ちょっとマンネリですが・・・

ダラダラ過ごしている毎日のことあれこれ・・・・

過去の日記。2004.12-2

2007年07月24日 | Weblog

商品を買うのは、使用価値を得るためではなく、それによって「気持ちいい」感じになりたいためだ。
at 2004 12/14 21:09 編集

「“気持ちいい”が企業を動かす」藤敬著より

ここでは宝飾品を一例に出している。たとえば、どんなに財産価値のある宝飾品でも、アクセサリーとしての評価が先に立つことになる。結局、デザインが個性的だとか、それを身に着けることによってどれだけ自己主張ができるかという主観的な軸で評価される。

高価なものでも気に入らなければ意味はない。逆にどんなに安くてもその人のセンスに合えば価値があることになる。

こんなことから、今は製品やサービスをとおして「気持ちいい」をいかに提供できるかが企業にとって、生き残るためは重要なことになってくる。

難しい理屈よりとにかく、気持ちがいいかどうかで人は買ってしまうものだ。気持ちがいいホームページに出会うとまた見てみようかと、思うのとちょっと似てるかな・・・





原則として形容詞の多用は文意をアイマイにするから慎んだ方がよい。
at 2004 12/13 22:03 編集

「異文化摩擦の根っこ」板坂元著より

何かを書いたり話したりするとき、ついつい大まかに大きい、安い、冷たい、熱いなどという形容詞をつかってしまうもの。しかし、それでは漠然としていて本当のところはよくわからない。

たとえば、比較できる何かを例にだすと随分とわかりやすくなる。たとえば、牛くらいの大きさ、や野球場くらいの広さなどはいいかもしれない。

ときどき東京ドーム何個分の広さという表現を目にすることがあるが、実際行ってみなければその大きさは想像がつかないかもしれない。でもなんとなくわかったような気にもなってしまう。そんなものでも、ただ大きいというよりはまだましなように思えてくる。

著者によれば英語には形容詞をできるだけ数量化する努力があってそれがアイマイさを少なくしているという。たしかに英語はイエスとノーの世界だから、アイマイな笑いはしばしば誤解をまねくというのもううなずける。




サービスは坂道発進。何もしなかったら、バックしていく。
at 2004 12/11 07:38 編集

「あなたのサービスが伝説になる」より

お客様相手の商売をしているときには、これを肝に銘じておくべきなんだろうな、とも思える。

とりあえず様子をみるか、では坂道をずるずると下がってしまうのだ。具体的に行動を起こすことでようやく現状維持ができる。

頼まれてないときにこそ、自分で考えて行動しなくてはならないということだ。言葉では簡単そうだがこれが出来れば一流のサービスマンといえるだろう。

もしこれを、いまやっているような日記に置き換えたらどうだろう。これは自分への将来へのサービスだ、と考えたとしたら書かなかった日が長く続けば坂道をバックしてしまうような気にもなる。そのうち、と思っていると空白の日ばかりになってしまう。ちょっとした問題意識を持って日々を送ることで前に進めるようにも思えるが・・・




マニュアル通りの対応は、A.B.CのBでしかない。
at 2004 12/09 21:30 編集

「あなたのサービスが伝説になる」中谷彰宏著より

マニュアルを完全に達成したとしても、やっとBであるに過ぎない。結局それは普通のことでしかない。あたりまえのことだから、そこには感動もなにもない。やはりプラスアルファのなにかがあってはじめてAになれる。

しょせんどんなに優れたマニュアルでもそれに縛られているうちは、気持ちが伝わるとは思えない。

場合によっては常にA以上をもらえるためのマニュアルを“自分独自で作る”のもいいかもしれない。




“そんなん、あってもなくてもええのや”というものをつくろうというわけ。
at 2004 12/08 21:21 編集

「地球時代の大阪文化」大阪府文化問題研究会編より

ここでは大阪の文化ということについて触れている部分のフレーズ。

「文化っていうのは、むだなことを妄想したり、想像したり、いろいろすることによって、ひょんなものが出てくるということです。」と話しているのは司馬遼太郎氏であった。

商売に身を入れたり、勉強するっていう部分は必要なものだから文化じゃないらしい。

つまり、暮らしのなかの遊びという部分が文化を育てるのだ、というようなことを述べている。

あってもなくてもいいものはけっこう面白くて時間を忘れてしまうもの。なんでそんなことやるんだろうっていうものの中に文化の芽はあるのかもしれない。でも、いま書いているこんな雑文が文化とはとても思えないが・・・




プロの審判を目ざす者の最終的な夢はワールドシリーズの球審をつとめることだ。
at 2004 12/07 21:45 編集

「野球と日本人」池井優著より

やはり世界の頂点を目指すのはメジャーリーガーだけではないことがわかった。しかもワールドシリーズで仕事ができるのは審判のなかでもほんの一握りの人だけだ。選手の人数よりずっと少ない。

米では審判学校でプロの審判に合格するのは10%程度らしい。メジャーリーグ、マイナーリーグの審判総数はそうとうな人数になる。しかもプロの最底辺のルーキーリーグから1Aに上がれるのは年に一人いるかどうからしい。その上には当然2A、3Aをへてメジャーにあがるわけだからかなりの狭き門だということがわかる。

日本で名審判だった富沢氏はつぎのように言っていた。「絵でいえば、選手のプレーがキャンバスに描かれた作品で、審判員は額縁のようなもの・・・」これもけっこう気になるフレーズでもある。でも、その額縁である審判がプレボールを宣言しなければ野球は始まらないし、またゲームセットにもならない。

我われの視界に入らないところでも、夢をもとめて仕事をしている人もいるもの。いま自分は夢をもっているか・・・





見ている人々の心をも照らすような光が、本当に美しいライトアップ。
at 2004 12/06 06:50 編集

「相鉄瓦版」12月号第135号 特集“街を彩るライトアップ”より

この部分は「ライトアップが街にもたらすもの」という題で照明デザイナーの石井幹子氏が書いていた。

いつもは何気なく前を歩いている建物も夜ライトアップされることで、その建物の背後にある歴史や物語が抽出されることもある、といっている。

昼間の明かりの中では見えなかったものが、暗い夜に光を当てられることで明暗がはっきりして奥行きに気づくもの。

こんなことは人にも似たようなことが言えそうだ。いつもそばにいる人が意外なときに意外な一面を見せてくれたりするときなど。へえ、こんな特技があったのかとか、意外にあることについて造詣が深いことに気づいたり・・・そんな面を見るとその人にまたべつの親しみを感じるかもしれない。

人のいい面を引き出すのは、いい言葉だったり、さわやかな接し方などのときもあるか。人の心をも照らすような素敵な言葉に出会いたいもの。




英語を話すにはまず身体から。
at 2004 12/05 21:03 編集

「AERA ENGLISH 1月号」斉藤孝のイングリッシュ・バデイ入門より

日本語を話している場合はとくに気にしてないことだが、英語となると身体のことを意識して話すほうがいいらしい。ふつう日本語ならぼそぼそと話していてもけっこう意味は通じるもの。しかし、英会話の場合はそこそこテンションが高くなくてはならない。

この斉藤先生はそのテンションをあげる一つの方法として授業で学生に少しの柔軟運動をさせ身体の緊張をほぐし、さらにハイタッチをさせたりしているという。その後で英語を話させると英会話のノリがいいらしい。

やはり、日本人より欧米人のほうが身体全体で会話していることもうなずける。で、もし我われがイキのいい会話をしようとする場合でも以上のことはちょっと役立ちそうな感じもしてくるが・・・





