彦四郎の中国生活

中国滞在記

福建省福州市での日本のコンビニ第一号店―中国で初めて生花がたくさん売られている光景を見たよ

2020-01-05 06:56:08 | 滞在記

 1月3日(金)の午後4時15分頃に「入管」でパスポートを戻された。午後5時には「入管」は閉まる。翌日の4日は「入管」は休みとなるので、まあ ぎりぎりのところでパスポートが戻され、5日に日本に戻れるということとなった。

 福建省名産の「茉莉花茶(モーリーファチャ)」(ジャスミン茶)を買って、日本に知り合いたちのお土産にしたいと思い、「三坊七巷」に向かった。昨年の11月頃に開店したらしい日本のコンビニ「セブン・イレブン」が近くにあるようなので行ってみたいと思った。

 三坊七巷に近い地下鉄駅「東街口」で下車。駅構内には「蛙舎」と書かれた文字と料理の写真が。蛙(かえる)料理の店が近くにあるようだ。料理の写真を見ると、蟹と蛙肉のコラボレーションのような料理。中国の蛙料理に使われる蛙は、いわゆるヒキガエル(牛ガエル)だ。スーパーなどでも生きたまま売られているので、日常食としても需要は多いのだろう。大学の卒業生に勧められて食べたこともあるが、味は淡白な感じだった。地上に出ると真っ赤一色の化粧品店がある。

 三坊七巷に行くと「花坊芸遊」と銘打たれた花市のイベントが開催されていた。小型トラックに花が飾られていた。生花がたくさん露店で売られていた。私は生け花が好きで、日本でも常に花を活けている。日本人と中国人は「自然観」に共通性と違いがある。違いとは、中国人は「生け花」をほぼしないということだ。つまり、日本人は「自然を家の中に取り込み、自然とともに生活したい」という思いは強い。だから、家で生け花を置いたりする。一方の中国人は「自然は自然、自然はそこに出かけて鑑賞するものだ」という自然観。だから、生け花はしない。花を飾るとしても豪華な造花である。

 このあたりの「自然観」については、大学の「日本文化論」の授業でも取り上げている。中国では、生け花文化ではなく、盆栽文化は伝統的に好まれている。つまり、盆栽は「花を切ったりして殺さない」文化なのである。このため、中国には「花屋」というものは極めて少なく、花屋をたまに見つけても5〜6種類くらいの豪華な花を置いてあるくらいである。「造花」は売っている店に入ると、ものすごいまでの造花が店いっぱいに置かれているさまには、驚かされる。

 このような中国人の自然観もあり、生花が売られていることは極めて少ないのだが、この「花坊芸遊」にはたくさんの生花が売られていた。今の季節、中国人も好む「水仙(シュイシェン)」が生けられていた。白いハイビスカスも。可愛らしい蓮の造花が置かれていたので花瓶とともに買うことにした。さすが造花の国だけあって「造花技術」はすごいものがあると思う。これだけの生花が売られているという現場を、私は中国に来て初めて見て、少し感動していた。

 2010年頃からの中国人の生活スタイルの変化もある。「簡素・質素・素朴・デザイン性」などが好まれるようになり始め、衣服的にも家具的にもその傾向は広まりつつある。だから日本の「ユニクロ」「無印」「ニトリ」などの製品は受け入れられてきている。シンプルな生活の中に花一輪を飾るということが、今後広まっていく可能性はある。

 日本の京都では2月中頃に開花する黄色い花で香りが漂う「蠟梅(ろうばい)」が売られていた。頭に冠的に飾る小さな花輪(造花)も売られていたが、これは4〜5年前から流行し始めている。1月25日からの春節まであと3週間に迫り、三坊七巷の街路にも赤い正月提灯が飾られ始めていた。

 三坊七巷でジャスミン茶や小さな酒瓶セット(「桂花酒」金木犀酒)などを3つの店舗で買って、携帯電話アプリの地図をみながらセブン・イレブンを探すとすぐに見つかった。東街口の地下鉄出口のすぐそばだった。人口700万人の福州市での日本人居留者は約150人くらいなので、客は入っているのかな?と思い店に入るとすごい数の客だった。日本国内の平均的なコンビニ店とほぼ同じ広さなのだが、ざっと数えてみると40人〜50人の客がいた。全て中国人客だった。

