みちのくの山野草

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『本統の賢治と本当の露』(112~115p)

2021-01-02 12:00:00 | 本統の賢治と本当の露
〈『本統の賢治と本当の露』(鈴木守著、ツーワンライフ出版、定価(本体価格1,500円+税)〉




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だん出入りするやうになつたのです。
 來れば、どこの女性でもするやうに、その邊を掃除したり汚れ物を片付けたりしてくれるので、賢治さんも、これは便利と有難がつて、
「この頃美しい會員が來て、いろいろ片付けてくれるのでとても助かるよ。」
 と、集つてくる男の人達にいひました。  〈『宮澤賢治』(佐藤隆房著、冨山房、昭和17年)175p~〉
と『宮澤賢治』で述べているからだ。さらに、宮澤賢治の弟清六も、
 白系ロシア人のパン屋が、花巻にきたことがあります。…(筆者略)…兄の所へいっしょにゆきました。兄はそのとき、二階にいました。…(筆者略)…二階には先客がひとりおりました。その先客は、Tさんという婦人の客でした。そこで四人で、レコードを聞きました。…(筆者略)…。レコードが終ると、Tさんがオルガンをひいて、ロシア人はハミングで讃美歌を歌いました。メロデーとオルガンがよく合うその不思議な調べを兄と私は、じっと聞いていました。    〈『宮沢賢治の肖像』(森荘已池著、津軽書房)236p〉
と追想している。そして、下根子桜の宮澤家別宅に出入りしていてオルガンで讃美歌が弾けるイニシャルTの女性といえば高瀬露がいるし、露以外に当て嵌まる女性はいないから、「Tさん」とは高瀬露であることが判る。したがって、賢治はある時、下根子桜の宮澤家の別宅に露を招き入れて二人きりで二階にいた、と清六は実質的に証言していたということになるからだ。あるいはまた、
 宮沢清六の話では、この歌は賢治から教わったもの、賢治は高瀬露から教えられたとのこと。
〈『新校本宮澤賢治全集第六巻詩Ⅴ校異篇』(筑摩書房)225p〉
という訳で、賢治は露から歌(讃美歌)を教わっていたということも弟が証言していたことになるからだ。
 つまりこれらの証言から、露はしばしば下根子桜の宮澤家別宅を訪れており、賢治は露にいろいろと助けてもらっていたこと、露とはオープンで親密なよい関係にあったということが少なくとも導かれる。
 一方で露本人は、
   君逝きて七度迎ふるこの冬は早池の峯に思ひこそ積め
師の君をしのび來りてこの一日心ゆくまで歌ふ語りぬ
というような、崇敬の念を抱きながら亡き賢治を偲ぶ歌を折に触れて詠んでいたことを『イーハトーヴォ第四號』(菊池暁輝編輯、宮澤賢治の會、昭和15年)等によって知ることができる。そしてもう一つ大事なことがあり、露は19歳の時に洗礼を受け、遠野に嫁ぐまでの11年間は花巻バプテスト教会に通い、結婚相手は神職であったのだが、夫が亡くなって後の昭和26年に遠野カトリック教会で洗礼を受け直し、50年の長きにわたって信仰生涯を歩み通した(雑賀信行著『宮沢賢治とクリスチャン花巻編』(雑賀編集工房)143p~)クリスチャンであったという。
 したがってこれらのことから常識的に判断すれば、巷間流布している〈露悪女伝説〉はあやかしである蓋然性がかなり高い。まして、第一章の〝2.「賢治神話」検証七点〟で明らかにしたように、「賢治年譜」や「定説」等で常識的におかしいものを検証してみるとやはり皆ほぼおかしかったからなおさらにだ。
 ところがあにはからんや、山下聖美氏は、
 感情をむき出しにし、おせっかいと言えるほど積極的に賢治を求めた高瀬露について、賢治研究者や伝記作者たちは手きびしい言及を多く残している。失恋後は賢治の悪口を言って回ったひどい女、ひとり相撲の恋愛を認識できなかったバカ女、感情をあらわにし過ぎた異常者、勘違いおせっかい女……。
とか、あるいは澤村修治氏は、
 無邪気なまでに熱情が解放されていた。露は賢治がまだ床の中にいる早朝にもやってきた。夜分にも来た。一日に何度も来ることがあった。露の行動は今風にいえば、ややストーカー性を帯びてきたといってもよい。
とかなり辛辣なことを、それぞれの著書『賢治文学「呪い」の構造』(平成19年、59p)、『宮澤賢治と幻の恋人』(平成22年、145p)の中で述べているという現実が昨今でもある。
 はてさて、先の清六の証言内容等とは正反対とも言える、露の人格を貶め、尊厳を傷つけているとしか思えないようなこれらの記述の典拠は一体何であったのであろうか。

 2.風聞や虚構の可能性
 そこで私は、関連する論考等を早速探し廻ったのだが、この〈悪女伝説〉に関して真正面から学究的に取り組んでいる賢治研究家の論考等はほぼ皆無なようで、やっと見つかったのが当時七尾短大教授だった上田哲の論文「「宮沢賢治伝」の再検証㈡―〈悪女〉にされた高瀬露―」(『七尾論叢11号』所収)である。そこでは上田は、
 露の〈悪女〉ぶりについては、戦前から多くの人々に興味的に受けとめられ確かな事実の如く流布し語り継がれてきた。…(筆者略)…この話はかなり歪められて伝わっており、不思議なことに、多くの人は、これらの話を何らの検証もせず、高瀬側の言い分は聞かず一方的な情報のみを受け容れ、いわば欠席裁判的に彼女を悪女と断罪しているのである。 〈『七尾論叢11号』(七尾短期大学、平成8年)89p〉
とその経緯と実情を紹介し、
 高瀬露と賢治のかかわりについて再検証の拙論を書くに当たってまず森荘已池『宮沢賢治と三人の女性』(一九四九年(昭和24年)一月二五日 人文書房刊)を資料として使うことにする。…(筆者略)…一九四九年以降の高瀬露と賢治について述べた文篇はほとんどこの森の本を下敷にしており……〈同89p〉
と断定していた。やはりそうかとは思ったものの、ここは自分で確認する必要がある。
 そこでその「文篇」を渉猟してみたところ、「一方的な情報」とは上田の指摘どおり確かに『宮澤賢治と三人の女性』であった。その後はこれを「下敷」として、儀府成一が『宮沢賢治その愛と性』(芸術生活社、昭47)を著し、読むに堪えないような表現をも弄しながらその拡大再生産をしていたし、前に引用したようなかなり辛辣な表現を用いた著作が何度か再生産されていた。しかも、やはり誰一人として確と検証等をしたとは考えられぬものばかりがだ。こうなったら乗りかかった船、私もこの〈悪女伝説〉を検証せねばならないだろう。というのは、上田の同論文は実は未完だったからだ。
 ついては、上田が「下敷」と称しているところの森荘已池著『宮澤賢治と三人の女性』をまず精読してみたところ、常識的に考えておかしいと感ずるところがいくつか見つかった。
 それは例えば、

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           〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
                      電話 0198-24-9813
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