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桑の海 光る雲

桑の海の旅行記・エッセー・書作品と旅の写真

悲しい礼文の旅

2015-08-09 20:47:17 | 旅行記


8/6~8と、マイルがたまっていたのでふと思い立って3年ぶりに礼文島に行ってきました。1週間前に飛行機も宿も予約するなんて、花のシーズンにはあり得ないことですが、なぜか空いていました。

この時期の礼文は5年ぶりかな。もちろん秋の花ばかりであまり見所はなく、まして2泊しかしないので、のんびり気晴らしに行ってきた感じです。

わずか3年の間に、星観荘のオーナーの下のお子さんは高校進学のために家を出ており、星観荘も定員を減らし、オーナー夫妻だけで営んでおり、フェリーターミナルもバリアフリー化されてすっかり様変わりしていました。アトリエ仁吉が閉まっていたのも残念でした。何度も入りに行った船泊湯も今年で閉まるそうです。

中1日(8/7)は浜中から澄海岬、鉄府、ゴロタ岬と歩き星観荘に戻りましたが、鉄府の浜に下りるのはかなり久しぶりで、穴あき貝拾いなどもして、同行の人達にも好評でした。船泊では湖畔祭りということで、この日の夕食はなく、双葉食堂で味噌ラーメンを食べ、屋台で焼きホッキ貝、焼きムラサキウニ、焼きホタテ貝などもいただきました。旧星観荘まで足を伸ばし、懐かしさに浸ってきました。

同宿した人の中にも2人ほど知り合いがおり、オーナー夫妻とも合わせて近況や昔話などにこれまた花が咲きました。

行き帰りには稚内のお天気屋に寄り、マスターとも話しましたが、お互い病気の話になってしまったのには閉口してしまいました。

今年で私も46才。星観荘に行くようになって23年目。途中数年抜けていますが、人生の半分を星観荘に行っていることになります。礼文島に初めて訪れたのは25年前。礼文島に行き始めて四半世紀が経ったことになります。初めて訪れたときはまだ私は学生でした。年を取るはずです。

そうした思い出深い年を迎えた礼文で、のんびり過ごせるはずだった旅の最後に、私の大好きな大学の先輩の訃報が届きました。大好きな場所で大好きな先輩の訃報をよこすとは、神とは何とも残酷なことをするものだと思わずにはいられませんでした。

霧ヶ峰のニッコウキスゲ

2015-07-13 21:58:15 | 旅行記


北海道旅友達のAさんから、長野県にある車山高原(霧ヶ峰)のニッコウキスゲが見頃との話を聞いたので、思い立って出かけてきました。
到着したのが午後になってしまったので、ややしおれ始めていましたが、それでも一面に咲いた様子はなかなか見事でした。
でも、鹿除けの柵の中でだけ咲いている様子を見るのは何ともやりきれない思いがしました。
ニッコウキスゲの大群落があることで知られる尾瀬ヶ原も、いずれこうなってしまうのでしょうか?
遠くには未踏の甲斐駒ヶ岳と仙丈ヶ岳も見え、登山欲をかき立てられました。

4年ぶりの至仏山の花

2015-07-12 19:25:25 | 旅行記

4年ぶりに7月の至仏山に登ってきました。花が見頃の梅雨の晴れ間の土曜日ということで、大変な賑わいでした。山頂は登山客でごった返していました。

今日は雲一つない良い天気で、周囲の山々がこれだけきれいに眺められたのは、至仏山4回目にして初めてでした。花もなかなかきれいでしたが、7年前に登ったときに比べて、花が少なくなっていたような気がしました。以前見られたミヤマウスユキソウやクモマイカリソウを見ることができませんでした。

至仏山は、我が家を出て3時間後には小至仏山手前のお花畑でチングルマを見られるという、とてもお手軽な山です。花もきれいなので、既に4回登っていますが、4回ともこの時期に登っています。

私が高山植物を見るのが好きになったルーツは、「アルプスの少女ハイジ」にあると、最近気がつきました。幼い頃見た「アルプスの少女ハイジ」には、山のお花畑でハイジ達が遊ぶ場面が繰り返し登場します。その様子が記憶に刻みつけられ、その後、登山が趣味の叔父に見せてもらった日本アルプスの写真集に、テレビで見たのと同じようなお花畑の写真を見つけ、いつか行ってみたいと念願し続け、小学校6年生の時に北アルプスに登って、お花畑というほどではなかったものの、たくさんの高山植物を実際に目にして感激したのを覚えています。

今月発表した作品

2014-12-14 20:49:50 | 日記
これまでOCNブログ人の頃は写真だけをまとめて発表できたのですが、gooブログではそれが難しいようなので、日記にUPすることにしました。
現在行われている2つの展覧会に発表した作品です。


林逋詩


陳鴻壽のことば


范成大詩


楷書七言聯


鹿島槍

雲取山

2014-10-26 00:12:34 | 旅行記
子供の頃、NHKの夜7時前の関東地方のニュースの天気予報で、毎年7,8月に「山の天気」を伝えていた。私はその頃からそこで言われる山々に遠く思いをはせていたが、まさか実際に登ることになろうとは、その頃は思ってもみなかった。

その中に「秩父の雲取・三峯方面」があった。「八ヶ岳」とか「谷川岳」「立山」などは「山」「岳」が付くのに、「雲取」「三峯」とは「山」なのか「岳」なのかわからずにいた。後に地図帳で「雲取」とは「雲取山」であることを知った。というわけで、雲取山の名前は、私が子供の頃から耳なじんだものであった。

百名山に登り始め、ガイドを買ったところ、雲取山は泊まりで登らなければならない山だとわかり、また登山口までのアプローチがよくないので、自然と足が遠のいてしまっていた。しかし、同じようにアプローチが悪く泊まりで登らなければならないと、同じガイドに書かれていた、お隣の甲武信岳が、実はガイドに載っているのとは別の容易なルートがあることをネットで知り、実際にたやすく登頂できたので、雲取山もよく調べてみると、埼玉県の三峯神社からだと、距離は往復で20キロ強と長いものの、日帰り登山が可能であることがわかった。しかも三峯神社までは、関越道を使えば群馬からは遠くない。そこで、今年の登山の締めくくりとして雲取山に登ることに決めた。

関越道を下りて一路秩父を目指し、秩父の町を抜けると一気に山間の道となり、途中崖崩れで不通になっている道を迂回して、登山口の三峯神社の駐車場に着いたのは5時半であった。駐車場に停められた車は皆結露しており、雲取山荘で泊まった登山者の車のようであった。私のように日帰りで登ろうとする人は他にはいないようであった。やはり三峯神社からのルートは距離が長いので、日帰りの人はあまりいないのであろう。

