goo blog サービス終了のお知らせ 

桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

GW花の旅

2017-05-13 19:43:47 | 旅行記
今年は4年ぶりにGWにあちこち出かけられました。
5/3新里のサクラソウ
5/4白馬の桜と山野草
5/5片品の天王桜
5/7片品の天王桜・オキの桜と赤城自然園
いずれもちょうど見頃でとても綺麗でした。
写真を日付順に適宜UPします。

サクラソウ群落








白馬の花
中綱湖

小蓮華山と桜



白馬岳と桜

ニリンソウ

アズマイチゲ

キクザキイチゲ


天王桜












オキの桜






赤城自然園
オオバナノエンレイソウ

ヤマブキソウ

イカリソウ

シラネアオイ

ウスバサイシン

ヤマシャクヤク

クマガイソウ

十数年ぶりの栂池自然園

2016-10-08 17:53:26 | 旅行記
10/6(木)

10,11月と土日に仕事が連続して入っており、なかなか休めないので、今日休みをとり、栂池自然園に紅葉を見に行ってきました。栂池自然園に行くのは、白馬風の子に泊まったときに訪れて以来、恐らく15年以上ぶりです。その時の自然園はきれいに紅葉していたのですが、あたり一面真っ白なガスに覆われていて、自分の周囲以外は何も見えませんでした。

今日は登山口では、山の上の方は雲の中で、小雨もぱらついていたのですが、上空の方は明るい感じがして、ひょっとしたら山の上は雲の上かも知れないと思って、ゴンドラとロープウェーで上がってみると、やはり思ったとおりでした。一昨年登った小蓮華山から白馬岳まで、何とかガスの切れ間に眺めることができました。

前日自然園を訪れた友達の話どおり、紅葉はほとんど終わっていましたが、一部にはまだきれいなところもありました。白馬大雪渓は登山禁止になっているとのことでしたが、自然園の一番奥にある展望湿原から見ても、ひどく雪が少なくなっているのがよくわかりました。

途中で雷鳥を見かけました。今まで見た中では一番標高の低いところでの目撃となりました。ちなみに自然園は標高約1,900メートルほどしかありません。今までは火打山の頂上直下の標高約2,400メートルのところで目撃したのが一番低いところでした。

2時間半ほどのんびり歩き、下山後は小谷村の蕎麦屋・蛍で蕎麦を食べて帰ってきました。これが今年最後のハイキングになりそうです。
































2回目の金峰山

2016-09-28 20:53:11 | 旅行記
9/25(日)に、山梨県にある金峰山に登ってきました。
金峰山に登るのは2回目です。今回は大学時代の友達2人と登りました。彼らと登るのは、4月の荒船山以来2回目です。
前回は単独行で、瑞牆山荘からスタートして、山頂西側の尾根から登頂しましたが、今回は登山歴の少ないメンバーがいたため、東の大弛峠(車で登れる日本最高所の峠)から登る簡単なルートを選びました。
天気予報では午後から雨とのことでしたが、結局一日天気に恵まれ、稜線では素晴らしい光景を眺めることができました。
山頂には五丈岩という巨岩の積み重なりがあり、これはかなり遠くからでも見ることができます。今回はこの岩に登る人を何人も見ることができました。私達も25年前だったら勢いで登ったろうに、と笑い合いました。
彼らと登るのは今シーズンはこれで最後ですが、今後も年に1,2度は彼らとこうして登山を楽しみたいなと思いました。












白山

2016-08-27 19:26:14 | 旅行記
8/25(木)
夏休みの最後に白山に登ってきました。本当は仙丈ヶ岳と甲斐駒ヶ岳に登りたくて休みを4日間取ってあったのですが、憎き台風のために断念。仕方なく一番天気予報の良い25日に、東日本に影響を及ぼしている台風から遠くできるだけ西にある、日帰りで登ってこられる、未踏の百名山ということで白山を選びました。

岐阜県側から登る平瀬コースが最短ルートということで、このルートで登ることに決めましたが、さすがに群馬から直接向かうのは無理があるので、前夜砺波のホテルに泊まり、早朝に砺波を出て6時過ぎから登り始めました。室堂まで約4時間ひたすら登りでへばりましたが、登山道は今までの登山で経験したことがないほどとてもよく整備され、後半は稜線に出て、風が気持ちよく吹く中登れました。登り始めからひたすらガスの中で、眺望は得られませんでしたが、幸いに山頂では青空も見えました。山頂で1時間半ほど過ごし下山しましたが、下山はいつになく快調でした。登り4時間20分、下り2時間45分でした。

下山後はしらみずの湯で汗を流し、思ったよりも早く下山できたために時間があったので、外国人観光客が目立つ白川郷を始めて訪れ(個人的にはこれまで訪れた世界遺産の中では残念なものの一つに挙げられると思いました。)、あとはひたすら高速を飛ばして帰りました。

この夏は登山意欲があまりわかず、ひょっとしたら新しい百名山に一つも登れずに終わるのではないかと危惧していましたが、何とか一つ登ることができたのは幸いでした。


6年ぶりの金沢の旅

2016-03-04 21:34:36 | 旅行記
北陸新幹線に乗って、金沢21世紀美術館で開催されている井上有一の書展を見てきた。金沢に行くのは実はこれで6回目。前回は学年旅行で来た6年前だった。

2/27(土)

前夜が宴会だったので起きるのが大変だったが、何とか起きて前橋8:39発の高崎行きで高崎駅へ。9:05発のはくたかで一路金沢へ。途中駅から乗るので自由席に座れない可能性が高く、今回は指定席を取っておいた。軽井沢や長野で降りる客が多く、金沢に着いたときは、自由席よりも指定席の方が埋まっていたくらいだった。

金沢駅に到着して昼飯に予定しているすし玉(回転寿司)へ。食べログの評価も高く、11:40の時点で既に20人くらい並んでいたので、名前を書いてホテルに荷物を預けに行く。ホテルは金沢駅西口に最近できたところ。

荷物を預けてすし玉に戻ると5分ほどで呼ばれて席へ。のどぐろやがすえびなど、地元の魚を使ったセット物の握りを3種類ほど頼んだ。観光地値段ということもあってか寿司そのものがやや小さかったが、さほど腹も空いていないのでちょうどよかった。

昼食後金沢駅からバスで21世紀美術館へ。土日は100円で市内の主要観光地を回るバスに乗れるのだが、他の路線バスは200円ということで、ぎゅうぎゅう詰めに混んでいた。

21世紀美術館に来たのは6年ぶり。あのときは現代芸術を少し見ただけだったが、今回は現代書の巨匠とも言える井上有一の生誕100周年記念展ということで、今回わざわざ遠路はるばる見に来たわけである。井上有一は文字の形や線質よりも、書くという行為そのものを体現した結果としての文字といった趣の書を書いた。作品は迫力とか力感といったものではなく、執念とか情念といったものが全面に表出したものが多く、その圧倒的な存在感に、見ていて疲れてしまうほどであった。

一方で、小品には軽妙洒脱な趣のあるものもあり、また、晩年に制作したコンテによる作品では、紙面を掻きむしるようにして書かれた文字に表れた、稚拙美というほかない趣の中に、大字書に通じる執念や声にならない叫び声が聞こえてくるようであった。

群馬県立近代美術館が所蔵する「東京大空襲」という作品は、自らの戦争体験に基づいた作品であるが、一見してすぐに中国・明末の傅山の狂行草書を想起させる趣があり、傅山の作品に比肩しうる日本の書家は井上有一しかいないと実感した。

ただ、初期に書かれた多字数の小字作品の傑作「自我偈」や、群馬県立近代美術館が所蔵する傑作「噫横川国民学校」は展示されていなかったし、回顧展と言いながら展示作品がそれほど多くなかったのが残念であった。それにしても、「噫横川国民学校」を「東京大空襲」シリーズとともに購入した群馬県立近代美術館のキュレーターには拍手喝采を贈らずにはおれない。

その後石川県立美術館に立ち寄り、兼六園は翌日訪れることにしてホテルに戻った。一休みして夕飯を食べることになっているなべ太郎に向かった。バスを降りると思いがけず雨が降っている。犀川沿いの通りは観光客もおらず、川沿いに日本風の家屋が建ち並び、ほんのりと明かりがともって何とも言えず良い雰囲気である。ここはかつてのお茶屋街であったが、現在では料亭やレストランやカフェなどに改装されているのである。なべ太郎もその一つ。

実はなべ太郎も3回目。初めて来たのは教員になった年の秋。同期採用の金沢大出身の人が企画した能登金沢旅行の時。2回目は10年前に金沢・高岡・富山の高校の視察に来たとき。宿泊先が金沢だったので、私が案内した。その時以来10年ぶりなのだが、その間相変わらず人気を誇っており、しかも土曜の夜ということもあって、1ヶ月前に予約を入れておいた。

仲居さんの案内で2階の部屋へ。2人なのに6畳くらいの部屋でちょっと落ち着かない。飲み物を頼み、突き出しはこの店の名物のイカの和え物。これも前回と同じ。ここは鍋奉行の出番はなく、仲居さんが全部目の前で調理してくれる。魚が5種類くらい、牡蠣、はんぺん、タケノコ、大根、エノキダケ、春菊、椎茸、ぎんなん、しらたき、そしてきび餅が付く。これを3回に分けて煮て盛りつけてくれる。最後にきび餅を煮てくれ、それを食べた後、残った出汁でおじや。これにはキャベツの浅漬けが付く。

