みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

上野久夫「我が青春の一時期」

2020-10-17 12:00:00 | 甚次郎と賢治
〈『寂光「素直な土」』(間宮 一編、松田睦子発行、昭和51年8月4日)吉田矩彦氏所蔵〉

 では今回は、上野久夫の「我が青春の一時期」からである。それは、こんなことが冒頭に書かれて始まるものだった。
 ハワイ攻撃に成功した日本軍は、ABCD包囲陣を突破して、北に南に破竹の勢いで進撃し、同級生や友人のほとんどは、軍隊に入隊した。此のような時に独り取り残された私は、統制経済のきびしい中で、農業をやって居たが、うつうつとして何にかに体ごとぶつけたお衝動にかられていた。満たされないまま村人の反対を押し切って初めて男女合同の演劇を行ったり、錬成会を催したり厳冬の千曲川に友人と飛込んだり、国鉄の丈余雪に連日汗を流して居たある日、農学校の大熊先生に一冊の本を渡された。
 それは松田先生の土に叫ぶであった、いっきに読み終わって、五体に電流が走るような共感と感銘を覚えた。正に土の雄叫であり多感な青年期は行動で表現しなければ居られなかった。
 早速に先生に便りを書き、入塾の許可を得た。積もった雪を踏んで早朝駅に行くと、友人の豊田君と畔上君が居た、私と一緒に山形に行くのだと云う、何の話も聞いて居ない私はびっくりしたが兎に角三人で雪の多い新庄の町に降り立った。
            〈『寂光「素直な土」』(間宮 一編、松田睦子発行、昭和51年8月4日)19p〉
 ところで南雲道雄氏は、
 宮澤賢治を師と仰ぎ、その精神主義的な面を受けついだ活動的な知識青年の悲劇のごときものを右の趣意書にみることができるが、運動開始当初は警察にマークされ、刑事の尾行までついたこの啓蒙運動を、数年後には一挙に「強烈なる皇国精神の発動」まで急旋回させたのは何か。それは松田の農本主義精神が、天皇崇拝に直接結びつくものを最初からはらんでいたけれども、直接的には彼の運動と実践力を利用しようとし、「高松家」より出された「有栖川宮記念更生資金」という餌であった。…(投稿者略)…
 しかし、この松田甚次郎の運動または軌跡は、このまま戦争協力者のものとして捨て去るには惜しい幾つかの試みがあった。
             〈『現代文学の底流――日本農民文学入門』(南雲道雄著、オリジン出版センター)同113p〉
と論じていて、「松田の農本主義精神が、天皇崇拝に直接結びつくものを最初からはらんでいた」という断定が気になるところだがそれはさて措き、今回はこの「戦争協力者」に注目する。
 ここで南雲氏は、甚次郎は「戦争協力者」であったと断定しているわけだが、それは何を根拠にしているのだろうか。もしかすると、前掲の上野久夫の記述内容がその証左の一つになっているのだろうか。つまり、
 「ハワイ攻撃に成功した日本軍は、ABCD包囲陣を突破して、北に南に破竹の勢いで進撃し、同級生や友人のほとんどは、軍隊に入隊した。此のような時に独り取り残された私は、統制経済のきびしい中で、農業をやって居たが、うつうつとして何にかに体ごとぶつけたお衝動にかられていた」青年を、「いっきに読み終わって、五体に電流が走るような共感と感銘を覚えた。正に土の雄叫であり多感な青年期は行動で表現しなければ居られなかった」と奮い起こさせた『土に叫ぶ』
がその証左の一つなのだろうか。
 しかし、上野のこの行動は「戦争協力者としての甚次郎」がなさしめたとまで言えるのだろうか。もしそうであったというのであれば、それは言いがかりだと言えなくもない。もちろん、「このまま戦争協力者のものとして捨て去るには惜しい幾つかの試みがあった」というように、南雲氏は甚次郎のことを全否定しているわけではないから、それは私の曲解かも知れない。が、さてそうなると南雲氏が言うところの「戦争協力者」という断定表現はそもそも一体何を根拠にしているのだろうか。当時の情勢に鑑みれば、甚次郎が「戦争協力者」と決めつけられるのであれば、著名な文化人や知識人も含めて日本国民は大なり小なり「戦争協力者」であったのだから、甚次郎独りだけがそう決めつけられて「惜し」まれるということに、私は違和感を禁じ得ない。もしそうであるならば、それ以上に「惜し」まれる、著名な文化人や知識人がわんさかいると思えるからだ。

 続きへ
前へ 
 “「松田甚次郎の再評価」の目次”へ。
 ”みちのくの山野草”のトップに戻る。

《出版案内》
 この度、『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』(「露草協会」、ツーワンライフ出版、価格(本体価格1,000円+税))

を出版しました。
 本書の購入を希望なさる方は、葉書か電話にて、入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金として当該金額分の切手を送って下さい(送料は無料)。
            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
 なお、岩手県内の書店における店頭販売は10月10日頃から、アマゾンでの取り扱いは10月末頃からとなります。
            
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« アスピーテライン(10/13、紅... | トップ | アスピーテライン(10/13、紅... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

甚次郎と賢治」カテゴリの最新記事