5:50に出発した。空は見事に晴れ渡り、山頂では素晴らしい眺望が期待できた。恐らく初冠雪の富士山も見られるだろうと期待された。最初は杉林の中の歩きやすい緩やかな斜度の道を延々登っていく。しばらくすると周囲が広葉樹林となり明るくなってきて、雲取山に続く稜線に出る。すると間もなく目の前に建物が見えてきた。霧藻ヶ峰の休憩小屋である。その手前で、何と登山道にほうきの掃き目がある。なぜこんなところだけ、と思って見上げると、霧藻ヶ峰の命名者である秩父宮(昭和天皇の弟)のレリーフがあった。横には秩父宮后のレリーフも並んでいる。休憩小屋の管理人が毎朝こうしてレリーフの下の登山道にほうきの掃き目を入れているものと思われた。

休憩小屋には7時に着いた。小屋の前からは、昨年8月に登頂した両神山が眺められた。両神山は、登っている間にその姿を眺めることができない山である。ゴツゴツした峰峰が続く独特の山容をしているのだが、その全体はこうした離れた山からしか眺めることができないのである。小屋からは管理人の朝食の味噌汁か何かの香りが流れてくる。ここで5分ほど休んですぐ出発した。

せっかく登ってきたのに、ここからお清平までひたすら下る。お清平から今度は前白岩山まで登り返す。前白岩山には8時に着いた。前白岩山からさらに白岩山まで登り詰める。霧藻ヶ峰から白岩山あたりまではちょうど紅葉が見頃で、特に他の木々の多くが葉を落としている中、ドウダンツツジとカエデは真っ赤に紅葉していてきれいだった。

白岩山まで登り詰めた分、大ダワまで標高差にして200メートル近くをまた下ってしまう。斜度はそれほどきつくはないが、意外とアップダウンがある。その距離が長いためにアップダウンはあまり気にならないが、疲れのたまった帰りはかなりきついだろうなと思われた。

大ダワから雲取山荘までの登りはなかなかハードであった。途中雲取ヒュッテの廃屋があったが、現在では雲取山の三峯ルートの小屋で営業しているのは雲取山荘のみとのことである。雲取山荘で小休止をし、甘いものを口に入れた。ここで甘いものを食べたのは正解で、この後山頂まで距離は短かったもののかなりの斜度があってきつかった。

雲取山荘から山頂までは見通しの利かない樹林帯が続いたが、樹林帯からひょっこりと出た山頂は広々として明るかった。山頂には10:18着。登り始めて約4時間半かかった。コースタイムよりは1時間ほど短縮できた。岩がゴロゴロ積み重なった山頂はあまり眺望に恵まれず、西の方角が見通せただけだった。残念ながら雲がかなり出てきてしまっており、遠くの山々は見通せなかったが、以前登った甲武信岳は眺めることができた。山頂に一本だけあるマユミの木の実が美しかった。

それにしても東京からも近い百名山、秋のこれだけ天気の良い日なのに、山頂にいる人がとても少ないのが信じられない。もっと混雑していると思っていたのが、考えてみると、雲取山は日帰りで登るにはややきつい山である。多くの人は雲取山荘に泊まって1泊2日で登る。山荘に泊まった人は朝食後に(あるいは前日のうちに)登頂しており、この時間には皆下山しているので、これだけ人が少ないのだった。私が三峯神社から登ってくる間に追い越した人はほとんどいないので、この時間に山頂にいる人は皆奥多摩方面から登ってきた登ってきた人だろうと思われた。

山頂標のところではかろうじてカメラをお願いできたので撮してもらったが、先日の巻機山同様、お願いした人が思い通りの写真を撮してくれたのがありがたかった。

山頂から少し南に移動すると避難小屋がある。ここにも岩場があり、休憩するのにはちょうど良い。本来ならここから富士山や丹沢山が見えるのだが、あいにくその方向には雲がかかっており、前日のニュースで初冠雪が報道されていた富士山を見ることはかなわなかった。

さて、昼飯にしようと食料を取り出し始めたところで大変なことに気付いた。何とバーナーを忘れてしまったのである。いつもはコッヘルの中に入れているのだが、巻機山に登ったときにコッヘルでラーメンを煮て食べ、洗うときにバーナーを別にしたままにして、忘れてきてしまったのだった。これではせっかく用意してきたカップの蕎麦も食べられないし、コーヒーも飲めない。実は今回の登山では、先頃大枚はたいて購入したタイツも履き忘れてきており、重大な忘れ物を立て続けにしてしまうという、ある意味では私らしい事態が重なってしまったのだった。

仕方なく冷たいお茶を飲みながらおにぎり2個を食べ、早々に下山することに決めた。富士山も見えないのでは仕方がない。周囲を見渡すと、カラマツが紅葉し始めている。よく知られた、広々とした登山道が奥多摩方面へ続いているのが見えた。

山頂には30分ほどいて、10:47には出発した。この後は時間だけを示そう。11:07に雲取山荘。何か食事ができるかと思ったら出していないとのことだった。登りには緩やかな女坂を通ったので、帰りはややきつい男坂を通って、大ダワに11:26着。この辺りから再び紅葉がきれいになり出す。ドウダンツツジとカエデの赤は相変わらずきれいだ。白岩山への登り返しはかなりきつかった。12:14に白岩山着。ここから少し下って前白岩山に12:46着。ここからさらに下り、お清平まで一気に下り、ここから最後の登り返しを登って、霧藻ヶ峰に13:38着。ここで最後の小休止。朝は日が当たっていなくてさほどきれいとも思わなかった、小屋の前の紅葉がきれいだった。ここからはだんだん日も傾いてきて、気温が下がってくると思われたのでかなり飛ばし、14:45に登山口に着いた。

下山はちょうど4時間。往復で21.4kmだった。これだけの距離を1日で歩いたのは、アルプス方面での縦走を除けば、大清水から往復した燧ヶ岳以来ではないかと思われる。ただ、距離は長くてもあまり斜度がきつくなかったので、へばったという感じはしなかった。下山後は道の駅大滝温泉で汗を流した。もう少し早く出発・下山できていれば、秩父の阿佐美冷蔵でかき氷が食べられたのにと、ちょっと残念だった。











巻機山

2014-10-09 23:07:11 | 旅行記
今年の夏は、日本中の山で天候に恵まれなかったとのこと。一方で、8月末に急激に気温が下がったために、紅葉が早く、また色づきも近年になく良いとのことで、今年の秋はどこに登ろうか考え、百名山の中でまだ登っていない、日帰りで行ってこられる山ということで、巻機山・武尊山・雲取山・妙高山・高妻山が候補に挙がりました。地元紙でも尾瀬の草紅葉の写真が掲載され、9月末には既に紅葉が見頃になると思われたので、9/28にどこかに登りに行こうと決め、天気も良さそうなので、駐車場が広くて日曜日でも心配がない山として、ひとまず雲取山と巻機山にしぼりました。

9/27に北海道つながりの友人が群馬までやって来てくれたので、お茶を飲みながら山の話をする中で、その友人のそのまた友人がその日谷川連峰に登っており、写真をUpしているのを見せてくれ、見事な紅葉だったので、友人からは紅葉の名所として知られる巻機山の方を勧められ、巻機山に登ることに決めました。その場でも御嶽山の噴火のことが話題に上りましたが、まさかあんな大惨事になっていたとは、その時はまだ知りませんでした。

