近年の中国にとって、各種の世界選手権やオリンピックにおいて"絶対負けられない"競技が二つある。これは国のプライドを賭けて絶対に負けられないスポーツ競技だ。それは、中国の国技とも言われる卓球と女子バレーボール。それほどこの二つの競技に中国は圧倒的に強いのだ。日本卓球界の近年の成長に一抹の不安を感じながらも、いまだどの卓球種目においても金や優勝を譲ったことはほぼなかった。
そして、女子バレーにおいては、ここ数年は、中国のあらゆるスポーツ種目の中でも、卓球をも越えての、別格的な中国代表チームのスポーツとして自信と誇りをもってきていた。女子バレーボール代表チームを率いる郎平監督はまさに国の英雄中の英雄でもあった。
ちなみに、私が2013年に初めて中国に赴任してのこの8年間、私が目にした中国人が日常的に好んでするスポーツは、「①バトミントン、②バスケットボール、③野外ダンス」がベスト3(スリー)、続いて④卓球、そして2015年頃からは⑤サッカーもよくみられるようになってきた。ジョキングや早朝の低山登山などの愛好者もけっこう多い。
さて、この東京五輪6日目の7月26日、今回から始めて正式種目となった卓球・男女混合ダブルスの決勝戦が行われた。中国は許昕(きょ・きん)と劉詩雯(りゅう・しぶん)のペア、日本は水谷隼と伊藤美誠のペア。フジテレビ系の解説者にはなんとこの1年間、離婚問題で注目され続けていた福原愛が登場した。
決勝戦は2:0のセットカウントで中国が先行。このまま中国の勝利かと思われる試合展開となったが、日本が2セットを連取、そして、次のセットはさらに日本が連取、その次のセットは中国が取返し、3:3のセットスコアーに。最終セットは日本が競り勝ってセットカウント4:3となり勝利した。ちなみに3位(銅)はチャイニーズ・タイペイ(台湾)のペアとなった。日本が卓球団体種目以外でメダルをとったのは初めての快挙でもあった。
私は中国の卓球選手では長年、特に劉詩雯のファンだった。彼女の試合中の表情を変えない、しかし、その中の凛とした様子に惹かれてもいた。この決勝戦でも表情は極力ださず、小気味よいテンポで試合に臨んでもいた。しかし、激闘の末に敗者となり、その後のインタビューでは「中国のみなさんに申し訳ない」とマスク越しに涙を浮かべて消沈していた。表彰台では、共に戦った許昕に銀メダルをかけていたわる姿も印象的だった。
試合後、中国ペアには、中国メディアから容赦ない質問が飛んだ。「大勢の国民が応援しているのに、なぜ勝てなかったのか?」「敗因は何だと思うか?」‥‥。これに対し、劉は「この結果を受け入れるのがつらい。チームにも国民にも申訳がない。実力が足りなかったと思う。みなさんに本当に申し訳がない」と涙を流しながら、やっと言葉を絞り出していた。許も「皆が期待してくれていたのはよくわかっていた。競技においては結果が全てだ。一番高いところに立った人だけが記憶に残る。チームにとっても、この結果は受け入れられるものではないだろう」と肩を落とした。中国メディアの報道も2人の健闘を称えるものは少なく、「爆冷!卓球ペア、金を失う」「恥の一戦だった。極めて遺憾だ」「中国が日本に抵抗できず、金メダルを失った」など、概ね厳しい内容のものがほとんどだった。
中国は卓球が1988年の五輪から正式種目になって以降、ほとんどの五輪の試合で金メダルを獲得してきた。2004年のアテネ五輪での男子シングルスで、一度だけ金メダルを逃したが、それ以来、卓球のあらゆる種目で、中国選手が金メダルを取れなかったのは、今回が初めてだったのだ。しかも、中国ペアの許は2016年、リオ五輪の男子金メダリスト、劉も同女子団体金メダリストであり、2人は2019年世界選手権の混合ダブルスで優勝もしていた。そのため、中国メディアの期待も非常に大きいものがあったのだ。