鍋物はもう絶品。魚も良いものを使っているのだろうが、何しろ煮え具合がちょうど良い。出汁も関西風で飽きがこない。きび餅は口直しなのだろうが出汁を吸って、ちょうど雑煮の餅を食べているような感じ。そして何と言ってもおじやが美味しい!ここのおじやは卵も入れずアサツキも散らさず、出汁とご飯だけ。これが素晴らしい!ほんの少し焦げており、お焦げも味わえるのも良い。鍋物だけで既にかなりお腹いっぱいなのだが、2回おかわりして全部食べてしまった。キャベツの浅漬けがこれまたいい口直しになる。最後にマンゴーのシャーベットでごちそうさま。ちなみにロケーション的にお値段もかなり張ると思いきや、鍋料理が1人前4,000円ほど、今回は鍋の他に刺身も頼んでこれが1人前1,000円、あとはビール1本と日本酒1本、梅酒1杯でサービス料が付き全部で15,000円でおつりが来るとは驚き。

日本酒や梅酒も頼んで、そんなに飲んだつもりはないのにかなり酔っぱらってしまい、この日はホテルに戻ってそのまま寝てしまった。なべ太郎はぜひまた来たい。

2/28(日)

7時過ぎに起床し、朝食会場へ。普段は和風居酒屋だが、朝は朝食会場にもなる。バイキングだが、ルートインなどと比べて明らかに品数も多く、また関西圏に近いためにお粥もあって大いに満足した。

9時にチェックアウトして、今日も100円で乗れるまちバスでまず兼六園へ。兼六園に来るのは10年ぶりだと思う。まず兼六園の向かいにある金沢城趾へ行く。ここに来るのは25年ぶり。あのときはまだ城趾に金沢大学の校舎が建ち並んでいた。現在ではすべて撤去されて、かつての金沢城の建物が徐々に復元されつつある。

兼六園に行くと、先頃降った雪は既になくなっている。時間が早いせいかさほど人はいない。向田邦子が兼六園を訪れたときのことを綴ったエッセーのことを思い出しながら、兼六園で一番有名な二本脚の徽軫灯籠で写真を写した。向田邦子が訪れた50年ほど前の兼六園では、池に白鳥が飼われており、その白鳥に弁当のおかずをねだられて困ったなどという話も思い出していた。現在の池には、自然に飛来した鴨がのんびりと泳いでいるだけである。

池を一周して、日本最古とされる噴水を見て園外へ出た。帰りはバスを使わず、歩いていくことにした。昼食を予定している近江町市場に行く途中にある尾山神社(明治期に建てられた近代洋風建築で、ステンドグラスの入った山門が有名)に立ち寄った。ここも10年ぶり。青の時は大雨が降っていたが、今日はとても天気がよい。そう言えば、金沢を訪れたときは結構天気の悪いことが多かったのを思い出した。

そのまま歩いて近江町市場へ。ここは人でごった返していた。昼飯は22年前と6年前に来たときに寄った近江町食堂で魚を食べることにしている。特に場所は調べておかなかったが、恐らくこの辺だろうと見当を付けて進んでいくと、ちょっと引っ込んだところにちゃんと店があった。11時半だったが既に満席で、数人が並んでいる。15分ほど待って店に入り、着いてから30分ほどで席に着けた。

いろいろ珍しい魚の名前が並んでいる。6年前には名物の海鮮丼を食べており、今回は初めから刺身か煮魚、焼き魚を食べるつもりでいたので、刺身定食にし、黒板に書いてあったキンキの煮付け(特大)を追加して2人で分けて食べた。刺身はどれもぷりぷりして美味しかった。キンキの煮付けは味がよく浸みてとても美味しかった。ただ甘辛く似ただけでは飽きがくるところ、山椒の実と唐辛子が入って味を引き締めていたので、全部食べ尽くすことができた。骨もひれもしゃぶり、食べた後は手も口のまわりも魚臭くなってしまった。隣にいた男性は1人でこれを食べていたが、ぺろりと平らげていた。

お腹いっぱいになって、腹ごなしに金沢駅まで歩いた。お土産を見繕い、始発なので自由席に座り、雪をかぶった立山連峰は寝てしまって見逃し、約2時間半で高崎に着いた。1泊2日の旅だったが、何だかすごく遠くまで旅行に行ってきたような気がした。

謹賀新年&紅白歌合戦観覧

2016-01-01 21:08:18 | 日記
謹賀新年
皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

さて、昨日NHKホールにて観覧したNHK紅白歌合戦は、4時間半という時間があっという間の、まさに夢のような時間でした。

ディレクターの前説(スティックバルーンとルミカライトの使い方の説明、嵐のときの観客の振りの説明など)と司会者達の挨拶に始まり、7:15のオープニングの後幕が開き、出演者達が一斉に登場したときの感激は何とも言えないものがあり、思わず歓声を上げてしまいました。

約750倍の当選確率をくぐり抜けた約3,000人ほどの観客が見に来ていました。私の隣は嵐ファンのママに連れてこられた息子との2人組。反対の隣も、同じく嵐ファンのママに連れてこられた娘との2人組でした。やはりジャニーズファンが多かったようですが、客層は全体的に平均年齢が高め。近くにはμ’sのファンの男性2人組もおり、μ’sの出演時は大盛り上がりでしたが、他の時間はとても退屈そうでした。

座席はランダムに配布される指定券で決まり、私は残念ながら3階席でしたが、ステージ全体を見下ろすことができました。EXILEやジャニーズ系のグループ、AKB系のグループの、ステージ全体を使ったパフォーマンスは、テレビでは一部しか映りませんが、3階席から会場の照明やレーザー光線の演出とともに全体を見下ろすことができ、このあたりは楽しめました。ゲスト審査員席のすぐ後ろはカメラに写ることも多いので、どうやら出演者の関係者などが座るようです。でも、一般の観客でも1階席の人はたくさんいるとのことで、3階席を引き当てた私は残念でした。

次から次へと入れ替わり立ち替わり歌や”ショー”を披露し、息つく暇もありませんでした。とにかく1組1組のアーティストの持ち時間があっという間に過ぎ、少しも飽きません。さすがに「アニメ紅白」は全く興味がなかったのでトイレタイムにしましたが、後は一瞬たりとも見逃せない時間の連続でした。

テレビに映らない、天井に近いところにスクリーンがあり、2,3階席の観客は、そのスクリーン(ここにテレビで放映された映像が映し出されます)を見ながら、オペラグラスなどでステージを見下ろします。私もそのようにしました。

紅白2本のスティックバルーンが配られ、SEXY ZONEの時に用いました(これは帰りの電車の中での好奇の視線に耐えながら持ち帰りました)。ルミカライトも配られ、これは遠隔操作で光るときや色が決まっており、観客が色を変えられるのは最後の投票の時に赤か白か決めるときだけです。こちらは終演後に回収されます。今まで紅白をテレビで見て、どうして会場全体のルミカライトが同じ色になったり、部分的に同じ色になったりしているのか不思議でしたが、遠隔操作されていたとは初めて知りました。

テレビで映っていないところでは、会場の準備をしていることは承知していましたが、やはりそうでした。紙吹雪を散らした後は、たくさんのスタッフが大あわてで”掃除”している姿も面白かったです。話題となった”メガ幸子”も、テレビ画面には映りませんでしたが、実は登場前にちゃんとセッティングされており、いざ歌が始まって照明が当たって姿を現しても、会場からはさほど歓声は上がりませんでした。

中継で出演した福山雅治、BUMP OF CHICKEN、MISIAはやはり会場も盛り上がらず、残念でした。中継での出演は以前から不評でしたが、会場で見てみてやはり面白くありませんでした。特に今回の3組は会場で生で歌を聴けたらさぞかし感動したに違いない熱演だったので、余計残念でした。一昨年の中島みゆき「麦の唄」も別のスタジオからの中継だったので、テレビで見る分には感動しましたが、会場ではさほどではなかったのではないかと思いました。