9/28(日)
3時に起床、3時半に出発しました。高速を飛ばし、5時半前には駐車場に到着しました。奥の駐車場の存在に気付かず、手前の駐車場に駐めてしまいました。辺りはまだ薄暗く、7時に出発しようと、買ってきた朝食を食べて一眠りしようとしたのですが、胃袋が動き始めたのか一向に寝付けず、仕方なく6:15には出発しました。

ガイドではヌクビ沢を登るルートが紹介されていますが、登りやすい井戸尾根を往復することにしました。最初は広葉樹の樹林帯を登っていきます。7時には5合目に着きました。少し休んで間もなく出発したところで何と仕事関係の電話が入り、その対応に追われて足止めをくらい、6合目までけっこう時間がかかってしまい、せっかく追い抜いた団体(この日は天気の良い日曜日で、20人以上の団体が3つほど登っていました)にも再び追い越されてしまう始末でした。

6合目辺りから木々の間に天狗岩など対岸の山々が見えはじめます。高いところはかなり色づいている様子がうかがえます。その後は順調に登って、8:20には7合目に出ました、ここの紅葉は見事でした。ナナカマドは既に枯れていたり、色づきが悪かったりしていたのですが、ドウダンツツジの赤が特に見事でした。



8時半に8合目、9時に9合目(ニセ巻機)と、順調に登っていきます。その辺りになると今度は草紅葉が見えはじめます。確かに草紅葉は既に見頃で、あと1週間遅いと既に枯れてしまうところで、ちょうど良いタイミングでした。南には谷川岳と相向かいに聳える朝日岳に続く山並みが見えました。ニセ巻機からは山頂が望めるはずなのですが、既にガスがかかり始めています。この日は気温が高いとの予報で、確かに半袖で登っている人もけっこう見られます。私は長袖のアンダーシャツの上に半袖ポロシャツを着て登っていたのですが、ちょうど良かったです。



9合目からいったん下り、避難小屋に到着したのは9時半でした。トイレ休憩をして、いよいよ山頂に向けて最後のひと登りですが、ガイドには健脚向きと書かれていたものの、さほど疲れも感じてはおらず、小屋まで約4時間かかるというコースタイムよりも1時間以上短縮できました。もし仕事の電話が入らなければ、もっと早く登れたことだろうと思います。避難小屋のところで、ようやく山頂にかかっていたガスが切れ、草紅葉の斜面の向こうに、なだらかな山頂部分と、山頂に立つ沢山の人々の小さな姿が見えました。



避難小屋の前からいよいよ山頂に向けての登りが始まります。草紅葉の美しい稜線に敷かれた木道と階段を登りながら右手の山頂方向を見上げると、見事な草紅葉です。やがて池塘の点在する小さな湿原に出ました。湿原を過ぎるといよいよ最後の登りになります。先ほどまで山頂にかかっていたガスも晴れ、巻機山の本来の山頂のなだらかな姿と、割引岳の鋭い山頂が望めます。山頂標のある分岐点までは20分ほどの登りでした。巻機山の山頂標は、本来の山頂でなく、なぜかこの分岐点に立てられています。分岐点から北側には、本来越後三山が聳えているのが見えるはずなのですが、残念ながらちょうど標高2,000メートルほどの高さのところに一面に雲がたなびいており、見ることはできませんでした。





本来の山頂がある山は、美しく紅葉しています。山頂まで行く途中からは、今まで登ってきたルートがずっと見下ろせます。途中、ドンダンツツジが見事に真っ赤に紅葉したのが目に入り、思わず歓声を上げました。本来の山頂までは5分ほどで着いてしまいました。本来の山頂にはケルンがあるだけで、山頂であることを示すものは何もありません。しかも、本来の最高点はケルンから2,3メートルのところにあるのですが、登山道にロープが張ってあるために行くことができません。百名山に数えられる山の中では、草津白根山と並んで残念な山頂だと言えるでしょう。





山頂から少し離れた、朝日岳方面への分岐点に来ると、素晴らしい眺望が広がりました。残念ながら谷川岳や苗場山方面は見えませんが、未踏の武尊岳、赤城山、皇海山、日光白根山、至仏山、燧ヶ岳、そして未踏故にあこがれの遙かなる平ヶ岳が並んでいます。手前には奥利根湖の湖面も見えます。さすがに上越地域の最奥部だけあって、見渡す限り山山山です。牛ヶ岳に続く稜線を歩きながら、これらの山々の眺めを堪能しました。やがてガスが上がってきてしまったので本来の山頂に引き返し、越後三山が晴れるのを待ちましたが、残念ながら晴れることはなかったので、山頂標まで戻りました。本来の山頂と山頂標で写真を撮してもらいましたが、前回登った笠ヶ岳と異なり、お願いした人が一発で満足する写真を撮してくれたのは、ほとんど奇跡的でした。





避難小屋まで下り、ここで昼飯にしました。団体が去った静かな小屋の前でラーメンを作ってすすっていると、出発の時に見えたヘルメットの集団が登ってきました。話からすると、沢登りをしてきたとのこと。若い女性達だったのには驚きました。さらに私が出発する頃には、同じくヘルメットをかぶった若い男性のグループも登ってきました。どうやら有名な沢登りのルートがある模様です。

昼食後は登ってきた道をそのまま戻るだけでした。やはりガスの中に入ってしまって、行きの時よりも眺望には恵まれませんでしたが、曇り空の下で見る紅葉は、一段と赤さを増しているように見えました。あとはそのままひたすら下り、昼食休憩を入れてちょうど3時間で下山できました。登りも電話の騒ぎと避難小屋でのトイレ休憩、写真撮影の時間を除くと3時間ちょっとでしたから、ガイドブックには「健脚向き」とあるものの、私には普通の山に思えました。しかし、紅葉の名所であることは間違いなく、もう1週後に登れれば、中腹の紅葉がさぞかし見事だったろうに、と思いました。

笠ヶ岳

2014-09-01 21:10:43 | 旅行記

以前使用したある教科書会社の国語の教科書の表紙にはどれも山の写真が掲載されていました。その教科書会社の編集者には、山に関心がある人がいたようです。今覚えているのはオプタテシケ山と笠ヶ岳です。笠ヶ岳の写真を使った教科書は、よく覚えています。夏山の写真で、雲が切れ切れにかかった笠ヶ岳を上空から撮したものでした。最初はどこの山かわからなかったのですが、日本百名山の登山ガイドを買ったとき、そこに掲載されていた笠ヶ岳の写真から、表紙の山が笠ヶ岳であるとわかったのです。

