後半のリオでは、
Bip Bipのホーダ・ジ・ボサノヴァへ行ったり、
イパネマのアパートからコパカバーナのホテルへ移ったり、
ライブを聴いたり、地下鉄であちこち出かけたりしてました。
Bip、大盛況でした。
コパカバーナはイパネマより庶民的な感じ。
それから、ライブは3つだけ。
どのバンドも何曲かはJobimをやってました。
偶然なのか、短いリオ滞在中に一番たくさん聴いたのはなぜか「Mas que nada」。
リオで聴くのは、2拍目にあの独特の重みがある優雅なノリが気持ちよく、おぉやっぱりリオの音楽だな~と思いました。
けど、ショーロとか古き良い感じのサンバを聴きたかった。
リオなら日常的にやっているのかと思ってしまったけど、そうでもなかったみたい。
楽器も買おうと思ってたけど、それほど心を動かされるものがなくてやめときました。
CDは、なかなか手に入らなかったクララ・ヌネスがたくさんあって嬉しくなりました。
地下鉄で30分くらいのところに、大きな公園がありその中にある動物園行ったり、
植物園行ったり、リオは都会だけど自然が豊か。
動物園も植物園もとにかく広くてワイルドでした。
地下鉄やバスでは、若い人が席を譲るのは当たり前みたいでよく目にしました。
あと、空いてる席に座るとき、先に立ってる年配の人に声かけてから座ってたり。
あっという間にサルバドール最終日。
前の晩、例によってアウグストさんが
「明日はどうするの。」と聞くので、「明日は17時の飛行機で帰ります。バイーアの記念の品を買いたいんだけど。」というと、
「ではMercado Modeloがいい。飛行機が17時ならチェックアウトを14時に延ばしてあげる。」とご丁寧に予定を立ててくれる。
8時半にホテルを出て、いいか往復必ずタクシーで行きなさい、と念を押され、11時に戻って、お昼食べてゆっくりして14時に出ればいいと書いた紙を渡してくれた。
アバウトな人だけど、いろいろと世話を焼いてくれて本当にありがたかったです。
もちろん言われたとおりに、Mercado Modeloへ。
倉庫みたいな建物に、バイーアの伝統衣装とか小物の小さなお店がたくさん入ってました。
表の屋台みたいな小物やさんで、サンタナさんというドレッドヘアのおじさんがビリンバウのネックレスを首にかけてくれたので、
あ、絶対買わされるんだと警戒してたら、「Calma Calma(落ち着いて) プレゼントだよ。バイーアではプレゼントは自然なことなんだよ。」とのこと。
お礼に品物を並べるのを少しだけ手伝い、やっぱり警戒心もあって早々に別れる。
私ってなんでこうつまらない人間なんだろ。
その後、60代くらいのおばさんが強引に手相をみてくれて、なにやらおまじないみたいなことをしてくれた。案の定お金を払えと言われて困ってしまった。
良いカモですわ。私。
キーホルダーとか、ベタだけどボンフィンリボンとか買いました。
ホテルに戻り、帰り支度。
いろいろお世話になったアウグストさんは遅番だから、ちゃんとお別れも言えぬままになってしまったのがちょっと心残り。
バス停に着き、空港行きのバスを待つ。
ホテルの人にバスは何時にくるの?と聞いたらいつでもくるよとの答え。はぁ時間が決まってないってことね。
待ってたらいつか来るからそれに乗れということらしい。
向こうからバイーアの地図を売っているおじさんが来たので、思い出に地図を買いついでに空港行きのバスはここで良いか念のため聞いてみる。
ここだよとの答え。
けど、何台か通ったのに空港行きはなかなか来ない。
ちょっと心配になって、その時来たバスの入り口まで行ってみた。そしたら後ろから
「それじゃないよ。」との声。
地図売りのおじさん、私が空港行きにちゃんと乗るかどうか見ててくれたんだ。
とたんに朝からずっと我慢してた気持ちが限界になってしまい、涙があふれて仕方なかったです。