どんなに高性能パソコンでも、「こうやれば売れます」という正解をだしてくれるわけではない。
at 2004 12/04 10:28 編集

「7つの観察力をもて」西村晃著より

あたりまえのことかもしれないが、パソコンなら何でも正確に予測してくれると勘違いしやすい。過去のデータの分析や整理には役立つかもしれないが、決して売れるものや売り方については教えてくれない。

結局結果をだしたり、ものを考えるのは人が汗を流さなければならないのだろう。ただし、それが正解だという保障もないが。

こうやれば売れます、というようなことは意外にも販売員の笑顔やちょっとした気持ちのいい応対だったりしませんか。

確かにパソコンのデータも必要だが、ベテランの長年の経験や新人の初々しい新鮮な目も時にはけっこう役立つもの。とくに個人のお客さん相手の商売だったら、この人にはこれ、ときっぱりいえるセンスも必要でしょうね。

売れそうな高性能パソコン自体も膨大な人の汗水流した末につくられるもの・・・でもそれが本当に売れるかどうかは誰もわからないか・・・




オレンジ色の夜景は“究極のビタミン夜景”
at 2004 12/03 22:31 編集

「ドトールコミュニティ」(PR誌)の中の丸々もとお氏のコーナーより

最近ちょっと気分的に疲れきってしまっていたので、気になったフレーズ。

こんな夜景を眺めることで、自律神経を刺激することができ、元気&活力をアップさせる効果があるという。

本当だろうか、と疑ってしまいたくなる。でも、そう信じることでビタミン効果があるならいいものだ。

とくにこのクリスマスシーズンは街中にはイルミネーションが随分と目立ち始める。個人の家でも毎年イルミネーションを楽しむようになってきた。自宅でも数年前からやったりしているものの、もう木が大きくなりすぎてしまった。

ところで、オレンジ色の夜景はどのへんに行ったら眺められるのだろうか。


過去の日記。2004.12-1

2007年07月24日 | Weblog
万年筆の価格の3分の2はペン先の値段だといわれています。
at 2004 12/29 21:58 編集

「ザ ステーショナリー」銀座・伊東屋100年物語より

当然のことながら万年筆の命はペン先にある。いくら軸が高級品でできていようと気持ちよく書けなければ用をなさない。しかもペン先は14金、18金、21金などを使って細心の注意をはらって作られている。

でも、最近は万年筆を使っている人を見たことがない。自分ももうかれこれ20年以上は使っていない。自分のお気に入りのモンブランの万年筆を使っていたころが懐かしく感じられる。そのころは同時に原稿用紙も使っていたな。
最近ではもっぱらゲル状のインキ入りのボールペンをまとめて何本も買ってくるようになってしまった。

それから、ノートやメモ以外に書くときはパソコンとプリンターでB5かA4の用紙ばかりに印刷するなってしまった。かなり味気ないかもしれない。





書くことはスポーツだ。
at 2004 12/28 20:18 編集

「原稿用紙10枚を書く力」斉藤孝著より

筆者はプロローグの部分で、つぎのように言っている。“話すことが歩くことだとすれば、書くことは走ることに似ている。”

歩くことなら特に訓練しなくても、誰でもやっている。話すことも無意識のうちにやっていることだ。しかし、長い距離を走るにはトレーニングが必要になってくる。書くこともそれと同様だ。

ふだん書きなれない人がいきなり原稿用紙10枚書くのは大変なことだ。しかし、本を読むことがトレーニングの筋肉を鍛えることだとすれば、そんなことばかりやっていても決して走れるようにはならないということにもなる。

とにかく、上達への道は質を考えるまえに量をこなすこと、つまりなんでもいいからたくさん走ることが先決だということになる。でも、こんな短い自分勝手な日記を書いていてもどれほどの足しになるかは疑問ではあるが。




長く人気を保っている芸人は、必死になって勉強していますよ。
at 2004 12/27 06:55 編集

「有効期限の過ぎた亭主賞味期限の切れた女房」綾小路きみまろ著より

この本には笑えるライブでやったネタの部分と同時にマジな部分も書いてあった。その、マジな部分でのフレーズ。

“たけし”や“ダウンタウン”や“さんま”が何十年ものあいだ高い位置の第一線で活躍できるのはそれなりに努力をしているからだと感じる。人を笑わせるために見えないところで必死に芸を磨いているんだ、ということも筆者を通じて理解できる。

いまお笑いブームで芸人がもてはやされているようだ。大晦日の「NHKの紅白」には視聴率のお助けマンとしてギター侍(波田陽区)や青木さやかが登場する。今はそれほどお笑いの波はすごいものがあるという証拠でもあるだろう。

でも、あと10年、15年後にも残っている芸人はどれほどいるかな。笑ってばかりはいられないか・・・




私の秘密!「OFF時間」に大差をつける法。
at 2004 12/26 20:47 編集

プレジデント2004年11.1号の特集「なぜか結果が出る人の24時間」より

つまり、仕事で成果が現われるのはOFFの時間、つまり自分が拘束されずに自由になれる時間にどう過ごすかで違ってくるものだ、ということらしい。

その人が持っている個性によっていろいろなタイプがあった。

例えば、1.体育会系の人はスポーツジムで身体を鍛えながら気分転換をはかり仕事への集中力をはかっている。

2.アフター5で付き合いを広くして人脈を作る。その際、長年続けていて人前で披露できる特技(例えばトランプマジックなど)があると役に立つという。

3.休日に何らかのテーマを持って過ごすと、遊びながら(サイクリングで店をはしごしたり)でも商品開発に役立つヒントが見つけられるらしい。

4.副業で稼ぐことも、本来の仕事への励みになるという。(インターネットを利用して効率よく稼いでいる人もいる。)

結局、いま何か自分が好きなこと(趣味など)をしているなら、それを本来の仕事にどうやって結びつけて役立てるか、を考えたほうが早道に思える。なにがいけそうか考えてみようかな。




営業の最大の武器は新しい発想である。
at 2004 12/25 17:16 編集

「思いつきをビジネスに変えるノート術」樋口健夫著より

この著者は発想を鍛えるためにアイデアマラソンというのを提唱している。これは何らかの仕事につながりそうな、ちょっとした面白いヒントやアイデアをノートに次々と書き続けていくことだ。

新しい発想を考えることは、営業の推進力の芯になる部分を創造していることでもあるという。実際、第一線の商社マンとして実績を上げてきたひとの言葉は納得できそうだ。別の箇所でも営業では誠意とオリジナル発想が大事だとも述べている。

樋口氏自身は20年間で17万9000個の発想をしているというから驚き。

とはいっても、やはり意識して訓練しなければそう簡単には新しい発想など出るわけはない。とにかく数を多く出さねばならないのだ。仕事に役立つ発想は数百出したうちの一つかもしれないが、それをしなけば何も進歩はないとも言えそうだ。千里の道も一歩から、今からさっそくはじめてみよう。




クリスマスっていうのも一つのキーワード。
at 2004 12/24 22:00 編集

いまふっと思ったこと。

べつに宗教とはまったく関係なく、そのイベント性を楽しんでいるだけかもしれない。また、楽しむための口実にはもってこい、ともいえそうだ。

売るため、買うため、食べる、遊ぶ、プレゼントする、贈り物をもらう、人に会う、人と過ごす、出かける・・・・なんでもいい。

でもそれが出来るなら、かなりラッキーなほうかもしれない。もしかしたらとんでもない贅沢かも。

今夜はいつもとちょっと違う夕食をして満腹になれました。満腹感は幸福感とイコールだな、と思った次第。




接触範囲が狭いとつまらない人間になっちまう。
at 2004 12/23 21:14 編集

「続・ことばのご馳走」より

これは故五島昇氏のことばであるという。

とかく、たまたま同じ学校や職場の人とだけつきあうことが多くなりがちなもの。しかし、同じような環境の人は似たような考えになりやすい。やはり異なる世界の人と話をすると知らないことも教えられ新しい刺激があって面白い。

その面白いという感じをたくさん経験することで、自分はつまらない人間にならなくてすむのかもしれない。

ちょっとだけ振り返ってみよう。この一週間で何人の新しい人と出会ったろうか?

