瀬崎祐の本棚

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詩集「祝祭明け」 草野早苗 (2022/09) 思潮社

2022-11-08 22:22:05 | 詩集
第3詩集。107頁に33編を収める。

作品の契機は実際に作者が触れていることから始まっている。たとえば「渡る」で詩われるのは愛猫の死である。しかし作品はすぐに幻想的なたたずまいとなっていく。話者は、七日目の夜明けに川を渡る舟に乗りなさい、と愛猫に話しかける。最終連は、

   夕方 窓硝子が一瞬揺れた
   舟が出て行ったのだ

「満月」では、話者が草刈り道具を持って墓地に出かけると、「墓誌に名のあるらしい六名が石段に座って待っていた」のだ。家で夜まで過ごすと、「そろそろおいとまする」といなくなる。実は墓仕舞いの話が出ていたのだ。その墓地からの彼らの最後の訪れだったのだろう。このように作者の思いは譚の形を取って印象的に表出されている。

「ひび割れ」。線路にひび割れが見つかり電車が運休となっている。紫木蓮は線路に沿って咲いていて、

   昨夜は急に大気の温度が上がったので
   列島の卵という卵がひび割れる
   卵を孕んだながむしに触れた線路もひび割れる
   もうすぐ紫木蓮もひび割れて
   魂が蒼穹に舞い上がる

今まで隠されていた、あるいは押さえつけられていたものが、思わぬ間隙からここぞとばかりに露わになってくるのかもしれない。ひび割れから溢れてくるものを感じるそんな日が、話者にもあるのだろう。舞い上がった魂はどうなるのかというと、「蒼ざめた成層圏まで昇ってゆく」のだ。

「神田川聖橋」。「橋を渡り始めて七番目の者に合図せよ」と灰色の影に指令を受けるのだが、橋にやって来るのは仔羊ばかりなのだ。

   聖橋を引き返す
   仔羊を捧げて過去を抹消するのだ
   一生一緒に生きるとの宣誓書が
   近くの教会の地下倉庫にあるはず
   行方知らずの元同居人との署名
   あれは果たして人だったのか

なぜに仔羊? そんな混乱が悔恨や脱力感、そんなものとない交ぜになって話者に押し寄せてきているようだ。

「傘の行列」「観覧車」については詩誌発表時に簡単な紹介記事を書いている。
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詩集「初めあなたはわたしの先に立ち」 花潜幸 (2022/09) 土曜美術社出版販売

2022-11-04 18:44:17 | 詩集
第4詩集。94頁に37編を収める。

詩集タイトルにもある”あなた”とは、「幼時母を亡くした後、姉と慕った従姉」のこと。第一章の作品はその”あなた”へのオマージュなのだが、美しい情感に溢れている。
タイトル詩「初めあなたはわたしの先に立ち」では、あなたは「意地や窪んだ夏雲の冷たい陰を引き寄せてくれ」て、やって来た水の淵では「さあ飛ぶならいまですよ と笑いかけ」てもくれたのだ。少し大げさな言い方をするならば、この世で美しく生きていくための手順をあなたは指し示してくれたのだ。最終連、果たされなかったわたしたちの硬い望みを想い出すことがあるという、それが、

   (略)いまでも、祈りとなって空を渡ることがある。
   何処(どこ)へ行くの、とあなたは躊躇いながら十月の空を見上
   げて尋ねてみたが、その鳥はまだ行く先を まったく知
   らなかったのだ。
 
こうした、何ものにも代えがたいあなたとの日々は、あなたの病によって限りあるものとなり、いよいよその密度を増していったようだ。

「続きの夢」では、「昨夜夢を見ましたか」と問うあなたがいる。すでに「病があなただけを染めて」いるのだ。「ええ、ぼくも続きの夢を見ました」と嘘を云いかけると、「あなたは唇に指を立て、大きくなったらきっと教えてください」と云ったのだ。ここには、交わされた言葉やその時の仕草を包みこんださらに大きな心の触れあいのようなものが感じられる。最終部分は、

   それから幾度か、さらに続きの夢を見ることがあったが、
   あなたに話す機会はなかった。

もしかすれば、続きの夢を語ってしまえば、そこであなたとの触れあいのある部分が終わってしまうことを怖れていたのかもしれない。しかしそれでも「白い夏の花束をあなたの胸に置」く日はやって来てしまったのだった(「宵の明星」より)。

あとがきによれば、第二章には「神々との対話」をおさめたとのこと。生きている人がいて、逝ってしまった人がいる。それらの人達との関わりを大事にすることで日々が作られていく。
そんな日々が積みかさなって、寂しい時の窓にはもうひとりの自分が映る。

   昔、小さな部屋の窓には、
   震えるぼくたちがいて
   まるく炎になり眠っていたのだ。
                 (「消灯時間」最終連)

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