みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

岩手 照井謹二郎

2020-08-24 12:00:00 | 甚次郎と賢治
〈『追悼 義農松田甚次郎先生』(吉田六太郎編)、吉田矩彦氏所蔵〉

 では今度は岩手の照井謹二郎の次の「追悼」からである。
   農への道標
    岩手 照井謹二郎
いつもとかはらぬ元氣な先生にお逢ひしたのは七月初めであつた。宮澤様の御宅で晝食を共にし、二十六夜の月を拝んだ敬虔な心境や農繁期に苦労した想ひ出話をきゝながら、短い時間ではあつたが心行くまで楽しく過ごした。病後の私には停車場まで御見送りすることが出来なかつたから 八月末に再會の日を約して 途中まで御一緒して別れを惜しんだ。
どんな多忙の中にあつても帰られると直ぐか或は車中から必ず御便りをいたゞけるのは常であつたのに 此の度は四五日経つても便りがなかつた。日が経つに従つてそれとなしに氣がかりになつてきた。妻もそれを感じてか〝松田先生から御便りがないやうですネ〟と話してゐた。不安の数日を過した後、散歩から帰つてみると先生からの端書があつた。急いで手にしがどことなく胸の騒ぎを覺え幾度も繰返し読んで、頑強そのものに見えた先生を想ひ出しては只くらくなる思ひで一杯であつた。
今となつてはこの御便りは私への最後の便りである。
〝八里の山奥へ村民と雨乞中に中耳炎が起き、それから熱が出まして、すつかり弱りました。この調子では今夏は何の役にも立たない心身です。苦心辛心の夏を過ごします(七月十六日付)〟
六月初旬から雨らしき雨のなかつたこの夏は古老も経験したことがないと話してゐた程の旱天続きで 草木はことごとく喘ぎ果てゐた。「新庄附近も水不足で随分困つてゐます」と先生も嘆かれてゐた。この時にあたつて、おほらかな素直な心になつて八百萬の神のみ前にひれ伏して雨を乞ひ奉る外に業がないと、先生自ら村人と共に八里の山奥に雨乞にでかけたことであつた。愚かなる者から見れば、先生御自身がわざわざ雨乞にでかけられなくても、皇道日本の農業確立のためになさなけらばならない御仕事が山とつまれてゐたではなかつたかと愚痴も出るところだが、この雨乞に率先して参加なされた先生の心根に対して只々首が垂れてくるのである。…投稿者略…先生御生前のお暮しをつぎつぎと想ひ起こしてみれば、全農民の絶大なる指導者である先生がどこまでも凡人(タダビト)として、神への随順・奉仕の輝かしい最後の足跡を遺してお亡くなりになつたことは、そのまゝ次代を擔ふ農民への最大遺訓であると思つてゐる。
             〈『追悼 義農松田甚次郎先生』(吉田六太郎編) 38p〉

 ここで照井謹二郞は、松田甚次郎のことを「全農民の絶大なる指導者である」と讃えているが、ここまでこの追悼集を調べてきた私は、少なくともそれを全否定はできなくなった。しかも、甚次郎が心を許した同志という照井の言だからなおさらだ。
 ちなみに、この照井は御存知のように、かつて「宮沢賢治記念会 理事長」を勤めた人でもあり、例えば安藤玉治は、
 岩手で、もう一人<*1>、松田の心許した同志に花巻の照井謹二郞がいる。…投稿者略…
 彼は、松田が昭和十三年以降、南城組合の短期村塾開設にもかかわり、自らも松田宅におもむき数日滞在して研修をつむなど、親交を重ね、花巻賢治の会を発足させ、全国に賢治の会を拡散させる原動力となるなどの経歴を持つ。
            〈『「賢治精神」の実践』(安藤玉治著、農文協)227p〉
と紹介しているからでもある。
 なお、下掲の写真の左側の人物が、昭和13年の南城新興共働村塾開設時の照井謹二郞である。

           〈『拡がりゆく賢治宇宙』(宮澤賢治イーハトーブ館) 95p〉
 それから、照井は戦後も松田家を訪れているようで、例えば昭和30年頃には「宮沢賢治子どもの会」の子どもは7名を連れて松田家を訪問していたという

<*1:投稿者註> もちろん、もう一人は吉田六太郎である。

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《発売予告》  来たる9月21日に、
『宮沢賢治と高瀬露 ―露は〈聖女〉だった―』(『露草協会』編、ツーワンライフ社、定価(本体価格1,000円+税))

を出版予定。構成は、
Ⅰ 賢治をめぐる女性たち―高瀬露について―            森 義真
Ⅱ「宮沢賢治伝」の再検証㈡―〈悪女〉にされた高瀬露―      上田 哲
Ⅲ 私たちは今問われていないか―賢治と〈悪女〉にされた露―  鈴木 守
の三部作から成る。
             
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