では、スティックバルーンとともに持ち帰ることができたプログラムを見ながら、私が特に印象深かったアーティストを挙げましょう。

・郷ひろみ:のっけから会場は「億千万!」の歓声で大盛り上がり。最高のトップバッターでした。
・大原櫻子:こちらも熱演で、聞き惚れました。ちなみに私は大原櫻子をこのとき初めて知りました。
・ゆず:これも熱演。声量の凄さに驚かされました。「栄光の架け橋」を聞きたかった。
・和田アキ子:いろいろ意見はありますが、やはり本物の歌を歌って聞かせるという点では、この人に並ぶ人はなかなかいないでしょう。数年前のマイクを使わない熱唱を実際に聞いてみたかったです。
・天童よしみ:他人の歌を歌うのは、心の底では不本意だったでしょうが、美空ひばりが乗り移ったかのような”絶唱”でした。
・いきものがかり:歌の前に昨年亡くなった水木しげるのことが紹介されていましたが、私も聞きながら昨年亡くなった先輩のことが思い合わされ、思わず涙してしまいました。
・Superfly:名前は聞いたことがありましたが、女性のソロアーティストであることを、実はこのとき初めて知りました。とにかく会場全体に響き渡る声の力がすごくて、演歌歌手以外の今回の出演者で一番の”歌い手”であったと思います。この人は今回の紅白を通じて認知度が大いに上がったことでしょう。
・レベッカ:今回楽しみにしていたうちの一つ。もう最高でした!思わずフルコーラス一緒に口ずさんでいました。今回が最後のステージというのも感動的でした。
・美輪明宏:「ヨイトマケの歌」は2回目ですが、今回生で聞いて改めて涙しました。こういう人のこういう歌を生で聞けるのは、やはり紅白ならではだと思いました。
・今井美樹:これも楽しみにしていました。本当は「野生の風」を聞きたかったけれど、被災地の人達に愛されている歌ということで、この歌も心にしみ入りました。
・松田聖子:今回の最大の目的がこの「赤いスイートピー」。歌い方には賛否両論ありますが、30年前と同じように歌えないことの方がむしろ自然で、これはこれで良かったと私は思います。この歌の歌詞を使って授業をしたことも思い出したりしながら、約4分間聞き入っていました。私は思いあまって、前奏の時と終わった後にそれぞれ「聖子!」と私としてはかなり大きな声で叫んでしまいました。ひょっとしたら番組の中で声が入ってしまっているかも知れません。

終演後は司会者達から挨拶があり、黒柳徹子から、今回紅白を卒業する森進一に赤いバラの花束の贈呈があり、再度出演者達が階段に上がって、幕が閉じて終わりました。あっという間の4時間半が終わり、その後明治神宮の初詣の行列に2時間以上並んだのですが、その間も興奮は冷めることなく続きました。

考えてみたのですが、今回出演の53組のアーティストのコンサートにすべて行くとすると、交通費も含めて500万円以上は軽くかかるわけですね。それを無料で見られるというのも、ある意味ではものすごい贅沢な時間を過ごしたと言えるでしょう。外れたときの往復はがき代は目をつぶっても、とにかく行ってみる価値は大いにあると思いました。どうして3年前まで応募しなかったのだろうと後悔しました。今年もまた応募することに決めました。

大雪山の紅葉

2015-10-17 20:06:44 | 旅行記

9/20(日)

前夜は大森のホテル泊。4時に起きて準備をし、始発で羽田空港へ。5時半に着くと、既に出発ロビーはごった返していました。さすがシルバーウィーク。エア・ドゥ旭川行きも満席でした。機内放送で旭川が雨と聞いてがっかり。到着するとやはり雨。この日の裾合平行きは諦めざるを得ません。レンタカーを借り、待ち合わせている、ゆわんと村つながりの友人であるスゴロクさんと西聖和駅で落ち合いました。

その後旭岳温泉ロープウェーまで行くとやはり雨。潔く引き返し、富良野方面に向かうことにしました。下界まで下りると雨はやみ、青空も見えます。東川の道の駅(何とモンベルのショップがあります!)で休んだ後、旭川郊外にあるゆわんと村つながりの友人であるグッチが経営する野の花菓子店に向かいました。ここに来るのもかなり久しぶりです。美味しいプリンをいただきながら、3人で小1時間も話しました。

すっかり時間が経ってしまい、お昼もかねて富良野にあるカンパーナ六花亭に向かいました。もう26年も前に訪れた富良野ワインハウスのすぐ近くにある新しいショップです。ブドウ畑に囲まれた建物は高台にあって、富良野盆地を見下ろせ、正面には十勝岳連峰が聳える(このときは雲の中で見えませんでしたが)素晴らしいロケーションにあります。着く直前に高台から大きな虹が架かっているのが見下ろせました。ここでハヤシライスとブドウソフトをいただき、おやつに栗きんとんと醍醐というチーズクリーム入りのお菓子を買いました。

その後スゴロクさんの発案で糠平にある三股山荘にて夕食を食べることになりました。眠気を我慢しながらひたすら車を走らせ、懐かしい上川と、この日から3泊する層雲峡を通過し、三ツ股山荘に着いたのは閉店15分前でした。ここで以前何度か食べたことがあるビーフライスを注文し、美味しくいただきました。

夕食後は層雲峡に戻り、私は1泊だけ、スゴロクさんは3泊する層雲峡YHにチェックインしました。時刻が遅かったため、私は2階の和室(本来は女性かグループしか泊めない)に通されました。おかげでこの夜はゆっくり寝られたし、また、同室になった人も旧星観荘に宿泊したことがあって共通の知人がいて、旅の話に花が咲き、食堂に行くこともなくそのまま床につき、疲れですぐに眠りに落ちました。

9/21(月)

YHの朝食はゆわんと村を思わせる質と量で美味しかったです。この日はスゴロクさんと銀泉台に向かいました。シャトルバス駐車場は既に満車に近く、かなりの数の人が入山しているようです。シャトルバスも満車。幸い早く乗り込めたので、座って行くことができました。

銀泉台に着くと、早くも目の前に素晴らしい紅葉が広がります。出発時点では晴れていたのですが、登っていくうちにどんどん雲が出てきて、結局この日は空から雲が取れる時間帯はほとんどありませんでした。

登り始めて最初のビューポイントに着くと、やはり三脚を据えて撮影しているカメラマンが何人もいました。第一雪渓の斜面のナナカマドはやや終わりかけでしたが、ダケカンバの黄色がちょうど見頃。しかも黄色が実に鮮やかで、今年は黄色の当たり年なのではないかと思われました。

銀泉台の紅葉のピークの時期は9/15前後なのですが、今年は天候に恵まれたためか、この時期になっても紅葉は残っていました。事前に調べてありましたが、まだこの時期でもこれだけきれいな紅葉が見られて良かったです。途中北海道警の山岳警備隊の人が大きなのぼりをザックに挿して登っていきましたが、登山道脇のナナカマドにぶつかって葉がたくさん落ちてしまったのは興ざめでした。確かに彼らの職務はとても大切なことで、我々もそのおかげで安全に登ることができているわけですが、もう少し細やかな配慮をしてもらいたいなと思いました。

第二雪渓の雪は全部消えていました。雪渓を縁取る紅葉はやや終わりかけていましたが、雲間にのぞく青空とのコントラストはいつものことながらきれいでした。奥の平はまさに見頃。ここはチングルマの紅葉が見事なので知られていますが、チングルマの群落を縁取るようにして生えているナナカマドもちょうど見頃を迎えていました。

その次のコマクサ平では、私は強風に見舞われることが多いのですが、この日はほとんど無風。遠くに見える第三雪渓を縁取る紅葉は終わりかけていました。しかし、次第に見えてきた第三雪渓下の紅葉はちょうど見頃。正面の雪渓に左縁を、さっきののぼりを挿した警備隊の人が登っていくのが見えます。写真を写す人には興ざめこの上ないもの。これまたもう少し配慮がほしい。せめて写真撮影の邪魔にならないように、雪渓のところだけはのぼりを手に持って登ってほしいなと思いました。

第四雪渓の紅葉はほとんど終わりかけでした。しかし一部にはきれいに紅葉したナナカマドも残っていました。第四雪渓を登り切ると頂上です。頂上には50人以上の登山客が休んでおり、山岳警備隊の人達ものぼりを立てて集まって休んでいました。山頂からの景色は今ひとつで、旭岳もかろうじて見えましたが、空には雲が浮かんでいて、眺望には恵まれません。また、山頂まで来るとさすがに風が冷たく、15分ほどいて早々に下山することにしました。

下山しながら、雲の切れ間から日が射すチャンスを狙って写真を写しましたが、第三雪渓と、第一雪渓の最後のところを除いて、思うような写真は写せませんでした。また、第一雪渓でナキウサギを見ることができましたが、ここでナキウサギを目にしたのは初めてでした。

下山後スゴロクさんをYHに送り、私はYHの隣にある朝陽亭にチェックインしました。本来は上川にある宿を予約していたのですが、お盆前に宿の方からキャンセルしてほしいとの連絡が入り、やむなくネットで探し、当初旭川の永山にあるビジネスホテルを押さえたのですが、さすがに旭川から層雲峡まで通うのも煩わしく、さらにいろいろ手を尽くして何とか確保したのが何と朝陽亭。1泊でYHに4泊くらいできる金額です。しかし、この超多客期に、一人で層雲峡の高級ホテルに2泊できるなんてほぼあり得ないことなので、清水の舞台から飛び降りるつもりで予約を入れたのです。通された部屋は何とYHの真上の部屋。夕食はバイキングですがいまいち。温泉と部屋は満足しました。

夜はスゴロクさんと一緒に、上川在住の旧ゆわんと村経営者ご夫妻に会いに行きました。ご夫妻は現在では旧ゆわんと村を離れ、町中の町営住宅に住んでいます。聞けばカメムシ攻撃に辟易して急遽移転することに決めたそう。ご夫妻に会うのは昨年11月以来ですが、いろんな話に花が咲き、2時間ほどの滞在があっという間でした。

10時過ぎにホテルに戻りましたが、ゆわんと村や層雲峡YHに泊まるのと違い、同宿や同室の人に一切気を遣わずに、気楽にのんびり寝られるのは最高でした。

9/22(火)