ほんの少しの間に出会った優しい人達と、海が恋しくて。
一人で来るとこうなるからやーね。
周りはみんな優しかったのに、自分が弱いばっかりに警戒ばかりしてたような気がして。
でもずっと留まるわけにはいかないから、
サルバドールで受け取った目に見えない温かいものをもって、飛行機に乗りました。
もっと自由にポルトガル語を話せるようになって、また戻って来たいサルバドールです。
Lenaの家から明け方戻り、わくわくしてほとんど眠れないまま8時ごろ一人サルバドールへ向けて出発。
サルバドール行きはずっと決めてました。
なぜか。
ほとんど知らない土地なのに、なぜか心が騒ぐ。
何か自分にとって大事なものがありそうな気がしてならない場所でした。そんな予感がずっとしていた。
いろんな人に助けられながら、リオから飛行機で約2時間。真っ青な空のサルバドールへ到着。
海岸沿いにあるホテルまでバスで。
こちらのバスの運転手さんはお客がまだ座ってなくてもすごい勢いで発進します。
だいたい定員なんてのはなくて、座れなければ大きな荷物があっても、目的地まで一時間以上あっても立つべし。
体力がいる国だなぁ。
しかもどんなカーブでも全く減速なし。
よく事故にならないねと感心しつつ、ぺらぺら地球の歩き方をみていたら、どうやら私は間違ったバスに乗ってしまったらしいと気づいた。
まだ明るいし、仕方ないので予定を変更してバスの終点のParaca da Se (セー広場)をみていくことに。
サルバドールは、ブラジルに初めて黒人が連れてこられたという場所で、
今も人口の80パーセントが黒人。本には「黒人のローマ」と書かれてます。
建築、料理、音楽などなどヨーロッパとアフリカの文化が融合された本当に魅力的な場所。
悲しい歴史だけれど、黒人がここに連れてこられなければショーロもサンバも生まれなかったと思う。アメリカのジャズもそうだけれど。
夕方、やっとホテルにタクシーで着き無事チェックイン。
フロントのアウグストさんが、「明日は何をするの?」と聞くので「まだ決めてない」と答えると、「アイランドツアーに申し込んだら」とのこと。
イタパリカ島ともう一つの島をボートで周るんだって。楽しそう。
「でも海ということはみんなビキニを着るんでしょう?私持ってきてない。」というと
「何だって。ブラジルにきたらビキニを着るんだ!裏のスーパーで売ってるからこれから買いにいけ。」
とのこと。「だって私日本人だし。」というと
「日本人はビキニを着ないのか。」と聞くので、誤解されてはいけないと思い、
「着る人もたくさんいるけど、私は来たことがない。」と言ったら、「ここはブラジルだからビキニを買え」だって。
それもそうだと思い、とにかく言われた通りにスーパーへ行き買いましたよ~。
ビーサンとビキニと上に着るコットンのワンピース。こっちのビキニはおかしい(笑)絶対おかしい。
おねーちゃんも、オバちゃんもみんなヒモみたいなの着てます。
戻ると、フロントでニコニコしながら待ってました。「買ってきた?」「うん買ってきた」「それで良し。」
なんか私騙されてないか?と思いつつ、島巡り一日ツアーに申し込む。
これが本当に素敵でした。
息子さんとだんなさんと一緒に参加してた、ヒオグランジから来てたReginaさんと知り合う。
みんなカップルとか家族連れだったので、Sozinha(一人ぼっち)の私を気遣ってくれて、島についたときのランチとかReginaさん達のテーブルにいつも呼んでくれました。
Reginaはコパカバーナに住んでたこともあって、ボサノヴァも好きとのこと。
一緒に歌いました。イタパリカ島でビール飲みながら。
船で知り合ったカリオカにサンバのステップを習う。
みんな陽気でやさしかった。
船に乗ってたサンバ隊。一緒に歌う。けどテンポがどれもやけに速い。なぜ?
リオのサンバとはまた違うサンバでした。
それから、何よりこの空と海!
