今切りの渡しの舟を降り、関所の取り調べをどうにか切り抜けて大御
門を出れば枡形広場が有り、そこには高札が立っている。そこを抜けれ
ばようやく新居の宿である。
今日なら舞阪宿を出て渡船場から北に向かい、弁天橋、中浜名橋、西
浜名橋を渡り、JRの新居町駅までは凡そ5㎞、そこからおよそ700m
で関所である。
かつては「荒井」とも「荒堰」とも呼ばれていた。
広重の描く「東海道五十三次之の図」でも、当地を描いた渡舟ノ図には
「荒井」と書かれている。
本陣は3軒、旅籠の数26軒、戸数は797軒あり、人口3,474人と言うか
らさほど大きな宿場町ではない。
関所近くには、髪結いの店も多く立地していたという。
関所の女改めは、殊の外厳しく、髪をほどいてその中まで調べていたよ
うで、改めを受けた女達の髪を結い直したとも言われている。
あの弥次さん喜多さんは関所を抜けると「あらいの駅に支度ととのえ、
名物のかばやきに腹ふくらし休みゐたる」と、名物のウナギの蒲焼きを
食べている。
浜名湖では天然のウナギが、充分に水揚げされていたのであろう。
今も昔もウナギが当地の名物であることに変わりが無いようだ。
一昔前頃はこの辺りでは、鉄道の車窓からもウナギを養殖する大小の
人工池を目にしたものだが、近頃ではめっきり減ってしまい、殆ど目に
することはない。
とは言え多くの旅人も名物や酒などで、無事越えられたことを祝った
と言うからあやかりたいところだ。
しかし生憎名物のウナギ店や「新居名物あとひき煎餅」(あと引き製菓)、
「銘菓うず巻」(卯月園)等の店はどこも営業時間前である。(続)
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