この日は天気予報によれば晴れのち曇り。翌23日が晴れの予報だったので、高原温泉には23日に行くことにし、愛山渓から沼ノ平に登ることにしました。沼ノ平に行くのは13年ぶり。その時は行く直前に台風が直撃して、紅葉がみんな落ちてしまい、かろうじて林の中の紅葉を楽しめた程度で、とても残念な思いをしたのを覚えています。

前日も午後になって天気が回復したので、ややゆっくり目にホテルを出ました。愛山渓まで来ると既に山に雲がかかり始めており、既に気持ちが萎え始めました。愛山渓の駐車場はほぼ満車で、あと少し遅ければ駐められないところでした。

登山口には「松仙園へのルートは不明瞭のため閉鎖しています」との掲示。13年前はまさにその松泉園のルートを通って三ノ沼を見に行きましたが、その時はそれほどルートが荒れたり不明瞭になっていたりするような印象はなかったので、13年の間に行く人も減り、ルートが不明瞭になってしまったのでしょう。

登り始めて間もなく、三十三曲がりコースと滝コースの分岐点に差し掛かりました。滝コースは何度も通っているので、今回はまだ通ったことがない三十三曲がりルートを通ってみました。最初はきつい登りが続き、登山道もその名の通り何度も折れ曲がり、どんどん高度を稼いでいきます。空が開けてきたと思ったら、駐車場からも見えた台地の上に出ました。ここから沼ノ平までは、前日の雷雨でほとんど沢のようになった滑りやすい登山道を、少しずつ高度を上げながら登っていくだけです。

それほど急いだつもりはなかったのですが、何と1時間で沼ノ平分岐に着いてしまいました。本来なら正面の当麻乗越の向こうに旭岳が、正面には当麻岳が、左手には永山岳や安足間岳が望めるはずなのですが、残念ながら雲がかかっていてよく見えません。しかし、ナナカマドやダケカンバは見事に紅葉しており、晴れて日が射せばさぞかしきれいだろうと思われました。

沼ノ平に着くと、やはり旭岳は見えません。半月沼あたりでわずかに日が射した程度。確かに紅葉はきれいですが、空が曇っていては美しさも半減です。西の空に浮かぶ雲は分厚く、半ば諦めながら、沼の間に付けられた木道を歩きました。歩きながら、初めて来たときの悪路を思い出しました。二十数年の間にすっかり整備されて歩きやすくなりました。

そのまま当麻乗越の手前の岩場まで行き、本来なら正面に聳えているはずの旭岳が見えるまで小一時間ほど待ちましたが、雲は切れそうもありません。時折晴れ間がのぞいたところで、眼下に広がる湿原や、遠く旭岳山腹の紅葉をカメラに収めたりしましたが、どうにも埒があかず、かといってこのまま引き返すのも残念なので、当麻乗越まで登りました。

当麻乗越では、私と同じように晴れを待っている人達が何人もいました。ここでも30分ほど晴れを待ちましたが、やはり時折日が射すだけ。折悪しく雨も落ちてきたので、諦めて下山することにしました。

途中で22年前のことを思い出しました。確か沼ノ平を一望できる高台から沼ノ平を見下ろしたことを。登山道から少し外れたところに岩山があり、その上から見下ろした記憶がよみがえってきました。岩山はすぐ見つかり、笹をかき分けて岩山の下に付き、岩を登って岩の上に立つと、眼下に沼ノ平の景色が広がりました。間違いありません。22年前もここから沼ノ平を眺め下ろしたのです。あのときは一面の青空、紅葉もまさに見頃でした。しかし、登山客は現在よりずっと少なかったのを覚えています。学生の登山部のメンバーとおぼしきグループ、少人数の中高年の登山客、そして私のような2,30代の旅人とおぼしき登山客だけでした。あれから22年経ち、山もすっかり賑やかになりました。そして、装備が皆立派になりました。私は22年前は普通のワイシャツにジーンズ、安物のウィンドブレーカーだけ着て、足下はゆわんと村で借りた長靴でした。今でも私はあり合わせの服装で登っていますが、それでも一応登山用品店で揃えたものです。しかし、あの頃の写真を見ると、今では信じられないような軽装で登っています。

そんな昔の思い出に浸りながら、あとはひたすら下山しました。晴れ間を待っている時間が長かったせいか、かなり時間が遅くなりました。途中沼ノ平分岐のところまで来ると、正面の永山岳の山腹に日が射し、見事な紅葉が広がっているのが見えました。南の当麻岳の上空も雲がとぎれて青空が見えます。永山岳方面へ向かう登山道を少し下って写真を写しました。特にダケカンバの黄色が素晴らしかった!今年はどこも黄色が当たり年のように思えます。沼ノ平もナナカマドは終わりかけていましたが、それでもダケカンバの黄色の美しさには感動しました。

沼ノ平分岐まで戻り、三十三曲がりを下って愛山渓温泉に下山しました。

9/23(水)

23年大雪山に通って、唯一実現できていないことがありました。それは大雪高原温泉沼を、紅葉の見頃の時期に、快晴の空の下で歩くことです。高原温泉沼にはもう5回ほど行っていますが、いずれも紅葉の時期には早く、また学生時代に1度だけ見頃の時期に訪れたときも、曇り空の下で歩いたので、青空の下で映える紅葉でなく、曇り空の下のくすんだ紅葉しか見ることができませんでした。

今回のシルバーウィークでは4日間日程がとってあります。最終日の23日も、飛行機を最終便にして、何とかぎりぎりまで粘って良い天気の日を狙って歩こうと思っていました。しかし、直前の予報では20日は雨、21,22日は曇りがちの晴れ。最も予報が良かったのが23日だったので、思い切って最終日の23日に高原温泉に行くことに決めました。

23日の朝、窓の外には雲一つ無い青空。朝食とチェックアウトを済ませ、はやる気持ちを抑えて大雪湖へ。やはりシルバーウィーク最終日ということで、一昨日ほどの混雑ではありません。バスの時間が迫っていて、最初は1本見送って座っていこうかと思ったものの、少しでも長く沼に滞在したかったので、満席のバスに乗り込み、幸い空いていた後方の通路に腰を下ろしていきました。高原温泉へは銀泉台よりも時間が短く、道路の傾斜も緩いのでさほど苦にならず行けたのですが、やはり下りた後は足がしびれていました。

バスから降りると、正面の林は既に素晴らしい紅葉です。いつもの通りヒグマ情報センターで簡単なレクチャーを受けた後でいざ出発。はやる気持ちを抑え、ぬかるみに気をつけながら進んでいきます。今年は特にカエデとダケカンバの黄色が素晴らしい。赤いナナカマドは少し終わり始めていますが、とにかく空が晴れ渡っているので、素晴らしく鮮やかに見えます。

ヤンベタップ川の橋を渡っていよいよ沼巡りのスタートです。最初の土俵沼の手前の紅葉からして素晴らしい。土俵沼への脇道を入ると、箱庭のような土俵沼に出ます。針葉樹の中に赤いナナカマドが点在し、はるか遠くに高根ヶ原の断崖がそびえ立ち、その上に真っ青な空が広がります。ここに来るのは22年ぶり。あのときは曇り空でした。

続いて芭蕉沼。ここの大きなナナカマドの株はもう散っていました。沼の周りのナナカマドも終わりかけ。草紅葉はきれいでした。逆光のために写真は上手く写せませんでした。

そのまま進むと滝見沼です。ここはちょうど見頃でした。正面の針葉樹の向こうにナナカマドが真っ赤に紅葉しているのが見え、そのさらに向こうに、滝が細く落ちているのが見えます。右手の斜面の紅葉もちょうど見頃。沼の黒い水面(高層湿原の池塘と同じく、高原温泉沼の多くは焦げ茶色の水がたまっています)に映る紅葉も素晴らしいです。ここは沼の近くまで出られるように木道が2本あるのですが、一人のカメラマンが一方にずっと居座って三脚を構えており、写真を撮る順番待ちをしている人も何人もいて(私もですが)ひんしゅくを買っていました。私と一緒にヒグマ情報センターを出発し、ほぼ同じ頃に沼に到着した別の登山客から苦情が出て、渋々移動していましたが、撮り鉄の人達のケースといい、どこでもマナーの欠如したカメラマンが問題になっているのは残念です。この件であまり良い気分がしなかったので、逆光ぎみということもあり、ここでも写真はあまり写しませんでした。

さらに進むと、私が一番好きな緑沼に出ます。前回来たときは、草紅葉はきれいだったものの、ナナカマドがようやく紅葉し始めたくらいだったのを覚えています。しかし今回はまさに見頃。沼の中に生える草紅葉もちょうど見頃です。そして何より空の青さ!正面遠くに聳える緑岳。左手奥に聳える高根ヶ原の絶壁。無風状態で、黒い水面にはこれらが逆さに映っています。ただただ嘆声を挙げて見ほれるばかりでした。これが見たくて22年通ったと言っても過言ではないです。15分ほど滞在し、何枚もの写真を写し、たくさんのツアー客がやって来たのをしおに、まさに後ろ髪引かれる思いで緑沼を後にしました。

