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第八章〈悪女伝説〉は全くの捏造(テキスト形式)

2024-03-17 08:00:00 | 濡れ衣を着せられた高瀬露
第八章〈悪女伝説〉は全くの捏造

〈高瀬露は聖女だった〉は妥当な真実
鈴木 よし、これでやっと安堵できた。なお念のために確認しておくけど、「昭和8年」に関しては露に関するこの<仮説:高瀬露は聖女だった>に関連する証言や資料は今のところ見つかっていなはずだから検証作業は不用。また、寶閑小学校勤務以前の露のについても同様だ。
 したがって現時点では、我々が知る限りの反例となりそうな証言や資料によってこの<仮説>が棄却されることは一切なかったから、高瀬露の全生涯にわたってこの〈仮説〉は成り立つこととなった。よって我々としては、『広辞苑』にある((註十五))とおり、これは仮説の域を脱して
 <高瀬露は聖女だった>は一定の限界内で妥当な真理となった。
と言える。
荒木 よっしゃ。これで今後これに対する反例が見つからなければ<高瀬露は聖女だった>は妥当な真実であり、
 理不尽にも何者かによって〈悪女〉にされてきた高瀬露ではあるが、実は真実はそれとは全く逆であり、高瀬露は〈聖女〉だった。
と最終的にも言えることになったわけだ。
 ついにやったぜ!〈悪女伝説〉は全くの捏造であり、俺たちのこの<仮説>は雛になるどころか、とうとう空をも翔べるのだ。
鈴木 よかったな荒木、何と念願がついに叶ってしまったではないか。
吉田 やはり、おかしいと思ったことは放っておかずに、その疑問に対して果敢に挑戦してみるもんだな。まして、不条理なことの場合にはなおさらにだ。
鈴木 さてここでざっと振り返ってみれば、菊池映一氏等が露のことを『「右の手の為す所左の手之知るべからず」というキリストの言葉を心深く体していたような地味で控えめな人』と褒め称えているように、遠野時代の露は<聖女>そのものであることをまず知った。
吉田 それは、実証的な裏付けがなされた上田哲の論文「「宮沢賢治伝」の再検証㈡」を読めばさらに明らかなことだ。
鈴木 またそのことは、私が会った露の同僚佐藤誠輔氏や教え子のA氏等の証言からも言えるし、「宮澤賢治の會」の機関誌『イーハトーヴォ』に載った露の短歌からもくみ取れる。
荒木 そこで、そのような露であれば花巻時代の露だってそうだったと考えるのが自然であり、<仮説:高瀬露は聖女だった>を立てて花巻時代の露を検証してみたところ、この<仮説>を棄却する必要など全くないことも明らかにできた。
 なお一方で、「現通説の<悪女伝説>」の元になっている証言や資料はその全てが皆危ういものばかりであった。
吉田 よって、露の全生涯を通してみれば、露は<聖女>であったと言ってよいし、まして、花巻時代の露はもちろん〈悪女〉でもなんでもない。
 おのずから、巷間言われている<露悪女伝説>は悪意ある何者かの手によって意図的に広められた、全くの捏造であったということをあぶり出せた。まあ、その背景を詮索することは今回の目的ではないから今後の課題としておくとしても。
荒木 さて、これで俺としては露の濡れ衣を多少は晴らせたような気がしてとても嬉しいのだが、二人はどうだ。
吉田 たぶん露さん、今頃特に荒木に感謝していると思うよ。なにしろ、荒木の情熱と粘りがなければ、僕ら二人だけではここまでは踏ん張れなかったのだから。
鈴木 併せて、露は<悪女>等ではないということを公的にはおそらく初めて主張した上田哲や tsumekusa 氏そして佐藤誠輔氏に我々は敬意を払い、感謝をせねばならんな。
荒木 よし、これでやっと俺の高瀬露のイメージが完成した。
鈴木 ?
吉田 ??
荒木 これで、少なくとも露は聖女の如き人だったということは示せたから、それは「聖女の如き高瀬露」だ。
鈴木 そうか、私も似たようなイメージを持っていて、露が
  君逝きて七度迎ふるこの冬は早池の峯に思ひこそ積め
と詠んだ、早池峰山に咲く気高い「早池峰薄雪草」だな。
吉田 まさしく露は「Edelweiß」そのもの、誇り高き女性だ。そういう意味では、伊藤ちゑもまた同様にだ。

