〈「白花露草」(平成28年8月24日撮影、下根子桜)
ちゑの結婚拒否の真の理由は?
さてそこで改めて振り返ってみると、ちゑの結婚拒否の真の理由が垣間見えてくる。
先に引用したように、ちゑからの森宛書簡には、
この決心はすでに大島でお別れ申し上げた時、あのお方のお帰りになる後ろ姿に向かつて、一人ひそかにお誓ひ申し上げた事(あの頃私の家であの方を私の結婚の対象として問題視してをりました)約丸一日大島の兄の家でご一緒いたしましたが、到底私如き凡人が御生涯の御相手をするにはあんまりあの人は巨き過ぎ、立派でゐらっしゃいました。
<『宮澤賢治と三人の女性』(森荘已池著、人文書房)157pより>と認められているから、ちゑは慇懃にではあるが、賢治との結婚は拒絶したと森に伝えていたことが容易に導かれる。それは、括弧書きの「(あの頃私の家であの方を私の結婚の対象として問題視してをりました)」が如実に語っている。なお以前にも述べたことだが、伊藤家側では賢治との結婚に反対だったということは、私自身も直接その一人から教わっている。
これに関しては以前の私ならば、昭和3年6月の「伊豆大島行」の際に賢治の素振りを見たちゑは、花巻を訪ねての「見合い」は「ぬすみ見」が如き行為だったことに気付いて恥じ、良心の呵責に苛まれて賢治とは結婚をすべきではないとちゑは自分に誓ったという見方をしていて、例えば、
――あの人の白い足ばかりみていて、あと何もお話しませんでした。――
と森に伝えた一言は、まさにそのちゑのいじらしさの現れだと思っていたのだが、どうもそうとばかりも言えなさそうだ。なぜならば、一方は、「盗み見」がごとき行為をしたことに対する良心の呵責がちゑに芽生えて自分は賢治にふさわしくないという論理だったはずだが、こちらの書簡の場合には賢治と結婚しないことの理由は賢治の側にあるという本音の論理を垣間見せているからである。そして、当時セツルメント活動に献身していたちゑの生き方を知ってしまった私からすればこの「本音」は至極当然であったと私には思える。
それは当時の賢治のことを思い起こせばもっと見えてくる。昭和3年6月頃の賢治といえば、佐藤竜一氏も「逃避行」と見ているように、何もかもが上手くゆかなくなってしまって羅須地人協会から逃避するのための上京であったと見ることができるから、自ずからその頃の賢治からは輝きが失せていたであろう。一方のちゑといえば、このような『二葉保育園』に勤めてスラム保育に我が身を擲っていたが、兄七雄の看病のために一時休職、しかし兄は一時回復したので、また復職して貧しい人たちのためにセツルメント活動を実践していた時である。あるいはまた、あの老婆に毎月「五円」を送金し続けていた時でもある。
一方は当時己を見失っていた「高等遊民」の賢治、もう一方は、『二葉保育園』でスラム街の恵まれない子女のための保育に献身していた聖女の如きちゑ。そこにはあまりにも落差がありすぎた。切っ掛けはともあれ、一度は「見合い」をした相手の正体がほぼ見えてしまったちゑからすれば、賢治は自分の価値観とは相容れない人であると見切ってしまったとしてもそれはやむを得なかろう。
だからこそちゑは賢治との見合いについて、「私ヘ××コ詩人とお見合いしたのよ」と冷たく突き放した言葉を深沢紅子に漏らしたと解釈できる。社会的な意識の高かったであろうちゑからすれば、その頃は虚脱状態に近かった賢治が魅力的に見えるはずもなかったからであろうか(逆に、賢治からすればそのような献身的な生き方をしているちゑが素晴らしく見えたということは考えられるが)。
おそらく、ちゑが賢治との結婚を拒絶した真の理由は、スラム街の子女のための保育にひたむきに取り組み、恵まれない人々のために献身する生き方にちゑは価値観を見いだしていたし、それを続けたかったからだ。私はそう理解できたし、納得もできた。それはちょうど、同じような想いで徳永恕が岩手県出身の及川鼎平との離婚を決めたのと同じようにだ。
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賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』
〈平成30年6月231日付『岩手日報』一面〉
を先頃出版いたしましたのでご案内申し上げます。
その約一ヶ月後に、著者の実名「鈴木守」が使われている、個人攻撃ともとれそうな内容の「賢治学会代表理事名の文書」が全学会員に送付されました。
そこで、本当の賢治が明らかにされてしまったので賢治学会は困ってしまい、慌ててこのようなことをしたのではないか、と今話題になっている本です。
現在、岩手県内の書店での店頭販売やアマゾン等でネット販売がなされおりますのでどうぞお買い求め下さい。
あるいは、葉書か電話にて、『本統の賢治と本当の露』を入手したい旨のお申し込みを下記宛にしていただければ、まず本書を郵送いたします。到着後、その代金分として1,620円(本体価格1,500円+税120円、送料無料)分の郵便切手をお送り下さい。
〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
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