たとえば、実際に会うことはなくてもホームページの掲示板やメールを通じて気持ちが通じあう交信が出来たことも含めてもいいのではないかな・・・とふと思ったのです。




怒っても一日  笑っても一日
at 2004 12/22 21:00 編集

「続・ことばのご馳走」金平敬之助著より

この本は、先日古本屋で買い求めたが、あとで気がつくと著者の毛筆による直筆のサインがしてあって、上記の「怒っても~・・・」が書かれていた。同じことは本文の7ページ目にもあって、大きなお寺の門に書いてあった言葉ということだった。

おそらく、金平氏がもっとも気に入った言葉だったに違いない。私も印象に残ったフレーズでもある。とくに解説など不要と思われるが、やはりどうせなら、笑える一日を過ごしたいもの。

どんなことでも、笑いのない日は損した気分になってしまう・・・そして怒りを感じる一日を過ごしたらもっと大損かもしれないな。





情報が豊かになると、考える能力がなくなるのが恐ろしい。
at 2004 12/21 07:58 編集

「商品企画のシナリオ発想術」より

商品を実際に手に取る前にいろいろなカタログやチラシ、インターネットなどで情報は得られるが、そればかりに頼っていたら観察力が衰えてしまうらしい。商品と同時にそれに関する評価や観察された情報がすでに流れているならそれを読むだけで大まかなことはつかめてしまうもの。

ただし、本当のところは、実際自分が手にして試してみなければわからないものだ。自分の感じたものが本当の情報といえるだろう。それで、どう考えるのかをしなければならない。

ものがなければ、あるものでどう創意工夫するかということのなかから新しい発想が生まれるような気もする。すべていまある便利なものはその前の段階で不満だったものから生まれてきているともいえそうだ。確かに現状に満足しきっていたらなにも生まれそうにもない・・・




不満、不安、不思議の三つの「不」は、“ネタづくり”のタネそのものとなる。
at 2004 12/20 21:51 編集

「商品企画のシナリオ発想術」田中央著より

この著者の田中氏は富士写真フィルムに勤務していたときに、「写ルンです」という、今で言う使い捨てカメラのコンセプトをつくった人だ。現在は田中デザインオフィスの代表をされている。私も過去何度かお目にかかったことはある。

さて、氏によれば上記の3つの「不」が発見できれば解決の第一歩を踏んだことになるという。ここでいう解決とは新しい価値を創造することを意味している。

不満は満足への、不安は安心への、不思議は納得への発想の原点といえる。とにかく問題意識をもって観察することからはじめるのがいいかもしれない。

「ネタのタネ」は回文でもあるか・・・なんとなくつかみどころがなさそうだが、そこをうまくつかめるかどうかが問題に違いない。




いいかげんにやっていたら、スランプにはならない。
at 2004 12/19 06:40 編集

TBSラジオ番組「原辰徳のいきいきトーク」(12・18)より。

スランプに陥るのは一生懸命にやっているときだと言っていた。そこそこでやっているときに低迷しているのは、それはスランプではなくただ未熟なだけだという。発展途上の場合はスランプとはいわないらしい。そういわれたらそうに違いない。

懸命に努力しているからこそ、壁にぶつかりスランプはやってくるのだ。限界に挑戦している選手ほどスランプはあるのかも知れない。巨人で長年4番を打っていて、監督としても日本一になった彼の言葉だから信じられそうだ。

スランプはスポーツに限らずやってくる。そうか、自分がうまくいってないときは、それが本当のスランプかどうかは一度疑ってみる必要があるな。まあ、たいていは自分の努力不足に違いないが・・・

振り返ってみれば、何事も真剣に取り組んだことなどほとんどないからなあ~





価値創造型の企業構造というのは、価値を生み出す企業の仕組みをビルトインすること。
at 2004 12/18 08:08 編集

「“気持ちいい”が企業を動かす」より

実際それが価値があるかどうかなんて、数値化するのは難しい。あまりに数値にこだわりすぎると本来の価値創造がおろそかになってしまう。

さて、企業というレベルではなく個人としてもこの考え方は役立ちそうにも思えてくる。

もしこれが個人レベルでみるとするなら、ユーザーの使用頻度やリピート傾向、満足度などを感じとることが有効になってくるはず。

自分が作ったモノがどれほど喜ばれるか、満足を与えられたかなどの感じがつかめればいい。そんな仕組みを自分でマニュアル化してしまえばいいだけだ。そうすれば、ちょっとした意識の持ち方で新しい価値が生み出せそうな気にもなってくる。

書いているうちになんとなく抽象的になってしまったが、要するに新しい価値を創るためには常に“独創性を求めること”を“習慣化”することではないかな。




創造的な仕事は、オフィスにいる時間だけに割り切って、できるものではない。
at 2004 12/17 22:03 編集

「“気持ちいい”が企業を動かす」より

この本は読み進むうちに、そうだそのとおりだ、と共感できる箇所に遭遇してしまう!

で、今回は上記のフレーズを残すことにした。

プロフェッショナルな社員は自分の好きなことをしているので、24時間すべてが仕事になっても楽しいという。つまりプライベートと仕事の区別がついていなくて平気なのだ。その中で個性を生かしながら価値を生み出すことが出来るなら最高だといえる。拘束された時間の長さよりむしろな内容のある時間こそが大事だとわかる。

とにかく楽しく仕事ができたら時間を忘れてしまいますもんね。出来るだけそんな仕事をしたいもの。




お客の心に響くかどうかは、クリエイティビティやセンスの問題となる。
at 2004 12/15 21:52 編集

「“気持ちいい”が企業を動かす」より

この著者は次のように続けている。---センスがなくてはヒット商品はつくれない。クリエイティビティなしでは、売れる商品はつくれない。---

そこで、必要なのは優れたセンスや着眼点があって、イメージを形に出来る技術やノウハウを持ったクリエイターということになる。つまりそうそう簡単にはヒット商品など生み出せるわけではないこともわかる。

たとえ自分が出来なくてもそれが可能な人を見つけることができればいいともいえる。当然それもかなり困難なことでもあるが。

基本的には常にいくつかの問題意識をもっていなければ、なにも自分の心のアンテナにはひっかかってこないだろう・・・な。そのアンテナが錆びないようにしなければ。


過去の日記。2004.11-2

2007年07月24日 | Weblog

すべてを自分が生み出す必要はない。徹底することにすごさが生まれる。
at 2004 11/08 21:28 編集

「座右のゲーテ」より

一般的には新しいものを次々に生み出す人が才能豊かだ、と思われがちだが苗木を大樹に育て、大量の実を採り続けることも重要だ、とも述べている。

その一例として志村けんのバカ殿を引き合いに出している。このキャラクターはべつに志村が発明したわけではない。今まで何人もの人が演じたがそれを徹底してギャグとしてきたのが志村だけだったということだ。そのためバカ殿イコール志村けんというイメージが定着している。

