を非難しました。

私たちは、ともすると、他者を軽蔑・批判したり自己正当化したりするように流されがちです。「自分を義人と信じ、他人をさげすむ」傾向です。
では、どうしたら良いでしょうか?
書簡では、聖パウロが聖霊の働きがなければ「イエズスが主である」とも言うことが出来ない、とあるので、聖霊の働きを祈りましょう。
聖霊の浄配である謙遜なマリア様にお願いします。
そして、税吏の真似をして、ひたすら「天主よ、罪人である私を憐れみください。」と祈ろうと思います。

愛する兄弟姉妹の皆様にレポートをご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

[Image]

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日は予定通り、マニラからピーター・フォルティン神父が来て聖霊降臨後第10主日のミサを挙げてくださいました。

御説教では、今日の聖福音にあった高慢な男と税吏の男のたとえ話を採り上げて、謙遜の徳についてお話しいただきました。サタンの国では高慢しかないが、天主の国を支配するのは謙遜であること、誰よりもイエズス・キリストが謙遜の模範を示してくださったこと、謙遜は他のあらゆる徳の基礎であること、そして私たちと天主の関係、隣人との関係、また自分自身のためにも謙遜の徳が必要であること、などを教えていただきました。さらに、謙遜を学ぶ良い方法は、ミサのいろいろな箇所に現れる謙遜の例を学び、それを倣うようにすることであるということについても、ミサ中の典礼の例を挙げて説明していただきました。

今日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 26人(内、子供4人)
女: 31人(内、子供4人)
計: 57人(内、子供8人)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

今日8月19日は、102年前の8月19日にValinhosヴァリーニョスで、聖母が、「償いをしなさい、罪人のために祈りなさい、ひらひらと地獄に落ちる霊魂は誰も祈る人がいないから、」と三人の子どもたちに話された日ですね。二年前に見てきた御出現のそこのヒイラギの樹もまだ青々として立派な樹のままでした。

数日前のSSPXのニュースでその記事を読んでから、私はファチマの子どもたちのそのお話をまた思い出していました。そして、ルルドで御出現になられた聖母も、少女の聖ベルナデッタに同じことを話されたことを思い出しました。
光かがやくお姿であられましたことは、聖母マリア様が被昇天の勝利の栄光をいただいたことを思いました。

102年後の日本の地でまだ御聖体訪問もままならぬ少しも若くない私ですが、8月18日の御ミサには与る御恵みをいただいているので、この貴重な機会をとても大切にしなければと思いながら聖母の言葉を心に留めて御ミサに与りました。

罪人である自分が罪人のために祈ることがどれだけできるのかわからなくても、償わなければならない罪がどれほどたくさんあるかわからない自分に清めの場にいる霊魂や償いの必要がある霊魂のために何ができるかわからなくても、聖母の言葉をよく噛み締めて御ミサでお祈りしたいという望みを持ちました。(もしかしたらこれは前回のお説教のお話のこととつながることかなとふと思いました。)

取り分けてこの世的になにもできないのですが、できるだけどの瞬間も精神と霊魂の注意を内側に向けるよう努めて聖母の御勧めに少しでも適うことができますようにと願うしかありません。望んでも惨めさの極みの自分にはできないことも、ただお恵みによってなんでもできる御方が思いのままにしてくださいますように、と祈りました。
この世の中は悪魔が支配しているのでそれに心を奪われないようにしなければと思いました。たとえ短い時間でもそれができますなら幸いなことと思います。

聖霊降臨後第十主日のミサは、マニラからフォルテン神父さまが来てくださり、御ミサを立ててくださいました。お説教で謙遜のことを詳しくお話しくださいました。カトリック教会の礎はイエズス様ですがそのイエズス様が謙遜そのものの御方でいらっしゃいますことをお話しくださいました。たとえカトリック教会の今の見た目のようすが混乱に陥っている様子に見えてとてもこの舟に乗車するのをためらうという方でも、イエズス様のご謙遜をよく学びたいがためにこの舟に乗るなら、けっしてこの舟が座礁することはないことを発見するでしょうと思いました。そして一番よくイエズス様のご謙遜に学べる機会がこの御ミサですというお話を心に刻みました。

謙遜の練習はどうしたらよいかのことをお話しいただき、小さな子供たちになるようにということ、奴隷の仕事をするほどに他の人に仕えるということを、イエズス様が教えてくださったのですというお話も、心に刻まれました。

ルルドやファチマで小さな子供に言われたことを守ることが、小さな子供のようになることだと思いました。そういえばベルナデッタもヤシンタもフランシスコもルシアもロザリオをたくさん祈っていたそうです。都心の駅の雑踏の中でも、電車の中でもあまりにも多くの霊魂が滅びようとしていますという言葉が思い出され、そのためにもいま教皇様のためロザリオをお祈りしようと思います。
ご謙遜であられるイエズス様と同じくご謙遜であられるマリア様に倣って、この世での生が与えられている限り、その御勧めに従っていつも償いの精神と罪人のために祈ることを忘れないで過ごすことができますようにと思いました。

聖母の汚れなき御心、われらのために祈り給え
聖マリアの汚れなき御心のうちに

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

8月18日 聖霊降臨後第10主日のミサには23人が、
8月19日 聖ヨハネ・ユードの祝日の早朝ミサには、10人が御ミサに与るお恵みをいただきました。デオグラチアス!

主日のお説教では謙遜について黙想しました。
高い徳の塔を立てたいのならば、その基礎になる謙遜がなければ塔は決して立たないと神父様が仰った事を考えながら、自分の聖徳への進歩があまりにも遅いのは、土台がしっかりしていないからだ、謙遜が足らないからだ、とハッキリとわかりました。

つい最近フランスのシスター会の修練女の方から頂いたお便りで、ルフェーブル大司教様が残されたシスター会の会則に「謙遜を身に付けない修道者は生きる矛盾である」という言葉がある事を伺いました。お説教を聞きながらこの言葉を思い出し、自分も修道者に残されたこの言葉を、(もちろん修道者の方々の様に立派ではないですが)自分にも当てはめて、生活したいと思いました。

神父様の仰る様に謙遜の最高の見本であるマリア様に、お助けとお取次を願いたいとおもいます。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

聖ピオ十世会日本 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年08月15日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 聖母の被昇天のお慶びを申し上げます。いかがお過ごしでいらっしゃいますか?
 今年は、残念ながら日本での御ミサと聖母行列はありませんでした。ニュースによると、西日本に台風が直撃したとのことで、ミサがあったとしても聖母行列は難しかったかもしれません。

 8月11日と12日には大阪で聖伝のミサを捧げました! ご報告を頂いたのでご紹介いたします。

 愛する兄弟姉妹の皆様のしもべは、8月13日から16日までソウルでのミッションを行っております。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

御ミサの報告をお送り致します。
8月11日 (聖霊降臨後第9主日) には29人、
8月12日 (月) 聖クララのミサには19人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

月曜日にはミサの後、御聖体降福式をして頂き、日本の歴史を振り返り、聖母に受けた多大な恵みをもう一度思い出し、ご聖体の御前で公式に日本のマリア様の汚れなき御心への奉献を更新しました。この事が、どれ程大きな意味を持つかを私達はあまり理解していないのだろうけれども、同時にマリア様に全てを奉献するしかもう術がないという事はよくわかっているように思います。