湯の沼・鴨沼に行く途中でも、あちこちで素晴らしい紅葉が眺められました。特に黄色いダケカンバのすばらしさ!時折木々の間から見上げる高根ヶ原の絶壁と、空の青と、紅葉にコントラストは、どこで見ても素晴らしいの一言に尽きます。このルートは帰りには通らないので、時折後ろを振り返り、振り返って見る素晴らしい紅葉をカメラに収めるのも忘れませんでした。鴨沼では、数年前の台風で倒れた大きなダケカンバの倒木がそのままになっており興ざめでしたが、これも仕方がありません。

鴨沼は行き止まりなので、すぐ手前から左へ分かれる道を上っていきます。そして目の前に現れるのが、今回の目的の一つである蝦夷沼です。ここは沼のすぐ縁を登山道が通っており、以前来たときは登山道がほとんど水没していて、長靴で足をぬらしながら歩いたように記憶しています。ここは登山道から左手を見ると、湖面の向こうに美しい紅葉が続き、その向こうに真っ青な空が広がり、遠くに見えるものがありません。このような景色が見られるのはここだけです。沼の周囲をぐるりと囲むように美しい紅葉が広がっているのもここだけです。ここの紅葉もまさに見頃で、黒い沼の水にきれいに映っています。沼を回り込むと、沼の向こうに緑岳が聳えているのが見えます。登山客が切れるタイミングと、風が止むタイミングを見計らって何枚もカメラに収めました。沼から少し上がったところからは、沼全体を見下ろせました。青空を映して青く光る水面を、赤や黄色、オレンジ色の紅葉がぐるりと取り囲んでいます。左手遠くには緑岳が聳えています。これもぜひ見たかった景色。それを青空の下眺め下ろしているのは、まさに至福のひとときでした。

蝦夷沼の縁の斜面を登ると、いよいよ目の前に、青空をバックに高根ヶ原の絶壁が立ちはだかります。手前にはやや終わりかけのナナカマド。その辺りから真っ赤なナナカマドの群落が、右手の式部沼を囲むように広がっており、さらに奥の方まで広がっているのが見えます。式部沼のほとりに出ると、遠くに緑岳が姿を現しました。式部沼の水面はやや波立っていたが、それでも水面には池の畔の紅葉が映っています。式部沼のほとりに生えているナナカマドの大きな株もやはり既に紅葉は終わってしまっていました。

式部沼の縁を歩きながら高台に上がって振り返ると、式部沼は紅葉にぐるりと取り囲まれているのがよくわかります。そして、その向こうには遠く音更山と、吊り尾根を隔てて石狩岳が並んで聳えているのが見えました。いずれも既に登った山ですが、その際利用したユニ石狩岳へのルートは、先年の洪水で林道が被害を受けて閉鎖されたために、もう二度と通ることができないのです。初めて音更山に登ったときの、ヒグマにおびえながら鈴を鳴らし続けたときのことが思い出されました。

そこを登り切ると、左手に大学沼が広がっていました。ここは他の沼と異なり、沼の水は透明です。また、ここは他の沼よりも標高が高いにもかかわらず、沼のほとりのナナカマドはまだ紅葉しきっていないのが不思議でした。ここの紅葉はあまりきれいではありません。しかし、これまでの沼が鬱蒼とした木々に囲まれているところばかりの中で、この沼だけは周りが明るく開けており、趣がだいぶ違っているのが印象的でした。沼のほとりは休憩地になっていて、多くの人が休んでいました。

ここからさらに斜面をひと登りすると、いよいよ最も標高の高いところにある高原沼に到着しました。この沼は沼のほとりまで行くことができません。右手に見下ろす高原沼は、今まで2回訪れてはいるものの、その時の記憶が全くありません。それはなぜか?その時は高原沼の向こうに見えるはずの緑岳が全く見えなかったからでしょう。やはり高原沼は、紅葉とともに、沼の向こうに聳える青空をバックにした緑岳をともに見なければ来た甲斐がないというべきものでしょう。その点今回はまさに願ったとおりの素晴らしい光景を目にすることができたのでした。青い湖水を囲む真っ赤な紅葉。それはさらに遠く空沼の方まで続いています。さらにそのはるか遠くに緑岳が、望んだとおりに真っ青な空をバックに聳えています。この景色が見たくて、この日まで待ってやって来たと言っていいでしょう。それくらい素晴らしい景色でした。

高原沼は沼を一周しない人が折り返す地点で、大学沼とともに昼食を食べて良い場所だったため、多くの人が休んでおり、ゆっくりできないため、写真を撮った後に空沼に向けて歩き始めました。途中草原の向こうに緑岳が聳えるのが見える場所がありました。その辺りまで来ると人はほとんどいなくなります。草原を下ると登山道が高原沼のほとりに出るところがあります。こんなところがあったとはすっかり忘れていました。

空沼に下る途中に、三笠新道への分岐点があります。ここは6月の残雪期にしか歩けないルートです。その時期以外はルート上がヒグマのえさ場になってしまい歩くことができないのです。だからこの日も立ち入ることができないのですが、分岐点から新道の方を見ると、真っ赤なチングルマで彩られた素晴らしい岩場があり、周囲を真っ赤に紅葉したナナカマドが取り囲んでいます。あの岩場には間違いなくナキウサギがいるはずです。少なくともこの岩場くらいまでは入らせてもらえないのでしょうか?しかし、分岐点にはヒグマ情報センターの監視員がおり、立ち入ることができません。

やむなくそこから空沼へ向かって下っていきました。右側の斜面は見事なナナカマドとダケカンバで彩られています。空沼は6,7月の頃は雪解け水がたまって立派な沼になっているのですが、8,9月になると水が無くなり、一面の草原となる変わった沼です。周囲はこれまでの沼と同様に見事な紅葉で囲まれているのですが、沼が美しい緑の草原となっており、その対比が美しい。さらにこの日は真っ青な青空の下。空沼への下り口で見た、真っ青な空と緑の草原、真っ赤な紅葉のコントラストは見事の一言でした。

登山道は池の縁を巡るように付けられているのですが、途中真っ白な岩が点在し、水がたまっているところがあります。その辺りは紅葉と緑の草と白い石とたまった水が、まるで自然の日本庭園を形作っているかのようでした。沼の端まで来て振り返ると、空沼の周りの紅葉と高根ヶ原の絶壁、そしてその上の青い空が美しかったです。

空沼を過ぎると、登山道から見られる沼はもうありません。あとはひたすら樹林帯を歩きます。しかし、どこも皆紅葉がまさに見頃で、美しい景色が現れるたびに足を止めて写真を写しました。特に空沼を過ぎて間もなく現れる草原にはリンドウがちょうど見頃でした。谷川の流れ(22年前に来たときに、一緒だった井上好美さんが沢を渡りそこなって沢に落ち、一緒に来ていた人と引っ張り上げたのを思い出しました)と紅葉の取り合わせも見事でした。雪壁温泉の上でもやはり視界が開け、振り返ったときの紅葉が素晴らしかったです。ヤンベダップ温泉のところでもとの登山道に合流するのですが、そのあたりはカエデとダケカンバの黄葉がきれいでした。

時間があれば再度緑沼まで行こうと思いました。しかし、朝最初に見たときの感動を壊したくなかったし、この青空の下、22年前と同じように緑岳の第二花園辺りまで登りたいと思ったので、思いを振り切って登山口に戻りました。ヒグマ情報センターまで戻ると4時間経っていました。コースタイムを1時間ほどオーバーしていましたが、あれだけ写真を撮したのだから当然のことでしょう。

駐車場に戻らず、そのまま緑岳に向かいました。正面の紅葉は本当に素晴らしい。そして、毎度のごとく最初の樹林帯の登りはきつい。ここを45分ほど我慢して登り続けると目の前が開け、緑岳がばーんと目の前に姿を現します。そして少し行くと間もなく第一花園です。草紅葉もチングルマもちょうど見頃です。振り返ると常緑樹の中に点在するダケカンバの黄色が鮮やかです。22年前は緑岳の紅葉は終わりかけていましたが、このダケカンバの黄色は印象深かったです。それをもう一度見たかったのです。時間に限りもあったので、第二花園まで行って引き返しました。

振り返ると正面はるか遠くに聳えるのは、ここでもやはり音更山、石狩岳、そして高原温泉沼巡りでは見えなかったニペソツ山でした。既に午後になっていましたが、この日は空に雲も出ず、山にも雲はかからず、1日本当によい天気でした。ニペソツ山の山頂でも素晴らしい眺望に恵まれたことでしょう。登山道が再び樹林帯に入り、これからいよいよ視界が遮られようとするとき、最後に私の目に入ってきたのはニペソツ山でした。ニペソツ山も4度も登っていながら、実はまだ快晴の下に登れていない心残りの山なのです。トムラウシは2度目でそれを実現しましたが、二ペソツ山はまだです。北海道に唯一残した宿題を挙げるとすれば、これでしょう。そしてそれがいつのことになるのか、今の私にはわかりません。

足早に下山し、シャトルバスを一本見送り、帰りは席に座って帰りました。黒岳の湯で汗を流し、あとはひたすら車を運転して旭川空港へ向かいました。途中から旭岳が姿を現したが、やはり雲はかかっていません。少し南下すると、トムラウシと十勝岳連峰が見えてきました。遠く夕日に照らされたトムラウシ。五色ヶ原から見たトムラウシとはずいぶん形が違い、一見するとそれとはわからないくらいですが、位置的には間違いなくトムラウシです。あの山に2度登頂したのです。あの8月の晴れ渡った空の下登頂したときのことを今でもはっきり覚えています。トムラウシに登る機会はあるのでしょうか。そんなことを考えているうちに日は沈み、山も見えなくなりました。美瑛まで足を伸ばし、山頭火でラーメンを食べ、中国人でごった返す旭川空港から羽田まで飛び、午前1時過ぎに帰宅しました。

ゆわんと村もなくなり、大雪山のおおかたの山を登り尽くし、美しい景色・紅葉・高山植物を目にした私は、もう大雪山に行くことはないでしょう(東大雪のニペソツ山だけは、快晴の日にまた登ることがあるかも知れない)。今回の旅は、私にとって大雪山との決別の旅でもありました。さらば大雪山!

