瀬崎祐の本棚

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詩集「雲の名前」 佐峰存 (2023/10) 思潮社

2023-11-07 18:22:26 | 詩集
第2詩集。125頁に27編、および詩集タイトル詩と思われる巻頭詩1編を収める。

「起床」。眠りのあいだは意識はこの世界から離れていたわけだが、目覚めと共に戻ってこなくてならない。その行為が容易な時もあるし、大変に努力を要する時もあるのだろう。肉体がひとつひとつこの世界を感知して馴染んでいかなければならない。足裏が床の感触を確かめ、「夜の錯綜に落としてきたものを/呼び戻そうとすると/舌はひたすら乾いていく」のだ。

   明晰夢の小部屋 伸びてきた指の
   方角はばらけ 行く末は
   透明な星々の隙間をさしている
   息を吸うたびに
   薄い膜の向こう側の世界は
   姿を入れ替え生滅する

はて、私が目覚めて戻って来たこの世界は、果たして無事に構築されるのだろうか。

語弊を怖れずに言えば、佐峰の作品にあらわれる人物は生身感が少ない。いや、人物だけではなく、世界のすべての構成要素が無機質な印象なのだ。その中にあって、言葉によって互いを結びつけた安寧の場所を作ろうとしている。しかし、それは幻事であることもまた感じ取っているようなのだ。

「彼方の歩行」。強い風の中を私達は歩いているのだが、そこは誰もいない世界のようだ。ただ入れ替わる建物があり、伸び続けるアスファルトがあるばかりで、そのような世界を私達は歩きつづけなければならない。

   人工衛星の軌道が描いた
   市場の祭壇を 軽やかに跨いで
   あなたの刻んだ歌声は
   私の瞳孔に 直に触れていく
   更新される生活の頭上で
   嵐のあとの月面は
   黙々と傾いて 太陽を映し出している

彷徨っている私もあなたもすでに体温を失っているようだ。ついには「いつしか粒子となって/彼方の屋根に降り積もる」しかないのだ。

この社会の中で歩いて行くことの大変さがざらざらとした手触りになっている。そのうえでそれに立ち向かっていく覚悟が感じ取れる詩集だった。
「名刺」「交点」については詩誌発表時に簡単な紹介記事を書いている。
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