このような大きな恵みを受ける資格も価値もない自分ですけれども、マリア様をお与え下さり、このような機会をお与え下さった天主様の御憐みにただただ感謝するばかりです。

主日の御ミサのお説教では、この日のパウロの書簡と、、聖福音について黙想しました。
神父様はお説教の冒頭に、「まず、イエズス様の聖心が涙を出されれいる事を黙想してください。マリア様の汚れなき御心が、涙を流されていることを黙想してください」と仰いました。
涙を流されるイエズス様を黙想しつつ、特別の愛を注がれたイスラエルの民がその沢山の偉大な恵みを無駄にしたこと、その恵みを受け入れようとしなかった事実を聞きながら、イエズス様の涙がどんどん具体化されていくようで、とても悲しくなりました。
イエズス様のおそばの涙を流されるマリア様が自然に想像されました。


私達カトリック信者も、イスラエルの民が受けたように、信仰という大きな恵みを受け、日々沢山の恵みを与えられていいるのだから、これを無駄にすれば滅びたエルサレムのようになってしまうという教訓をしっかり心に刻みました。
また、「自分の心を祈りの家にする」事が出来るように、更にマリア様にお助けをお願いしたいと思いました。

月曜日は聖クララの生涯について黙想しました。
聖クララの修母様としの犠牲と断食と祈りの42年は、「天主のみ旨を行う」、「即ち会則の遵守」によって聖なるものになりました。
マリア様がそうされたように「天主のみ旨のままに」を私も自分の会則として徳を積めるようにお助けをお願いしました。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

【報告】
Ave Maria Immaculata !
聖母被昇天の祝日おめでとうございます。

今日は大阪のお聖堂でお祈りをして、聖歌を歌い、小野田神父様の被昇天のお説教を朗読してもらって被昇天の黙想を致しました。

イエズス様の御前でマリア様の被昇天をお祝いし、マリア様をお与え下さった天主様の偉大な御摂理に感謝致しました。

マリア様に導いて頂いて、私達もいつも日か同じように天国に上る事が出来るためのお恵みをお願い致しました。(…)

被昇天のマリア様が取次ぎくださいますように!!

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

ビルコック神父様のこの「命」についてのお話しで、ビルコック神父様は「ヨーロッパでは…」と仰られていますが、堕胎、ジェンダー、あるいは性教育、あるいは罪の教育という地獄の文化は、今の日本にもほぼ当てはまっていて、自然の命のみならず、超自然の霊的な命を守る為に、本当にロザリオによってマリア様の汚れ無き御心からの特別の回心の御恵みの必要を感じました。

ファチマでも秋田でもマリア様は、「ロザリオの祈りを『たくさん』唱えるように」と、この「数量の多さ」について言及されていて、

ふと考えてみますと、以前シュテーリン神父様も聖母黙想会の時に仰っていましたが、マリア様は、私たちの腐ったようなリンゴの贈り物でも、それをマリア様にお捧げすると、マリア様はそれを天主様イエズス様の気に入るようにとてもきれいにして、それを御捧げして下さるので、イエズス様はそのマリア様からの贈り物を非常に喜んでお受け取り下さる。と。

しかしマリア様は、その捧げ物をきれいにする為の、その「材料」は、私たちが御捧げした拙い祈りや犠牲を使ってのみ、それをする事がおできになるので、たとえ私たちが本当に弱さの故に、あまり聖人方のような全く雑念のないロザリオを唱える事ができなかったとしても(もちろん故意に気を散らすのは…ですが)、レベッカがヤコブが捕ってきた本当に小さな山羊を、イサアクの気に入るような絶品料理に仕上げて下さったように、よりたくさんの材料があれば、より多くの天主様イエズス様の気に入る最高の贈り物を御捧げする事ができるので、ロザリオを「たくさん」唱えて下さい、と仰ったのかなぁと思いました。

軍勢を整えた恐るべき軍隊の総指揮官であるマリア様が、「ロザリオをたくさん唱えて下さい」と仰ったのであれば、そのマリア様の騎士でありしもべである私たちは、「はい、マリア様、分かりました!今、〇〇環が私たちの内で集まっております!」とマリア様に報告をし、互いに励まし合うのは、とてもマリア様が御喜びになる事であり、天主様の御旨に適った事ではないかと思います。(今回は霊的花束なので、途中経過などはないと思いますが)

「教皇、司教、司祭の為にたくさん祈って下さい」「毎日ロザリオの祈りを唱えて下さい」「ロザリオの祈りをたくさん唱えて下さい」「もはや既に、祈ろうとする霊魂が集められております」

秋田のマリア様が集められたその霊魂の中に、憐れな私の霊魂も入る事ができますように。

聖母の汚れ無き御心よ、我らの為に祈り給え!
秋田の聖母よ、我らの為に祈り給え!

2019年8月11日(主日)大阪の聖母の汚れなき御心聖堂の夕方6時のミサ

2019年08月12日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

8月11日の大阪のミサには29名の兄弟姉妹が与ることができました!天主様に感謝します!

聖母の汚れなき御心よ、我らのために祈り給え!
トマス小野田神父












聖ピオ十世会日本 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年08月10日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

聖母の被昇天が近づいていますね。いかがお過ごしでいらっしゃいますか?

8月2日(初金)には、大阪でミサの後、顕示された御聖体の前で聖時間を過ごしました。
8月3日(初土)には、初土の信心を、顕示された御聖体の前で行いました。
8月4日、東京で御聖体降福式を行い、11月に日本に来られる教皇様のために特に御捧げしました。

8月4日には東京で生まれたばかりのマリーちゃんが洗礼を受けました。
8月5日には岩国で生まれたアラベルちゃんの洗礼式を行いに、岩国に出張しました。

聖ピオ十世会日本の記録によると、2019年には今までに、14名の方々が洗礼を受けました!天主様に感謝!


Photo credit


ご報告を頂きましたので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。
天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】【大阪】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

大阪でのミッションありがとうございました。
簡単ですが、ミサの報告をお送り致します。

8月2日(初金) 至聖なるイエズスの聖心のミサには13人、
8月3日(初土) 聖母の汚れなき御心のミサには23人が御ミサに与るお恵みを頂きました。デオグラチアス!

金曜日にはお説教で聖アルフォンソで・リゴリのイエズスの聖心へのノヴェナの一部を黙想しました。
自分がどれほど恩知らずで、冷淡かを改めて黙想すると同時にこんな自分をイ エズス様がどれほど愛して下さっているかをよく黙想出来ました。
神父様の勧めに従って、まず今月、この8月をイエズス様の聖心をお慰めできる月にしたいと思います。

土曜日にはお説教、御聖体降福式と共に、被昇天について黙想しました。
現代、世の中は肉体の欲求を満たす事と肉体のみを大事にする事が善とされて、腐ってしまう肉体よりも究極の目的である永遠がないがしろにされています。
私達は霊肉ともに天へ上がられたマリア様に倣って、マリア様の通られた道を歩けば、世の終わりには肉体と霊魂の結合ののちに復活して永遠の幸せを受けることができる。
これは辛い日々、苦しみの中にいる私達に大きな慰めとなりました。
イエズス様が マリア様を迎えに来られた様子を黙想し、自分の死の時にもイエズス様、マリア様が迎えに来て下さる事を思えば、この世でカルワリオの十字架の元に立ち続ける勇気がでました。

両日とも聖体降福式をして頂き、傷つけられた聖心をお慰めするため、また、11月来日される教皇様がイエズス様の代理者としての事業のため、特にお祈りしました。
また、うだるような暑さは天主様が今私にあたえてくださっている憐みだと思って天国に行くために徳をつむこれらのチャンスを出来るだけ生かすことができるよう、お恵みを願いました。

至聖なるイエズスの聖心我らを憐み給え
聖母の汚れなき御心よ我らのために祈り給え

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日(2019年8月4日)の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 30人(内、子供4人)
女: 23人(内、子供3人)
計: 53人(内、子供7人)


【報告】
Ave Maria Immaculata!

