tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

ナチュラル・アボーン・キラー(2)

2007-06-06 20:00:16 | 日記

実は、先月つかんだ客、コイツが問題だった。いつものように香港の病院に送り込んで、人間ドッグで徹底的に健康状態を調べた。この費用は、代金の半分をもらった前金で支払った。香港の病院に押し込むのは、病院のカルテから足がつくのを避けるためだ。だから、健康保険が使えないので診察料は目が飛び出るほど高い。が、用心にこしたことはない。
24歳のそのオンナは、精神に異常があるものの、末期的な虫歯が1本 がある以外健康上の問題はなかった。オンナの健康状態に関しては徹底的に調べたのだが、ただ、オレはヤツの経歴を調べるのを忘れていた。オンナはピイー・オー・エル・アイ・シー・イー、つまりポリスだったのだ。警察のおとり捜査だったのなら、諦めもつく。オンナはまじで境界性人格障害で苦しんでいた。リストカットを何回か試みて、それでも法律違反での逮捕はなんとか免れていたようだ。警察元暗し。もとい灯台下暗しってやつだ。

オンナとの契約内容の決行の日、朝から降り続く雨に嫌な予感がしていた。オンナは、一人暮らしのマンションに住んでいた。事前にオンナのケータイにフリーのメアドを使ってメールしたのだが、いつもはすぐに来る返事がなかった。オレは、雨に打たれてずぶぬれになりながらも念のためオンナのマンションに行って見ることにした。契約後に気が変わって、決行前に契約をキャンセルするケースもないわけではない。契約後の1週間はクーリングオフが可能ってやつだ。もちろん、この場合はもらった前金は返さない。その代わり、残りの金は諦める。それが、ヤミの商売ってヤツだ。

契約の決行の日に、患者と連絡が取れないというのは始めてのケースだった。このまま、シカトしてトンズラする手もあるが、へたに相手に開き直られて騒ぎにでもなれば今後の商売に差し支える。一応、契約実行のための努力をした形跡を残せば、客に誠意を示すことができる。オレは新聞の勧誘を装って、オンナのマンションの前に降り立った。花粉症用のでかいマスクをした上に、ニューヨークヤンキースの野球帽を目深にかぶって人相がばれないようにしている。マンションの玄関はロック式になっていた。しかし、しばらく待っていれば入居者が出入りするので、ドサクサに紛れて侵入することは可能だ。オレはオンナの部屋の前にたどりついた。部屋のドアの呼び鈴を押すが返事がない。ためしにドアノブを回してみると、それはすっと開いた。
「ごめんください」
「・・・・・・」
オレはすばやくドアの内側に体を滑り込ませた。たぶん、エレベーターの監視カメラに写った以外には、この部屋に入ったところを誰にも見られてはいないはずだ。
部屋の入り口から見える部屋の中は、オンナの趣味なのだろうカントリー調の家具が揃っていて、なによりも若い女性の生活臭がする。シャンプーの香りと、若干、生ゴミの混ざったような匂い。嫌なにおいではない。
「ゴメン・・・・・・ください」
オレは念のため、もう一度部屋の中に声を掛ける。緊急事態が発生したら、いつでも逃げられるように準備をしながらだ。しかし、入り口から見えるキッチンとその横のバスルームには人の気配がなかった。間取りは1Kってやつ。奥の部屋は引き戸が閉じられて入り口からは部屋の中が見えない。オレは靴を脱ぎ、入り口の脇にあるバスルームを確かめた。脱衣所の灯りをつけると、洗濯機のフタが開いているのが見えた。思わず本能的に洗濯機の中身をチェックしそうになったが、それは後でも可能だ。いまやる必要はない。浴室とトイレをを覗き込むと中は無人だった。掃除がキチンと行き届いている。オレは、奥の部屋のドアを注意深く開けた。オンナはベッドでゼーゼー言いながら仰向けに寝ていた。布団から部屋着であろうピンクのスウェットを着た上半身が苦しそうに動いているのが見えた。ベッドの脇のテーブルには飲みかけの缶ビールが置かれ、大量の開いたラミネート小袋が散乱している。ラミネートにはハルシオン0.25mg錠と印刷されている。明らかに眠剤だ。これだから素人は困る。

続きは明日。