高妻山

2015-10-13 22:47:12 | 旅行記


10月6日に長野にある高妻山に登ってきました。もちろん百名山の一つです。高妻山の裏側にある火打山に以前登ったときは雲がかかっていて、この高妻山は見えなかったのですが、昨年4月にあんずの里に行ったとき、満開の杏の花が咲くはるか遠くに、雪をかぶったとがった山容が見え、それが高妻山だとわかってからは、いつか登らなくてはと思っていた山でした。

高妻山は登山道が1本しかなく、また斜度がきつく混雑する山だと聞いていたので、秋の天気の良い平日に登りたいと考えていました。6日は休みを取ってあったのですが、幸い晴れの予報。自宅を4時半に出て高速をとばし、信濃町インターで下りて、登山口の戸隠牧場を目指しました。駐車場には20台ほどの車が停まっています。ちょうど紅葉が見頃のシーズンということもあり、平日でも結構な数の人が登っていそうです。

高妻山は元は五地蔵ルート一本しかなかったのですが、実は数年前に東側の弥勒尾根から登るルートができたとの情報をネットで得たので、このルートを使うことにしました。この弥勒尾根のルートはひたすら登るだけのルートとのことでしたが、新しいルートということもあってよく整備され、登りが得意な私には、やや眺望には恵まれないようでしたが、折から紅葉のシーズンということもあるので、紅葉を楽しみながら問題なく登れそうに思えました。

牧場の中を歩いて小さな沢を渡ると弥勒尾根に取り付きます。ここからは樹林帯をひたすら登るだけです。幸い木の根を乗り越えていくばかりで、岩はほとんどなく、かなり登りやすいです。尾根筋に沿って付けられた登山道ですが、ところによっては左右がすっぱり切れ落ちた幅の狭いところを渡っていかなければならないところもあって、結構スリルを味わえました。しかし、紅葉はまさに見頃で、特にダケカンバとカエデの黄色、ドウダンツツジとモミジの赤が素晴らしかったです。残念ながら登山口では快晴だったものの、次第に雲が出てきて、途中からは晴れたり曇ったりという感じでした。

二時間ほどで六弥勒(高妻山は戸隠山信仰に連なる信仰の山で、登山口の一不動から山頂の十薬師まで、十カ所の祠が設けられ、それがそのまま合目も表しています)に着きました。ここは五地蔵ルートとの合流地点になります。ここからルートは一本だけになり、山頂へと続きます。六弥勒からはようやく目指す高妻山が姿を現します。遠くからは鋭く聳える山容が印象的ですが、六弥勒から見る高妻山は、どっしりとした姿が印象的でした。その右側の稜線に、まっすぐ山頂に向かって延びる登山道が付けられています。遠く芥子粒くらいの大きさに登っていく人が見えましたが、近いように見えて実に遠いことがわかります。しかもその斜度のきつさときたら。深田久弥が「実に長かった」と嘆いたほどの急登が待ちかまえているわけです。しかし、ここまで来たら引き返すわけにはいきません。頑張って稜線の取り付きまで向かいました。

しかし、六弥勒からはいったん下るのです。しかもかなり下ります。疲れたところでこの登りはうんざりするなぁと思いながら下っていくのですが、その辺りの紅葉が特に素晴らしいので、何とかそれに慰められつつ鞍部まで下りました。九勢至までの登り返しは岩場も多くかなりきつかったのですが、やはり紅葉が美しく、何とか我慢して登り続けました。そして九勢至に着くと一気に視界が開け、目の前に山頂へ向かう最後の登りの斜面が立ちはだかりました。六弥勒から見ると、とがった山容の一番高いところが山頂のように見えたのですが、九勢至から見るとさらに音妻山の方にまで稜線が続いており、本当の山頂はそこにあるように思われました。

最後の登りは、登り口から見るとさほど距離はなさそうに見えるのですが、上部にいる人がかなり小さく見えるところからすると、相当な距離があるように思われます。コースタイムでも1時間とあるので、やはり相当な距離があるように思われます。しかし、登山道はほとんど直登で、上に行くにつれて相当斜度がきつくなることが予想されました。

登り始めると予想通り、笹の間に付けられた道はぬかるんで滑りやすい上に、足場となる岩も少なく、つかまる枝や木もほとんどなく、今まで経験したことがないほどの登りにくさです。しかも予想通り、上に行くにつれて斜度がどんどんきつくなります。登山客の中では比較的遅い時間に登り始めたので、既に下ってくる人もけっこうあり、すれ違うときにはよけるところもなく困りました。40分ほど我慢して登り続けましたが、最後の辺りは少し休んでは登り、の繰り返しで、山頂へ連なる稜線に着いたときにはすっかりへろへろになっていました。

そこからは岩がごろごろした稜線歩きをして、10分ほどで山頂に着きました。4時間かかり、コースタイムよりも少し早い程度でした。山頂は大きな岩がごろごろと積み重なったところで、山容の割には意外と広く、座るところもたくさんありました。南側には戸隠山の偉容が、北には乙妻山が並んでいます。本当ならその向こうに焼山・火打山・妙高山と連なる頸城三山が、西には雨飾山の向こうに白馬三山が見えるはずなのですが、雲がかかって何も見えません(3日前に登った教え子は、快晴の空の下、山頂から素晴らしい眺望を堪能したそうです)。いつものように湯を沸かしてラーメンを食べ、写真を写しました。

今日は時間も割と遅いので、下りる時間のことも考えて山頂では30分ほど滞在して下山することにしました。下りが苦手なので、当初は五地蔵ルートを下るはずでしたが、帰りも弥勒尾根を下ることにしました。山はすっかり雲に覆われてしまい、眺望も聞かないので、ひたすら下りました。幸い弥勒尾根は斜度は急でも登りやすいルートなので、私としては快調に飛ばすことができました。戸隠牧場に着くと3時間経っていました。牧場からは、山頂では雲に隠れて見えなかった飯縄山がきれいに見えました。飯縄山、黒姫山、妙高山と、古い順に火山が並んでいますが、皆同じように元の火山の山頂部分に小さな新しい火山が盛り上がっている形をしているのが興味深かったです。

高妻山は日帰りで登った山では1,2を争うハードな山で、時間もかかりました。百名山に入っていなかったら、恐らく登っていなかっただろうと思います。帰りには妙高の池ノ平の温泉に入って帰りました。やはり7時間半もかかったので、いつもよりも帰宅が遅くなってしまいました。

今夏二回目の礼文

2015-09-02 21:54:02 | 旅行記
8/6〜8に続いて、8/24〜27と礼文島に行ってきました。本当は北アルプスか南アルプスに3泊4日で登るつもりでしたが、天気予報では曇りや雨なのでキャンセル。急遽航空券を手配し、いつもの星観荘に予約を入れました。

この時期に行くのは多分10年ぶり。もう高山植物は見るべきものがないので、晴れた礼文岳に登り、北のカナリアパークに行き、喫茶談と海鮮処かふかに行くことを目的に出かけてきました。幸い天気に恵まれ、景色もきれい、同宿の人も楽しい人ばかり、食べた料理は皆美味しく、満足しました。

そして、わずか16日後に再び礼文を訪れることにしたもう一つの理由。それは、前回の礼文の旅のさなかで、親しい先輩が亡くなるという悲しい知らせを受け取り、このままでは礼文が私にとって悲しい記憶を伴った島になってしまうのが嫌で、何とかできるだけ早く再訪して、礼文をいつまでも楽しい場所にしておきたかったのです。悲しい知らせを受けた8/7から、気持ちが定まらないような気分がしていたのですが、礼文できれいな景色を眺め、美味しいものを食べ、楽しい人達と接して、何とか吹っ切れたように思います。

8/24

前回同様に新幹線で上京。平日なのでビジネスマンで混雑する羽田から飛び立った稚内便は半分しか埋まっていない。

到着した稚内は気温18度ということで、飛行機から降りたときの涼しさに驚く。フェリーターミナル行きのバスに乗ってお天気屋の前を通ると、何と定休日の札が!

