みちのくの山野草

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伊藤新吾「思いのままに」

2020-10-20 12:00:00 | 甚次郎と賢治
〈『寂光「素直な土」』(間宮 一編、松田睦子発行、昭和51年8月4日)吉田矩彦氏所蔵〉

 では今回は、伊藤新吾「思いのままに」からである。そこにはこんなことが綴られていた。
朝日新聞に掲載された有吉佐和子さんの「複合汚染」が問題になっている昨今である。化学肥料だけや、農薬だけに頼る農業に対して、疑問を持って来た昨今である。化学肥料だけで作って来た野菜のまづさをやっと私は気がついた様な気がする。ふくよかなみづみづしいほうれん草の味、それは堆肥や、きゅう肥をつかってこそ得られるものではないだろうか。
先生は堆肥作りを、「土を愛し作物を慈しむ行として行った」と書かれている。そして実行された方である。私共は塾生活を通してそのことを充分に味わって来たはずである。忘れかけていた此の問題をじっくり考え直して見たいものである。
            〈『寂光「素直な土」』(間宮 一編、松田睦子発行、昭和51年8月4日)31p~〉

 さて、松田甚次郎の農法に関しては、例えば以前〝松田甚次郎の農法との違い〟で言及したように、理崎 啓氏は次のように、
 甚次郎は賢治のアドバイスのまま家の土地を借りて小作生活を始めた。まず化学肥料をすべてやめた。お金をかけられないためである。新庄町の知人から人糞をもらって来て、川に捨てられていたゴミを集め、さらに鋸くずをもらい受けて堆肥を作っている
              〈『塔建つるもの-宮沢賢治の信仰』(理崎 啓著、哲山堂)153p〉
と述べている。たしかに理崎氏の指摘通りであり、この稲作農法は当時の松田甚次郎にすれば「お金をかけられないため」であったのであろう。だが結果的には、今の言葉で言えば松田甚次郎の農法は持続可能な農法だったわけであり、理に適っていたと言えそうだし、今となってみれば、めぐりめぐって進取の農法だったと言える。
 もちろん、この農法はまさに伊藤が「忘れかけていた此の問題をじっくり考え直して見たいもの」と振り返っていたものとほぼ同じであろう。そこでこの伊藤の「追悼」を読んで私は、
 賢治は従来の人糞尿や厩肥等が使われる施肥法に代えて、化学肥料を推奨したことにより岩手の農業の発展に頗る寄与したと私は思っていた。ところが話は逆で、賢治の稲作経験は花巻農学校の先生になってからのものであり、豊富な実体験があった上での稲作指導というわけではなかったのだから、経験豊富な農民たちに対して賢治が指導できることは限定的なものであり、食味もよく冷害にも稲熱病にも強いといわれて普及し始めていた陸羽一三二号を推奨することだったとなるだろう。ただし同品種は金肥(化学肥料)に対応〈註八〉して開発された品種だったからそれには金肥が欠かせないので肥料設計までしてやる、というのが賢治の稲作指導法だったということにならざるを得ない。したがって、お金がなければ購入できない金肥を必要とするこの農法は、当時農家の大半を占めていた貧しい小作農や自小作農(『岩手県農業史』(森嘉兵衛監修、岩手県)の297pによれば、当時小作をしていた農家の割合は岩手では6割前後もあった)にとってはもともとふさわしいものではなかったということは当然の帰結である。
              〈『本統の賢治と本当の露』(鈴木 守著、ツーワンライフ出版)70p〉
と述べたことの妥当性を改めて確信した。そして同時に、まさに、斎藤たきちが、「農に立ちむかい、土を育て、村を耕すために全生命を賭して行動した」と語るような松田甚次郎であったのだ、ということもである。

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 この度、『宮沢賢治と高瀬露―露は〈聖女〉だった―』(「露草協会」、ツーワンライフ出版、価格(本体価格1,000円+税))

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            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
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