 日本のおにぎりコーナーも人気があって、次々と女性たちが買っていった。食べたいなあと思っていた「焼鮭おにぎり」は売られていなかった。具材は中国人の好みを考慮して、魚具材であれば「サーモンおにぎり」。「おでん・焼き鳥コーナー」も人気で列がてきていた。コンビニ店員もすべて中国人だが、日本のような「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」などの言葉は何もなく、愛想のない接客態度・不愛想さは、日本のコンビニ的ではなかった。

 中国に出店している日本のコンビニ(「セブンイレブン」「ローソン」など)は、現在中国に400店舗以上あると言われている。主に、北京・上海・深圳・広州・大連などに多い。北京に毎年行っていたが、その際には「コンビニ弁当」を買って夕食にしたり、日本のお菓子を福州に買って帰って大切に食べたりもしていた。ようやく、福州に日本のコンビニ第一号店が開店してくれた。生活的にとても助かる。

 昨日の4日、アパート近くの福建師範大学倉山キャンパス構内にあるコピー屋さんに行き、2月17日から始まる後期授業(2学期)に担当する講義の一つ「日本文化論」の授業準備のために、学生数分の『風土』(和辻哲郎)と『東洋の理想』(岡倉天心)のことをまとめた12ページ分のコピーをしにいった。

 市民に解放されている大学グラウンドには、土曜日ともあってたくさんの人が来ていた。最近このグラウンドで目立ち始めたのはサッカーをしている人がとても多くなったということだ。2013年に中国に赴任した頃は、サッカーをしている人を見かけることはほぼなかったのだが。ここ2〜3年、とても多くの人がサッカーの練習をしたり、親子でボールを蹴ったりしている姿が中国全土で増えてきている。この日は、小さな小学校低学年くらいの子の「サッカー教室」が行われていた。親もそれを見守っている。

 中学校や高校でも、いままではバスケットボールコートばかりだったのが、サッカーゴールを設置する学校が増えてきている。習近平主席がサッカーファンで、サッカーを推奨していることもあるようだ。世界最大のテレビ視聴者数となるのが、オリンピックではなくサッカーWカップだ。中国は2026年か2030年にサッカーWカップの開催国として目標を掲げ始めた。まずは、2026年Wカップの出場、30年にWカップ開催という運びとなる可能性は大きいように思う。2008年北京での夏季オリンピック、2020年に北京での冬季オリンピック、そして次は世界最大のスポーツイベント・サッカーWカップの開催という戦略だが、なにせサッカーという競技だけは、国民的にサッカー愛好者が増えないと、その国の代表チームは強くならないという法則がある。

 大人のサッカー愛好者もこの日3つのグループがサッカーをそれぞれしていた。ここ3~4年、同じグラウンドで草サッカーを見ているが、上手になってきているなあという感じがある。着実に中国のサッカーはこれからの6年間〜10年間で強くなっていくだろうと思う。

 アパートの部屋に戻る途中、団地内の何箇所かで老年の人達が集まり過ごしていた。日常的な光景だが、日本の都市社会ではもうほとんど見られなくなった光景が中国では息づいている。このあたりは、中国社会のもつ人々が生きる豊かさだと思う。

 1月5日(日)の今朝、早朝に起床してこのブログを書いている。YAhoo Japanのインターネット記事をこの朝 閲覧していた。「中国の大学で言論弾圧 不当な言論したと教員が定食・解雇」という記事や、「"独裁に反対"習近平主席の街頭写真に墨汁をかけた女性、精神病院から戻るとまるで別人(廃人のような)に」といういう記事も。また、「中国、人権派弁護士ら十数人拘束 香港デモを警戒か」もあった。香港や台湾での状況を受けて、中国共産党・習近平政権は、欧米的な「自由」「人権」「民主」ということに関する警戒を 改めて国内的に強め始めているようだ。

 とりあえず、このような中国から1か月間ほど日本に今日戻る。そして、また再び2月中旬に中国に戻る。私にとって中国生活は 少なからず「kiken」もともなう「tatakai」でもあるかと感じることも日々ある。「老兵は死なず」の心を持ち続けたい。ではまた。