ビジネスの世界でも新たなことを生み出さなくても、このように徹底するとかなりのことが出来そうだ。やはりそこそこバカにならなければいけないっていうことかな・・・




少し縮こまった心の筋肉がまた柔軟さを取り戻すはずである。
at 2004 11/06 21:57 編集

「座右のゲーテ」斉藤孝著より

いったい、どうすると心の筋肉が柔軟さを取り戻すのか、はその前に次のように書いてある。

「普段の自分なら読まない」本を読んでみると~

本を選ぶときに自分の趣味に合う本ばかり選んでしまう人は非常に多いという。しかし、そればかり繰り返していると、自分の世界は広がりがないものになってしまう。

時には今までとまったく異なるジャンルの本の世界を知ることは、新しい知人を得るようなものでもあるとも言っている。

よく考えてみれば、当たり前のようなことを言っていることにも気づく。しかし、“心の筋肉がまた柔軟さを・・・”のフレーズだけは特に気になったので、ちょっと触れてみたかった。




好きなように働けるのは、実は会社員ではないか・・・
at 2004 11/05 21:23 編集

「SOHO新時代が始まった」花田啓一著より

一見会社員は不自由なように思えるが、かなり便利な部分も多い。たとえば、朝役所などに行く場合はフレクッスや遅刻もある程度は許される。自分あるいは家族の誰かが体調を壊したときには休むことも早退も許される。

もし、自ら営む事業者の場合はそう簡単にはいかないもの。常に相手の都合に合わせなければならない。

もし、SOHO事業者が会社員と同じレベルで仕事をこなしていたら、仕事を継続するのはかなり難しくなるはずだ。自由にふるまうほど、結果は厳しいものとなりそうだ。




文章を図にすると頭は猛烈に刺激される。
at 2004 11/04 21:38 編集

「図で考える人が成功する」矢矧晴一郎著より

図を描くときのまず前提は自分が充分に説明することを理解してなければならないことだろう。文章だと判りにくいことが図だとかなり判りやすくなることが多い。

自分自身の経験でも長い間、文章だけでご案内の説明文を書いていたことがある。しかし、その後図を併用してみると、言いたいことがかなりスッキリとしてきた。書かれたものだけを読むよりずっとラクなはず。

しかし、そこまで作るためには何度か描き直しもしている。また図を描いているうちに足りないものも見えてくる。そのとき頭は少し疲れたが過ぎてしまえば忘れてしまうもの。そんな風な、クリエイティブなことは時間を忘れさせてもくれるな。




楽屋は楽しい“やかた”ということである。
at 2004 11/03 19:46 編集

先月30日午後にNHKラジオを聴いていたとき、大村昆さんが言っていた言葉。

大村氏はいま50年の歴史がある日本喜劇人協会会長をしている。しかし、最近はななか喜劇人が育ってこないという。早くスターになりたがるのがその原因にあるらしい。

そんな彼の話のなかで「楽屋は楽しいやかたのことだ」と言っていたことが印象に残っている。単なる、表の舞台に対する控え室ではなくて、そこは楽しいやかた(場所)でなくてはならないという。楽屋裏で楽しく活気があれば、それが舞台に立ったときにでてくるという。そうか、そうだったんだと気づかされた。

長く喜劇人として活躍してきた人の一言は説得力があるものだ。我われにとっての楽屋はどこで、舞台はどこか、なんてことまで考えさせられてくる。




個客が喜ぶホスピタリティ・マインド
at 2004 11/02 22:09 編集

「真実の15秒で個客をつかむ」より

この本の中には何度もホスピタリティということばが出てくる。これは顧客の心に感動や喜びを与えることを基本にしている。

このホスピタリティはサービスをはるかに超えたところにあるようなものらしい、ということがわかってきた。要するに気持ちの問題なのだ。

そして、もし市場で競争的優位な立場に立つためには、精神的サービスやホスピタリティのクオリティの分野で優位に立つことである、という。

もう一度、「思いやり」、「気配り」、「もてなし」などについて考えてみようという気になった。どれだけ相手の立場や気持ちにそった対応ができるだろうか。けっこう忘れがちなことでもあるな。




ビジネスというのは、相手に感動を与え喜ばせることを使命としている。
at 2004 11/01 21:57 編集

「真実の15秒で個客をつかむ」浦郷義郎著より

もし、モノを売っているなら顧客の希望しているものを販売したらそれで終わりということではない。それでは単にニーズに応えてるに過ぎない。

ビジネスでは常に顧客の期待を上まわることが最も重要だという。個人個人の要求はそれぞれ異なる。それを的確にとらえて、喜びや感動を与えるくらいであることを心がけるべきなのだ。

心をこめて個客を丁寧に扱うことで感動をあたえられる。それが続くことでお客はロイヤルティを持つようになる。こんなことがビジネスが長続きするポイントのように思えてきた。

やはり丁寧、親切な接客応対に出会うとまた行きたくなってしまいますからね・・・


過去の日記。2004.11

2007年07月24日 | Weblog
「買わなくても学ぶために売店を見に行く」習慣をつける。
at 2004 11/29 06:50 編集

「「7つの観察力をもて」より

この部分では空港や駅の売店のことを述べているが、べつにそれにこだわる必要はない。

むしろ、よく行くスーパーやデパートでもそれなりのテーマをもってショップをのぞいてみるのもけっこういいかもしれない。

この本全体では、新しい発想のためには、まず観察が第一だということを述べている。決して本からでは得られない生の情報を得られるからだ。もちろん受け取る側の心構え次第に違いないが。

それは商品だけに限る必要はない。レイアウト、照明、サービス、客層、全体の雰囲気、販売員の言葉づかい・・・いくらでもありそうだ。

店をしっかりと眺めるという習慣をつけることで、自分にとってちょっとした楽しいヒントが得られるかもしれない。でも、財布は持っていったほうがよさそうだな・・・




「気づき」がたくさんある人が勝ちだ。
at 2004 11/28 07:02 編集

「7つの観察力をもて」西村晃著より

勉強でも仕事でもうまくやるには、ただなんとなくボヤッと過ごしていたら効率はよくないはず。ビジネスの世界ではいろいろなものに早く気づいて着手した人が成功している。べつに成功ということを考えなくても、何かに気づいていればものごとの理解も深まるし、人生そのものも感動でき楽しめる。

もっと注意深くとか気づきなさい、と人から言われても義務的な感じがして面白くない。やはりいつも世の中の流れや身の回りのことに気づくということを習慣づけることが必要なようだ。

目を開けていても、心の目でしっかりと観察することが大切だっていうことだろう。問題意識をもつことで答えもすぐ出てきやすいのは確か。




女性雑誌に不可欠な要素は「ゴシップ」、「やせる」、「占い」。
at 2004 11/27 13:34 編集

「説得がうまい!といわれる100の鉄則」阪本亮一著より

あくまでこの著者自身のことばではなく、そう聞いているということだ。
しかし、上の3つに関心があるのは女性雑誌を“よく読む人に限って”ではないかと思う。

恐らくそんな内容のことが取り上げられていれば読者も関心を持つだろうという予測を立てているに違いない。

たとば、1.ヨン様が交際女性と別れた、なんて話になると手をたたいて喜びながらそんな記事を熱心に読んでしまうのではないか。
2.らくらくダイエットの特集なんかも、興味を引くかも。
3.自分のことをよく書いてくれた占いがあれば、それを信じたくなってしまうか。(占いの種類も多いからすべての占いに凶と出ているとは考えられない。)

しかし、ヨン様一目見たさに全国から殺到してしまうオバさまパワーにはあっけにとられてしまう。





どれだけ自分なりのVP(ビジュアル・プレゼンテーション)をやっているか。
at 2004 11/26 21:02 編集

これは勝手な自問自答。

たとえば、自分のことを相手にわかってもらおうとするとき、(主に営業などの現場で)わかりやすくしゃべるのは当然のこと。そのほかに目に見えるようなものがあると理解は得やすい。つまり、視覚に訴えるというのも効果的で、それをどんなVisualなPresentationにするかはその人の気持ちやセンスがものをいうと思える。