笠ヶ岳を実際に目にしたのは、4年前に槍ヶ岳から穂高岳まで縦走したときが初めてでした。槍ヶ岳から穂高岳にかけての山々と、谷筋を挟んで東側には常念岳や蝶ヶ岳などのアルプスの表銀座の山々が連なり、西側には笠ヶ岳と、それに連なる長大な尾根が続いているのです。また、昨年焼岳に登ったときも、快晴の秋空の下、谷を挟んで西側に笠ヶ岳の膨大な山容を目にしました。笠ヶ岳も日本百名山の一つで、こうして繰り返し目にしたからにはどうしても登らなくてはいけないと思っていたのですが、なかなかその機会を得られずにいたのです。

今年はなかなか休みが取れない中、何とか休みを作って7月下旬と8月のお盆前に泊まりで山に行こうと決めました。一つは新穂高温泉から北アルプスの鷲羽岳、水晶岳、黒部五郎岳を回るコース。もう一つは椹島から南アルプスの荒川三山を回るコースです。ところが何ともタイミングの悪いことに、どちらの時期にも台風が襲来した上、今年は異常気象で、梅雨明け後に晴れが数日続くことがなく、晴れても1,2日、しかも大気の状態が不安定で、平地でもどこかで毎日雷雨があるという状況で、結局3泊4日で考えていた山行はどちらも取りやめにしてしまいました。

最後のチャンスであったお盆直前も、結局お盆後の土日が雨の予報ということで、仕方なく何とか晴れの予報が出ている8/13と曇りの予報の14の1泊2日で行ってこられる山に変更することとし、その中で検討した結果、これまでにも山の姿をはっきりと目にしてきた笠ヶ岳に登ることに決めたのです。

笠ヶ岳には、新穂高温泉から登り始め、笠新道というアルプス3大急登に数えられるルートを登り詰め、稜線に出て山頂へ向かい、山頂直下の小屋で泊まり、登頂後同じルートを新穂高温泉まで戻るのが一般的なルートです。他にも双六岳方面から稜線伝いに縦走してきたり、中尾温泉から標高差1,900m以上を一気に登ったりするルートもありますが、一番容易に登頂できるのはこの笠新道とのことで、3大急登のルートを登るのはいささか気が引けるものの、避けては通れないので、登ることに決めました。

8/13
3時半に自宅を出て、お決まりのコースで松本インターへ。そこから上高地へ向かう道路をひた走るのですが、今日は利用しない沢渡の駐車場は既に満車。上高地はお盆で大変な賑わいの模様です。

7時に新穂高温泉に着いたのですが、何と登山者用の駐車場は既に満車。(後で小屋で聞いたところ、深夜には既に満車だったとのことで、新穂高温泉から登る際には注意が必要です。)新穂高温泉から先には車は行けず、普通の道路よりも心配が少ないと考え、やむなく路駐をしていくことに決めました。

7:20に歩き始めます。バス乗り場からは既に笠ヶ岳の山頂が見えており、気分が沸き立ちますが、山頂までは1,900mほどあり、一方では気分も萎えるほどです。最初は林道を歩くのですが、これが長くだるかった!この調子では、来年以降鷲羽岳、水晶岳、黒部五郎岳を登る際は、新穂高温泉から入るのはやめようかと思いました。これらの山に登るには、林道を2時間近く歩かなくてはいけないからです。登るときならまだしも、下山時にこの林道歩きはたまりません。これらの山には、いずれ富山側から登ることに決めました。

8:10に笠新道の分岐に到着。わき水を一口口にして、いよいよアルプス3大急登の一つに登り始めます。このルートは約50年前に岐阜で国体が行われた際の登山競技のルートとして整備されたので、登山道そのものはとても歩きやすく、アルプスの山によくあるはしご場やロープもほとんどなく、またほとんど同じ傾斜で登っていきます。約1時間で1,800m地点、さらに約1時間で2,250m地点、急登の終わりである杓子平には11:25に到着しました。

杓子平からはこれから歩く稜線と、その先に聳える笠ヶ岳が一望できました。杓子平はちょうど木曽駒ヶ岳の千畳敷カールのような感じの場所ですが、千畳敷カールよりも遙かに大きく雄大な場所でした。しかし、写真を写している間にみるみるガスがかかってきてしまいました。それにしても、穂高岳や焼岳から笠ヶ岳を眺めたときには、こうした場所があるとはわからず、笠ヶ岳の東側にはべったりとした斜面が広がっているだけだと思っていましたが、こうしたカールの地形があるとは、登ってみなければわからないことでした。

杓子平で軽く食事をした後稜線へのルートを歩き始めましたが、ここからの登りが実に長かった!登っても登ってもまだ着かないという感じで、しかもこれまで歩いてきたルートと異なって、岩を乗り越えたりするところも多く、結局時間にして70分、稜線には12:45に出たのですが、稜線上の分岐点に着いたときにはすっかりへばってしまいました。

稜線に出ると素晴らしい光景が目の前に広がりました。稜線のずっと先には、今まで図体ばかりでかくてとらえどころのない山容としてしか見えていなかった笠ヶ岳の主峰が、左右にのびのびと稜線を引いた、鋭い姿で天に聳えているのです。「日本百名山」の記述からすると、深田久弥も双六岳方面から稜線の向こうに笠ヶ岳を目にし、稜線を歩いて笠ヶ岳に登頂したものと見えます。しかし、スマホやカメラで写真を写しているうちにみるみるガスがかかってきて、稜線を歩いている間は、この笠ヶ岳の美しい姿を目にすることはできませんでした。

稜線歩きは約1時間ほど。途中抜戸岩という、岩が門のような形に並んでいるところがあり、岩の間に見えた笠ヶ岳を撮そうと、カメラを出している間に、笠ヶ岳は完全に雲の中に入ってしまいました。

笠ヶ岳山荘の下にテン場が設けられており、既にいくつものテントが張られています。しかし、張る位置をよく見ていないため、登山道の真横に張られていたり、ひどい場合は登山道にかかって張っているものもあり、確かにテン場周辺は平たい石がたくさん敷き詰められていて、どこを歩いても問題はなく、また登山道を表示するペンキも消えかかっているので、こうした間違いが起こってしまうのもやむを得ないと思いますが、基本的なマナーはやはり守るべきだと思わずにはおれませんでした。

山荘直下のひと登りも実にきつく、山荘の受付に立ったときにはすっかりへたばってしまいました。登山口からは6時間35分。コースタイムは7時間半なので、あのきつい登りの割にはよく健闘したと思いますが、こんなにへばったのは多分五竜岳に登った際、遠見尾根を登ったとき以来ではないかと思われました。そして、こういう時に限って受付にはいろいろ手間のかかる先客がおり、10分ほど立って待たされたのにはいささか腹が立ちましたが、仕方がありません。

山荘は平日ということもあって、布団1枚に一人で寝ることができるのは助かりました。ただ、男女構成を聞いている割には部屋には老若男女が混じっており、男性の単独行の人は一部屋にまとめるなど、もう少し考えても良いのかな、と思いました。また、山荘は数年前に新築されたようで、施設はきれいで変な臭いもなく、また乾燥室も立派なものが設置されていました。山小屋によくある図書コーナーも、ここは文庫本よりも漫画が沢山置かれており、今回は久しぶりに「美味しんぼ」などを読みました。