聖霊降臨後第八主日のミサと聖体降福式をありがとうございました。
この時期の聖福音では、死の準備をすることが取り上げられるようになるとのこと、今回のごミサでは、管理している会計の帳尻が合わないと説明を要求され不正をしたその管理人が主人によくやった!と誉められる様子が、読み上げられました。

ミサと聖体降福式のなか、天国で天主を礼拝し賛美する喜びが思い浮かばれ、この世でその喜びのいくらかをわずかながら感じさせていただいていることをちょっぴり感じました。天主の憐みを乞いねがいました。

お説教では、死の準備がそのまま天国へ向かう準備へとなるには何を心がければよいのか、教えていただき黙想しました。
聖福音が読まれたときは“不正をしたこと”のほうに気持ちが向きがちだったのですが、お説教により、これは「将来天国へ入れるための備えを賢明にしたことを誉められていること」とわかりました。

神父様のお話は霊的な富のことであったように思います。
人間を中心にする合理的精神から見ようとすることと、天主を中心にしてその憐れみ深い御計らいを眺めることは、全く別なものでしょう。観念にとらわれてしまえば霊的な富への理解が乏しくなり「まず天主の栄光ということが求められる」ことから離れてしまうようになるのだなあと感じました。

神父様のお話から、「賢明に生きる」とは、手にする稼ぎ得た金銭をどのように天主の栄光のために用いるように思慮するか、この世で生きられる時間を天主の栄光のために使えるようにどれほど工夫するか、いただいているなんらかの能力があるとしたら如何に天主の栄光のために使うか、恵みによるせっかくの健康な体をつまらないことにばかり動かすのではなく天主の栄光のために働けたのか、というようなことと受け取りました。そのようにできることは特権をいただくことであり、天主の憐れみをいただくことだと伺ったようにおもいます。

また「霊によって体のおこないを殺すなら、あなたたちは生きる」とは、霊によって肉の負債を殺すこと、天主の子として天主からいただいたものを天主に返すことで、それにより天主の遺産の共同相続人となることができるということというお話も、心に刻みました。

天主の御業がこの地上に行われるために、主がこの貧しい器をほんのわずかでも用いてくださいますように。いつかそっと天の庭に移し替えられる小さな草のようになることを願いながら、毎日を大切に過ごしていきたいと思いました。

そして、誰よりも賢明に生きられたマリア様に倣うことができますようにと思います。
神父様、この暑さの中の移動だけでも大変なことと思います、ミサの後も、産まれたばかりの赤ちゃんの洗礼式へと向かわれるとのこと、翌日も岩国での赤ちゃんの洗礼式に向かわれるとのこと、本当に私たちのためにご奔走してくださいましてありがとうございます。どうぞくれぐれもお身体にお気をつけてくださいますようにと思います。今回も大阪と東京と続けて御ミサを立ててくださいまして、心から感謝申し上げます。聖母の汚れなき御心が小野田神父様をいつもお守りくださいますようにお祈りいたします。


【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

素晴らしい御ミサと聖体降服式をありがとうございます。
お説教を拝聴して心に留まった幾つかの箇所がありました。
「殉教者たちはゆるく縛られ遠火で焼かれ、いつでも逃げられるようにされていた。それは背教しようと思えばいつでも背教できるように置かれていたということなのです。」という部分もそのうちのひとつです。

日本の殉教者たちがあえてそのような状況で火炙りの刑に処せられていたというのが、現代のカトリック教会の置かれている状況とどのように似ているのか、いま私の置かれている状況とどのように似ているのか、少し考えてみました。
カトリック教会そのものは普遍であり聖なる唯一の救いの場であり、イエズス・キリストの聖なる花嫁であると思います。それは現代のカトリックでも同じだと思います。
けれど現代では、カトリック教会に入りこんでいる何か(サタン)によって、かくも信者に眠らせるよう仕向けられ、信仰から離れさせようと仕向けられ、その策略に責めたてられているのではと思いました。

ミサ聖祭が変えられようとしたということだけでなく、隠されている策略によって人々をしっかりしたカトリック信仰から離れさせよう背教させよう近づかせないように歪曲してしまおうという得体のしれない何か(サタン)の働きがあるように思えてきました。
カトリックの教義を柔らかくする(新しい時代に合せて変える)ことも、“ゆるく縛るようにされていること”を指すのかもしれません。そういう意味でも、私達もゆるく縛られている者なのでしょう。

遠火で焼かれ煙でいぶされているということも、新しいカトリックを認めれば火に焼かれなくて済むぞ!と、脅していることと似ているかもしれません。新しいミサを認めれば、いつでも火炙りから逃れられるぞ!と。跪きを止めて立って手で聖体拝領をするなら、仲間だぞ!と。

奇抜なミサも新しい形のものなら許されるのに、伝統的なミサ聖祭だけは存在を認めようとせず仲間外れにして認めない。少しずつ新しい制度を導入して、最初は試験的な制度だからと言って眼をくらましておきながら、最後には新しい制度に反対する者を断罪する。

そういったことは、伝統的なカトリックのミサ聖祭が行われていたことを忘却の彼方に捨て去りたいがためとする偏狭的な策に思えます。(今も世界各地で聖伝のミサは捧げられ、増えてきてさえいるというのに、いったい何故なんでしょう。)
そのようにして、日本のカトリック信者をまるで遠火で焼いて燻(いぶ)して抹殺しようとしているのかもしれないと思いました。

外から来る迫害か、あるいはこの時代精神全体がカトリック教会全体を揺さぶっているところからくる内側から来ている迫害なのかの違いはあるとしても、今の日本のカトリック教会の危機は日本の聖なる殉教者たちがかつて受けたものと同じ迫害の苦しみのように思えます。
昔の日本の殉教者たちがどれほどしっかりと信仰を守り通そうとしたかを学ぶことは、現代のカトリックの信者も「最後まで最初から伝わるカトリック信仰を捨てない、迫害を受けても曲げないし、たとえ伝統を保とうとするものはもうカトリックではないと脅されてもそれにくみしない」と持ちこたえようと努力することにつながっていくのではと思いました。神父様のお説教からこんなふうに連想いたしました。

社会が革命の精神により変えられ人権を主張することが正しい人間の道だと広められ、教会の中でさえ変えられる必要が叫ばれてから、変わっても大丈夫なことと決して変えてはならないことの区別・識別がサタンの攻撃によってすっかりぶれてしまったのかもしれません。煙で燻しながら知らず知らずのうちにカトリック信仰から信者を離れさせ背かせるようにするというサタンの手段の一つかもと思います。いったい誰が信仰を持ち続けているかさえ、煙の中ではすっかりうやむやになり見えなくなります。共産主義者も、フリーメーソンのものも、精神分析主義者も精神世界愛好者も、ヨガの愛好者も、座禅の修行も、LGBTも、すべて区別なくそのままに受け入れているのを目の当たりにし、混然としてわからない有様です。ゆるゆるに見える寛容さの名目のもと、日本独自の新しいカトリックというスローガンに振り回されるあまり、実はサタンから様々な内部攻撃ともいうべき処刑を受けているさなかかもしれないと思ったら恐ろしくなりました。カトリックがバラエティー化され本質的な部分を失うようになれば、なによりマリア様がどれほどお悲しみになられることでしょう。私自身もこれまでいろいろな影響を受けてきているので、果たして自分は純粋な正統のカトリック信仰を本当に持っているだろうかと謙遜に自分自身を省みようと思います。