VPとは一般的にはなじみがないが、店舗を構えているとことでは使われる用語でもある。一例としてはスーパーやデパート、専門店などの商品陳列方法と考えてもいい。同じようなお菓子の箱も目立つようにと常に手にとってもらいやすいデザインにつくられているし、また店では店員やメーカー、問屋の人たちが並べ替えに神経をつかっている。それは、商品の陳列の仕方の良し悪しで売れ行きも変わってくるからだ。インパクトのあるPOPや店全体の雰囲気も大切でもある。

話はもどって、たとえ自分がそういう立場にいなくても、相手に何かを理解してもらうようにするには、目に見える形にしたほうが手っ取り早そうだ。つまりビジュアルってことになる。

こんな下手な雑文より、きれいな写真や絵のほうがよっぽどインパクトがありそうだな。(ときどきTさんのきれいなデジカメ写真を眺めるとそんなこと思ってしまう。)






表作りや企画書作りがいくらうまくても、しょせんそれだけのこと。
at 2004 11/25 21:43 編集

「笑いの経済学」より

ここでは、総研=シンクタンクというものを引き合いに出している。彼らはデータやある種の指針は出すが、絶対に責任は取らないという。

これは実感としてもわかる。データやレポートより、お客さんの実際の反応を見ていることのほうが正しく実態がつかめたりするもの。

木村氏は「数字や文字では人間の行う経済行為=商売のすべては語りつくせない」とも言っている。そして、「顧客との密接な関係こそを優先させるべきだ」とも続けているが、それは納得できる。つまり現場を知っていなけば、データなどそのまま鵜呑みにするのはちょっとまずい、ということであろう。

“しょせんそれだけのこと”っていうのは痛快な一言でもある。




これまでは他よりうまくやるということを競ってきた。
at 2004 11/24 21:28 編集

「笑いの経済学」木村政雄著より

4年前に新刊で買った新書が本棚にあったので、ちょと読み返してみた。するとそのときそれほど気にならなかったことがいま心に引っかかったので、ここに残しておくことにした。それが上のフレーズ。

で、これからはどうするのがいいのかといえば、他とどれだけ異なったことをやるかだという。

比べて優れているということより、異なることに価値があるらしい。これは別にお笑いの世界だけではなく、ビジネス全般のことを意味している。

結局は流行歌の文句にあったように、“ナンバーワンよりオンリーワン”を目指すことが大切な時代になったとうことだ。

しかし、どんな分野でそれをしたらいいのか、考えているだけでかなりの時間が過ぎてしまいそうでもある。




質素だけれどあったかい、そんなクリスマス。
at 2004 11/23 16:30 編集

Yさんのウェブ日記にあったフレーズ。

これは私のホームページの掲示板に書いてくださったYさんのページを訪問したときに、日記の中に書かれていたセンテンスの一部。

今はもう街中はクリスマスの雰囲気がたっぷりただよっていますね。決して派手でも贅沢でもない手作りのクリスマスって、ぬくもりが伝わる感じがしてくる。既製品でないよさを忘れたくないといつも思っていたので、宣伝コピーのようでもある先ほどのフレーズが気になりましたね。

で、今ちょうどクリスマスカードを作ってるんです。ご希望の方には差し上げようと思って。






“語るに足る”失敗をする。
at 2004 11/22 06:13 編集

「自分プレゼン術」藤原和博著より

藤原氏は現在杉並区和田にある公立の中学校長をしているが、これはその数年前に書かれている。

誰だって失敗しようと思って何事もやるわけではない。しかし、結果としてうまくいかないことのほうが多い。でもそこから何を学んだか、どう克服したかは関心があるもの。

ふつう、人の立身出世や成功談、得意なことなど聞いても心に染み透ることはない。

そこで、思い出すのはNHKの「プロジェクトX」だ。そこでは、ただ単に順調にうまく成功しただけのことはテーマとして扱っていない。いくつもの困難な壁を乗り越えたことがメインになっている。だからこそ、長年感動を与える番組になっているに違いない。

人に語れる失敗とは、つまり自慢できるほどの失敗ってことか・・・う~む、それがいいような悪いような。





70年代は、まだまだ野暮ったさはあるものの、全体に温かい感じがした。
at 2004 11/21 07:19 編集

「ももこの70年代手帖」さくらももこ著より

これはあとがきにあったフレーズ。本文は会話調でたわいのない雑談がどんどんと進んでゆく。いまの中年世代には懐かしい話題が盛りだくさん。「ちびまるこちゃん」にもでてくるチャラクターも多い。

当時はそのままの感じで世の中が流れていくと思っていた。自分の学生時代、青春時代と重なってもいる。確かに自分は野暮ったかったかもしれない。いまも、変わってないかな。

現在はIT時代に突入してなにかとスピードばかりが強調され過ぎているようだ。たまには70年代を思い出してみるか。その時代に青春時代を過ごせたのはトクした、と思い込んでもいいかな。(もしかしたら勘違い?)




あたたかくて、にぎやかで、おいしい。
at 2004 11/20 07:40 編集

昨日の車内広告にあった文章の中のワンフレーズ。

これは新宿西口にあるO百貨店のデパ地下(食料品売り場)で売っている「なだ万」のおでんの広告だった。

そのタイトルには“おでん日和”とあって、小型の土鍋に盛られた美味しそうなおでんの写真がある。とくに北風で寒かった日などは、こんな鍋物で「温まって、賑やかに、美味しーい」をしたくなってくる。

広告の端には小さく“暮らしのパレット 今月のおいしい色 唐茶色”と書いてあった。この唐茶色とはおでんの色だってこともわかりやすい。

昼間は小春日和。で、夜になったらおでん日和か・・・





「微笑み欠乏症」をどうしたらいいのか。
at 2004 11/19 21:54 編集

「コミュニケーション力」より

著者の齋藤氏によれば、微笑むことは、コミュニケーションを上手にするための基本的な技だという。しかし、それが下手なのはとくに中年以降の男性らしい。

う~む、そうかもしれない。きっと疲れているんだろうな、なんて言い訳してしまいそうだ。

だからといって、ファーストフード店の店員のようなマニュアル的な笑顔や、無理した作り笑いでは意味がない。そこで、自然な微笑がでるようにするには体をリラックスすることが必要だという。とにかく体を揺さぶって柔軟性をもたせることがポイントのようだ。

そして、ほどけた体なら笑いは生まれやすくなる。それがコミュニケーションにつながるってことのようだ。よし、気持ちをリラックスする前に体をほぐしてみよう。




ウェブ上の日記はすべて書き捨てでいいのだろうか。
at 2004 11/18 21:55 編集

今朝目覚めたときに、ふと思ったこと。

もしかしたら、後で読み返したくなるかもしれない、と思ったとき消えていたとしたらちょっともったいない。人にとってはつまらないことが自分にとってはけっこう大切だったりするもの。

そんなことを考えて前のものから早速コピーしておくことにした。バックアップのためとりあえず昨日までの分をCD-RWに入れておいた。ほんの数分間で済んでしまった。けっこう簡単なもの。