仕方なく青い鳥でカレー風味ラーメンを食べる。昔はスープにわずかに黄色い色が付いているだけなのに、ほんのりカレーの辛みが付いている不思議な味付けだったが、今では単にカレー粉を溶かしているだけで興ざめ。もう食べない。

本屋で時間をつぶしてフェリーターミナルへ。最終便は半分くらいしか乗っていない。 迎えの車に乗り込むと、結構若い人がいるので驚く。

宿に着くと、8月に入ってから初めてというくらいに夕日がきれいということで、日没後に夕食ということになり、皆カメラを持って外へ。私はスコトン神社から眺める。新品のカメラで夕日を撮ろうとすると、変な光が写り込んでてんでダメ。どうにもうまくいきませんな。。。何とかその変な光が写り込まないようにして写真を撮った。

日が沈んでから夕食。同宿者では社長だけが知っている人だった。全体として年齢層は高い。何だかまた品数が減った気がするのは気のせいだろうか?刺身は間違いなく1枚ずつ減った。ウニも少ない。この時期はもうムラサキウニになっている。今年はウニが不漁なので、明日からはもうないとのことだった。

この日は満室だったので、食事時もミーティング時もわりあい盛り上がった。たばこ吸いの人が多く、たばこスペースではもっと盛り上がっていたようだった。私は本当に久しぶりにデネブの部屋に泊まった。

8/25

今日はとても天気が良く、予定通り礼文岳に登ることにした。礼文岳に登るのは10年ぶりくらいで、その時は山頂で雨に遭って急いで下山したのを覚えている。晴れた礼文岳の登るのは学生時代以来22年ぶりのはずだ。

登山口の内路に行く途中、浜中のアザラシがたくさん見られるところに立ち寄ると、今までに見たことがないくらいたくさんのアザラシが休んでいるのが見えた。また、今までで一番岸の近くまで来ており、声まで聞こえた。ゴマフアザラシは確かにかわいいのだが、漁業被害もひどいとのことで、何だか複雑な気分だった。

帰りのバスの時間もあるので、内路で下ろしてもらった。メンバーはOさん、Kさん、Uさんと私。ちなみに私が最年少。星観荘の宿泊者も年々平均年齢が上昇しており、私はいまだに当日の宿泊者の中で最年長になったことがない。

登り始めは日光を遮るものがないが、風も吹いているのでさほど暑さは感じない。30分ほどで樹林帯に入り、そのままニセ山頂までずっと日陰を歩くので楽である。また、予想以上に登山道がぬかるんでいるので歩きにくい。

休み休み歩いて1時間ほどするとニセ山頂に到着した。ニセ山頂からは島全体と利尻山が一望できる。これほど良い天気に恵まれたのは、学生最後の年である93年7月に登って以来22年ぶりのことである。このときは一人で登り、雲海の上に浮かぶ利尻山を眺めた記憶がある。

ニセ山頂からは一人で登り、他の3人よりも先に登頂した。少し雲が出始めていたが、やはり好天の下での登頂は気持ちいいものである。やや風があり、上着を着て他の3人の登頂を待った。

山頂から見る利尻山は、香深の港から見たときには見えない、島の向こう側まで見えており、利尻山が海の上に浮かぶ山でなく、島であることがよくわかる。反対側を向くと、ゴロタ岬、スコトン岬、金田ノ岬、船泊湾、久種湖が一望できる。まさに島全体が一望でき、素晴らしい眺めである。

まもなく登頂した3人と写真を撮り合った。時間がかかるからとOさんは間もなく先に下山し、残り3人で15分ほど山頂で休んだ。Uさんの発案で、ジャンプして利尻山を飛び越えているような写真を写そうということになった。私はこういう写真を撮ったことがなかったのでいささか恥ずかしかったが、面白そうなのでやってみた。この旅行の前に買ったデジカメにはスポーツモードというのがあり、その設定で撮ってもらったら、とても面白い写真ができた。Uさんの写真も写したが、私の腕が悪く、6回目くらいでようやく満足するような写真が撮れた。

下山後のバスの時間を見計らって、10:45に下山を始めた。休み休み、そして淡々と下り、12時前には下山できた。バスを待っていると、礼文ハイヤーのジャンボタクシーが通りかかり、香深まで300円で乗せていってくれるという。バスの半額なので、バスを待っていた7人で乗せてもらうことにした。2,100円はおそらく運転士のポケットマネーになってしまうのだろうが、どっちにしても安上がりになるのはありがたかった。

香深に到着し、Uさん一緒に、目的だった海鮮所かふかに行くと何と1時間待ち。ちょうどツアー客の昼食時らしい。仕方なく何度も行っている千鳥に行き、ホッケのちゃんちゃん焼きを食べた。確か6年ぶりくらいだったが、久しぶりで美味しかった。

昼食後、桃岩展望台に行くUさんと別れ、私はレンタカーを3時間借り、時間の許す限り回りたいところを全部見て回ろうと考えた。レンタカー会社の受付の人は群馬に出稼ぎに行っていたことがあるとのことで、書類に書かれた前橋という地名を見て懐かしがっていた。

まずは尺忍にある北のカナリアパークに行ってみた。ここは数年前吉永小百合主演で公開された「北のカナリアたち」という映画のロケ地である。元々笹原だったところに、映画の舞台となった小学校の分校の校舎を実際に建ててあるのだが、とにかく利礼海峡を隔てた利尻山の眺めが素晴らしい。よくこれだけの場所を見つけたものだと感心することしきりである。しかし、校舎のセットはいかにも作り物という感じで見るべきものはない。ここは利尻島の素晴らしい眺めを堪能できれば十分であろう。

何でも定期観光バスも立ち寄る、礼文で一番新しい観光名所だそうだが、私が訪れたときには、平日ということもあって2組の客しかいなかった。休憩所の建物には係員1人と郵便局の販売員が1人、駐車場までの道路の入り口と行き止まりのところに交通整理員がそれぞれ1人ずついたが、みんなとても暇そうにしていた。リピーターは吉永小百合ファンでもなければまず現れないだろうと思った。映画自体もあまり面白いものではなかったから。私ももう二度と行かない。

次に車を走らせて一気に最北端のスコトン岬に向かった。スコトン岬はもう数え切れないくらい訪れているが、わざわざ出かけたのは、スコトン岬から利尻山、星観荘、礼文岳、ゴロタ岬がいっぺんに見渡せることを今回知り、この目で見てみたいと思ったからである。天気の良い日でないと全部を見ることは難しく、この日は絶好の天気であり、全部を見ることができるだろうと思ったのである。

いつもはバスと観光客であふれているスコトン岬もこのときはかなり空いていた。駐車場から星観荘の方角を見ると、晴れた空に利尻山、礼文岳、ゴロタ岬が一望でき、その手前に星観荘が見える。星観荘の手前に見えるスコトンの集落の建物が草で隠れて見えないようなアングルを探して、何枚かの写真を写した。星観荘に展示してある同じアングルの写真は真冬に写したもので、雑草の生えているところやアスファルトの道路も全部雪で覆われているので、今目にしている光景とはずいぶん違うが、それでも期待していたとおりの光景を眺められて良かった。

続いて澄海岬に向かった。ちょうど観光バスが出発する直前で、岬には誰もいないことが予想された。果たして岬に行ってみると他に誰もおらず、私は足早に柵を乗り越え、岬の一番先まで行ってみた。かつて観光客が少なく、柵も簡単なものしか付けられていなかった頃には何度も出かけた岬の先端である。真っ青な空の下、海は澄んで青く、遠くにはゴロタ岬の険しい崖が見える。昔星観荘で一緒になった人と訪れたときに弁当を食べ、昼寝をした気持ちいい草地にも下りてみた。風もほとんどなくとても気持ちいい。久しぶりに昼寝でもしたい気分になったが、じきに観光客がやってくると思われたので、写真だけ写し、思いを残して柵の中に戻った。

鉄府の浜に下りて穴あき貝を拾いたいとも思ったが、澄海岬で思いの外時間がかかってしまったので省略し、一気に島の南に向かった。次に訪れたのは桃岩展望台である。これだけ素晴らしい天気なのだから、桃岩展望台から見る利尻山の眺めも素晴らしいだろうと思ったのである。

桃岩展望台に車で来るのは7年ぶりくらいだろうか。既にツアーバスが来る時間は過ぎており、展望台には誰もいなかった。展望台から見る利尻山はやはり素晴らしかった。元地灯台へ向かう遊歩道を少し歩いたところで写真を何枚か写した。星観荘のオーナーが、50年以上利尻山を眺めているが飽きない、と言ったのがわかるような素晴らしい眺めだった。

桃岩展望台を後にして元地へ向かった。現在香深から元地へ抜ける新しいトンネルが掘られており、これまでの桃岩トンネルは封鎖されると聞いたので、くぐり納めをしておきたかったのである。これまで何度も何度もくぐった桃岩トンネルもこれで最後かと思うと、何だか感慨深いものがあった。新しいトンネルは元地の集落の真ん中に口を開けている。接続する道路はどのように付けるのだろうかと思った。そして、このトンネルが完成すると、今は寂れている元地にも、再び観光客が戻ってくるのではないかと思った。さらに、桃岩荘YHに泊まっている客には、この新しいトンネルの開通はやや不便になるなとも思った。

その後返却時間通りにレンタカーを返却し、うすゆきの湯で汗を流し、迎えの車で星観荘に戻った。この日は51日間連続で8時間コースを歩いた伝説の持ち主・Mさんと一緒になった。星観荘の主とも言われたHさんがまだ生きていた頃以来の再会である。懐かしさ以上に、星観荘の主のような存在だったHさんが亡くなってもうどれくらい経つのかな、と思わずにはおれなかった。

