5月31日(日)昨夜の雨がまだ残っているのか空は厚い雲に覆われています。
凧揚げ会場の駐車場には県外からの参加者の車が何台も止まっています。
風は北風で風速は5メートル位であろうか幾つかの凧が揚がっている。
雨を持っているような空模様でしたが強風用の「婦くら雀」を準備し、12mの尻尾を付けて揚げると凧は風を受けウナリを響かせて飛揚していきました。
婦くら雀は風と一体となったように空に張り付き「ビ~!」と周りの空気を響かせています。
百畳凧の飛揚の安全を祈願した百畳凧を多くの保存会の関係者が飛揚場所まで肩に担いで運搬していきました。
(百畳凧の行進)
開会式が始まりました。1都2府16県の68団体で240名の全国の凧の仲間が参加したそうです。
(開会式風景1)
(開会式風景2)
開会式が終わり多くの凧が揚がり始め空がにぎやかになりましたが、揚がっている凧は強風用の凧が多く色々なウナリの音が空に響いていました。
婦くら雀凧も凡そ1時間以上は飛揚していたのですが、まだまだ空に未練はあったのですが一時降納することにしました。
(高く飛揚している婦くら雀凧)
地域の方が出店している露店に行きました。毎年”みたらし団子”を購入するのがこの凧揚げでの楽しみなのです。
(名物のみたらし団子)
この”みたらし団子”はご当地の名物で美味しいと評判のものでしたが、今年購入したものは以前のものと団子の形状も小さくなったようで味も以前のものとは異質のものと感じました。
来年からはもう購入しないと思いました。
風も良く色々な凧が揚がっていましたが、中でも徳島県の凧友のYさんの横連凧は沢山のカメラマンの注目を集めていました。
(横連凧)
凧友のUさんが”龍”文字の連凧の試し揚げをするとのことでラインの糸が細く一人では難しいので手伝うことにしました。
60枚ほど飛揚させたのですが風が強いので先頭凧が風に負けて下がってきたので連凧を降納することにしました。
(連凧の試し揚げ)
百畳凧が飛揚する準備が整い、凧を立ち上げ凧が風を受けて上昇していきました。
何年かぶりに飛揚しましたが、喜びがその瞬間悲鳴にかわりました。
凧が落下し不幸な出来事でした。
平成10年の「世界の凧の祭典」で10周年を記念して百畳凧を揚げる際に八日市大凧保存会の皆様に指導して頂き無事、百畳の大凧を飛揚させることができました。
その際の責任者として主催者から事故防止のための企画書の提出や安全管理で苦労した来たことを昨日の出来事のように思い出しました。
自分の凧は飛揚したのですが、心が暗い帰路となりました。
凧揚げ会場の駐車場には県外からの参加者の車が何台も止まっています。
風は北風で風速は5メートル位であろうか幾つかの凧が揚がっている。
雨を持っているような空模様でしたが強風用の「婦くら雀」を準備し、12mの尻尾を付けて揚げると凧は風を受けウナリを響かせて飛揚していきました。
婦くら雀は風と一体となったように空に張り付き「ビ~!」と周りの空気を響かせています。
百畳凧の飛揚の安全を祈願した百畳凧を多くの保存会の関係者が飛揚場所まで肩に担いで運搬していきました。
(百畳凧の行進)
開会式が始まりました。1都2府16県の68団体で240名の全国の凧の仲間が参加したそうです。
(開会式風景1)
(開会式風景2)
開会式が終わり多くの凧が揚がり始め空がにぎやかになりましたが、揚がっている凧は強風用の凧が多く色々なウナリの音が空に響いていました。
婦くら雀凧も凡そ1時間以上は飛揚していたのですが、まだまだ空に未練はあったのですが一時降納することにしました。
(高く飛揚している婦くら雀凧)
地域の方が出店している露店に行きました。毎年”みたらし団子”を購入するのがこの凧揚げでの楽しみなのです。
(名物のみたらし団子)
この”みたらし団子”はご当地の名物で美味しいと評判のものでしたが、今年購入したものは以前のものと団子の形状も小さくなったようで味も以前のものとは異質のものと感じました。
来年からはもう購入しないと思いました。
風も良く色々な凧が揚がっていましたが、中でも徳島県の凧友のYさんの横連凧は沢山のカメラマンの注目を集めていました。
(横連凧)
凧友のUさんが”龍”文字の連凧の試し揚げをするとのことでラインの糸が細く一人では難しいので手伝うことにしました。
60枚ほど飛揚させたのですが風が強いので先頭凧が風に負けて下がってきたので連凧を降納することにしました。
(連凧の試し揚げ)
百畳凧が飛揚する準備が整い、凧を立ち上げ凧が風を受けて上昇していきました。
何年かぶりに飛揚しましたが、喜びがその瞬間悲鳴にかわりました。
凧が落下し不幸な出来事でした。
平成10年の「世界の凧の祭典」で10周年を記念して百畳凧を揚げる際に八日市大凧保存会の皆様に指導して頂き無事、百畳の大凧を飛揚させることができました。
その際の責任者として主催者から事故防止のための企画書の提出や安全管理で苦労した来たことを昨日の出来事のように思い出しました。
自分の凧は飛揚したのですが、心が暗い帰路となりました。