 賢治からのメッセージ
鈴木 実は最近、地元のある先輩から『賢治の伝記について言及することは歓迎されないことであり、不可侵の対象なのだ』と言われた。知ってはいたつもりだったが、やはりそういうことなんだよなと、ちょっとショックだった。
吉田 確かにその実態は否定しきれないな。でもそれは、逆に言えばそろそろ総体的に宮澤賢治を見直すべき時機がやって来ているということだよ。
荒木 つまり、この状態が今後も続くことは大いに問題だということべ。とりわけ、この<悪女伝説>がこのまま永遠に語り継がれたり、あげく活字となって再生産が続けられたりするということだけは絶対許されないことだ。百歩譲って、仮に賢治が「聖人君子」にされることはあったとしても、そのあおりを受けて、全くそうとは言えない一人の女性がとんでもない<悪女>にでっち上げられていることは許されるべきことではない。
吉田 ところが現実には昨今でも相変わらずその伝説の再生産が「賢治研究家」によって為されている。そして、ほとんどの賢治研究家はこの重大な過誤・瑕疵をただただ傍観・座視しているだけだ。
 だから、このような状態を天上の賢治は憂えているはずだ。賢治は露からいろいろと教わったり、世話になったりしていたのだから、少なくともある一時期二人の間にはよい関係が続いていたことは明らか。そのような女性がこのような扱いを受け続けていることに対してさぞかし賢治は忸怩たる想いでいると思う。
荒木 然り。このような状態のままに今まで放置されてきたことこそが、宮澤賢治生誕百年も疾うに過ぎた平成17年そして平成19年になっても相変わらず先のような再生産の著作をそれぞれ世に出さしめたとも言えるべ。
吉田 だからもうそろそろ、著名な賢治研究家の誰かがこの現状を改めてる嚆矢を放ってほしいものだ。人間亡くなって百年経てば評価が定まるということだから、賢治を見直す期間はもはや20年を切ってしまったとも言える。このまま放っておくととんでもないことになってしまう。それは、実は賢治を貶めているのと同じことになるからだ。
荒木 うっ? なぜ貶めることになるんだ。
吉田 そりゃあ、巷間言われてる「賢治像」はあまりにも真実からほど遠いからだよ。そもそも「真実は隠せない」はずで、真実は隠すべきものでもなければ、何時までも隠しおおせるものでもない。
荒木 そうだよな、「創られた賢治」「創られた賢治像」なんて天上の賢治自身が到底喜ぶはずないか。
鈴木 それに関してなんだが、以前に引用した
 二階には先客がひとりおりました。その先客は、Tさんという婦人の客でした。そこで四人で、レコードを聞きました。リムスキー・コルサコフや、チャイコフスキーの曲をかけますと、ロシア人は、「おお、国の人――」
と、とても感動しました。レコードが終わると、Tさんがオルガンをひいて、ロシア人はハミングで賛美歌を歌いました。メロデーとオルガンがよく合うその不思議な調べを兄と私は、じっと聞いていました。
<『宮沢賢治の肖像』(森荘已池著、津軽書房)235p~より>
という清六が伝えるエピソードは、実は、一刻も早く露を救い出してほしいという天上の賢治からのメッセージではなかろうかと今気付いた。
荒木 そっか、
 こんなよい関係が私(賢治)と露さんとの間にあったのだし、それを弟の清六もちゃんと証言しているじゃないか。なのに、なんでそのような露さんのことを皆は一方的に悪し様に言うのだ。
と賢治は俺たちに諭そうとしている、そのためのこれがメッセージというわけか。
吉田 おおいいね。この賢治からのメッセージを正しく受けとめ、謂われ無き中傷を受け続けてきてしかもいまだ受け続けている露のことを一刻も早く救い出すような賢治研究家が、上田哲の遺志を継ぐ賢治伝記研究家が早く出でよ、と賢治は希願しているというわけだ。

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 ある著名な賢治研究者が私(鈴木守)の研究に関して、私の性格がおかしい(偏屈という意味?)から、その研究結果を受け容れがたいと言っているという。まあ、人間的に至らない点が多々あるはずの私だからおかしいかも知れないが、研究内容やその結果と私の性格とは関係がないはずである。
 おかしいと仰るのであれば、そもそも、私の研究は基本的には「仮説検証型」研究ですから、たったこれだけで十分です。私の検証結果に対してこのような反例があると、たった一つの反例を突きつけていただけば、私は素直に引き下がります。間違っていましたと。
 一方で、私は自分の研究結果には多少自信がないわけでもない。それは、石井洋二郎氏が鳴らす、
 あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること
という警鐘、つまり研究の基本を常に心掛けているつもりだからである。そしてまたそれは自恃ともなっている。
 そして実際、従前の定説や通説に鑑みれば、荒唐無稽だと言われそうな私の研究結果について、入沢康夫氏や大内秀明氏そして森義真氏からの支持もあるので、なおさらにである。

【新刊案内】
 そのようなことも訴えたいと願って著したのが『このままでいいのですか 『校本宮澤賢治全集』の杜撰』(鈴木 守著、録繙堂出版、1,000円(税込み))

であり、その目次は下掲のとおりである。

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            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守  ☎ 0198-24-9813
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