しかし、そんな中国メディアでの厳しい報道とは別に、中国人の個人が発信するSNSである微博(ウェイボー)や微信(ウィーチャット)では、「2人はすごいよ。銀メダルでも英雄だ」「2人は中国の誇りです。結果がどうあれ、もう泣かないで」「ごめんなさいなんて言わないでください」「14億人の中国人の心では、あなたたちは永遠に一番ですよ」「どうか、自分を責めないで」など、二人の健闘を称える内容が多く、二人を責めるような内容はあまりみられなかったと伝わる。
以前の中国であれば、このように負けた選手を褒めるということはあまりなかったかもしれないが、昨今のネットの国民的普及で、国民の生の気持ちも国内で伝わるように変化してきている。これらの決勝戦に関するSNS投稿を中国当局は、さすがに検閲してまで削除することはしていないようだ。また、中国メディアの報道は、建前上、厳しいものとならざるを得ないのかもしれないが、メディアや政府がとる「建前」と、中国人の「本音」は異なる。精一杯、全力を出し切った選手に、純粋に暖かい言葉をかけているSNSからも分かるように、中国人も変わってきている面もあるようだ。
試合翌日の7月27日付の日本の「夕刊フジ」の一面の見出しは、「卓球水谷・美誠金 中国国辱—中国SNS"国技で負けた"」の見出し記事。この新聞、時には良い記事も書くが、おしなべて品性に欠けるものも目立つ。この決勝戦については、もっと相手選手を敬う報道姿勢も大切なのではないかと思う。かなりの三文記事だ。
そして、東京五輪の卓球種目はシングルス(個人)に移っていった。7月28日、女子シングルス準決勝で、日本の伊藤美誠と中国の孫穎莎との対戦が行われ、セットカウント0:4と伊藤は孫に完敗した。孫は伊藤の弱点を研究し尽くして試合に臨んでいた感じだった。28日の決勝戦は中国の陳夢と中国の孫の戦いとなり、陳が4:2のセットカウントで孫を下した。
銅メダルをかけての28日の3位決定戦で、シンガポール選手を下した伊藤美誠について、7月29日付朝日新聞には「日本女子シングルスで初のメダルでも 銅では満足できない伊藤」の見出し記事が掲載されていた。中国のSNSネットでは、シングルス準決勝で完敗し涙を流す伊藤美誠への書き込みは1000万回を超え、その人気が爆発的に高まってもいると伝わる。
五輪卓球は8月に入り、男女ともに団体戦に入ってくる。日本女子チームは伊藤・石川・平野、男子チームは張本・丹羽・水谷が挑む。
東京五輪における大波乱は、中国女子バレーボールチームの極端なまでの不振だった。中国女子バレーボール代表チームは、2015年ワールドカップ優勝、2016年リオ五輪優勝、2019年ワールドカップ優勝と、近年はほぼ絶対に負けないチームとして国民の誇りともなっていた。2019年10月の中国国慶節式典では、北京の天安門の楼閣に習近平主席ら中国首脳らとともに壇上に郎平監督や選手たちは英雄として迎えられた。
その中国女子バレーチームはこの東京五輪での予選リーグB組の1回戦で中国×トルコに0:3のセットカウントでまさかの敗北。絶対的エースで、開会式での旗手を務めたキャプテンの朱婷の腕のケガも影響したようだった。第二戦の中国×アメリカにも0:3のストレート負け、決勝トーナメント出場に黄色信号が灯った。第3戦の中国×ロシアではケガをおして朱もスタメンに入り活躍するも、2:3でロシアに敗れる3連敗となる。
第4戦目が昨日の7月31日に行われ、中国はイタリアに3:0のストレート勝ちをした。しかし、この日、予選B組(6か国)で、最終戦の第5戦を待たずして、決勝トーナメント進出条件のB組4位以内に入れないことが確定し、予選敗退という驚くべき結果となってしまった。これは中国や中国国民にとっては、驚愕すべきこととなってしまった。私も、この中国女子バレーの強さには注目していただけに、この結果はとても残念ではあった。
※前号のブログのタイトル「2020+1東京オリンピック始まる❸ソフトボール、"二つの祖国をもつ"宇津木麗華監督のもの」は間違いで、「‥‥宇津木麗華監督のこと」が正しいです。訂正します。
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