対応次第では「風土病」「局地的流行」に留まっていたかもしれない新型コロナウイルス感染症が全世界的パンデミックとなった原因と責任は‥‥。感染症の重大性に警鐘を鳴らした医師たちを処罰し、流行初期段階で情報を隠蔽し続けた当局の対応なのか‥‥。
中国政府は医師たちのその警鐘から約1か月後の1月20日、「ヒトからヒトへの感染」をようやく公表したが、すでに武漢での市中感染は蔓延していて、3日後の23日に「武漢封鎖」を実施したが時すでに遅しで、25日から始まる中国の「春節」を目前にし、感染していた武漢の人々の多くが、中国全土と海外旅行への旅行へと市街から出てしまったあとだった。まさに、初期対応への「失われた1か月間」だった。(※中国では、「春節」開始日の1週間ほど前から、人々は「故郷へ」「国内旅行へ」「海外旅行へ」と移動し始める。春節民族大移動となり例年約6億~8億人あまりが大移動をする。)
中国湖北省武漢市の武漢市中心医院の女性救急医で新型コロナウイルスによる肺炎について、当局の公表前に警鐘を鳴らした艾芬(アイ・フェン)医師(46)が、香港の時事週刊誌・亜洲週刊(最新号)の電話取材に応じ、当時の警鐘は「一人の医師として当然のことだった」と語った。(10日ほど前の2020年12月下旬)
艾医師は一昨年12月30日、原因不明の肺炎患者のウイルス検査報告(※新型コロナウイルスの可能性が大きいこと)を医師らのSNSチャットグループに投稿し、この肺炎の重大性を喚起した。病院の同僚だった李文亮医師(ウイルス感染で死亡)らが発信して武漢の警察当局から訓告処分を受けた投稿も、艾医師の投稿の転載だった。
1月1日、艾医師は情報を外部に流したことで病院幹部(病院監察課―共産党規律検査委員会)からも激しい叱責をうけた。「絶対にSNSは使うな。報告は口頭か電話だ。肺炎については絶対に言うな。自分の旦那にもだ。戻ったら、救急科200人以上のスタッフ全員にデマを絶対流すなと言え。救急科主任として、無原則に組織の規律を無視し、デマを流し、揉め事を引き起こすのはなぜだ?」と、武漢市の輝かしい発展が私一人によって頓挫したかのような、前代未聞的な激しい叱責だった。私は絶望に陥ったと彼女は後に語った。この日1日、感染源と目された「華中海鮮市場」は当局によって厳重閉鎖された。
その夜、帰宅し、夫に「もし、私に何かあったら、しっかり子供を育ててね」と言った。二番目の子はまだ小さく1歳数か月だった。病院幹部に激しく叱責されたことなど、病院で起きていることは何も言えなかったので、夫は何で突然そんなことを告げられたのか、夫は分からなかっただろうと、手記に述べている。
武漢市中心病院のある医師は、外側に防護服を着るべきだと提案したが、病院幹部たちからは、防護服はパニックを引き起こすとして認めなかった。そのような状況下なので、彼女は部下である救急科の医師たちには、白衣の下に防護服を着用することを求めた。海鮮市場閉鎖にも関わらず、感染者は爆発的に増加していった。
これに続く艾芬医師の手記のさまざまな証言はあまりに痛ましい。病院内ですら情報が隠蔽された武漢中心病院は、結果として、患者だけでなく多数の医師と看護師の感染者と死者を出し、医療崩壊が生じ、まさに"この世の地獄絵"となった。病院の診察を受けるため、病院の外に長時間の列をなす500人余りのヒト。並ぶ人たちの中の若い女性が倒れたが、誰もそばに行き助けようとはしなかった。ずっと横たわったままだった。
「本当に悔しい。こうなると初めから分かっていたら、叱責や通告など気にかけずに‥‥」「私は何度も考えている。もし、時間を後戻りさせられれば、と‥‥」。(※武漢市中心病院の医療関係者の感染は200人超、死者は4人と報じられる。艾芬医師は妊娠糖尿病や喘息などの基礎疾患があった。彼女自身が手記で語る。「感染しなかったのは奇跡だった」。例えば、1月21日には救急科だけで1523人の患者を診察していた。武漢封鎖の2日前である。(彼女は家庭内感染を防ぐために、夫とともにホテル住まい。彼女の妹に子供2人を預ける。)
手記で語る「もし、1月1日の時点で皆が危機意識を持てたならば、あのような悲劇は起きなかっただろう」と‥。
艾芬医師が勤める武漢中心病院は、感染源とも見られる「華南海鮮市場」の近くにある。いち早く警鐘を鳴らし、他の7名とともに地元公安当局から「訓戒処分」、そのうちの一人・眼科医の李文亮医師も武漢中心病院の勤務医で、その後、自身も新型コロナウイルスに感染して2月7日に亡くなってしまう。そして、彼の死の出来事はインターネット上で中国国民に広く知れ渡り、全国的に哀悼の声や、当局の「コロナ警鐘者に対する処罰対応」などに批判が沸き起こった。李文亮医師の存在は、中国当局としてはもう隠しようがなくなり、処罰された8人の中で、彼一人だけを「烈士」として認定し祭りあげ賞賛の対象とすることで、国民の当局対応への怒りを鎮めようとした。
実は、この武漢中心病院には12月16日に救急搬送されてきた患者の検体サンプル検査から、12月22日には「コロナウイルス」との検査結果が判明していた。また、そのコロナウイルスが「SARS型」で、「ヒト―ヒト」感染をするコロナウイルスであることも判明していた。しかし‥そして、12月30日、武漢市衛生健康委員会は市内の病院に通知を送る。「市民のパニックを避けるために、原因不明の肺炎について勝手について、勝手に外部に発信・公表しててはならない。もし、万一、そのような情報漏洩によってパニックが起きたら、責任を追及する」と、情報を口外しないよう、厳しい通達が市内の病院関係者に出されていた。
