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シギルマッササウルスの反撃(4)




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モロッコのケムケム層には2種類以上のスピノサウルス類が生息していた

分離した歯のエナメルのしわのパターンや、方形骨の解析からも、ケムケム層には2種類以上のスピノサウルス類が存在したことが示唆されているが、Evers et al. (2015) は脊椎骨の形態から、それを裏付ける証拠を示している。
 ロンドンとミュンヘンの多数の標本の中には、ケムケム産のスピノサウルス類の頸椎で、シギルマッササウルスとは異なるものが含まれていた。それらはバリオニクスやイクチオヴェナトルなどとの比較から、前方の頸椎(C4)、中央の頸椎(C6, C6/C7)、中央の後方よりの頸椎(C8)と推定された。

同じ位置と考えられる頸椎、たとえば第6頸椎(C6)を比較してみると、これらとシギルマッササウルスの間には明らかな違いがみられた。椎体の腹側をみると、シギルマッササウルスでは後方に、盛り上がった粗面のある三角形の台座(台地)triangular ventral platform (plateau) がある。これは側面からみても、はっきりした段差step として観察できる。一方、シギルマッササウルスでない方は、椎体の後半部に1対の低い結節があるが、その間はなめらかな凹みdepression となっている。さらにシギルマッササウルスでは三角形の台座の前方に正中のキールがあるが、シギルマッササウルスでない方にはみられない。

神経弓にも大きな違いがある。最も顕著なのはエピポフィシスの発達である。シギルマッササウルスでない方は、エピポフィシスが大きくはっきりと発達し、後関節突起の上にオーバーハングしている。一方シギルマッササウルスでは、エピポフィシスが小さく低く、後関節突起の上にオーバーハングしていない。

多くの獣脚類では神経弓の前関節突起の前側の面に、はっきりした凹み(centroprezygapophyseal fossa)がある。シギルマッササウルスでない方にはこれがみられる。一方、シギルマッササウルスにはこの凹みがない。

神経棘の発達にも違いがある。シギルマッササウルスでない方は、神経棘の基部の前後の長さが大きく、椎体の長さに近いくらいである。一方シギルマッササウルスでは、神経棘の基部の長さは椎体の長さよりもずっと小さい。

さらに第8頸椎(C8)同士を比較しても、やはりキールの形状や台座の有無が異なっている。また、神経弓の側面の凹みや稜(centrodiapophyseal fossa, centrodiapophyseal laminae)に違いがある。

これらの比較から、ケムケム層には2種類のスピノサウルス類が存在したと考えられた。この「シギルマッササウルスでない方」の分類ははっきりしない。これらの標本は、Ibrahim et al. (2014) のネオタイプとも、Stromerのホロタイプとも、似たところがある。しかしその似ている特徴は、スピノサウルス類にはよくある形質で、スピノサウルスだけの固有の特徴ではないという。そのため、これがシギルマッササウルスではないことはわかるが、いまのところスピノサウルスとは言い切れないという。つまりスピノサウルスかもしれないが、第3の種類かもしれない。
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シギルマッササウルスの反撃(3)


スピノサウルス・マロッカヌスとシギルマッササウルスは同一種

スピノサウルス・マロッカヌスのホロタイプとシギルマッササウルスのホロタイプは、当初は両方とも中央の頸椎と考えられていた。しかしEvers et al. (2015) の研究により位置を推定した結果、スピノサウルス・マロッカヌスの方は確かに中央の頸椎(C6)だが、シギルマッササウルスのホロタイプは実は最前方の胴椎(D1)であると考えられた。これは、多くの獣脚類で頸椎と胴椎を区別する特徴が、スピノサウルス類では少しずれていることによる。イクチオヴェナトルの完全な頸椎と比較してみると、シギルマッササウルスのホロタイプはイクチオヴェナトルのD1とよく似ていたのである。
 これら2つのホロタイプはかなり形態が異なるが、潜在的に共通の特徴をもち、形態の違いは脊椎の中での位置の違いによると考えられた。特に決め手となったのは、これら2つのホロタイプの中間形の頸椎が見つかったことである。この頸椎はスピノサウルス・マロッカヌスのホロタイプとも、シギルマッササウルスのホロタイプとも、共通の特徴をもっている。また先に述べた腹側のキールの発達の程度や横突起の上昇など、頸椎の前後に沿って変化する特徴からみて、この頸椎は2つのホロタイプの中間の位置(C8)と考えられた。このようにして、Evers et al. (2015)はスピノサウルス・マロッカヌスとシギルマッササウルスは同一種として、シギルマッササウルスに統一した。
 シギルマッササウルスの特徴は、後でまた述べるように、中央の頸椎の腹側に盛り上がった三角形の台座(台地状部分)があり、前方で弱いキールとつながっていること、神経弓の前関節突起の前面の凹みがないことなどである。Russel (1996) は椎体の関節面が非常に幅広いことを特徴としてあげていたが、この形質は他のスピノサウルス類にも広くみられることがわかった。例えばイクチオヴェナトルの後方の頸椎や最初の胴椎も、非常に幅広いことがわかった。また、前方の関節面に正中の結節median tuberosityがあることも特徴とされてきたが、これも他の獣脚類にもみられることがわかった。ただし正中の結節がよく発達していることは、確かにシギルマッササウルスで顕著な形質であるという。
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