荷物を置いて山頂に登ることにしました。翌日の天気予報は曇りで、山頂からの展望が望めないと思われたからです。幸いに空は高曇りで、ガスが流れています。待っていれば展望も開けそうです。カッパを着てカメラを持って山頂に登りました。

山頂までは山荘から約10分で着きました。山頂は2つに分かれており、低い方には薬師仏がまつられており、高い方には三角点が設置されています。山頂に登ったときにはまだガスがかかっていたのですが、小一時間いるうちにガスがどんどん晴れてきて、高曇りながら槍穂連峰が一望できました。北には薬師岳、黒部五郎岳、鷲羽岳、水晶岳、赤牛岳、さらに遠くには立山、剱岳も見えました。南には先頃登った乗鞍岳も、雲の上に山頂をのぞかせていました。

特に槍穂連峰、立山と剱岳はかつて登頂した山であり、いつものことながら、あの山頂にかつて立ったことがあるかと思うと、感慨もひとしおでした。

山頂では毎度のように写真を撮してもらったのですが、何と今回はお願いした人が皆撮すのが下手で、気に入った写真がなく、時間をずらして5人の別の人に頼んだのですが、全部ダメでした。そんなハイレベルな写真を望んではいないのですが、どうも山の上では人選が難しいです。あるいは私に見る目がないのでしょうか?

山頂ではアルプスによく登りに来ている新潟のおじさんと九州の男性(それぞれ単独行)と30分ほど山談義に花を咲かせました。特に九州の男性は、いずれ登ろうと思っている水晶岳や鷲羽岳に昨年登っているとのことで、参考になる話を聞かせてくれました。新潟のおじさんもいろいろ面白い話を聞かせてくれました。九州の男性はテント泊でしたが、新潟のおじさんは小屋でも一緒になり、二段ベッドの上段に行かされたことに腹を立てていました。小屋に戻る頃にはガスもすっかり晴れ、登山中には全く見えなかった杓子平からの稜線もくっきり見えました。

さすがに小一時間もいると、たとえカッパを着ていても肌寒さを感じ始めたので小屋に戻りました。漫画を読んでいると夕食時間になりました。夕食は天水を使っているというハンデがありながら、味も内容もまずまずレベルが高いものでした。蕎麦が付いているのも珍しく、美味しくすすりました。(それを思うと、昨年木曽駒~空木岳縦走の際に泊まった木曽殿山荘の、業務用レトルトばかりの食卓の寂しさが思い出されてなりませんでした)

夕食後は部屋や談話室で過ごしました。消灯時間は山小屋にしては珍しく21時。耳栓を忘れて不安だったものの、幸い部屋にはいびきをかく人もなく、寝付きはあまり良くありませんでしたが、何とか起床時間まで寝続けることができました。

8/14
翌朝は一面のガス。朝食を済ませて6時に出発。1時間で稜線分岐に着きましたが、ガスは濡れるタイプのもので、全身が濡れはじめ、予報通り雨に降られるなと思っていたところ、分岐近くでいよいよ雨が降り始めました。杓子平まで1時間、笠新道取り付きまで、雨の中苦行とも言える過酷な下りを続けること3時間、左膝の裏側に痛みを感じ始め、笠新道取り付きに着いたときには片足を少し引きずっていました。新穂高温泉には11時45分着。下山はコースタイム4時間50分のところ、5時間45分かかってしまいました。確かに私は下りは苦手なのですが、このコースタイムはいくら何でも速すぎ。コースタイムは間違っていると思います。ともかく、左膝をすっかり痛めてしまったようです。左足をかばいながら新穂高温泉に着くと、南の方には空が見えていました。路駐していた車には幸い問題はありませんでした。(翌日はまた大雨となり、ニュースでも報道されたあの遭難事故が起こってしまいました。)

帰りには平湯温泉で温泉に浸かりました。昨年入って笠ヶ岳を見て感激したのと同じ風呂でしたが、空は見えているものの、笠ヶ岳には相変わらず雲がかかっていて見ることはできませんでした。

左足を痛めたために、翌週登ろうかと考えていた薬師岳はキャンセルにしてしまいました。ここでこれ以上痛めたら、今後山登りそのものに支障を来しそうな気がしたからです。

乗鞍岳

2014-08-07 22:15:20 | 旅行記

7/31(木)

乗鞍岳へは、もう20年前に最初の学校での国語科職員旅行で、畳平まで来たことがあります。この時はまだ一般車も畳平まで来られたのですが、後に自然保護の目的で、岐阜県の平湯か、長野県の乗鞍高原などからのシャトルバスでしか来られなくなってしまいました。

昨年の秋に焼岳に登ったとき、すぐ隣に聳える乗鞍岳の雄大な姿が印象に残りました。穂高岳や笠ヶ岳は鋭い岩峰ですが、乗鞍岳は火山ということもあって、山容はずっと穏やかです。今年の夏は南アルプスや北アルプスに登ろうかと考えているのですが、その練習のつもりで、日本で一番簡単に登れる3,000mである乗鞍岳に登ってこようと決めました。

4時に家を出、上信越道、長野道を通って松本インターで下り、上高地へ向かうルートを南に折れて乗鞍高原の駐車場に着いたのは7時半でした。シャトルバスは基本的に1時間に1本なので、ちょうど良い時間、しかも平日なのでさほど混んでいません。駐車場からは乗鞍岳がきれいに見えていますが、別の方の空は既にガスが出始めており、登るうちに山はガスに覆われてしまうだろうことが予想されました。

シャトルバスの中ではずっと寝ていましたが、畳平の手前の大雪渓で下りる人がいるので目が覚めました。前回来たときはここで夏スキーに興じる人がいましたが、今回も何人かの人が滑っていました。

畳平に着いたのは9時前。山頂の剣が峰目指して、まずターミナル横のお花畑に下ります。ハクサンイチゲとチングルマが満開で、まさにお花畑の名にふさわしいところでした。ここを横切り、観測所と山小屋のために付けられた作業道を歩いていくと肩の小屋に着きました。ここから山頂までは火山特有の砂利道をひたすら登っていきます。

この辺りで辺りはすっかりガスに覆われてしまいました。登山道は結構な斜度で、しかも砂利道の中に大きな岩があってとても歩きにくかったのですが、それ以上に、平日ながら最も簡単に登れる3,000m峰ということもあってか、沢山の登山客がおり、特に登山ツアーの団体がいくつも登っているのです。先に行かせてもらえるのはありがたいのですが、そのたびごとに「特急列車が通過しま~す!」と声を掛けられるのは、毎度のことながらひどく嫌味に聞こえ、良い気持ちはしません。どうして「どうぞお先に~!」の一言で済ませられないのでしょうか?

