瀬崎祐の本棚

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詩集「豊玉姫」  紫圭子  (2017/05)  響文社

2017-05-09 21:21:54 | 詩集
 天童大人が主宰している朗読パフォーマンス「詩人の聲」から生まれた詩集シリーズ「詩人の聲叢書」の5冊目。新書版で表紙には作者の写真を使っている。107頁、20編を収める。
 すべての作品は「対馬、和多都美神社での体験や、古事記の豊玉姫を飛翔させて書きつづけたもの」となっている。

   ひとすじ
   透きとおった音
   その衣擦れの音のなかにトヨタマビメ現れて
   トヨタマビメの指先が喉を撫でる
   洗われてゆく
   わたくしの喉
   の
   水玉
                        (「橋」より)

 私の場合、目で作品を読むときも、無意識のうちには頭の中で音読している感じである。言葉のリズムであるとか、言い回しの滑らかさ、次の行に移るタイミングなどを、そうやって計っているところがある。この詩集の作品はもちろん文字で書かれているのだが、朗読することを前提として書かれているのだろう。作品を読みながらもそのことは常に脳裏にあった。だからいつも以上に音読に近い意識で作品に接した。

   あなたも
   人影を洗った水をそっと撫でているだろう
   涙はもはや涙を通り越えて
   この惑星に造物主がもたらされた雪玉の雲
   巨大雪玉が大気に触れて白雲に変化し
   雨となって
   わたくしの惑星の水位を清めつづけた
                        (「洗う」より)

 作品は、まるで豊玉姫への祝詞のようにも思えてくる(すると、朗読は朗誦のような雰囲気でおこなわれたのだろうか)。豊玉姫に言葉を捧げることによって、自分の前にもこれからの道を広げようとしているかのようだ。
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repure  24号  (2017/04)

2017-05-07 22:08:04 | ローマ字で始まる詩誌
 「野尻」志村喜代子。
 そこは、雪が積もっている山岳地帯に建っているレストランのようだ。寒さをしのぐ店の中はおとこたちで賑わっていて、温かい鍋物が供される。冷えた身体だけではなく、何かしらを抱えていた心もまた、湯気の中で暖まっていくのだろう。最終部分は、

   ながい年げつを手繰り
   たがいの嘆きに似てしずもる片すみ
   むかい合う餐

 「笊を売る」小網恵子。
 1年前に亡くなった弟の夢を見ていたのだ。要領がよかった弟は、市の立つ日に笊を売りに出かけて死んでしまったのだ。今は私が笊を売りに市へ来ているのだが、

   夢にも虹が出ていた、と思いながら人の行き来を見ると、弟に似た
   後ろ姿が歩いてゆく。見覚えのある着古した着物だ。懐に手を入
   れて弟のお守り袋を確かめて後を追う。

 夢と現のあわいで、弟への情愛がたゆたっているようだ。切り詰めた叙述で深見のある物語を語っている。

「京浜運河殺人事件」たなかあきみつ。
 タイトルからは珍しく取っつきやすい作品かと思ったのだが、やはり甘くはなかった。ぎしぎしと軋むような肌触りの言葉が、こちらの視線をはねつけるように世界を作っている。たとえば、「含羞を鮮明に解凍した夏のはじまり」とか、「時空の間氷期に匹敵するみどり滴る空き地」など。作者の脳裏に去来するイメージが京浜運河の風景となり、ある社会現象へ流れて行くのか。

   (この事件の発覚するきっかけ
   パスワードとなる誰何のキイワードは
   相次ぐ《失踪》だった、たまに寛いでは
   生身の全面的に消失したそのla vie en rose願望の本文にも余白にも
   あらゆる文字も夜闇に乗じた伝言も跡形なく
   じりじり時間の埃のみ時間の単位を越境しつづける)

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