簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

品川宿(東海道歩き旅・武蔵の国)

2017-06-02 | Weblog



 東京ディズニーランドが出来てまだ間のない頃、そこで終日遊んだあと、子供たち
を連れ泊まった宿がこの駅前に有った高輪プリンスホテルである。



 当時のことは早や記憶も薄らいで何となく思い浮かぶ程度だが、周囲には随分と
高層ビルが増え、街がきれいになり、ホテルも建て替わっているようで、そんな変貌
し過ぎた姿にはあまり懐かしさも感じられない。



 八ツ山橋を越え、山手線、東海道新幹線、京急線を越えれば、品川宿である。
東海道の玄関口最初の宿場として栄えた宿内には本陣1軒、脇本陣2軒、旅篭93
軒、家屋1600軒、人口7000人の規模を誇り、飯盛り女も多く抱えていた。



 宿は八ツ山口が入り口で目黒川までの間が徒歩新宿・北品川宿、そこから青物
横丁・鮫洲の辺りまでが南品川宿で、全長2.4キロにも及ぶ大宿場町であった。



 当時の人々は旅立つ人を見送るのも、江戸に入る人を出迎えるのもこの宿であっ
た。付近には桜の御殿山、モミジの海晏寺、品川神社や荏原神社、品川寺などの社
寺も多く遊興地として、また出会いと別れの場としても相当な賑わいを見せていたと
言う。



 街道筋には当時を彷彿させる古い建物は残されてはいないが、本陣跡や幕末の
遺跡などには、サインも立てられ往時を偲ばせる松の木も何本か植えられている。
電線が地中化された通りの幅は、ほぼ当時とは変わらないそうだ。
そんな通りはビッチリと隙間もなく現代のお店が軒を連ね、人や車の行き来が多い
商店街になっている。(続)



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