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詩集「パウル・クレーの〈忘れっぽい天使〉をだいどころの壁にかけた」 相沢正一郞 (2019/07) 書肆山田

2019-08-02 17:42:49 | 詩集
 第8詩集。135頁に序詩+21編を収める。
 22編の作品ではさまざまな状況が提示され、揺れうごく感情が展開されるのだが、詩集全体を貫く大きなうねりのようなものを感じる。それは、どの作品も”あなた”を記述する話者という設定で成立しているところから来ている。

 たとえば「夢」では、あなたは彼女の夢の話を聞いている。そして、おそらくは闘病生活をしている彼女は自分の夢を語り疲れると、あなたの何でもないような、しかし彼女が不在の日常生活の話を聞きたがる。

    そして、話の最後に--そこには、あたしはいないのね、そうつぶやいたと
   き、きゅうに彼女が透明なドアの向こう側に行ってしまうような気がした。

 話者は、彼女を失う予感に怯えているあなたを書きとめている。作品は、話者の一人称ではなく、三人称であるあなたを書くことによって危うく成り立っているのだ。作品と作者の間にあなたを立たせるその距離が、作者には必要だったのだろう。

 詩集の表題作では、話者は自分の日記を読み返しているあなたを書いている。その日記には”その頃”のことが書かれており、「旅だっていったひとの声に耳をすま」したことも思い出させるのだ。繰り返しになるが、日記を読んでいるのは話者ではなく、話者によって記述されているあなたである。日記を書き始めた頃にあなたはクレーの絵をだいどころの壁にかけたことを書いていた。そして最後の部分、日記を読んでうたた寝をしてしまったあなたは気付くのだ、

    テーブルから顔をあげ、ふと壁を見あげると〈忘れっぽい天使〉の額縁が落
   ちている。薄汚れた壁紙には、四角いしろい跡--まるで表情を拭い去ったあ
   とみたいな・・・・・・。

クレーの絵によって覆われていた部分が露わになり、あなたは欠けたものにあらためて気付いているのだろう。
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