こんなことしてる人はそれほどいないだろうな。

でも、いま書いているこれはいつになることやら・・・また、いつか思い出したらやっておこう。






一喜一憂こそが、今の生活にいいスパイスを与えてくれている・・・
at 2004 11/17 21:59 編集

「PRESIDENT on line」11.29号の“昔やっていたことできますか?”のコーナーより

この文章の作者はかつてピアノを習っていて、何十年かぶりに再び再開してみたという。そして弾いてみるとうまくいったり、いかなかったりする。

そんなときに、一喜一憂している。それが生活のなかでいいスパイスになっているという。

そうか、そういえば最近一喜一憂することなんてすっかり忘れていたな。でも、それっていいのか悪いのか。まあ、趣味程度のことならそれでもいいかもしれない。

自分にとって、今の生活で一喜一憂できるスパイスって言えるものはなんだろうか・・・





誰がやっても同じ仕事は、誰も一生懸命やりません。
at 2004 11/16 18:00 編集

「あなたが動けば、人は動く」中谷彰宏著より

逆な言い方をすれば、やったことが人によって変わってくる、だから一生懸命やろうと思うのだ。やったことが評価されるとやはり張り合いがでてくるもの。

だれでも口には出さないものの、そんな小さなことで、頑張ろうなんて思ってしまうのではないかな。

そのあとのセンテンスに“仕事は発表の場”というのがあったが、こんな考えでやると自分なりの仕事ができそうだ。

これが、自分の仕事だ、と形の見えない仕事にも署名をするつもりでやってみるか。でもそんな気持ちで仕事に向かえるだけでもラッキーとも思える。





誰とでも会話の糸口をみつけられるか。
at 2004 11/15 21:54 編集

「コミュニケーション力」斉藤孝著より

何気ないこの一言ではあるが、これを実践するのはそうたやすいことではない。実際社会人になると接する人の年齢幅はいやおうなく広がるし、性別も選べないもの。

しかし、そんな中でもコミュニケーションをしなくてはならない。また、年齢や性別だけでなく相手の社会的な状況も察知しなけば、きっちりとした会話は出来るものではない。

そんな場合はとりあえず世間話をはじめるといいという。とにかく、世間話ができることで気持ちが楽になる。

誰とでもすぐに世間話ができるだけでも、かなりコミュニケーション力があるということになるわけだ。

個人的には自分より年齢の高い人たちと話をする機会が多い。しかも社会的地位が高い人もたくさんいらっしゃる。でも、そんな人生の先輩方からはいろいろ教えていただこう、という気持ちがあれば、世間話もしやすいもの。

それからまったく逆の考えももっている。それは相手の年齢や社会的地位が上だからといって、べつに何でも物知りだということはない、と思っている。実際自分のほうがより詳しく知っていることだってあるはずだから。そう考えると、けっこう会話の糸口が見つかるかも知れない。





多くの人は、練習量のわりに成果が挙がらないと感じる時期にやめてしまう。
at 2004 11/13 09:27 編集

「THE21 12月号」小阪裕司氏の“もっと力を!”の連載より

なんだか自分に向かって言われているようで、気になったフレーズ。仕事でも運動でも遊びでも単調なことを繰り返しているのに、なかなか目に見えて成果が現れてこないとき、やはりダメかとあきらめてしまうことばかり。

一般的には練習量のわりには上達しない時期がしばらく続いて、上達や成果はその後にやってくるという。でも、技術の習得ということを考えたらすべてそんな感じらしい。そんなものかな、とも思ってしまう。根気よく続ける修練をしなければならないのだ。ここまでやれば、という見極めが難しそうだ。

イチローはもともと才能があった選手には違いないが、ドラフトでは4位指名、二軍からのスタートだった。しかし、練習量はいまでも人の何倍もしているという。しかも、それだけでなく道具類や体のコンディションにも細かい気を使っている。だからこそ、世界のトップレベルでやっていけるのだな。つまり並みのプレーヤーはまずその練習量をこなすまでいかない。

結局、その仕事がよほど好きでなけりゃ続かないってことでもあるかな。あとは強い覚悟か。




たった一人の人にどれだけの時間をかけて気遣い出来るか、それによって人の心は動かされる。
at 2004 11/12 06:39 編集

「デジタル手帳仕事術」より

この本のタイトルからすると、ちょっと意外だなと感じたフレーズでいいと思える。この当たり前のことがなかなかできない。

このセンテンスの少し前に次のようなことも言っている。「パソコンに100件のアドレスを入力をしても、それは自己満足であり、その時間があるならていねいな手紙を一通、書いたほうがよほどよい。」