聖ピオ十世会は伝統的カトリック信仰を保ち続けることを宣言しています。これほどの攻撃を現在受けている理由も、そこにあるのでは思っております。ラジカルで、現代主義の、享楽的で、革命の精神が蔓延る、人権を天主の権利より擁護する、この時代の中で、カトリックの伝統的な信仰を守ろうとすることはどれほど殉教的なことであるかあらためて気づかされました。使徒継承のままの信仰を宣教してくださる修道会の御ミサに与れる幸せを感謝いたしました。

日本の枢機卿様・司教様たちも、きっと純粋なカトリック信仰が日本に復興することを願っていらっしゃることと思います。
フランシスコ教皇様の来日の予定が発表され、カトリック信仰が世間の注目を浴びることも増えるようになると思います。
教皇聖下のためのロザリオの祈りを続けながら、日本に正統なカトリック信仰のよみがえりが興って、真面目に霊魂の救いを求めようとする多くの日本人が必ずカトリック信仰との出会いを発見することができますように、と願っています。

聖母の汚れなき御心、我らのために祈り給え
秋田の聖母、我らのために祈り給え
日本の尊き殉教者、我らのために祈り給え

飛行機からの富士山

2019年08月09日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

今週は、赤ちゃんの洗礼式に岩国まで行って来ました。その時見えた富士山の写真をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田神父


帰りの富士山


岩国の眺め 岩国城から


錦帯橋





行きに見た富士山






キリストの花嫁たち 聖ピオ十世会の修道女会終生誓願式 アメリカ

2019年07月27日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

今年2019年4月28日、白衣の主日 Quasimodo Sunday、アメリカのミネソタ州のイエズスの聖心修練院で、二名のアメリカ人女性が着衣式を受け、二名のフィリピン人修道女らが終生誓願を立てました!






日本からも多くの聖伝に従うキリストの花嫁たちが生まれますように!

天主様の祝福が豊かにありますように!

トマス小野田神父




来年の復活のロウソクを準備中です

2019年07月26日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様!

来年の復活祭のために、復活のロウソクを準備中です。






天主様の祝福が豊かにありますように!


聖ピオ十世会 聖伝のミサ(トリエント・ミサ ラテン語ミサ)報告 SSPX Japan Traditional Latin Mass

2019年07月22日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

聖ピオ十世会の聖伝のミサの報告を頂きましたので、愛する兄弟姉妹の皆様にご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)



【報告】
Ave Maria Immaculata!

7月の所感をご報告いたします。

7月13日・14日の東京でのシンポジウムのために、フランスから聖ピオ十世会のビルコック神父様とイエズス会のトマス神父様が来日されて、
大阪では、9日から12日まで毎日3つの御ミサを捧げてくださいました。
また14日には、アジア管区長のサマーズ神父様が大阪で主日の歌ミサを捧げてくださるために、
東京の前に大阪にお立ち寄りくださりくださいましたこと、天主様に感謝申し上げます。

私たち日本の信徒にとって、ビルコック神父様はお会いする前から、存じ上げていた神父様でした。
毎週日曜日に、有志の信徒の方が、ビルコック神父様のカテキズム動画に日本語字幕をつけてアップしてくださり、毎週楽しみに視聴していたからです。

※聖ピオ十世会フランス管区のWEBサイトでビルコック神父様によるカテキズム動画(1話10分ほど)がアップされています

カテキズムのお話は簡潔でわかりやすく、毎回、初めて知ることがあり、「天主様に感嘆、感謝」せざるを得ません。

動画を拝見していると、神父様は頭脳明晰で、厳格であられるイメージを持っておりましたが、実際のお人柄は、柔和で高貴な聖なる雰囲気をたたえた神父様でした。

歌ミサでは聖歌隊となって一緒にグレゴリオ聖歌を歌ってくださったり、終課を一緒に歌いました。

神父様が素朴な美しい声でお歌いになると、教会の祈りであることを思い起こされ、感激いたしました。

イエズス会のトマス神父様は、威厳があられるのに、お優しく、控え目で謙遜な雰囲気を持っておられました。

東京で、マーチフォーライフの前のビルコック神父様の講話中に、どなたかが階段をすべらせたような音がしたときに、トマス神父様が咄嗟に階段に助けに向かわれたお姿が印象的でした。

2点についてご報告したいと思います。

その①
このたび「フランス革命」と「マーチフォーライフ」に関係性があることを理解しました。
特に、ビルコック神父様の講演と講話でお話になられておられていたと思います。

【マーチフォーライフの前の講話の要旨】をまとめてみました。

・「革命」の真の姿は「天主に対する憎しみ」「天主の秩序に対する憎しみ」「天主をひきずりおろして玉座についた人間」だと。(講演より)

・本来革命を阻止すべき役割、できるはずだった聖職者は啓蒙主義の毒に冒されて、自らが崩壊のために働き犠牲となってしまったと知りました。(講演より)

・堕胎・同性愛・安楽死の考え方は罪の精神(悪魔の精神)であり、生命を攻撃するのは「自由享楽の精神」・「個人主義」の精神。

・自由の精神こそ「革命の精神」であり「人間が天主になろうとすること」

・人間中心主義は、人間の死に行き着く。自由を求めて生命に逆らうほど不幸になる。現代社会は人類の自殺の文化(死の文化)といえます。

・マーチフォーライフは単なる堕胎反対のみならず、生命の掟十戒に逆らう全ての文化に対する反対を表明するものなので、
 私たちカトリックはマーチフォーライフなどで戦うことが必要。

・マーチフォーライフに参加することは勇気のあること。それは国の法律に反対の声を挙げることだから。私たちの知性と意志を罪の精神から守ることです。

・聖フィリッポ・ネリは毎朝、天主に祈っていた。「主よお護りください。主の御助けなくしては、夜にはイスラム教徒となってしまうでしょう」と。祈りこそ重要。

・ですからマーチに参加にしながら、お祈りしてください。私たちが快楽・自由の精神から守られるように。

・マーチは自然の生命だけを守るのではなく、超自然の行為であって「信仰宣言」なのです。

・天主ご自信が生命であり、生命は全て天主のものである。生命である天主が人間となり、人間の生命を贖うためにこの世に来られた。

・マリア様の胎内から、洗者聖ヨハネを聖別され、病人を癒し、死者には生命をお与えになって、天主自らが、どれほど人間の生命を大切にされたかを示された。

・堕胎はイエズス様の事業を軽蔑し、主ご自身をも軽蔑することになる。

・なぜ主は人間の生命を大切に思われたのか?それは身体を活かしているのは霊魂であり、霊的生命は永遠であるから。

・肉体を滅ぼさない状態で、人間の霊魂を殺すことができる。それは霊魂に天主に対する敵対をおく(罪の状態にあること)ことで、罪は永遠の地獄を招く。
 よって死の文化=地獄の文化といえる。

・1917年7月にファチマの聖母は三人の子供たちに地獄のビジョンを見せられた。1917年には堕胎法も安楽死もなく、教会にはまだ多くの信徒がいて、教会の権威もあった時代だった。もしも今日、マリア様が地獄を見せられたら、どれほど多くの人が地獄に落ちていることか?

