彦四郎の中国生活

中国滞在記

何だこれは!—とても大規模で広大な強制立ち退きが実施されている市内の現場を見て絶句

2019-04-27 22:24:06 | 滞在記

 4月21日(日)の午前10時ころに、毎週土曜日・日曜日の午前中に行われている露店市に行った。11時ころから雨が降って来たので、雨を避けるため建物内でも行われていた骨とう品などの露店に移動した。露店の数は、外と建物内の全て合わせると、少なくても500以上はある。欲しくなるような見事な盆栽もあった。

 この日、この露店の一つで「古貨幣」を2つ買った。この古貨幣は、中国の殷(商)の時代に使われた銅製の金属貨幣で、約3000年ほど前のものである。この貨幣は、金属製の貨幣としては世界最古のものである。買ったものは本物そっくりのレプリカ。かなり値切って、言い値の半額で買った。本物が中国のインターネットでオークション販売がされているが、1万元(約16万円)くらいのようだ。日本の高校で歴史の教員をしている娘に、1か月ほど前に買った甲骨文字の本物そっくりレプリカとともにあげるつもりで買った。

 4月上旬頃に、市内の中心にコピー用インクを買いに行って、帰りのバスに乗っていた際に気になった場所(地域)があった。露店市が開かれている場所からほど近いところにある地区なのだが。バスから見えたそのあたりの風景は、最近まで、大きな道路に面していた商店街の多くの店舗が閉鎖されているように見えたのだった。古くからの家並みが密集しているエリアでもあった。

 この日、露店市から歩いて10分ほどのその場所に行って、どうなっているのかを見て唖然とした。昨年まで多くの人が暮らしていた場所(エリア)の住宅が壊されて全てなくなっていた。「これは、いったい何だ!」と絶句。強制立ち退き通知によるものだろう。いつ強制立ち退きが行われたのだろうか。大規模でとても広大な土地の強制立ち退きだった。一軒もなくなっていた。

 大きな道路沿いにあった多くの小さな商店街の店も全てなくなって高いトタンの塀が長い距離に置かれている。トタンの内側に入ると一面の草原になっていた。これだけ草が生えているところを見ると何カ月間が経過しているのだろう。ざっと見渡しても、京都御所くらいの広さのエリアが強制立ち退きで、一面の野原となっていた。

 野原の一角には、日本では秋の季節に咲くコスモスの花がとても美しく咲いていた。道教の寺院は立ち退きされていなかった。このあたり一帯は、大きい道路から一歩内部に入ると、古くからの古い家が密集している「古街」だった。狭い道路が迷路のようになっていて、道に迷ったことも何回もあった町並みが 消えていた。何千軒もの家々があり、大きな道路沿いには店が並んでいた。何万人もの人が何十年間も暮らしていて、近隣の親しい付き合いが綿々と続いていた場所(エリア)だった。住居はレンガ造りの古い家々がほとんどで、老年の人も多く暮らしていた。日本から福州に観光にやってきた知り合いに、このディープな古街を案内したこともあった。

 福州市内を流れ東シナ海にそそぐ閩江にはかっては歴史的な「福州港」があった。その福州港に運河のような川が流れ込んでいるのもこの一帯だ。近くには「福州・琉球館」があり、この細い運河を港から小舟で荷物を運んだ川でもあった。明の時代に造られた橋が残っていた。歴史を感じさせる狛犬が橋にはある。

 この運河(川)の向こう側はまだ取り壊しが行われていなかった。今もって迷路のような古街が残されていた。大きな道路に面した商店街の店は、コンクリートブロックで店がふさがれていた。閉鎖・立ち退きとなった店は500軒くらいはあるだろうか。かって行ったことのある福州郷土料理の店は跡形もなかった。

