So many stars

ヴォーカル(おやすみ中)、音楽講師、トウリーダーなどなど😊❤️

今日のこと

2012年10月31日 | 日記・エッセイ・コラム

文章を書くのが楽しい。

ほんっとにどうってことない日常の、どうでもいい日記を書くだけなんだけれど、

なぜか好き

誰も読まなくても、たぶん書くことで整理がつくのだろうと思ってる。

文章の書き方 (岩波新書) 文章の書き方 (岩波新書)
価格:¥ 840(税込)
発売日:1994-03-22

こういうの、胸をときめかせながら読んでみたりしてます

まえがきからもう好き。

” 自分の心に向き合うことが難しいように、自分の文章に向き合い、
自分の文章ににじみ出る邪心をみつめるのも難しい。
いい文章を書くための道には、果てがありません。"

さらに

”自分の文章の拙さ、思いの浅さにのたうちまわってくやむこともあるでしょう。”

うんうん そのとおりだわ。

しかし!

”幸いにも、「いい文章」を書くための道は、果てしないが、つづいているのです。
そしてその道を地道に歩きつづけるものだけが、
それなりの果実を手にすることができるのではないでしょうか。”

「文章」をいろんなものに置き換えてもいいよね。

と思った。

「”それなりの”果実」というのがまたいい。

それなり、自分なりで良いわ~

と、ここでやめておきたいけれど。

私には今日ざんげしなければならないことがある。

とっーても腹を立てたの。つまらないことで。

ケータイの充電器が壊れて、新しいのを買いに行きました。

そしたら、混んでて20分以上待った。

たったそれだけのことなんだけど、なんだかとっても腹が立っちゃって。

お店の人が悪いわけではない。

申し訳なかったけど、商品を確認するのにあと10分近くかかるといわれて

「そんなに待てません。」と言ってやった。

しかも、思いきり感じ悪く。

なんか、ケータイに対するネガティブな気持ちが一気にわいて出てきてしまったんです。

なんでこんなケータイごときに、しかも充電器を買うだけのことで

こんなに待って、時間をとられて、イライラしなきゃならないんだろう。

ケータイに振り回されてるみたいで、もうほんと捨てちゃおうかとも思った。

昔はケータイなんかなかったのよね。

それなのに、いつのまにか生活の中心に入り込んできて

すんごく振り回されて、ケータイ代も高くなって、、、、。

こんなことしてる間に、もっとやりたいことあるのに。

人間てなんてせつないの・・・と思いながら帰ってきました

ケータイのばかばか。

でも、ないと生活できない。。。


Alone セロニアス・モンク

2012年10月30日 | 日記・エッセイ・コラム

この前、ふらりと入ってしまった古本酒場がとっても居心地良かったのは

そこらじゅうに並んでるエッセイだとか料理やお酒の本だとか

とにかく味のある古本のせいだったけど

何割かは、優しい音量でかかっていた音楽のせいだったとも思う

終わりまで聴いていた。

タイトル聴いて調べたら2枚組だったので、結構長い時間聴いてたことになる。

「アローン」

セロニアス・モンクのピアノソロアルバム。

お店では聴き入ってたけど、うちのCD棚には、モンクは一枚もないのです。

Monk Alone: The Complete Solo Studio Recordings of Thelonious Monk 1962-1968

Alone: The Complete Solo Studio Recordings of Thelonious Monk 1962-1968
価格:¥ 1,490(税込)
発売日:1998-06-09

知っているメロディなのに、とても神聖な気持ちになる。

こんな音を創り出すモンクって、どんな人なのだろう。

Thelonious Monk(1917/10/10 ~1982/2/17)

その昔、ボロボロになるまで読んだマイルス・デイヴィスの「自叙伝」、もう一度よく読みなおしてみました

NYのジュリアード音楽院2年分で学ぶべきことをジャズクラブ「ミントンズ」では一晩で教わったというマイルス。

その「ミントンズ」で演奏していたのが、セロニアス・モンク。

―身長188cm、体重91kg
―真面目なミュージシャンだった。
―静かな男だった。
―批評家は誰もモンクのことを理解していなかったんだ。
―作曲で革命を起こした。
―(レコーディングのときにケンカしたという噂を否定して)俺が1週間モンクの足を踏み続けたとしても、ケンカにはならなかっただろう。
―モンクに52丁目の誰よりも音楽を教えてもらったんだ。
―雄牛みたいに強かったが、モンクは優しく静かで美しい男だった。

この自叙伝では、人を形容するときにマイルスはたびたび「美しい」という言葉を用います。

もちろん姿かたちのことではなく、音楽、人柄、存在

ひいては魂ということでしょうか。

マイルス・デイヴィスをして「美しい男だった」と言わしめたセロニアス・モンク。

よく「一人でお酒飲んだりするのやめなさい」と

家族や優しい友人から注意されるけど

このモンクのソロには、こちらもソロで向かいたい…

という気持ちがします。


雨の午後

2012年10月29日 | 日記・エッセイ・コラム

ここ数ヶ月間、試行錯誤、自分を見直し、また一からやり直し、、、などの繰り返し。

めずらしく立ち止まったり振り返ったり。

方々へ不義理とご無沙汰をしていました (あ、現在形。しています。)