8/26

今回の礼文での目的の大半は達成してしまったのだが、まだ達成できていないことがあった。それは船泊にある喫茶談と香深にある海鮮処かふかに行くことである。談は星観荘宿泊者の中でブームになっており、宿泊者がコーヒーを飲みに行くと、一緒にエビ(刺身)が出てくるとのことだった。海鮮処かふかは、海鮮フライ定食が抜群にうまいとのことだった。海鮮処かふかは前の日に行こうとしたのだが満員で入れず、この日を逃すともう行けないので、何としても行こうと決めていた。

この日も天気がよく、特にこの日は海は波立って灰色に見えるのに、利尻山や遠くの稚内の陸地は青く見え、しかも空気が澄んで利尻島の建物や稚内のアンテナや塔まで見えるという不思議な天気だった。島抜けするダンナを見送った後星観荘に戻り、10時過ぎのバス(これは夏の間だけ運行される臨時便である)でスコトンから船泊に向かった。談はまだ営業時間前なので、タコ公園の裏の浜に出て散歩がてら穴あき貝(特に小さいもの)を拾った。船泊湾には礼文でも鉄府の浜と並んで数少ない砂浜があり、十数年前、礼文でも最高気温が30度近くなるような暑い夏だった年には、海水浴客がたくさん出ていたのを覚えている。しかしこの日は気温が20度ほどで、海水浴客など誰もいなかった。

談のオープンに合わせて店に入った。アイスコーヒーとイチジクのタルトを頼んだが、マスターとは挨拶を交わしただけで話も弾まず、私も新聞と本を読むのに夢中になってしまい、結局エビは出てこなかった(この後談に来たOさんという同宿の女性はちゃんとエビを出してもらえ、マスターの奥さんに車に乗せてもらって金田ノ岬に連れて行ってもらったそうだ)。イチジクのタルトも既製品であまり美味しくなかった。

12時のバスで香深に向かう。金田ノ岬を回ると海の向こうに利尻山が見えるのだが、相変わらず青く美しい。途中で去年の集中豪雨で土砂崩れで家がつぶれた現場を通った。あれからもう一年経ったが、まだ島のあちこちで傷跡を見ることができる。完全な復旧はいつのことになるだろう。

13時前に香深に到着し、海鮮処かふかに行く。今日はツアー客が帰った後で、奥の炭火のあるカウンターに通される。ここでホッケのちゃんちゃん焼きと海鮮フライ定食を注文する。ビールを頼もうかとも思ったが、食べきれなくなると困るので我慢する。

ここのちゃんちゃん焼きはちどりと違って、店員が炭火の上で焼いて皿に取り分けてくれる。ちどりで自分で焼いてほぐしながら食べるのに慣れているので、ちょっと違和感があった。食べているうちに海鮮フライ定食が出てきた。ボリューム満点で、しかも美味しく揚がっている。欲張って2品頼んだのだが、やはりむちゃくちゃお腹いっぱいになってしまった。ビールを頼まなくて良かったと思った。やはり動いていないのに大食するのはダメだと思った。

帰りのバスの時間まで、昨日と同じくうすゆきの湯に浸かった。腹がこなれるまで、いつもより長く湯に浸かったりしていたがあまりこなれず、すっかり温まってしまって、上がった後は汗が滝のようだった。

後は15時過ぎのバスでスコトンに戻った。今夜は桃岩から来たSさんというスキンヘッドの人が一緒だった。ウサギのマークが入った服でコーディネートしており、前に見たことがあるような気がするので、おそらく一度星観荘で一緒になったことがあるのだろう。夕食では久しぶりにウニが上がり、ウニ盛りを注文した。もうこの時期はムラサキウニしかないのがちょっと残念だが、この夏はウニが不漁だったことを思えば、5泊のうちに2回もウニ盛りを食べられたのは幸いと言うべきだったろう。この夜もユニークな人が多く、楽しい夜を過ごすことができた。

8/27

いよいよ島抜けである。社長、浦谷さん、加藤さん、沢井さん、そして私が星観荘を出て、加藤さん以外が島を出る。次はいつになるのかな、と名残惜しく思いつつ朝食を食べ、荷造りを済ませ出発時刻となった。

この日は高曇りで、利尻山も礼文岳もきれいに見えている。結局今回は滞在中ずっと利尻山が見えていた。こんなことはおそらく初めてではないだろうか?いつもは滞在中必ず天気が悪くて利尻山が見えないことがあったはずだ。

ターミナルはやはりツアー客がけっこういて、恐らく120人くらいは並んでいた。それでも昔はこの2,3倍くらいの乗客がいたのだから、やはり島を訪れる人は間違いなく少なくなっているだろう。あの頃、恐らく2000年前後は、星観荘からの乗客は皆最後に船に乗り込むので、星観荘から古新聞を持って行き、通路に敷いて座ったり寝転がったりしたものだ。

さて、この日はうねりが高く、稚内から到着したフェリーは、2階にあるタラップに横付けすることを断念し、昔ながらのタラップを付け、そこから乗船することになった。2階に並んでいた乗客はいったん1階に下り、そこから改めてタラップを上がって乗船するのである。新しいタラップでは乗船口のだいぶ手前で見送りの人と握手しなくてはならず、いささか物足らない感じがしたが、この日は昔ながらのタラップを使用するので、昔と同じくタラップを上がりながら握手することができた。この日は社長が島抜けするので、オーナーの他に昔ヘルパーをやっていたなぎごんも見送りに来てくれた。

船室に入ると既に広い場所は残されておらず、とりあえず荷物を置いてデッキに出た。UさんとSさんは桃岩荘に泊まったことがあるので、桃岩荘に泊まっていた人達と一緒に歌い、踊り、桃岩荘のスタッフに見送られている。泊まったことのない私と社長は星観荘のオーナーとなぎごんに静かに見送ってもらった。何だか今までで一番名残惜しく、寂しい島抜けだった。

稚内までの間は、何と約20年ぶりにずっとデッキの席でUさんと社長と話して過ごした。気温は低いのだが、長袖を着ていれば何とか過ごせる。今まで稚内までは船室や通路で寝て過ごしていた。約20年前はどこにも座るところがなく、稚内までかろうじてデッキの席に座っていた。今回は、2人と話し始めたらとても面白く、そのままいつの間にか稚内に着いてしまったという感じだった。2人はヘビースモーカーなので、外にいた方が何かと便利だったのだろう。

稚内に着いた後、Sさんは桃岩荘のグループと一緒に車に乗って出かけていった。私と社長とUさんはいつものお天気屋に向かった。ここでいつものリシリアンカレーを食べ、コーヒーを飲み、先に出発する社長を見送った。続いて稚内駅から特急サロベツで出発するUさんを見送った。

2人を見送った後、昔とはすっかり変わってしまった稚内駅周辺を少しぶらつき、空港行きのバスに乗って空港に向かい、15時過ぎの便で羽田に戻った。

前回の礼文行きで、姉同然の存在だった、大学の先輩のSさんが亡くなるという知らせを受け、礼文島に悲しい思い出ができてしまった。告別式に参列した後も、何だか心ここにあらずという感じだった。北か南アルプスに行く予定がキャンセルになり、急遽チケットを手配して、十数日ぶりに礼文へやって来た。晴れの礼文岳に登り、車であちこちきれいな景色を見て回り、美味しいものを食べ、楽しい人達と接して、再び礼文島で良い思い出ができた。Sさんが亡くなったショックも、何とか吹っ切ることができたと思う。無理して行って良かった。

磐梯山

2015-08-27 21:45:27 | 旅行記








8/19(水)に磐梯山に登ってきました。本当は1泊2日できたアルプスの薬師岳に登ろうかと思っていたのですが、20(木)の予報が今ひとつなので、日帰りで登れる山でまだ登っていない磐梯山に登ることにしたのです。

5時半に自宅を出て、9時に八方台の登山口から登り始めました。中ノ湯まではなだらかな林間の道を進み、そこから少し斜度がきつくなって、林の間を登っていくと弘法清水に着きました。ここからは裏磐梯の湖沼群を見下ろせ、遠くの雲の上には、かつて登った西吾妻山も頭をのぞかせていました。

少し休んで山頂への最後の登りにかかりましたが、ここは距離が短かった割に意外ときつい登りでした。山頂に着くと10時半。コースタイムよりも30分ほど早く着けましたが、ここのところほとんど体を動かしていないので、それなりにくたびれました。

山頂からは北には雲の間から裏磐梯の湖沼群と遠くに吾妻連峰が、南には真下に猪苗代湖が広がっているのが見えます。また、遠くには雲の合間に那須連山も見えます。

山頂で1時間半ほど過ごしている間に次第に雲が晴れてきました。帰りは弘法清水からお花畑コースを取り、秋の花々を眺めてから、登ってきたルートをそのまま下りました。下山は1時間20分ほど。登山口には13時半に到着しました。お手軽登山でした。

帰りは山形との県境の峠まで行って磐梯山を振り返った後、檜原湖を一周して裏磐梯の山容を眺め、さらに猪苗代湖も一周して、湖の南側から磐梯山の山容、そして磐梯山と西吾妻山が遠くに並ぶ様子を眺めました。