乗鞍岳は比較的新しい火山ということで、肩の小屋以降の登山道では高山植物はほとんど見られません。かろうじて火山特有の砂礫地を好むコマクサの群落が見られましたが、いかんせん登山道からとても離れたところにあって、写真に収めることはできませんでした。

山頂に近づくにつれて岩が増え、頂上小屋の前を通過して山頂に着きました。山頂にはまた別のツアー客がおり、8畳ほどの山頂は満員でした。そのツアー客が弁当を食べ終わり、人が少なくなったところで、何とか山頂標の前で写真を撮ることができましたが、間もなく別のツアー客が登ってきて、晴れた空の下、山頂標の前で写真を撮ることは結局できませんでした。

昼食を済ませ、30分ほどして下山することにしました。下山の際にもやはり「特急列車が通りま~す!」の声を、登りの時と同じツアーの人にかけられて気分を害したので、肩の小屋で休憩するであろうこの人達と、小屋で一緒になるまいと、かなり急ぎ足で下っていきました。肩の小屋で小休止をし、あとは畳平まですたすた下っていきました。本来なら、肩の小屋から大雪渓の脇を通って途中のバス停まで行け、その方が畳平に行くよりも近いのですが、私はぜひ始発の畳平から座っていきたいので、あえて畳平まで戻ったのです。畳平に戻るとちょうど3時間でした。山頂で大休止を取らなければ、2時間ほどで往復できたかも知れません。

帰りは白骨温泉の泡ノ湯に入ろうと思ったら、何と木曜日は露天風呂が休み。仕方なく沢渡まで戻り、沢渡温泉に入って汗を流して帰りました。


白馬岳

2014-08-04 23:52:55 | 旅行記

転勤して山岳部顧問団に入りました。夏休みに入り最初の三連休には恒例の夏山登山に行くこととなり、初めて引率に加わってきました。行き先はまだ登っていない白馬岳、しかも高山植物のきれいな時期で、さらには軽アイゼンがないと登れない大雪渓は通らないルートとのことで参加させてもらったわけです。

日程は7/19(土)~21(月)。夏山で一番混雑する時期で、それを覚悟の上の山行ですが、仕事ですから仕方ありません。生徒は23人、教師は3人での山行となりました。行く前の長期予報は、3連休は天気が悪いとのことで、あまり気乗りしない中での出発となりました。ちなみに今回は寝袋やシート、3日分の食料を持っているので、荷物は15キロ近い重さとなり、いつも使っている35リットルのザックでは入りきらず、十数年前に幌尻岳に登るときに購入した50リットルのザックを引っ張り出してきて荷物を詰め込んだのですが、それでもザックはいっぱいになってしまいました。主顧問の先生はその上テントも持っていて、70リットルのザックを持ってきていました。

8/19
バスで栂池に着き、ゴンドラとロープウェーを乗り継いで栂池自然園へ。ここに来るのはおそらく15年ぶりだと思います。前回は白馬風の子という宿の蓮華温泉ツアーに参加したときに、ガスの中湿原を歩いた記憶があります。

自然園で昼食を済ませ、この日の幕営地である白馬大池に向けて登り始めました。雨がぱらついており、前日も雨が降ったとのことで、足下はぐちゃぐちゃでとても登りにくかったです。斜度が緩くなると天狗原という湿原に出ました。ここで休憩を取っていると、いよいよ雨が本降りになってきました。慌てて合羽を着込み、雪渓の登りにかかるところで雨が上がりました。雪渓の登りは、生徒は皆軽アイゼンを付けるとのことでしたが、私は大雪山の雪渓歩きに慣れていたので、そのまま登っていき、先に白馬乗鞍岳の山頂に着いて待っていることにしました。

雪渓は大したことなく、軽アイゼンなしでも十分登れるものでしたが、20キロ近い荷物を背負って、雪渓歩きにも慣れていない生徒には、やはり軽アイゼンは必要だったものと思われます。私は簡単に通過できたので、白馬乗鞍岳の山頂に着いた後、1時間近くの大休止をとりました。着いたときには日も差していたので、濡れた合羽や手ぬぐい、ザックカバーを岩の上に広げて干しました。

うつらうつらしているうちに生徒達も登ってきて山頂で合流し、この日の幕営地の白馬大池に向けて下っていきました。白馬大池のほとりには真っ赤に塗られた白馬大池小屋が建てられ、その脇にテン場が設けられています。さすがに3連休だけあり、すでに20以上のテントが設営されていて、私たちは隅の空いているところに、生徒は池のほとりにテントを設営しました。私はテントは設営したことがないので、主顧問の先生に指示されるままに設置しました。

めいめいで用意してきた夕食を食べ、酒など飲んでいるところに生徒がやってきました。何でも生徒が教員のために食事を用意してくれるのだそうです。私はコッヘルを渡しました。しばらくすると炊いたご飯にレトルトの親子丼を温めたものをかけたもの、マカロニサラダが盛りつけられて運ばれてきました。ご飯には芯があってぼそぼそしていて美味しくありませんでしたが、マカロニサラダはとても美味しくできていました。何でもグループごとに作ってあげる先生が違うそうで、別の先生はご飯は美味しかったものの、マカロニサラダはマカロニが原形をとどめていませんでした。

食事の後小屋の周辺を歩いてみましたが、小屋の西には雪渓があり、雪田にはハクサンイチゲやハクサンコザクラが一面に咲いており、一面のお花畑でした。残念ながらロープで囲まれていて、中に道も付いてはいたのですが、入ることができず、写真も満足に撮ることができませんでした。しかし、こうしたお花畑を見たくて山に関心を持った子供の頃を懐かしく思い出すよすがにはなりました。

8時過ぎにテントの中に入ったのですが、小屋の発電機の音がうるさく、寝付けずにいたところ、9時に発電機が停まり、辺りが静かになると同時に、今度は大粒の雨が落ちてきて、雷も鳴り出しました。明日の天気が不安でなりませんでした。夜中にも雷鳴は聞こえ、稲妻が横に走るのがテントの幕越しにもわかりました。慣れない寝袋の中であまりよく眠れないまま夜が過ぎていき、3時頃に生徒が朝食用のコッヘルを取りに来た声で目を覚まし、うつらうつらしているうちに雨の音が小さくなっていきました。

8/20
雨が降る中生徒が持ってきた朝食を飲み物で流し込みました。外は雨が止み空が見えはじめています。外へ出てみるとあちこちに水たまりができ、ペグの周りの土も流されて、とても前夜に打ったとは思えないくらいでした。シュラフをめくると下は濡れており、マットも濡れています。湿気とともに雨水が少なからず進入したものと見えます。

この日はサブザックを持って白馬岳まで往復です。私はサブザックを持っていたので、不要な荷物をテントの中に置いていきます。目標では5時出発ということになっていますが、何しろ準備に時間がかかるので、出発は恐らく6時だろうと予想していました。我々は準備がとっくにできてしまったので、準備をせかそうと、生徒のテントの方に向かいました。テントによってはもう出発できるところも見られましたが、まだまだのところもあるので、すぐに出発できるようにするよう言いました。そして、何とか5:50には出発できました。

