下村田(しもむらた)で義兵衛は、下駄を作る家に腰掛けて楽しんでいます。通り沿いに下駄を作る商家があって、そこの縁先に「腰掛けて楽しむ」というのは、おそらく往来する人々に向けて展示してある女物や男物のさまざまな下駄を、どれにしようかと選ぶことを楽しんでいたものと思われる。若妻に買って帰ろうとしているのだろうか。それとも愛娘(まなむすめ)に買って帰ろうとしているのだろうか。それとも自分のために…。義兵衛なる案内人がどれぐらいの年かさであったのかわかりませんが、ともかく嬉々として選んでいる男の様子が、崋山の「下駄作る家にこしかけてたのしむ」という一文に、簡潔に表現されています。案内人として依頼された時に、岩本茂登(もと・崋山の妹)からそれに見合った駄賃は受け取っていただろう。義兵衛にとっては降ってわいたような話で、思いがけぬ臨時収入。そのお金で義兵衛は新しい下駄を買うことにしたのです。その嬉々として選ぶ姿を見て、崋山は道案内のお礼の心も込めて、「百文」を追加して取らせたのでしょう。義兵衛は桐生への帰り道を、手にどういう下駄をぶらさげて、どんな表情で歩んでいったのだろう。 . . . 本文を読む