tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

世界最速のインディアン

2007-06-27 23:59:51 | cinema

薄闇のガレージを兼ねた家の中。作業場の棚には歴代のエンジンのパーツが並んでいる。棚に書かれた文字は Offerings to the God of speed  (スピードの神への捧げ物)。アルミ製のシリンダーやピストンヘッドなどが並んでいる。まだ朝の5時半。目覚まし時計を止めた男は起き上がり、バイクを押して庭に出る。白みかけた空の下、男はバイクのエンジンに火を入れる。この時、彼はキャブレターのエアファンネルを、手で塞いでチョークの役目をさせながらエンジンをまわす。男とバイクが朝日の中で浮かぶ時、このシーンでバイクや車好きの人は、ガッチリとハートをつかまれてしまう。

彼は63歳のバイク乗りだ。彼が21歳の時に140ポンドで手に入れた、生涯の相棒となるバイク(インディアン・スカウト)。より速く走ることを追求し、彼の人生をかけて40年以上も自らバイクを改良し続けてきた。そのバートが心臓の発作で倒れてしまう。医者には狭心症と診断され、バイクに乗ることを禁止される。覚悟を決めた彼は、アメリカのバイクのスピードレースへの参加を決断する。しかし、彼がスピードの記録を出せるとは誰も思っていない。信じているのは、隣に住む少年だけだった。アメリカへ出発する日になっても、バイククラブの仲間ですら誰も来ない。そこへ突然、かつて浜辺で競争した若いバイク乗り達が見送りに来る。「あんたならやれるよ」とバイク集団。彼らも映画を観ているぼく等も、バートのガッツと技術に惚れてしまっているのだ。

この映画で、アルミ合金製のピストンを自ら鋳込むシーンが出てくる。
Here we are, the perfect recipe...two of Chevy...one of Ford.
I think those '36 Chevy pistons must have a touch of titanium or something in them.
They come up real good, you know.
エンジンのピストンは、シリンダー内で上下運動をして吸気から排気までの力を伝える部品だ。エンジンを7000回転させると、ピストンは1分間に7000往復することになるので、軽量・精密かつ耐熱性に強い素材が要求される。この映画の当時でも、ピストンには軽くて強いアルミニウム合金が使われている。しかし調べてみたが、1940年当時から現在に至るまでシボレーにしろフォードにしろ、チタンを合金化したアルミはピストンに使われた事はないようだ。耐熱性と強度を上げるため、シリコンや銅、ニッケルなどが合金化されるのが普通だ。加えて、大気中でチタンの入ったアルミニウム合金を溶解すれば、高温酸化しやすいチタンが酸化してしまう。したがって、'36シボレーにチタンが合金化されているというバートの話は映画の中のお話と言わざるを得ない。レース用のマシンでは、このピストンを徹底的に紙やすりで磨き上げ、軽量化すると同時に、磨く事で加工硬化され材料強度を増大させる。
なお、燃焼室の燃焼温度は2000℃を超えるといわれているが、ピストンはその熱を直接受けるため、その冷却性能も重要になる。高性能エンジンのピストン内には、クーリングチャンネルと呼ばれるオイル循環路が設けられており、そこにオイルを循環させることでピストンを冷却する。映画では彼が鋳造したピストンは灰皿代わりに使えるって言ってたから、中空構造なのだろう。耐久性は二の次にして、ひとレースで部品をお終いにするつもりなのだ。

バートはちょっと前に読んだルーズベルトの本に深い感銘を受けている。大切なのは結果じゃないんだね。
"It is not the critic who counts: not the man who points out how the strong man stumbles or where the doer of deeds could have done better. The credit belongs to the man who is actually in the arena・・・・・・
「賞賛に値するのは実際に行動した人であり、たとえ失敗したとしても果敢に挑戦した人である」

驚くことに、この映画で描かれた1962年、アメリカのボンヌヴィル塩平原で世界記録に初挑戦し、世界記録を達成した以降も、彼は70歳過ぎまで毎年のようにかの地に戻り、1967年1000cc以下のクラスで世界最速記録を樹立する。そして、この記録は未だに破られていない。
下のホームインディアン・モーターバイクのホームページには Burt Munro の手紙が紹介されている。
http://www.indianmotorbikes.com/features/munro/index.htm

55 ci AMA world record 1962 at Bonneville, engine was 51ci at this time. 1966 engine 56ci 168.06m.p.h. American 61 ci record 1967 183.6. best run 190.07 qualifying. 1969 record number of runs for a streamliner, 14 in four and a half days. I had magneto and carburetion troubles and finally burned-up pistons when gas tap shut off on last chance of a qualifying run. I have hauled bike or engine to USA eight times in my attempt to get one good run but this has always eluded my greatest efforts.
それによると、彼はピストンのみならず、コンロッドやタイヤ、ブレーキなどオートバイのほとんどのパーツをすべて手作りで改良を続けていたようだ。そして、エンジンブローを繰り返しながらも世界最速マシンを、ほとんど独力でなんとか組み立てる。ここまでくれば、ただひたすら尊敬の念に浸るしかない。
"All my life Ive wanted to do something big... something bigger and better than all the other jokers"
Burt Munro