テン場の裏側の雪渓を通過し、ゆるやかな道を登り、ハイマツの間を抜けると、目の前にいきなり今日の最初の目標の小蓮華山と雪倉岳が聳えているのが目に入ってきました。足下にはコマクサとチシマギキョウが咲いています。夜中の大雨とは打って変わって良い天気ですが、湿度が高いので、日が昇るにつれてガスが上がってくることが予想されました。

生徒はそうした景色や花には目もくれずにどんどん登っていきます。ペースも速く、さすがに県下有数の実力ある部の部員だなと思わされました。船越ノ頭まで来ると視界が一気に開けます。目の前に小蓮華山が聳え、その奥にほんの少しだけ白馬岳の山頂がのぞいています。その南に不帰の嶮、杓子岳、唐松岳、五龍岳、鹿島槍ヶ岳といった山々が続いています。山頂部分には既にガスがかかり始めています。

船越ノ頭から小蓮華山に向かう登山道は、かつてNHKドラマ「坂の上の雲」のエンディングで流れた映像のロケが行われたところです。この登山道を実際に見てみたかったというのも、今回の山行に同行した理由でした。生徒の中には関心を持ってくれた者もいましたが、大半の者はもくもくと登っていってしまいました。

この辺りから高山植物も増えてきました。ハクサンイチゲ、シナノキンバイ、ミヤマアズマギク、オヤマノエンドウ、ミヤマキンバイ、ミヤマダイコンソウなど。この時期は黄色と白の花が目立ちます。生徒にはタカネヤハズハハコがかわいいと人気でした。

ゆるやかな登山道を上っていくと、大きな平たい石がゴロゴロと敷き詰められた小蓮華山の山頂に着きました。ここは新潟県の最高点です。数年前に山頂南側が崩落したとのことで、最高点には近寄れないようにロープが張ってありました。山頂には鉄製の大きな矛が立てられており、古くは信仰の山で会ったことが想像されます。ここへ来るとすっかりガスの中に入ってしまい、北に聳えてる雪倉岳や朝日岳はもう見えなくなっていました。

さすがに連休中日だけあって、山頂は結構な賑わいでした。そこへ26人一行が加わったので、さらに賑やかさを増しました。嬉しいのは、登山客が皆我々一向に興味を持って声を掛けてくれること。みんな好意的な目を向けてくれるのが嬉しいことでした。生徒はもう少し愛想を振りまいても良いのではと思われるくらいの歓迎ぶりでした。

小蓮華山からしばらくはまた緩やかな稜線歩きが始まります。稜線の左側は崖になっており、そこからガスがどんどんわき上がってきます。稜線の右側はなだらかな斜面となっており、ところどころお花畑となっています。このあたりからウルップソウ、タカネシオガマ、既に花は終わっていますがツクモグサが目に付くようになりました。これらの花はいずれも八ヶ岳で見たものですが、何しろ数が八ヶ岳と比較にならないくらい多い。八ヶ岳ではこれらの花は局所的にしか見られませんでしたが、ここでは山頂までずっと見られました。特にウルップソウはまだ見頃のものも多く、見つけるたびに写真を撮っていたので、一行から遅れてしまうことがたびたびありました。また、雪渓の跡に広がるお花畑も何ヶ所もありました。

なだらかな稜線歩きも三国境という長野・富山・新潟の県境が交わる辺りから斜度を増します。それを登り切ると間もなく山頂でした。山頂手前で空が開けて日が射し始め、白馬岳の西側にある清水岳も姿を表しました。

登山道の左手はすっぱり切れ落ちた崖となっていますが、右手はなだらかな斜面となっており、一面のお花畑となっています。ここが特別天然記念物に指定されている白馬連山高山植物帯になります。今はハクサンイチゲの白とウルップソウの紫、ミヤマキンバイとミヤマダイコンソウ、シナノキンバイの黄色、タカネシオガマの赤紫が目立ちます。八ヶ岳と異なるのは、白馬岳にはシナノキンバイがあることとチョウノスケソウがないことです。

3連休ということで、白馬岳山頂では相当な混雑が予想されたのですが、登頂時間が中途半端だったためか、我々一行の他は10人程度。ちょっと信じられないほどでした。山頂には新田次郎の小説「強力伝」で知られる山頂標が置かれています。生徒の中にはこのことを知っている者もいたのは嬉しいことでした。

30分ほどかけて大撮影会をしたあと、山頂で昼食&大休止をしたい者は残り、白馬山荘まで行きたい者は下っていきました。お花畑は小屋周辺にも広がっていると聞いていた私は、迷わず白馬山荘まで20分ほどかけて下っていきました。

山荘前のベンチに腰を下ろすとびっくりしました。真下にウルップソウの大群落が広がっています。しかもちょうど見頃です。しかし、残念ながら近くに行くことはできず、精一杯の望遠で写真を撮りました。ここまでの群落は、大雪山のホソバウルップソウの群落でも見たことがないほどです。小屋からさらに下る登山道沿いには、ハクサンイチゲとウルップソウとで、白と紫に埋め尽くされたお花畑が広がっていました。

登山道を下りて左手を見上げると、一面のお花畑です。私が子供の頃、叔父の持っていた日本アルプスの写真集で見たのは、ひょっとしたらこの白馬岳のお花畑だったかも知れません。「アルプスの少女ハイジ」で見たように、お花畑の中に足を踏み入れることはできませんが、それでも、子供の頃に夢見た光景を実際にこの目で見ることができたような気がして、何だかとても感慨深かったです。

帰りはすっかりガスの中。生徒も早く小屋へ帰りたいと見え、追いつくのがやっとというくらいのスピードでどんどん下っていきます。実際にコースタイムよりもだいぶ早く白馬大池に到着しました。夕食までは先生方とは長くおしゃべりができたし、昼寝も少しできたほどです。夕食の前には雪渓の上を吹いてきた冷風が太陽に照らされてガスのように立ちこめて幻想的な光景を作りだしました。

夕食を済ませ、片付けを終えたところで雨が落ち始めました。早々にテントの中に入り、ずっとおしゃべりをして止むのを待ちましたが、止む気配はありません。それでも8時頃には止みました。この日はかなり疲れていたので、早く眠ることができました。

8/21
翌朝は例によって3時に起こされ、4時過ぎには朝食を済ませ、片付けも済ませ、5時半には出発しました。予報通りこの日は素晴らしい天気です。帰るのがもったいないほど。この日は蓮華温泉に下るだけですが、登山道はとても険しく、ひたすら下る一方で、このルートを上るには嫌だなと思わされました。途中にある天狗の庭からは、小蓮華山と雪倉岳が美しく眺められましたが、やがてガスの中に消えてしまいました。

下るほどに気温の上昇を感じながら、3時間ほどで蓮華温泉に到着しました。蓮華温泉はもう十数年前に、白馬にある民宿風の子の蓮華温泉ツアーに参加して以来です。あの時は泉源にある露天風呂に入ったのを覚えていますが、この日はさすがに生徒が一緒ということで、内湯に入りました。風呂はきれいで気持ちよかったのですが、いかんせん足の日焼けがひどく、長湯できなかったのが残念でした。風呂の後はバスに乗って帰途に就くばかりでした。

白馬岳は眺望には恵まれなかったものの、とにかく高山植物が見事でした。百名山を目指す中で、生徒と登頂したのは、実はこれが初めてではありません。伊勢崎東高校に勤めていた頃、全校登山で赤城山に登頂していました。また、前橋高校の遠足でも、生徒と一緒に赤城山に登頂しています。この先、また生徒と一緒に登頂する山があるのでしょうか?