ライブ活動もとても愛しているけど、またクラシックコンサートをやりたくて。

来月は願望が少し叶って、荻窪音楽祭のちょこっと出番と、品川クラシック音楽協会のコンサートがあります

で、昨日のリハでめでたく曲も決まった。

そして今日は雨

加えて、まとまった時間がある

となったら、行くところは一つだけ。

シャルダン展だ~

と三菱一号館美術館へ。

実は3回目なんです()行き過ぎて嫌いになったらどうしよう~~とそれだけが心配。

展覧会というものがそうなのか、シャルダンの絵がそうさせるのか、

会場歩いてると瞑想的な気分(瞑想したことないけども)になって、

心から落ち着く。

自分にも、一つくらいこういう拠りどころがあってもいいんじゃないかななんて思う。

毎回いろんな発見、自分に対しても、音楽をやってくことについてもたくさん気づきを与えてもらえるので、

今の私にはとても大事な場所です

ところで、美術館というのは、幻聴が聞こえてくるところですよ。知らなかったけど。

そのときそのとき聞こえることをメモしながら歩くのが好きなのです

メモの内容は・・・暑苦しすぎてとてもお見せできない。

で、ですね。

ちょっと不思議なことがあるのですが、、、

常識だったらどうしよう。。。

びくびくしながら告白しますと、

いつもボールペン出してノートに一心不乱に書き付けてると

決まってお姉さんが近寄ってきて

こちらをお使いくださいと優しく鉛筆を手渡してくれるの。

あ、ありがとうございますと受け取るんだけど、なんでなんだろう~~と心の中は???だらけです!!

聞きたいけど、たて突いてるみたいで感じが悪くなってしまうし。

でもとっても理由が知りたーい。

と悶々としています

あたしみたいにおっちょこちょいな人が、間違ってボールペン持ったまま転んで

絵になんか描いちゃったりするかもしれないから??

かな。

今のところそれしか考えつかないわ。

下の写真は、今日とっても幻聴をうけとった絵。

「食前の祈り」。

それからシャルダンじゃないけど、「グランブーケ」

の絵葉書。

あと、心底大好きなのは

いつ見ても安心感のある美しさが詰まった、晩年の果物の静物画の展示室。

別称、「果物部屋」。

美しい。

美しいものにはパワーがある


紅茶とプロポリス

2012年10月28日 | 日記・エッセイ・コラム

油断した。

朝起きたらのどが痛くなってて

急いでプロポリス原液攻撃&スパイス紅茶を。

先日おみやげにもらった紅茶がよく効きました

おいしい紅茶っておいしいのね~

実は、

先週フラメンコをみたとき、あんまり感動しすぎて上着をお店に忘れてきてしまった。

で、電車にのってとりにいった。高円寺まで

そしたら!高円寺って結構古本やさんが多くて、

探してる本があったのでついついうろうろ。

最終的には、古本酒場まで足をのばし、なんか頼まないと悪いかなと思って一杯のつもりが、

近くにいたカップルのお兄さんお姉さんと気があってしまい

まさかの二次会へ。。。

すっかり風邪は治った

でも、本はまだ見つからず

カップルのお兄さんとお姉さんにビール分けてもらい、

せめてお礼にと、持っていたシャルダン展の割引券を差し上げた。

すると、お店のお姉さんが「わたし行ったの~!でも休館日だったの。」といっていました。

おっ。今日二人目この発言。

昼間荻窪音楽祭のリハーサルをした、ピアニストの岩淵さんも同じこと言ってた。

ポスターみていいなと思って行ったら、休館日だったって

やっぱりあのポスターは、心惹かれるんだなぁ。

でも、なんでみんな調べてから行かないの。


Yo no busca; yo encuentro.

2012年10月24日 | 日記・エッセイ・コラム

スペイン語とお友達になろうと思って、手帳だけスペイン語でつけ始めました

曜日とか、誰にメールするとか、どこへ行くとか、ほんのちょっとした単語だけ。

この手帳のシリーズとっても楽しいです。

英語で手帳をつけてみる 英語で手帳をつけてみる
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ドイツ語で手帳をつけてみる ドイツ語で手帳をつけてみる
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イタリア語で手帳ををつけてみる イタリア語で手帳ををつけてみる
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2010-12-22
中国語で手帳をつけてみる 中国語で手帳をつけてみる
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発売日:2010-12-22
フランス語で手帳をつけてみる フランス語で手帳をつけてみる
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2010-12-22
中途半端な語学遍歴は、

中高の英語、19歳くらいからイタリア語、軽くドイツ語(きれいに忘れた)、

20代前半にフランス語が加わり、その後しばし英語回帰、そして近年ポルトガル語。

どれか一つでもペラペラだったらいいのに。。。と思わずにはいられない

お金も時間もかけたのに。

中途半端というのは、私のコンプレックスの筆頭です。

もしハタチに戻れるなら、どれか1つちゃんとやって、外国語を習得する喜びを味わってみたい

まぁそれはさておき、スペイン語。

これは、きっぱり手帳の中だけのおつきあい。

ちょっとかじるというこのクセのおかげで、意外と単語の意味がすんなり入ってきます。

これは、今朝心に留まったスペイン語の言葉。

Yo no buscar ; yo encuentro.

あのピカソの言葉だそうです。

「探すのではなく、出会うのだ。」

うん、実感とともに納得。

出会うための余地を自分に空けておくと、探し求めずとも出会ってしまうものだわ

中途半端はこの先の人生で挽回していきたいけど、

とりあえずいろんな言葉に触れるとそれぞれに対する苦手意識が少し減ることは確かです。

たとえば、
アルファベットついてるにょろにょろとか、「^」 ←こういうのとか、頼んでもいない子音とか

そういうのみて、「ムリ!」って思っちゃうのと

「完璧じゃないかもだけどちょっとなら分かるかも・・・」という気がしてくるのは

大きな違いだと最近気づきました

ボーダレスな心持ちになれます。(いい加減ともいう??)でも、地球人に近づいたみたいでうれしい

この手帳シリーズ、

アラビア語とか、ヒンディ語とか、チェコ語なんてのがあったらもっと嬉しい