



「積極参与選挙、携手共建美好家園! 対湖街道湖岭社区(宣)」(積極的に選挙に参加しよう、みんなが手を携えてこの団地を共に美しく良いものにするために!」と書かれた赤い横断幕が、私が暮らす団地のアパート棟近くのゲートに掲げられている。中国では、民主主義国のような選挙はないが、唯一ある選挙がこの住んでいる地区(エリア)の地区委員を選ぶ選挙である。
とは言っても、定数通りの立候補者の地区委員立候補者の信任投票にすぎないのだが。(「社区」とは、住民が暮らす小さなエリアのこと。「社区」ごとに、その地区を管理すめ中国共産党の支部がある。)私が暮らすアパートのある団地は「湖岭社区」と呼ばれ、私は毎年「年間500元(1万円)」余りの社区費を払っている。
中国の伝統的節句の一つ「端午節」が5月31日(土)にあった。この関連で5月31日〜6月2日(月)までの中国は3連休となった。休みの日の5月31日、久しぶりにアパートから徒歩15分ほどのところにある「琉球人墓地園」にまで散策した。その帰り、アパートの棟から100mほどの距離にある「茶館」(喫茶店)に初めて入ってみることにした。どうやら珈琲(コーヒー)もメニューにあり、一つだけある外のテーブル席ならば喫煙もできるようだった。




「美式(アメリカ式)」と書かれた珈琲を注文、値段は23元(460円)。ゆっくりと過ごせるこの「茶宇珈琲」という名の小さな茶店(喫茶店)は、30代かと思われる女性が1人で店をやっていた。コーヒーが運ばれてから15分後くらいに、大きな透明グラスに茶葉の入ったままの中国式の茶もサービスで運ばれた。タバコを吸いながら30分ほどの時間をここで過ごした。店内の大きなテーブルには白いアジサイの花が生けられていた。





翌日の6月1日(日)、閩江大学卒業生の王さんが、私のアパートに故郷の粽(ちまき)を持って午前9時30分頃にやってきた。日本に帰国する航空券購入をしてもらつた後、昨日に行った喫茶店「茶宇珈琲」に誘ってアパートを出た。あいにく喫茶店主は不在のようなので、王さんに店主に電話をしてもらったら、この日は用事があり開店は夕方になるとのことだったので、近くの建物に向かうことにした。「書里書外—復合空間」という名前の建物は、案内銅板には1920年代に作られた西洋建築で、外国人旅行客などのホテルとして使われていたが、1949年からは福建師範大学美術系教授の居住となっていたと書かれていた。現在は修復されて、さまざまな個人的イベントや会合、食事などに使われる複合施設となっているようだ。




6月1日のこの日、中国は「子供の日」となっていて、子供を祝うパーティなども準備されていた。かってはホテルとして使われていたためか、1階、2階に部屋数が多い建物だ。喫茶店のように珈琲コーヒーも注文できるようだった。





2階には、さまざまな個室が見られた。





中庭のテーブル席は、喫煙可能だったので、珈琲を注文ししばし王さんと時を過ごした。(コーヒー代金は25元[500円]) この建物のとなりの坂道は中国らしい風情のある光景がみられる。





■中国の珈琲(コーヒー)飲料事情
私が2013年9月に中国に赴任した頃、「中国人は老若男女、珈琲をほとんど飲まない民族だなぁ」という印象だった。学生たちが授業のある教室に持ってくる飲料用の大きめのポット容器に入れているものは、自前の「茶」または「白湯(さゆ)」だった。人口800万人余りの福建省の省都・福州市は、中国茶を飲む「茶店」はとても多いが、珈琲を飲める「喫茶店」はとても少なく、見つけるのが難しかった。
中国に珈琲を出す喫茶店が初めてできたのは、1999年の「スターバック珈琲」(米国資本)だった。中国1号店は北京に開店。STARBACK珈琲は、中国では「星巴克珈琲」と書かれる。1999年に中国映画「初恋の道」(張芸謀監督/主演:章子怡[チャン・ツイー])が世界的にヒットしたが、スターバックは章子怡をCMにも登場させたようだった。





私が初めて中国の喫茶店でコーヒーを飲んだのも、スターバックだった。2013年12月下旬、妻と娘が日本から中国・福州を訪れてくれて、福州の伝統的な建物群が残る観光地ともなっている「三坊七巷」を案内、スターバックで珈琲を飲んだのだった。2014年~15年、福州にはここ三坊七巷とその近くにももう一軒、スターバックコーヒがあった。建物は周囲と調和した建物でもあった。(コーヒーの値段はとても高く35元[700円]と、一般庶民がちょっと珈琲でもという値段ではなかった。)