その艾芬医師のインタビュー記事が、3月10日、中国共産党系人民出版社傘下の月刊誌『人物』に掲載されたが、発売と同時に回収され、インターネット掲載記事も2時間後に削除され、転載も禁止された。(※この月刊誌『人物』は、中国全土の街角で売られている。私も何度かこの月刊誌を買ったことがある。) 3月10日は、武漢封鎖後、習近平主席が初めて武漢入りし、「新型肺炎(コロナ)感染は抑制されつつある」と呼びかけた日でもあった。
しかし、当局の回収や削除に義憤を覚えた市民たちが、外国語、絵文字、甲骨文字、金石文字、モールス信号、点字、QRコードを駆使して記事を拡散させた。また、漫画イラストにして伝えたりもした。その後、艾芬医師は消息が不明となる。4月8日の「武漢封鎖解除」から5日後、国境なき記者団(RSF)が4月13日に、中国当局に彼女の近況を明らかにするように求めた。
その日の4月13日、彼女は中国SNS上で久しぶりに動画を更新し、無事であることを報告した。動画の中では白衣を着て、マスクを着けて、勤務先の武漢市中心病院の救急治療室前に立ち、やつれた様子で、「皆さん安心してください。私は元気です。ありがとうございます」と話した。
日本ではこの艾芬医師の「武漢・中国人女性医師の手記」の全文は月刊誌『文藝春秋』5月号に掲載された。11月25日付の「共同通信」で「中国武漢市当局、コロナで口封じ―医師に"スパイ適用罪"と警告」との見出し記事が発表された。記事によると、「流行初期に対応した医師が当時の状況を対外発信すれば、スパイ適用罪を適用」と当局が7・8月期に強く警告していたことが分かったとのこと。スパイ罪の場合、最も重ければ死刑になる。
艾芬医師は最近、右眼を失明した。彼女は最近になり「微博(ウェイボウ)」に動画を立ち上げている。これは日本でも彼女が発信し更新し続けている記事や動画と音声を視聴できた。(※上記の写真) 右目の網膜剥離の手術を受けたが、「誤った手術で片目の視力を失った。視力喪失で現在、病院に勤められずにいる」と明らかにしている。
網膜剥離の手術は、日本では現在ではそう難しい手術ではなく、ほとんど手術後に視力回復をしていいるものなのだが‥。艾芬医師の「誤った手術」という控えめな表現がとても気になる。(※当局批判の内容だとすぐに削除されるのだろう) 李文亮氏の死亡に続き、艾芬氏まで失明すると、良心的内部告発者の相次ぐ不幸に同情する声は中国でも多いかと思われる。
日本の月刊誌「正論」(2021年2月号)が、衝撃的なスクープを放っている。中国当局が1年前の1月、武漢での大流行を隠蔽するよう指示したとする文書を入手し、掲載しているのだ。夕刊「フジ」12月27日付でこのことが報道されていたので、1月2日に丸善書店に行った時、この掲載文章を立ち読みした。
これまでこのような指示文書の存在は否定していた中国政府。この指示文書のそのものが記事には掲載されていた。(日本語訳) 「重大突発伝染病防疫制御工作における生物サンプル資源及び関連する科学研究活動の管理工作の強化に関する通知」、「正論」が入手した文書にはこのような題名(「正論」編集部訳)が付けられていた。日本の厚労省にあたる「国家衛生健康委員会」が昨年1月3日、伝染病の防疫とコントロールを強化するためとして、各省や自治区、直轄市などの関係機関に出されたとされるものだ。「正論」の記事は「(スクープ)武漢ウイルス発生から1年—中国の『隠滅』指示全文―『財新』恫喝文も入手」(本誌編集部)と題された記事だ。
記事は、まず、「重大突発伝染病」とあるように、中国当局は当初から、未知のウイルスの深刻さを理解していたとみられると指摘している。また、関係機関には「人人感染病原微生物高等級生物安全実験室」が含まれており、ウイルスの「ヒト・ヒト感染」を把握していたともいえると指摘している。
指示(要求)事項には10の項目があるが、この中で、「正論」編集部は、次の6番目の項目には特に注目している。 「この通知が発令される以前に、既に関連する医療衛生機構で関連する症例の生物サンプルを取得している機構及び個人は、そのサンプルを直ちに隠滅、或いは国家が指定する機構に送って保存保管し、関連する実験活動や実験結果を適切に保存する」
編集部は「隠滅」と訳した理由として、「実態は、存在していた事物を跡形なく消してしまうことを示唆する色彩が濃い」と説明している。(※日本語の「隠滅」は、中国語では「湮灭|」や「消灭」と書く。「正論」の記事には中国語原文は掲載されていないので、原文はどのような文字が使われていたのかは、私にはわからない。しかし、「正論」編集部が「隠滅」と訳したことの理由も文脈からはある程度理解できる。)
通知の3番目には、「最近の武漢肺炎の病例サンプルについては‥」とあり、中国当局が当初、「武漢肺炎」とよんでいたこともわかる。今回の通知の一部を昨年2月、中国語や英語でいち早く配信したのが中国のニュースサイト「財新ネット」だった。「正論」編集部は今回、中国共産党の重鎮が、同社社長を叱責したという文書も入手・公開している。
いずれにしてもこの「正論」の掲載記事は、中国政府だけでなく、世界各国へのインパクトも大きいものがあるのではないかと思われる。
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