八ヶ岳の花

2014-07-06 00:12:42 | 旅行記

私がまだ見ていない、見てみたい高山植物に、ウルップソウとツクモグサがあります。ウルップソウは国内では白馬岳周辺と礼文島と八ヶ岳、ツクモグサは白馬岳周辺と北海道の利尻山、ニペソツ山などのごく限られた山とこの八ヶ岳だけに咲きます。両者の咲く場所が共通しているが不思議なところです。礼文島のウルップソウは山の奥の奥にひっそり咲いているだけで、咲く場所を知ってるのは一握りの人に限られ、見ることができません。白馬岳はまだ雪も多く、大雪渓を登るにはアイゼンが必要です。ツクモグサは北海道では山奥の限られたところにしか咲かず、これまたそう簡単に見に行くことはできません。

ところが八ヶ岳では、6~7月にこの2つの花がいっぺんに咲くので、休暇を取り、思い切って見に行ってきました。結果的にツクモグサは終わりかけでしたが、まだきれいな花をいくつか見つけることができました。ウルップソウは咲き始めで、花の色も濃くきれいでした。この時期雄大なお花畑が広がる大雪連山と比べて、お花畑の花の種類がそっくりなのに驚きました。

7/2(水)

3時半に家を出て、高速で佐久まで行き、高速を降りて少し行ったところで睡魔に襲われて道の駅で仮眠をとり、登山口の美濃戸口に着いたのは6時半でした。6:40に出発して行者小屋に着いたのは8:20でした。山にはガスがかかり始めていましたが、それでも空は晴れています。この日の目的地は横岳です。 8:25に行者小屋を出て地蔵尾根を登り始めました。この尾根は以前下ったことがあり、その急峻さに、ここを登るのはいやだなぁ、と思っていたのですが、今回は高山植物が一番きれいに咲く横岳への最短ルートなのと、午後遅くなると雷雨の可能性があるので、あえてこのルートを選んだのです。幸い思ったほど時間はかからず、9:25には尾根筋に出ました。

ここからまず赤岳の方へ向かいました。赤岳展望山荘の前にウルップソウの群生地があると聞いていたからです。聞いていたとおり、ウルップソウが30株ほど群生していて、どれも見頃でした。大雪山のホソバウルップソウに比べて、確かに葉が大きく丸いように思えました。また、ホソバウルップソウに比べて花の穂がずんぐりしているようにも思えました。また、一株あたりの花の数もホソバウルップソウに比べて少ないのも特徴でした。花の色はホソバウルップソウと同じく、目の覚めるような青紫色です。いきなり念願の花を見ることができて感激もひとしおでしたが、いかんせん登山道から離れているところに咲いていて、近くで見られないのが残念でした。

9:40に赤岳展望山荘を出て、横岳に向かって歩き始めましたが、たちまちチョウノスケソウの群落があちこちに見られるようになりました。しかしやや花期は過ぎているようでした。大雪山のチョウノスケソウに比べてやや花が小さいように思いました。オヤマノエンドウの青紫、ハクサンイチゲの白い花も目立つようになりました。また、濃い赤紫色のタカネシオガマも見られます。これらの花は皆大雪山でも見ることができるもので、植生の類似性には驚かされました。

30分ほど登ると、チョウノスケソウとオヤマノエンドウの花が一面に咲いているところに出くわしました。そこを注意深く眺めると、ありました!ツクモグサです。やや花期は過ぎていましたが、それでも初めて見るツクモグサに感激もひとしおでした。ツクモグサが咲くのは、地蔵尾根分岐と横岳の中間のやや地蔵尾根分岐寄りの西側斜面のごく限られたところだけなのですが、咲く場所には固まって咲くので、わりと見つけやすいのを初めて知りました(ニペソツ山ではよほどよく探さないと見つけられないようです)。

ツクモグサは、ゆわんと村と星観荘でかつて一緒になったことがある、小泉長之介さんが大好きな花で、長之介さんは、この花を見るために東大雪のニペソツ山や日高山脈のピパイロ岳にも登りに行くほどの人です。それで、私もいつか見てみたいと思っていたのですが、花期に合わせて北海道に見に行くこともできないまま今日に至ったわけです。この後もあちこちでツクモグサを見ることができましたが、幸い咲き始めのものやちょうど見頃のものなど、きれいな花をいくつも見られたのは幸いでした(ツクモグサの見頃は6月中旬のようです)。

さらに山頂に向かって進んだところにある砂礫地にはウルップソウが咲いていました。こうした砂礫地にウルップソウが咲くところは、大雪山と同じです。ロープ越しにできるだけ手を伸ばして写真を写しました。八ヶ岳の土壌のせいか、種類が違うせいなのか、八ヶ岳のウルップソウは株も小さく、大雪山のホソバウルップソウのような群落も作っていないのが不思議でした。

山頂に着くまでに、こうした砂礫地が3カ所ほどあり、そのいずれにもウルップソウが咲いていました。そして、ウルップソウが咲いているあたりのお花畑は、この時期の大雪山と、咲いている花がほとんど同じなのが不思議でした。ちなみに大雪山では八ヶ岳にあるタカネシオガマの代わりにキバナシオガマが咲いており、大雪山にあるエゾコザクラやエゾツガザクラは八ヶ岳では咲いていませんでした。ツクモグサも大雪山にはありません。

写真を写しながら横岳に着いたのは11:25でした。雲行きは怪しくなる一方で、このままだと硫黄岳まわりで赤岳鉱泉に降りる途中で雨に降られ、あわよくば雷雨に遭うのは必至です。山頂で会った人に聞くと、硫黄岳方面にはウルップソウもほとんどないとのこと。帰りにもう一度ウルップソウやツクモグサを見たいので、11:35に横岳山頂を出発して来た道を引き返すことにしました。

途中で新たに見つけたツクモグサやウルップソウの写真を写しながら、地蔵尾根分岐に着いたのが12:45。その直前に雨が降り出したので、慌ててカッパを着ました。雨が激しくなる中地蔵尾根を慎重に下り、行者小屋に着いたのが13時半。ここで雨宿りをしながら昼飯を食べました。14:07に行者小屋を出て美濃戸口に向かい、15:40に美濃戸口に着いたときには雨も上がって日も差し、八ヶ岳連峰もきれいに見えました。

帰りにはかねて名前を知っていた尖石縄文考古館に寄って縄文式土器や土偶の名品を見て、縄文の湯に入って汗を流して帰りました。