 「通告」というピンク色の用紙が貼られていて、それを読むと次のようなことが書かれていた。「為切実改善居民生活環境提高居品質‥‥‥」と始まり、第1期地区立ち退き期限は2018年12月3日と記されていた。第2期地区立ち退き期限は決定次第に通告するとも記されていた。また、ここに住んでいた住民が、この地区に新しく建設される高品質の高層住宅に入居する場合は「特典」として、購入費を割安にするとも記されていた。立ち退き予定地区を過ぎるとすぐに福州の市内の中心部の交差点の一つになる。

 現在、福州市内でも中心地に近い新築高層住宅の一つを購入するには、最低でも「2LDK」で300万元(約5000万円)はする。仮に、立ち退きをした住民に2割引きの特典があるとしても240万元(約4000万円)。中国人の平均年収は日本人の平均年収の3分の1ほどなので、この4000万円というのは、日本人が1億2000万円の住宅物件を購入するような感じとなる。立ち退きに関する住民への説明会があり、少しの立ち退き補償金はもらえるとしても、強制立ち退きで路頭に迷った人も多いかと思う。特にこの地区は老年の人が多く暮らしてもいたので、どうなったのか心配でもある。というのは、「親の生活の老後の面倒は子供がみるのがあたりまえ」という長年の中国社会の価値感はここ10年ほどで大きく変わりつつあるからだ。

 上記の地図では、オレンジ色の部分が「南公園」となっていて、ここは公園整備がすすめられている。水色の部分は運河(川)で、この川には歴史的な古橋(石橋)が多く架かっている。最も古いものは唐時代に造られた橋。紫部分が、強制立ち退きの対象となっている地区である。立ち退きが昨年末までに終わった第1期立ち退き地区は、立ち退き計画の全体の約4分の1ほどだ。今後の立ち退きが進行すると、対象立ち退き地区は、全体で京都御所が4つ分くらい入る面積となる。

 立ち退きが「なぜどうしてこんなにいとも簡単にできるのか」というと、中国では土地はすべて国有地だからだ。国民は、住宅地も農地も商業地も店や会社の建物も工場も全て、「国から一定期間の借地権」を得て暮らしたり、営業をしていたり、農業などを営んでいることとなる。個人の住居としては70年間借用期限となる。さらに借地の期限延長をするとなると国にその借地権獲得のために大きな費用を支払わなければならない。だから、古くから暮らしている古い住宅地域はかなりの年月が経っているから、「借地権」の値打ちもかなり低くなる。補償金があるとしてもそう多くはないだろう。「お上の通告には、従うしかない(※しかたがない『没法子[メイホース])』という社会である。  

 雀の涙くらいの補償金を支払って強制退去をさせて、その広大な土地に、高層住居を民間会社が建設をする場合、その民間会社から巨額の土地の借用金が市政府や国に入るシステムとなる。このようなことが、中国全土の津々浦々で行われているので、地方政府や中国政府は、毎年 超巨額の何十兆円かという収入が入る。これが中国共産党政権の政権維持のためのものすごい強みともなっているのだろう。大人10人あたり1人は共産党員(約9000万人)という中国社会。党員の多くは、公務員的な仕事につけたり(※中国は公務員の数が必要以上にとても多い)、仕事面でも有利になる。中国共産党一党支配を永続させるためには、この土地経済システムによる超巨額資金の収入が一つの重要な必要条件となっているのかもしれない。

 年間に何万件という争議が、この土地収用(強制立ち退き)などを巡って起きているとも言われている中国社会。公安や警察の権力によって争議の中心者の拘束の事態になったりしているが、強力な報道管制が敷かれ、報道されることはごくまれだ。

 立ち退き対象地域の真ん中にある「南公園」の門の近くに、中国・社会主義核心価値観の12の価値観が掲示されていた。「富国・民主・文明・和諧・自由・平等・公正・法治・愛国・敬業・誠心・友善」。なんだろうこの国の社会主義とはと思わざるをえない一つの中国社会の現実をこの日、また目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


コメントを投稿