・霊魂の生命を殺すことは、もっと重大なこと、マーチフォーライフは胎児のために生命を守るために、また超自然の生命を守り生きることを願って歩きましょう。

・マーチフォーライフに参加することは良いことだが、最も大切なことは祈ること。

・カトリック信者は個人的にそして公的に祈る義務がある。公的に祈るのは、信仰を告白し、生命である主に属していることを表明するためです。

・大切なのはマーチで歩きながら、祈ること。周囲の人々に生命を守ることが大切だと見せるとともに、もっと高貴な霊魂の生命を守るために歩かなければいけない。

・霊魂の生命は本当の光、生命は真の光であったと聖福音に書かれている。祈りながら生命を守るだけでなく、周囲の人々の光とならなければならない。

・こうすることで主の真の弟子となることができる。主のように生命と光をもたらすからだ。

・生命を守る最善の方法は、ロザリオを祈ること。ファチマの聖母は地獄のビジョンを見せられたときに、地獄にいかない薬もお示しになられた。ロザリオを祈ることだ。

・ロザリオの祈りの単純さは天主から来たことを証明している。ロザリオは単純で、普遍的。三歳の子供でさえも、老人も一緒にロザリオを唱えることができる。

・頻繁に多くロザリオを唱えることは、天国を約束されているといえる。

・現代社会に生きて仕事をしておられる皆さんにもロザリオは大変重要です。時間の隙間で三分で一連唱えれば、いちにちに一環以上のロザリオとなるでしょう。

・今日のみならず、いつもロザリオを唱えましょう。

・今日はファチマの聖母と一緒に歩きましょう。ファチマの聖母はロザリオの聖母でもあられます。

・ロザリオはフランス語で「王冠」という意味。肉体と霊魂の生命を守るために歩くように、おみこしのバラの花、物質的な冠と霊的な王冠をマリア様に差し上げるために歩きましょう。


その②
このたび初めてマーチフォーライフに参加いたしました感想としましては、

・今年はカトリックの司教様がお二人も参加されて、神父様やシスターがたもおられ、大変嬉しく心強かったです。

 カトリック教会への良い影響となり、来年は更に多くの司教様、神父様、シスターが参加されますように!

・うれしいことに、今年は前年より多い300人以上の方が参加されたそうで、築地教会の正面のお庭には人があふれているようでした。

・今後さらに参加人数が増えることを想定すると、日比谷公園などの大きな公園での集合→大きな公園までのマーチとなっていくのかな?と思いました。

・私たちは、小野田神父様のご指導どおり、ファチマのマリア様から離れずに、ロザリオで祈りの行進をすることができたと思います。
 アヴェ・マリアとグロリアの歌声があるほうが、沿道の通行人の方がたへ「祈り」をアピールできたのでは?と思いました。

小野田神父様は、シンポジウムの準備、通訳、マーチフォーライフ、来日された神父様がたのお世話や案内、日本のミッションでの細かなことまで気配りをされて、
大変お疲れになられたことと思います。充分に休養される間もなく、いつものように次のミッションに向かわれてしまいましたが、
くれぐれもご無理なさいませんように。

聖母の汚れ無き御心よ、我らのために祈りたまえ。
ファチマの聖母、ロザリオの聖母よ、このたび来日くださった神父様がた、小野田神父様をお護り、御助けください。
ファチマの聖母、ロザリオの聖母よ、我らのために祈りたまえ。



【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

今年も、小野田神父様のロザリオの先導で、百合や薔薇で飾られたファチマのマリア様とマーチフォーライフを歩けましたことありがとうございました。
サマース神父様、ビルコック神父様、トマス神父様と、4人の神父様達もご一緒でした。
北から南から遠くからおいでになった友人たちも、今回マーチフォーライフに初めて参加したけれど、とても素晴らしい体験だったと話してくださいました。

私たちはマーチフォーライフに参加する前、フランスからおいでくださったパリのサン・ニコラ・ドゥ・シャルドネ教会で働いておられる司祭であるビルコック神父様から、いのちをテーマにした霊的講話を拝聴し、カトリックの祈りをこのような形で公式に表明することもとても大切なことですというお話を伺って、カトリックの精神に従って、築地カトリック教会から日比谷公園まで祈りの行進をいたしました。

私自身が周りのカトリック信者さんにマーチフォーライフのことをお伝えして、一緒に参加できるとよいですねと申し上げると、「中絶反対とか堕胎はダメというのは現実の世の中の厳しさ悲惨さを知らないからで、生まれてこないほうが親のためにお腹の子のためにも良い場合があるのよ、それに第一私たちの行っているカトリック教会では神父様がマーチフォーライフで訴える内容を話しているのを聞いたことがない」という答えが返ってくるのが多く、悲しい思いをしてしまいました。

“今回は司教様達も参加してくださるんです”と言っても参加の反応がよくなくて、インターネット上にも中傷の記事が見られるなど、まことにカトリック信徒としてあまりに情けない様子が見られました。

このまま日本の東京近辺のカトリック教会が、中絶も堕胎も場合によっては仕方ないことという態度を表立っていわないとしても、このようなマーチフォーライフという活動を敢えて無視する態度を取るということは、一体どういうことなのだろうかと、考えこんでしまいました。どんな活動でも、その過度期というのは、いつでもこんな具合なのでしょうか。

でも実際のマーチフォーライフでは、いくつものカトリック教会から来られたかたや、プロテスタント教会の方や一般の市民の方々大勢のかたと警察の方に助けていただきながら、東京のど真ん中を歩けたことを感謝申し上げます。

私自身、カトリック教会がいのちのことをどのように教えているのかをよくわかっていないものですから、これからもっと学ぶ機会が与えられますようにと思っています。同じ気持ちの方が手を取り合って連絡しあって、もっとこの東京・千葉・神奈川・埼玉のカトリック信者のなかにおいてもカトリック教会が教えているいのちの尊厳のことを、神父様たちや専門の博士(リガヤ博士)から学んでいくことが大切かなと感じられました。

教皇様も教皇大使も枢機卿様も司教様も、マーチフォーライフを応援してくださるメッセージをくださいました。そして、海の日のマーチフォーライフでは、命を尊ばなければならないというカトリック精神を、一緒にアピールできましたこと、ありがとうございました。

来年こそは、カトリック教会全体の中で、このマーチフォーライフの盛り上がりが興りますように、心からお祈り申し上げます。

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日(2019年7月21日)の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

男: 25人(内、子供5人)
女: 26人(内、子供4人)
計: 51人(内、子供9人)

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

聖霊降臨後第六主日のミサをありがとうございました。

今月は3回も主日ミサが東京で捧げられて、全部で21回のミサが捧げられました。
そのうちの一回は、初めて与る素晴らしい荘厳ミサでした。デオ・グラチアス!
たくさんのミサに与ることができましたこと、感謝申し上げます。

7月は、なかには500キロメートルとかあるいは700キロメートルも遠い所にお住まい方々も、久々の御ミサに与られたご様子に、とてもうれしくマリア様に感謝いたしました。

昨日はこのミサで、「ミサはいつも聖週間の縮小版が行われているが、来年の復活節には日本で初めて典礼の頂点となる聖週間のミサが行われる予定となっています」ということをお話しいただきました。修道院設立のために本当にたくさんの祈りが必要だとお話しくださいました。

そして2000年の間、カトリック教会では、この伝統的な聖伝のミサを通して、たくさんの聖人や教会博士・神学者たちが輩出されてきたことを、お話しくださいました。

現在、それでは、プロテスタント化されたかのような全く替えられてしまったミサを通しては、どうなっているのでしょう。

友人が今日、最近お友達が亡くなったのだけれど、彼女こそは人知れぬ大聖人だと思うと話してくださいました。

そのお話にもっと耳を傾けてみると、その理由は、そのお友達の方が、地方の教会にお住まいだったこと、跪きの廃止や手でのご聖体拝領のみ許可というここ数年に一気に強まりを佩びている“伝統的なカトリック信仰を守り通したいという信者”を迫害するような上層部からの指導に、断固として抵抗した方だから、というのです。