それはそうだと思える。私が5年前に思いついた川柳がある。

~~~ 「筆まめ」を 使う人ほど 筆不精 ~~~

しかし、直筆でハガキや手紙を書くことは少なくなってしまったなぁ・・・内容はどうあれ、とにかくペンを持って書くことだな。アナログのほうが人の心に近づくか。






企画とはつまりネタのことだ。
at 2004 11/11 06:39 編集

最近私がふと思ったこと。

何か「企画を考える、練る、作る」とか「企画会議」、などというとなんだか難しそうにも聞こえる。そして、新入社員の希望の部署はどこかっていう質問に「企画をやりたい」なんていうのも出てくる。それは言葉のカッコよさかもしれない。しかし、実際の現場の経験や知識もないのにいきなりそれはどうかとも思える。

やはりある程度現場の経験や知識を積んでないと、いい企画なんて出てこないような気もする。企画はつまりいくつかのネタの寄せ集めとも思えてきた。鮮度のいいネタ、二番煎じでないネタ、しっかりしたネタであることが最低条件ではないかな。

お笑いのネタもそこそこブレイクしたり長続きするものは、やはりきっちりしたパターンを持っている。




プロとアマチュアの差など、一言でいうならこだわりの度合いである。
at 2004 11/10 06:50 編集

「デジタル手帳仕事術」福島哲史著より

一日二十四時間考えている人に、一週間に一、二回しか考えている人が勝てるわけがない、とも言っている。

それはそうだ。寝ても覚めてもそればっかり考えていたら、それなりにすごいものが出来るかもしれない。それがプロっていうものだろう。そのためには根性も必要だな。

個人的にはほとんどの場合、何に対してもこだわらないことが多い。“ま、いいか”が口癖になってしっまうほど適当なところで妥協してしまう。でも、それだけじゃはやりいつまでたってもアマチュアに過ぎない。いや、だから何をやってもモノにならないのかもしれないな。あきらめが早く、たいていの事は長続きしない。困った性格でもあるな。

こだわり度か・・・ブランド物にこだわるって話はよく聞くことではあるが・・・




プレミアム・バリューをもつ。
at 2004 11/09 21:05 編集

「こころときめくマーケティング」村田昭治著より

ちょっと聞きなれない言葉だったこの「プレミアム・バリュー」とは「期待以上のこと」をさしている。期待通りでなく期待を超えたところにかけがえのない幸せ感が広がるという。

つまり、一般的には「思いがけない」が「嬉しさ」につながることもある。そんなものがマーケティングでは顧客創造のためには必要になってくるのだろう。

べつの言葉では「プラス・ワンの魅力」とも言っている。それを加えていこうという気持ちが、イノベーションにもつながっていくようだ。

と、ここまで書いてきたら、もしかしたらこれは付加価値のことではないかとも思い当たった。付加価値のあるサービスや応対を心がけていると、それによって顧客の創造につながると言ってもよさそうだな。





過去の日記。2004.10

2007年07月24日 | Weblog
人の一生は、ある意味では他人へサービスし、他人からサービスされるという原理で成り立っている。
at 2004 10/30 15:08 編集

「生きること 学ぶこと」広中平祐著より

このセンテンスに触れて、あらためてアーそうだったんだ、と気づかされましたね。

実際労働の75%以上が何らかの形でサービス業に関係しているという。そんなことを知らなくても毎日いろいろなサービスを受けたり買ったりしているもの。目に見えないものだからつい忘れやすくなってしまう。

べつに大げさに考える必要はない。

不満やクレームのもとは結構ちょっとしたサービス不足だったりするもの。ショップやいろいろなところの窓口では笑顔は無料だが、サービスはまずそこから始まるような気もする。

お互いにサービスしたりされたりでこの世の中は成り立っているんですね。

たとえば、私のこのサイトに立ち寄ってくれた方々になにかサービスできるのだろうか・・・そんなことまで考えてしまった!




新しいレイングッズで雨の日もちょっと前向き。
at 2004 10/29 22:22 編集

私が今夜思いついたフレーズ。

今月は雨の日が多くてなんだかスッキリしませんね。気がついたら傘が壊れていたので、今夜異なる柄のものを2本買ってきました。

そしたら、雨が降ってもそれをさっそく使えるかも・・・。そう思ったとたんに雨でも家に閉じこもっていることなく、少しは積極的に外を歩けそうな気もしてきたのです。

新しい傘でなくともお気に入りのレイングッズでもあれば外出してみたくなりそうだな。ほんの少しのことで気分が変わるものと思った次第。




自分で工夫して自分一人の時間を積極的に確保する努力をしない限り、あくせくするだけの人生で終わってしまう。
at 2004 10/27 20:50 編集

「IT革命に生き残る知的仕事術」より

今日はなんとなくあくせくした一日だった。だからこそ、このフレーズが身にしみた。

一人きりになって何かに集中できるような場所があるとほっとするものだ。こんな場所がいくつかあるといいなと思っている。

人との交流からなにか新しいヒントをつかめることもあるが、それについて考えてみるのはやはり一人きりのときだと思える。これからもちょっと工夫しながら、自分だけの時間とスペースを確保しよう。

あくせくから抜け出すために。




成功を手に入れたかったら、その何倍もの失敗をすることだ。
at 2004 10/26 17:47 編集

「IT革命に生き残る知的仕事術」児玉光雄著より

な~んだべつにそんなこと当たり前だ、とも思えるが、意外に単純なこの言葉は忘れがちなことでもある。

確かに頭では、理屈ではわかってはいても、なかなか出来そうにないのも事実だ。

べつにこれはITに限ったことではないと思える。つまり、いい結果をだそうとか、うまくやるためには、ぐらいに思えばいいことかもしれない。また何かに成功するんだ、などと頭の中でただ漠然とイメージしているうちは決して前には進まないものだ。

でも、はじめから失敗しようと思って努力するわけでなくて、うまくいくはずと思ってやるわけだから相当のの努力は必要だってことになる。結局は執念とか根性っていうことになるのだろうか。

やはり単純な言葉だけど実行に移すのは難しそうだ。でも、それをしなければ一歩も前へ進むことはできないか。また、頭のなかで同じようなこと繰り返している・・・




継続は力・・・を抜くことなり。
at 2004 10/25 06:42 編集

私がふだん思っていること。

何か始めようとするとき頑張りすぎるとけっこう続かないもの。

ならば、はじめからあまり頑張らないよう「力」を抜いてやったほうが長続きすることも多そうです。

たとえば、日記などは三日坊主の代表ですが、これも毎日キッチリ書かねば、なんて思うより不定期でもいいからとにかく週に何回か書いてみるか程度だと、あっという間に数ヶ月も続いているもの。

いま書いているこれもそんな感じでやっている。これもまた、オレ流かも。




実現性を先に考えない人が、新しいものをつくる。
at 2004 10/23 08:17 編集

「なぜあの人はいつも元気なのか」中谷彰宏著より

このフレーズのあとに関連して次のような説明がされていた。

・・・「仕事」という言葉には、常に新しいものに挑戦して新しいものを生み出していくクリエイティビティという意味があるのです。・・・

そうなんだ。今までと同じようなこと繰り返していたんでは作業にしかなりませんしね。

実現できる範囲内で、なんて考えていたら決して面白いアイデアや企画なんて生まれてこないな。とにかく新しいことを思いつくことが先決なんだ。そのためにはそこそこの知識や経験もなければな。




ウェブ上の日記はコミュニケーションのための機会にもなっている。
at 2004 10/22 22:01 編集

最近私自身がふっと思ったこと。

ホームページやブログで時々書いたりしていると、そんなことを実感する。

また、ホームページのダイアリーの項目に書いている人はほとんどが、人に読まれることを意識してあるいは目的としていることが多いはず。

それらを読むのも楽しいが、お互いのダイアリーを通じて意見交換ができるものまた面白い。

人と話をするのとは別の意味でマン・ツー・マンのコミュニケーションがとれているようだ。

従来の日記のコンセプトは自分の世界だけで人には秘密という意識があったもの。(交換日記は別として)

しかし、ウェブ上の日記は時には時間さえ忘れさせてくれるエンターテイメントでさえありうる。最近そんなふうにも思えてきたな。




外見は一瞬で相手を味方にできる「最高の営業ツール」である。
at 2004 10/20 21:27 編集

「超リアル営業戦術」阪本亮一著より

人は(自分もそうだが)たいてい第一印象でその人を判断してしまうことが多いもの。

ということは、はじめにどう相手に見えるかによって商談は変わってきてしまうといえる。

べつに、これは営業にだけに限らないことかもしれない。いい印象を与えることによって安心感も同時に与えられる。

商品だってそれを包むパッケージによって買うか買わないかを判断してしまうことはあるもの。

かつて「見た目で選んで何が悪いの?」っていうコマーシャルがありましたが、やはり外見の見た目は営業ではポイントなんですね。




デジタル化された時代だからこそ、キャラクターには手描きのぬくもりが求められる。
at 2004 10/19 13:33 編集

「キャラクタービジネス知られざる戦略」宮下真著より

このフレーズの後にはさらに次のような説明がされている。「フリーハンドで描かれたハートのあるもの、CGにはない手触りのあるもの・・・。いくらユニークで個性的でも、ハートを感じさせないキャラクターは存在価値がない。」

