みちのくの山野草

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「まえがき」には

2018-12-11 10:00:00 | 賢治渉猟
《『宮澤賢治』(國分一太郎著、福村書店)》

 では、國分一太郎(こくぶんいちたろう)の『宮澤賢治』の「まえがき」はどうなっているかというと、次のようなことなど、
 ……そこから、さまざまな問題をだし、そのひとつひとつについて考えていきたいと思います。
 そのなかで、わたくしは、宮澤賢治のすぐれているところ<*1>と、宮澤賢治がおくれていたところを、はっきりとさぐりだすつもりです。
 そうすると、わたくしのこの本は、いままでになかったような風がわりな「宮澤賢治」の本になるかもしれません。そのなかには、まちがっているところも出てくるかもしれません。それは、わたくしの勉強のたりないところでしょうから、これからも、よく勉強するつもりです。
             〈『宮澤賢治』(國分一太郎著、福村書店)1p~〉
をまず述べ、賢治の中での優劣をそれぞれ明らかにすることによって、従来のものとは違った本になるかもしれないとその斬新さを述べ、その一方で、もし自説が間違っていたならばその場合には勉強し直したいと謙虚さも示していた。
 しかし國分は続けて、
 けれども、わたくしは、わたくしがこの本でやってみるような宮澤賢治の考えかたが、そろそろ、みなさんのところにとどけられてもよいのではないかという気がします。もし、そうしなければ、宮澤賢治が、わたしたちにのこしてくれたものと、のこしてくれなかったものが、はっきりしないからです。
             〈同2p〉
と述べ、己がこの本において為さんとしていることの自負を示しつつ、それを為さなければ従前の曖昧な点が解消されないままであることを危惧していたと言えそうだ。つまり、國分は戦中の賢治に関する受容の仕方には少なからず問題点があったので、その点を明らかにせねばならないと覚悟して、その決意を匂わせたのだと私は推測したのだった。しかも、そのような危惧が当時他にも少なからずあったということを、國分はこの「はじめに」の最後の方で、「ある文学者」をして、
 宮澤賢治をほんとうに正しく研究することはできないといっています。それに役だつ材料が少ないからだそうです。
と言わしめたのだと、私は勝手に納得した。しかも、折角昭和27年頃に既に國分がそう危惧していたというのに、残念ながらその危惧は平成時代が終わりつつある今に到ってもかなりあるなあと、私はごちた。

<*1:註> 正しくは、この太字部分は傍点が付いている部分だが、このブログではそのような表記ができないので太字にした。これ以降の太字表記も同じことである。

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 賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』

             〈平成30年6月231日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
 その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました
 そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
 現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
 あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
      〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
               電話 0198-24-9813

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