2013年頃から、中国の若年層を中心に徐々にだが飲まれ始めたようで、スターバックなどの喫茶店に行くことは、ステータスを感じる象徴のような店だった。私は、2015年の9月から閩江大学から、同じく福州市内にある福建師範大学教員に転勤したのだが、この福建師範大学の倉山キャンパスの正門近くにあった喫茶店「雕刻時光book&cafe」が、なかなか素晴らしい喫茶店だったので、しばしばここで時を過ごすことがあった。(室内も喫煙可能だった)。
この2015年~16年の時代はまだ、中国人にとっても珈琲を飲むことは一般的ではなかった。このため私が毎朝自宅で飲むためのインスタントコーヒーを買うのも、一般のスーパーマーケットや店舗では売っておらず、福州市内に2つあるカルフールなどの外資系スーパーマーケットに行かなければ買えなかった。






このような中国での珈琲事情だったが、2017年~18年頃から徐々に珈琲を注文し持ち帰り飲むという若年層が増加し始めた。2017年に中国福建省厦門(アモイ)に拠点を置く「瑞幸珈琲—Luckin」が開店し、2020年には中国全土に6000店舗にまで急成長した。このLuckin珈琲は、客がスマホで事前注文しすると、客が店舗に到着したら即座に商品を受け取れるというシステムの店舗。珈琲だけでなく、様々な飲料が販売された。この方法がITスマホ時代の中国人の特に若年層の支持を受けたのだった。鹿のマークのLuckinは、店舗内で飲むことも可能だが、多くは持ち帰り客が多い。
2025年現在、中国の珈琲業界のチェーン店数で、トップ3はこの「瑞幸珈琲Luckin」(珈琲は15元[300円])、次いで「星巴克珈琲STARBACS」(珈琲は33元[660円])、そして「庫迪珈琲 Cotti」(珈琲は10元[200円])となっている。トップ3に次いでは、「幸運珈琲」。
■中国のコーヒー豆産地は、主に雲南省の高地にある。(全国の80%) 他には同じく高地の青海省。





「2023年中国城市珈琲発展報告」によると、中国コーヒー産業の市場規模は2020年の1364億元(2兆7280億円)から2022年に2007億元(4兆140億円)になり、さらには2025年には3693億元(7兆3860億円)にまで拡大すると予測をされている。2020年以降コロナ禍や不動産バブル崩壊不況など、中国経済の低迷が続く中でも、急成長していることが見て取れる。
「アレグラワールド コーヒーポータル」によると、2023年における東アジアのコーヒーチェーン店舗数約12万店のうち、中国は約5万店と全体の42%を占め、米国の4万店をも上回る状況となった。中でも上海には8530店があり、ニューヨークやロンドン、東京などを大きく上回り、世界で最もコーヒーショップの多い都市となっている。
例えば、中国における2023年のコーヒー店舗増加数(前年比)を見ると、中国系のLuckin(ラッキンコーヒー)は(+8034店)、同じく中国系のCotti(コッティコーヒー)は(+6426店)の中国系2強が際立って多く、スタバ(+785店)と比べてもその増加ぶりが目立っている。





米国STARBACS(スターバックス)は前述したように1999年に中国へ進出。もともと中国にはコーヒーを飲む習慣がなく、浸透するまでに年数を要したものの、2017年から一気に中国での店舗数を拡大して、2023年には6806店となっている。(参考:日本は2023年では1885店)。スタバは以前から中国を「スタバの成長をけん引する重要エリア」と位置付けており、米国に次ぐ市場として、今年2025年までに9000店舗の体制にすることを宣言している。
ラッキンもコッティも、スタバの「サードプレイス戦略(職場でも家庭でもない第三の場所とコーヒーを提供)」とは真逆の「スタバと同じ品質のコーヒーを半額以下で提供する戦略」を採っている。
最大の特徴はモバイル(スマホアプリ)オーダー(注文)への特化。これによって、客は行列に並ぶこともなく、ドリンクが出来上がるのを待つこともなく、店舗でスマホ画面を見せるだけで注文の品を受けとることができる。また店舗で提供されるサービスは基本的に商品の受け渡しのみが多いため、厨房と受け渡し口だけを備えたミニマム店舗化が可能となり、店舗の賃貸料が安くて済む。
■中国では伝統的にお茶文化が深く根付いており、2000年まては珈琲不毛の地であった。そして、これだけ珈琲が広く浸透してきたのは、2017年以降の7~8年間の出来事だった。中国系のトップ3珈琲チェーン店は、ゆっくりと席に座り珈琲を飲んだりタバコを吸うという喫茶店ならでは雰囲気はまったくないが‥。しかし、初めに紹介した私のアパート近くにあるような喫茶店もまた、中国では若い人が起業して開店することも急増している。
最近では大学の食堂の一角にある珈琲店で、事前に注文した珈琲(アイスコーヒー)などを受け取って授業のある教室に持ち込む学生の姿も多くなった。また、私がアパートで毎朝飲むNesCafeのインスタントコーヒーの瓶も、一般のスーパーでも買えるようになってきている。