ずっとみていたい海でした。
午後になると太陽を反射してきらきらしてました。
船の中で、サンバを歌うヘンな日本人と思われたらしく
いろんな人が話しかけてくれました。
可愛かったのが、マリアーナちゃんという女の子。
「obligada De nadaって日本語でなんていうの?」というので、
「ありがとう」「どういたしまして」を教えたら、一生懸命話してた。
子供はいつでもどこでも可愛いと思うけど、ブラジルにきてから本当に可愛いなと思う。
肌の白い子供も、黒い子供も、ものすごーく愛嬌たっぷりでいつも楽しそう。
まぁ、子供みたいな大人も多いけど。
だけど、、物乞いのようなことをしているやせた子供もたくさんみまし。
夕方一日のツアーが終わり、知り合ったみんなと抱き合って別れ、
ホテルに戻ってくるとやはりいました。フロントのアウグストさん。
「おぉ帰ってきたか。」と迎えてくれたので、「このワンピースの下にビキニ着てるわよーん」「一日本当に楽しかった。ありがとう。」とお礼を言ったら、笑ってました。
いい人だったらしい。
警戒心の塊で一人でこのホテルに来たけど、少しずつ気持ちが楽になりました。
サルバドール2日目はここまで。
成田を出発して、ヒューストンを経由し、約30時間後にRio de Janeiroへ到着しました。
AUショップで、Email大丈夫と聞いていたのに着いたら全く使えませんでした。
これから行く人は要注意ですよ~。
Rioの空港は思っていたよりも薄暗くて、しかも到着した日は雨で、
タクシー乗らないかと、こわそうな雰囲気のおじさんが何人も近寄ってくるし、ちょっとだけドキドキ。
「Nao Obrigada!」
何とか空港バスに乗り、Ipanema、Vinicius de Moraes通りのアパートへ。
無事居候させてもらう日本人のギター弾き語りのお姉さんと、フルート奏者のお兄さんカップルと無事会えました。
それから、都合が合わず会えないと思っていた臼田先生も予定変更になったそうで、久しぶりの再会でした。
私は2日からサルバドールに行くということだけしか決めてこなかったので、この日は3人の後をついてまわる。
まず、Jobim がよく来ていたというGarota de Ipanema へ。その後アパートの隣にある Toca do Vinicius へ。
臼田先生がマスターに紹介してくれた。「カリオカ(リオっ子)みたい」と言われ、いい気になってます。
夜はコパカバーナの年越しライブと花火。
ライブはRoberta Saでした。かわいくてサンバが上手い。
花火は、圧巻。ダイナミックでものすごくきれいでした。初めて花火に感動した。
リオ中、いやブラジル中から人が集まってきてるんじゃないかなぁ。
ものすごい数の人が、それぞれ白い洋服でコパカバーナ海岸に集まってました。
で元日はカシャーサをお屠蘇代わりにお祝いした後、
臼田先生のお友達のLenaさんの家へ遊びに行くことに。
ブラジルのお正月料理を作って待っていてくれました。
とても美味しかった。
Lenaさんはきれいで、お料理が上手。歌も上手。みんなで演奏したり踊ったり。
私があんまり眠そうだったのか、Lenaがベッドで寝て良いよというので
お言葉に甘えてヘジで寝かせてもらった。そのまま3時間も。
起きてみるとまだまだ演奏は続いてて、日本人のパンデイロ奏者も遊びに来てさらに盛り上がる。
こんな夜遅く、どんちゃん騒ぎしてよく他の住人が怒らないなぁと、
典型的日本人の私などは心配しちゃうのですが、Lenaは
「いーのいーの。明日は土曜日よ」と全くお構いなし。確かに苦情も来ない。
結局終わったのは夜中の3時。
日本の歌を歌ったり、Lenaがクラシックの曲を歌えというので、フランクの「Panis Angelicus」や「ハバネラ」を歌ったり。
Lenaはカリオカということに誇りを持っていて、心底Bossa Novaが好きみたい。
それにしても、リオの人って「仕事何してるの」とか「何歳?」とか聞かない。
空港で出会ったアメリカ人には何回か聞かれたけど。
しかもずっと弟さんだと思っていた、みんなに優しくビールを注いでくれたり料理をとってくれたりしてたウィルソンは、Lenaの元カレで今は離婚した奥さんと同居しているという。
リオの人ってなんか自由だわ。
にわかGarota de Ipanemaな日でした。