その方は、亡くなるまで最後まで、御自分がかつて神父様から教えていただいたままのカトリック信仰を貫き通して、けっして立ったまま手でご聖体拝領をしなかったのだそうです、ごく最近亡くなったのだそうですが。

ご自分は何時間もかかるけれど聖ピオ十世会のミサに通えるところに住んでいるから今は安心して御ミサに与れるけれど、そのお友達は最後まで大変な辛い思いをしなければご聖体拝領をすることができない状況で苦しまれていた様子を、お話しくださいました。

でもそのご老人だったというカトリック信者さんは、伝統的なカトリック信仰を伝統的な司祭から教えていただいたからその信仰を保とうとすることができたのだと思います。聖変化の意味・ご聖体を礼拝しなければならない理由などを教えていただいていて、しっかりとした信仰が身についていたのだと思います。 そもそも、伝統的なカトリック信仰を教えられる機会がないままに洗礼を受けている信者の運命は、いったいどうなるのでしょうか。

現代の第二バチカン公会議後のミサ典礼のあり方に反対して、アンケートなどの集計結果を拝見したこともあります。いま昨今は、聖人は、自分の信仰を守るために、周囲からの嫌がらせや迫害に耐えることを、求められているとしたら、何とも皮肉な!という以上にもっと深刻な、恐ろしい事態にあることを、考えさせられました。

そして、そのお話を伺いながら、ミサが内側から変えられようとしていることの深い理由と実情を、神父様から教えていただくことができました。

私たちにできることはカトリック教会のためにお祈りをすることしかできませんね、ということになり、今は少ない人数ですが励ましあってお祈りを続けていきましょうということになりました。

このイベントを機会に、毎回ミサに与るようになられた方も増えていらっしゃるご様子に心強く思いながら。

東京に修道院が設立できることのために一生懸命お祈りいたします。

小野田神父様、いつも私たちのために、聖伝のミサをお捧げくださいまして本当にありがとうございます。

聖ピオ十世会 聖伝の荘厳ミサ SSPX JAPAN Solemn High Mass, Traditional Latin Mass

2019年07月19日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

7月14日(主日)には、荘厳ミサが挙行されました。
その時の写真をご紹介いたします。













天主様の祝福が豊かにありますように!








 東京国立博物館にあったミサのお道具

2019年07月18日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

ビルコック神父様とトマス神父様とをお連れして、東京をお見せしました。

上野にある東京国立博物館には、こんなミサのお道具がありました。ご紹介いたします。

ミサ典書を置く台




祭壇に飾る十字架像


これはカリス入れ?に似ていますね。


これはミサのお道具入れ?勝手な想像です。









天主様の祝福が皆様の上に豊かにありますように!








聖ピオ十世会 聖伝のミサ(トリエント・ミサ、ラテン語ミサ)の報告 SSPX JAPAN Traditional Latin Mass in July 2019

2019年07月17日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 7月には、色々なイベントが準備されていました。

 今回は、ビルコック神父様(聖ピオ十世会)とトマス神父様(イエズス会)とがフランスから来日され、私たちのために霊的な聖務を果たしてくださいました。二人のお陰で、大阪では平日に12回のミサが捧げられました。東京では荘厳ミサが捧げることができ、サマース神父様のミサも含めると17回のミサが捧げられました。天主様に感謝!

 7月13日と14日には「フランス革命を見直そう」という国際シンポジウムが開かれ、それに参加することが出来ました。

 これについては、また、時を改めて感想を書きたいと思います。特にマリオン・シゴー女史のお話「人民の名によって」がとてもわかりやすく、大きな拍手喝采が送られました。彼女のお陰で最近のフランス革命の研究の成果を知ることができ、リヨンでの虐殺について始めて知りました。

 7月15日には、マーチフォーライフがありました。

 300名ほどの方々が参加し、今回は二名の司教様たちも参加されました。マーチした聖職者は9名でした。台湾からシスターの方々も三名来られて、参加されました。聖ピオ十世会関係では、司祭4名を含めると33名がマーチに参加しました。天主様に感謝!
 東京にあるカトリック教会からは、残念ながら、一部の方々の参加だけでした。

 マーチの前に、ビルコック神父様に霊的な講話をして頂きました。数日前にフランスではヴァンサン・ランベールという無罪の男性が殺害されたばかりだったので、とても現代性のあるお話しでした。

 ヴァンサン・ランベール(Vincent Lambert)さん(42)は、2008年の交通事故で植物状態になってしまいましたが、医学的な治療処置は必要ではなく、ただ、必要なのは、栄養と水分だけでした。両親は子供が栄養を与えられ続けることを望んだのですが、妻がもう嫌だと言い出し、裁判となりました。裁判所が最近、栄養を与えてはいけないという判決を出し(!)、ヴァンサンの命は奪われました。生命維持装置が取り外され、9日目の7月11日に死去しました。罪のない人々の命が、邪魔だから、負担だからという理由で亡き者にされました。

植物状態だった方々の意識が戻った例はあり、最近でもアラブ首長国連邦 (UAE) の女性ムニラ・アブトゥラ(Munira Abdulla)は、1991年に32歳の時、4歳の子供を学校に迎えに行く途中で、交通事故で重傷を受け、脳に重度の損傷を負い植物人間になりました。この子供は母親の世話をし、2019年に、27年後意識を戻しました。
19歳の時交通事故で植物状態になったのですが、2003年、事後の19年後に意識を戻したアメリカ人の Terry Wallis のケースもあります。

しかし、ヴァンサンにはそれが許されませんでした。お母さんのお腹の中の赤ちゃんと同じように邪魔者扱いされ、亡き者にされました。

この続きについては、ビルコック神父様の講話の書き起こしを、ご期待ください。

では、報告をご紹介いたします。

天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日7月14日(主日)の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

9時からの読唱ミサ(小野田神父、トマス神父)の参列者数
男: 6人(内、子供1人)
女: 8人(内、子供1人)
計: 14人(内、子供2人)

10時半からの荘厳ミサ(ビルコック神父、小野田神父、トマス神父)の参列者数
男: 33人(内、子供4人)
女: 31人(内、子供5人)
計: 64人(内、子供9人)

【報告】
Dear Fr Onoda:

今日7月15日(月)海の日の東京でのミサの参列者数は下記の通りです。

10時以前の読唱ミサ(ビルコック神父、小野田神父、トマス神父)の参列者数

8時半からの小野田神父の読唱ミサでは:
男: 4人
女: 5人
計: 9人

10時半からの歌ミサ(サマーズ神父)の参列者数
男: 18人(内、子供2人)
女: 16人(内、子供2人)
計: 34人(内、子供4人)


【報告】
Dear Fr Onoda:

According to our count, the following faithful participated from our group:

男性:13名(内、子供2名)
女性:16名(内、子供2名)
合計:29名(内、子供4名)

+

神父:4名

総計:33名

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

聖霊降臨後第五主日のミサをありがとうございました。
フランスからおいでくださったビルコック神父様とイエズス会のトマス神父様、小野田神父様と御三人で荘厳ミサをおささげくださいましてありがとうございます。
ほとんど席が埋まって信者さんでいっぱいになり、もう座る場所がなく、立ち席での方もいらっしゃったようです。ミサが始まってからも幾人もいらっしゃったようです。
はじめて見える方も、久しぶりに見える方も、そして中には前日の国際シンポジウムの会場で見かけた方々も幾人もいらっしゃいました。

