《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》
以前、ある座談会で作家T氏が、 それは農民なんかずるいのを知っているわけよ。田舎の人だから。
<『太陽 5月号 No.156』(平凡社、1976年4月発行)94pより>という発言をしていたということ私(投稿者)は知って愕然とした、という意味のことを投稿したことがある。しかも、
特集対談「雨ニモマケズ」
と題した特集の中にこのような一言が堂々と活字になって雑誌『太陽』上で公にされていることに、私は失望とやりきれなさとを感じたものだ。そして、はたしてこのようなことを賢治が知ったらなんと言うのだろうか、とも。
ところがこの度、偶々色川大吉氏の『近代の光と闇』を読んでいたならば、
この日本の百姓の狡さ、狭さ、古さ、愚かさ、これは賢治の壁ですね。賢治がぶつかった壁でもあるのですよ。
とか、 百姓は考えが狭くて、弱くて、狡くて、自分本位で、虚仮だからこそ、ズッコケないように互いに支え合った。
<『近代の光と闇』(色川大吉著、日本経済評論社、平成25年)12pより>という記述(色川氏の発言)があって、ああまたしてもと私は怒りを通り越して悲しくなってしまった。このように「百姓」のことを、賢治が「本統の百姓になって」と言った「百姓」のことをみそくそに貶している色川氏の発言が「歴史家の見た宮沢賢治の光と闇」と題した論考に登場しているからである。もしこの発言をそれこそ「百姓」が知ったならば何と思い、どう感じるだろうかということは、ちょっとした想像力があれば容易に分かることのはずなのに。
先の作家T氏の発言であれば1976年当時のものだから、それ程人権思想が浸透していなかったであろうから措くとしても、このように「百姓」のことをとことん馬鹿にしている、「百姓」の人権に関わるとんでもない発言が、人権思想が浸透している平成25年の今、ためらいもなく堂々と公にされ、しかも宮沢賢治関連の論考の中に戸惑いもなく活字にされていたのである。私は、怒りを通り越して、悲嘆するしかなかった。
一方で同氏は前掲書で、
なぜ宮沢賢治ほどの善意な人の呼びかけに応えなかったのか。当時の地元の農民は賢治に非常に冷たくしたわけでしょう。
<同10pより>と語っているが、「歴史家の見た宮沢賢治の光と闇」と題した論考だから、同氏はこのことを検証した上で当然論じているのだろうと私は思うのだが、少なくとも私が検証した限りにおいては、「宮沢賢治ほどの善意な人」とまでは決して言いきれない。また、「地元の農民は賢治に非常に冷たくした」ということだけ断じて、一方の賢治が「農民蔑視があった」ということを同時に論じていないということは不公平であり、はたして歴史家の論考としては如何なものだろうか。もし、「百姓」が色川氏のいうような属性を有するものであったとするならば、賢治が当時詠んだ次の詩、
七三五 饗宴 一九二六、九、三、
一〇一二 〔甲助 今朝まだくらぁに〕 一九二七、三、二一、
一〇五六 〔秘事念仏の大元締が〕 一九二七、五、七、
一〇三五 〔えい木偶のぼう〕 一九二七、四、十一、
をよく味わっていただきたい。これらの詩からは、残念ながら、農民に対する蔑視と僻みともいえる認識が賢治にあったことを否定できない。だから百歩譲ったとして、「どっちもどっち」である。
したがって、「百姓」だけを一方的に貶し、賢治のことは始めっから「宮沢賢治ほどの善意な人」と良心的に決めつけていたのでは、不公平である。当然、歴史的な見方とも言えないことになるのではなかろうか。
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《鈴木 守著作案内》
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