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簾 満月「バスの助手席」

歩き旅や鉄道旅行のこと
そして遊び、生活のこと
見たまま、聞いたまま、
食べたまま、書いてます。

鉄砲宿(東海道歩き旅・相模の国)

2018-05-02 | Weblog

 「大坂」の長い上り坂は、歩くには結構つらい物が有るが、街道は分離帯に
松並木(と言っていいのか、いろいろな木も交じっている)が有り、歩道にも
花々が植えられ、旧跡のサインなども多いので、きついけどゆっくりと歩けば
それなりに楽しい道でもある。



 吹上交差点の手前に「お軽勘平戸塚山中道行の場」の碑が立っている。
『仮名手本忠臣蔵』の演目にちなむ碑らしいが、二人の名前は知っている程度で、
その内容を良くは分からない。



 その先に浅間神社があり、その反対側に原宿一里塚跡がある。
歩いて行くと途中に「鉄砲宿」と言うバス停があり、その一風変わった地名に
好奇心が頭をもたげてきた。



 『昔このあたりに住んでいた長者が、蔵に住み着いた大蛇を水神様のお使いと
して「おはん」と名付け大層かわいがっていた。
ところが長者が没落し、十分に餌を貰えなくなったので大蛇は近くの池に身を隠
すものの空腹に耐えかねて池のほとりを歩く人の影を食べて飢えをしのいでいた。
ところが影を食べられ人はだんだん弱ってしまうので、大蛇を退治しょうと言うこ
とになったが、鉄砲を見ると大蛇は深く池底に沈んでしまい退治することが出来な
かった。



 そこで村人は一計を案じ鉄砲の上手い猟師に頼み、池で「おはん」と名を呼ぶと、
長者が餌を持ってきてくれたと思い姿を現したところを打ち殺されてしまった。
その後その猟師が住みついたところを鉄砲宿と呼ぶようになった。』(説明文より)



 その池は影取池と呼ばれていたが、埋め立てられ今はなく、地名にだけ残され
ている。その影取町で国道と別れ、遊行寺坂を下れば東海道6番目の宿場町・藤沢
はすぐそこである。(続)



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