フランスの美しい聖堂でいつも厳かにこの伝統的なミサ聖祭を捧げていらっしゃるフランスの神父様たちには、すべてが日本式の古びた貸会場のにわか作りの聖堂が、どんなふうに目に映り、どんな感想を持たれたことでしょう。

丁度、前日当日の午後に行われた“フランス革命を見直そう”というシンポジウムでは、フランスでかつてカトリック信者が大変な酷い迫害を受けた時代があったことを、紹介してくださいました。

フリーメーソンや天主に反抗するような思想などが、少しずつカトリック教会を攻撃し始め、教会のなかにもそのような思想の影響を受けた司祭が入りこむようになり、やがて勃発したフランス革命による策略で自分たちの信じるカトリック信仰を捨て去るよう強要されて、ヴァンダ地方やリヨンの街は、根こそぎやられてしまって、それまでのごく普通の信仰を中心にして営まれていた素朴な生活が奪われるどころか、全市民の命までも失われてしまったこと。フランスの国では、長い間、少なくともフランス革命から数えるのでさえも230年もの間、今も伝統的カトリック信仰を迫害し、悪魔の仕掛けた革命の考えがそそのそうとする別な偽物の信仰と取りかえようとしたり混ぜ込もうとしたりする動きに対して、断固して抵抗し闘い続けているカトリック信者が今もいるということを知らされることは、言葉にできない何かでした。

日本でも、フランスでの例えば観想修道会に対する迫害によってたくさんの修道女がギロチンに架けられて殺されたり国外へ逃亡したりした歴史がある云うことは、知られているようです。

けれどその本来の流れがどこから始まり、どこに続いていて、今のカトリック教会の状況とどのようにつながっているか、日本ではまったく紹介されていない。
ただ過去の歴史の一部分がその部分を切り取られて知らされているに過ぎない。
しかし、その流れが行き着いた先が、第二バチカン公会議後の現代のプロテスタント化され革命の精神によって汚染された教会だと思うのは、行き過ぎなのか?いや、けっしてそうではないと感じました。

フランスでは、今も本当のカトリック信仰のためにまだまだごくわずかの人たちが、働いている。私たちの修道会のビルコック神父様とイエズス会のトマス神父様は、そのような方々の中のお一人のように思いました。

とてもお優しくとても聖なる佇まいの御二人の司祭様達は、そのような歴史を鳥瞰する大きな視野をお持ちの方々なのだと感じました。

こういったことの状況はあまりにも大変で、それも本当にあった出来事がことごとく隠蔽されちゃんとしたことが伝わってきていないことを、感じました。
私は今受けている衝撃の大きさを、把握することもできないまま、ただ呆然としているように思います。

日本の聖ピオ十世会も、まったくカトリック教会の内側からの攻撃の中にあるかのようだと思いました。それは、そのフランスの国で230年以上前から戦わなければならなかった信仰を守るための戦いと、本質的に同じ路線の上にあるのかもしれません。

そのことは、いま聖ピオ十世会に普段見えている信者にすら見えていないかもしれません。(当然といえば当然ですけれど。)私たち信者は、ごく普通の凡人ばかりなので、聖伝のミサに与りたいと思ってこられた方が、聖伝のミサにある本当のカトリック信仰だけに目を向けるようにされて、みじめな信者のふるまいなどに目を向けませんようにと願ってしまいます。けれども大切な聖なる御ミサを汚すような信者のふるまいは、よくよく注意してなければならないのに、今の状態はよくわからない有様です。私は、聖ピオ十世会のミサに与りに来ている信者の方々も、フリーメーソン・革命・プロテスタント主義の影響を受けることを避けられないでいる状況の中で生きなければならないでいることを思います。私たちは聖なるミサをもっと大切にすることの意味をもっと考えて実行しなければならないと思いました。押し寄せるサタンの力に抵抗するために、どうしても必要だからです。

ビルコック神父様とイエズス会のトマス神父様は、おそらく想像もつかないような御忍耐を、このような私たちに対してなさってくださったのだと思います。素晴らしい神父様にお会いできその御ミサにあずからせていただいて、心から天主様に感謝申し上げます。ただそこにおられるだけで、何か日常とは異なる何か感じられますことは、小野田神父様と同じです。この現代の日本で、フランス人二人と日本人の司祭による、それもお一人はカトリック信仰を最初に日本に宣教したイエズス会の司祭によって、聖伝のラテン語による背面の荘厳ミサが、この混迷を極めている2019年に、東京で捧げられていることは、とても意味深く有難く感動する出来事に思いました。

私は、ご一緒させていただいた時間のなかで、お二人のフランス人の神父様がずっと日本にいてくださって、小野田神父様とご一緒にいつも御ミサを立ててくださるような錯覚を覚えてしまいました。まことにまことにありがとうございます。

至聖なるイエズスの聖心、我らを憐れみ給え
聖母の汚れなき御心、我らのために祈り給え
日本の殉教者、我らのために祈り給え
聖マリアの汚れなき御心のうちに

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

7月7日のレポートを送らせていただきます。

聖霊降臨後第四の主日のミサをありがとうございました。
私たちの乗っている舟が一体どういった舟であるか、カトリック教会という箱舟は、いったいどういうものなのか、はっきりとしたお話によって、知ったように思います。また本当の愛徳の行為とはどういうことかというお話も強く心に残っております。お説教がとても力強く感動してちょっぴり涙ぐんでしまいました。

私達は、教皇様のために、いつも必ずミサの後に「ミサの後の祈り」をさせていただいております。
歴代の教皇様たちが、どのようにこのカトリック教会を定義されていたかというと、カトリック教会はイエズス様が唯一の救いの箱舟としてこの地上に設立されたのであり、このペトロの舟に入ることで救われる、と定められたものだとのお話でした。

小野田神父様が日本で宣教を始められてから26年、いよいよ日本に設立される修道院から舟をこぎ出して日本各地にて網を投げかけようとするその決意が込められているように、お説教は私の胸に響いてまいりました。 遠くマニラの修道院からではなく、この日本の真ん中に置かれる修道院から舟を出すこともすぐ間近になってきました。この日は、途中からも椅子を出すほどで、聖堂はいっぱいになりました。まさに、沖に漕ぎ出せと宣言する小野田神父様を祝福してくださるようなマリア様からのお恵みと思いました。

ペトロの舟に乗る者は昆虫でも獣でも動物でも人間でも何でもよい、救われるためただこの舟に乗ればよいのですと言われた時、本当に私のようなものでもカトリックの舟に乗せていただいていることへの感謝でいっぱいになりました。罪深いものである私を憐れんでくださいますように、どうか最後まで堅忍して償いを果たしカトリックの舟に乗っていることのできますようにと祈りました。

それと前日から祈っていたことですが、遠い所にお住まいでなかなか機会がない方たちにもこのミサの恵みが届けられますようにと一生懸命お祈りいたしました。私自身何の功徳もないものなのに、イエズス様の十字架上のいけにえの再現によりその御血がもう一度霊的に流される聖伝のミサに与らせていただいています。天主様からの愛が私たちの上に降り注がれるこの聖伝のミサが、もっと受け入れられますように。もしも、日本の各地からこの聖伝のミサを立てていただきたいと連絡が届きますなら、神父様はきっとすぐ沖に漕ぎ出しますことでしょう。

神父様は、叙階後すぐ日本にて聖伝のミサを挙行されるため尽力はじめたようですが、様々な誤解や中傷などによって思うように各地で継続的にミサを捧げることが難しかったと人づてに伝え聞いたことがあります。聖伝のミサに対する酷いバッシングがあり、今もそれが続いていることを感じます。

今、カトリックのミサというのはこの対面式の日本語で捧げられるミサしかないと思っている人がほとんどと思います。もしかしたら二千年前からノブスオルドミサが捧げられてきているとうっかり勘違いしがちになるやもしれません。少し前のミサがどのようなものであったかさえまったく知らされることがなく、全てがかき消され自然風化するにまかせ、カトリック教会の歴史が歪められているかのような異様な様相に、深く心を痛める者の一人です。数十年の長い年月、軒下に追いやられてしまってほとんど顧みられることのなくなったとしても、カトリック教会には“教皇様によって聖別されたミサ”が今もあることに気づいていただきたいと思います。なぜ聖伝のミサが、陰湿さをもってタブー視されるのか、その理由をよく考えてみなければならないと思います。

私の個人的な想いとしてなのですが、しっかりした事実を知らないまま、カトリック教会がなにであるかを知ろうとしても、無理があるように思います。(しっかりとしたペトロの船に乗ったことにならないのではないかとの意味。)

というのは、過去を封印しようとしているその裏には、プロテスタントとフリーメーソン(秘密結社)によって教会が破壊されようとしている事実が隠されていると知るようになってきたからです。すでに膿(うみ)をもって病んでいても、決して患部を切開してその傷を癒そうとせずに、口を閉ざす姿であってはなりません。明確な理由とか、正当な判断とかではなく、捏造することでしか、その病を隠すことができないのは、大変なことと思います。それゆえに、自分でも自分が何者であるかをわからなくなるほどの混乱に陥ってしまい、変更されるはずのないような教義がいじられようとされても、それがどうしてよくないかさえも判別ができなくなっているのならば、悲しみをおぼえずにいられません。私は、衆愚・暗愚という言葉がけっしてカトリックの内部を表現するものではないと信じたいのです。私達カトリック教徒は誰もがみんな真剣に私たちの霊的母親であるマリア様に寄り縋り祈っているからです。

判断の基準となるところが崩壊している様相を見せる現代社会では、いったいどうしたら、真のキリストの教えにたどり着けるでしょうか。

小野田神父様が、その救いの箱舟はカトリック教会であると話された時、それは「二千年続くカトリック教会全体の重みと実体」を証言されたのであり、「ここ数十年の変遷をたどるカトリック教会の状況でのこと」ではないとわかりました。

私達は、カトリック教会全体を正しく見る目を持つ導き手に、導かれなければならないのではと思います。過去を正しくとらえることを拒否したままでは、無理でしょう。ここ数十年だけの変化しようとするカトリック教会だけの姿を述べ伝えようとしても、その深い底流に流れている大きな聖なる恵みにまで容易にたどり着けるでしょうか。乾いた表土が舞いたてる埃が、信徒の眼を曇らせ悩ませるだけかもしれません。(高じれば信徒が司祭の指導もないままに勝手な解釈などしますでしょう。)、現代が蒙っている病(革命とフリーメーソンと近代主義)に侵されていない健全な神学によって培われたペテロの舟の漕ぎ手・導き手が、本当の愛徳をもって日本のどこでも宣教される時代が来ることを強く望んでお祈りいたします。

(この数十年の間にカトリック教会とプロテスタント教会の間にはどれほどの近似点が生じるようになったことでしょう。もしプロテスタントの理論を取り入れてしまえば、それはもうカトリック教会ではありません。これまでの聖人たちが、強く攻撃すべきものとしてどれほど霊的な戦いを戦ってきたことでしょう。)

もし仮に、救いの港まで到達しないような舟に乗ってしまっていると感じるなら、誰でもちゃんとしっかりした舟に乗らなければなりません、マリア様のおっしゃられるように自分の責任でその舟に乗らなければならない時が来ているのでしょうから。

この聖ピオ十世会の修道会の司祭様達は、二千年の間変わらずカトリック教会を司牧してきたそのやり方のままを学んで司祭になられた神父様達ですので、こここそは確かな箱舟の一つであるに違いないと思います。

無学なものであるのにこんなに長い感想ではご迷惑ではないかと心配しつつ、書いてしまいました。すみません。使徒継承から続いている救いの舟、ペトロの舟に乗ることができましたので、迷うことなく信心の生活に励み、罪の償いをいたし、イエズス様とマリア様と聖ヨゼフ様により頼んで、祈りたいと思います。

どうか、十字架上のイエズス様に向かって捧げられる、イエズスさまの犠牲の再現により私たちの罪の赦しのために捧げられる、この背面式のラテン語のミサのほうが、世界中で初めから長い間捧げられてきているものだということが、知られるようになりますように。決して禁止されているものではないということが、知られるようになりますように。日本のカトリック教会で、ラテン語の背面式のミサを、信徒が望むならばどの教会でも捧げることができるようになりますように。

またこの日は続いて、ご聖体降福式のなかで「日本を聖母の汚れなき御心に奉献する祈り」を更新してくださいました。

神父様はこの長文の祈りを一気に奉献してくださいました。すごい迫力で感動いたしました。一緒に一所懸命にお祈りいたしました。お友達は、このお祈りはマリア様と日本の初めからの関係がとてもしっかりと表現されていて素晴らしいお祈りの文章に感激しました、自宅でも時間があったらこの奉献文でお祈りしたいと話されていました。

大阪ではずっとこのようなお祈りを聖母行列とともにマリア様にお捧げしてこられて、どれほどマリア様は大阪教区のために恵みを取り次いでくださっていることでしょう。大阪に倣って、東京でも少しでも熱心にこの「日本を聖母の汚れなき御心に奉献する祈り」を唱える機会が増えますようと思います。東京教区、さいたま教区、横浜教区でも、それぞれ私たちの教区を聖母の汚れなき御心に奉献していただけるよう、祈ることができるようにと思います。教皇様が来日されました時は、どうか日本の司教団全員でこの日本を聖母の汚れなき御心に奉献してくださいますように、心からお祈り申し上げます。

この日は二人の可愛い男の子の洗礼式が行われました。ペトロの舟に乗れたことの意味がまだ分からない小さな子も、しっかりしたお兄ちゃんと優しいお父さんの敬虔な祈りによって、きっと良きカトリック信者に成長されますことでしょう。私もしっかりと祈らせていただきます。

童貞聖マリアの無原罪の御心よ、我らのために祈り給え!

【報告】
アヴェ・マリア・インマクラータ!

こんばんは!☆(^O^)/

今日産みの日は、マーチ・フォー・ライフの日でしたね!

今年は鹿児島の司教様と、大阪の司教様もマーチに参加して下るのですね!

小野田神父様とサマース神父様とビルコック神父様とトマス神父様と4名の神父様方がマーチに参加して下さって、去年よりも多い神父様方が参加して下さったのではないかと、とても嬉しく思います!

デオ・グラチアス!ファチマのマリア様に感謝!

そして拙いながらも私もその時間にロザリオを唱えさせて頂き、霊的に参加させて頂きました。

ビルコック神父様やトマス神父様の来日を歓迎します

2019年07月11日 | 聖ピオ十世会関連のニュースなど
アヴェ・マリア・インマクラータ!

愛する兄弟姉妹の皆様、

ビルコック神父様(聖ピオ十世会)とトマス神父様(イエズス会)がフランスからいらっしゃいました。歓迎します。











--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】