その一例としてミッフィーの絵を取り上げている。それがたとえまっすぐに見えてもすべてプルーナさんの手描きによるものだという。簡単なように見えても、それらは実は一枚一枚にかける時間は大変なものらしい。それによって独特なやさしさを生んでいるのだった。

ここで、ふと我々が日常でたまに書いたりする手紙やハガキのことを思い出してしまった。やはり印刷されたものより手書きのものの方に目がいってしまうのはそのぬくもりのためだったんだ、と。イラストにしても文字にしてもハートが伝わるって大事なんだな。




広告の三要素―子供、女性、動物―を活用することで、広告自体の注目度がアップする
at 2004 10/18 06:49 編集

「英語雑貨屋」というサイトのページでであったフレーズ。

これは英語で書かれた広告について解説された部分。広告はホンダの企業広告で、ロボットのアシモが子どもたちに囲まれながら階段を降りてくる写真と共に宣伝文が書かれている。

そのヘッドコピーはThe Power of Dreamsとなっている。これもインパクトがあるコピーでもある。

しばしば注目度アップのために広告では子供、女性、動物を使うものの自然の感じがしないものが多い中でこれはロボットと子供の表情がまったく不自然ではない。

なーるほど、そんな3要素があったんですね。これからはそんなところも注意して広告をみてみるかな。




権力をもたない人間にとって、事実に基づいた論理ほど強力な武器はほかにない。
at 2004 10/13 21:31 編集

THE21 11月号の特集「仕事ができる人vs、できない人の話し方」猪瀬直樹氏のことば。

一作家である猪瀬氏の提案から道路公団民営化関連法案が成立した。国土交通省の役人や国会議員といったいうなれば、戦車や大砲で武装した正規軍、それに対して彼は機関銃一丁きりのゲリラのようなものだという。

そのゲリラが正規軍に勝てる方法が一つだけあった。それは事実の裏づけがある論理だという。猪瀬氏は徹底的に事実を調べ上げ、そこから論理を展開していけば、相手も耳を傾けざるを得ないと考えそれを実行に移したのだった。

やはり、漠然としたことでは相手を説得などできないんですね。「私は~~と思う。」だけでは決して仕事ができる人にはなれないってことのようですね。




コンピューターだけがベンチャーじゃない。
at 2004 10/11 17:30 編集

「うまくいくスピード営業術」中谷彰宏著より

一見、ベンチャーというとハイテク産業などでコンピューターを使うことばかり考えがちだが、そうではないようだ。この人の言葉によると「サービスがベンチャー」だという。サービスは目に見えないもの、形のないものだから、それこそがベンチャーということらしい。

「新しいことをする」というベンチャースピリットこそが大事なのだ。

人がやっていないサービスを考えて実行することも立派なベンチャーだといえそうだ。

ここまでは大抵誰でもやるだろう、でもそこまでは・・・といえるようなことをやらねばな。

よし、明日からはサービスの発明家になろう!




人づき合いは池より川。
at 2004 10/09 11:37 編集

10月9日付け、朝日新聞、土曜版の「フジマキに聞け」藤巻幸夫氏のことば。

このコーナーを読んだ後、妙に気になってふたたび閉じた新聞を開いてみた。

老後についてどう過ごすか、ということについて応えている部分だ。彼は充実した老後を過ごすためには友達がいるかどうかで決まるという。

そして、永く付き合える友と出会うためには仕事以外でも人とつきあう努力が必要になる。そこで、上記のフレーズの意味がわかってくる。狭い池の中のだけの関係だけでなく川の流れに身を任せたり逆らったりしながら、できるだけ多くの人と出会ったほうがいい、ということらしい。

やはり長続きするいい友を得るためにはそれなりの努力が必要になるっていうことか。類は友を呼ぶっていうから、まず自分を磨かねば・・・でも、どうやって?





アイデアが降って湧く偶然に期待してないか?
at 2004 10/07 21:22 編集

「ヒットビジネスの発想術」より

前回の本を読み進むとまた、ちょっと気になるフレーズに遭遇してしまった。

私たちはとかくたまに、何かいいアイデアは浮かばないだろうか、と思いをめぐらすことがある。でもそんな時に苦労はするもののなかなかこれといったものが思いつかないものだ。それは日ごろから問題意識をもっていないからにほかならない。

日々の何気ないことにも注意深く観察しているからこそ、いざというとき何か新しいアイデアに結びつくもの。

そして、ただ見ているだけでなくメモをしたほうがもっといいらしい。その書くという行為の途中でいろいろと考えが浮かぶからだという。確かにそんな経験をしたことがある。

一見地味なことの継続のなかにアイデアの種は眠っているのかもしれない。やはり、ラクをしていては一歩も先にいくことはできそうもない・・・




発想力の原点は、個人の好奇心にある。
at 2004 10/04 22:07 編集

「ヒットビジネスの発想術」西村晃著より

ビジネスで成功しようと思ったら、当然優れた発想がなければならない。人とは違ったことを生み出さねば意味がないともいえる。

そこで、その発想の元となるものは好奇心だという。つねに自分に“みずみずしい好奇心を持ち続けているか?”と問うことからはじめなければならないのだ。

筆者は「いかに自分自身に刺激を与え続けるか。それこそ発想力を養う第一歩である。」という。

ルーティーンワークに流されず、いつもと違うことをしよう、と強く頭に植え付けねば・・・

まあ、ビジネスでなくてもそういう気持ちになったほうが変化があって楽しく生きられそうですね。




小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道だ。
at 2004 10/03 07:44 編集

朝日新聞 10/3付け朝刊記事より。 

年間最多安打を記録したあとでのインタビューに答えたイチロー選手のことば。

それまでのシスラーの記録「257」という数字を、とんでもないところ、と話していたがその記録を塗り替えたあとで素直な気持ちが表現されている。

バットにボールが当るとコツという音がする。その一つ一つのコツコツが大記録を生み出したということだ。

イチロー選手の言っているフレーズはわれわれの日常にも通じそうな意味あいを含んでいる。

小さなことからコツコツと・・・似たようなこと漫才師の西川きよしも言っていたっけ。




どんな小さなことにも喜ぶには、うけとる側の想像力が要る。
at 2004 10/01 21:39 編集

「喜び上手の心ノート」清川妙著より

喜び上手とはいったいどんなことなんだろうと、思って読んでみた。すると、上記のようなセンテンスにぶつかった。その後には、次のように書いてあった。

「一本の草の花、一枚の落葉にも、こちらにゆたかに深い思い入れがあれば、生きて心に迫ってくる。喜び上手は、また、しなやかな心を基調とする。・・・」

しなやかな心なんて、あわただしい日々を過ごしているとつい忘れがち。たくさんの喜びを得るには、やはりある程度余裕を持って過ごしたいものだと、つくづく思う次第。


過去の日記。2004.9

2007年07月24日 | Weblog
星野の「情」には「感情」の「情」だけではなく、「勘定」の「定」がある。
at 2004 09/29 06:34 編集

「PRESIDENT Online」のバックナンバー4/12号より

バックナンバーを眺めていたら、たまたま、出会ったフレーズにうなづけるところがあった。

タイトルは「私が目撃した名監督の愛情と非情」というもので、スポーツライターの高田実彦氏の文章の中にある。

かつて監督をしていたとき、プレー中で抗議をする場面がよくあった。燃える男らしく身体全体で猛抗議をしていた様子が目に浮かぶ。それはその審判の判定に対する抗議であると同時に選手に監督はここまでやっているというパフォーマンスでもあるといつも思って私は観ていた。

そのあとの攻撃でたいてい選手は奮起して打線が爆発というシーンが何度もあった。

高田氏は右手に「情」、左手に「定」を持つ星野のことを「感情と勘定」を操る策士だったともいっている。うまい表現があるものだと感心してしまった。





良いエンターテイメントを作るには「興奮の連鎖」が必要。
at 2004 09/26 22:12 編集

朝日新聞、9月24日付け。阿久悠氏のことばより。

話はプロ野球再生への課題について述べている部分だったが、なぜか上記のフレーズが気になった。氏の仕事柄、次のように話している。

作詞家が、「すごいいい詞ができた」といったら、作曲家や歌手やプロデューサーが、「よしやろう」と取り組んでくれたときに初めていい作品ができるという。

その逆は、一人でも情熱のない人がいたら台無しになるともいう。

べつに、「興奮の連鎖」がいい仕事の結果を生むのはエンターテイメントの世界だけではないだろう。一般の会社でも、組織のなかで仕事をする場合は、同様のことが言えそうだ。

プロ野球も本当に熱意のある経営者が集まらないと発展しないのでしょうね。




人間は感動を忘れたときに老けるという。
at 2004 09/25 17:34 編集

「人生、勝負は後半にあり!」より

最近、ほとんど何にも感動したことないなあ、と思ったら老けてしまうのかもしれない。つまりそれは実年齢とは関係ないことのようだ。

好きなことを趣味として持っていると精神衛生上もいいらしい。文学や芸術に触れて自分の世界を豊かにして感動する時間を持つことはかなりいいことに違いない。

没頭できるなにかがあれば・・・

何か趣味を育てていくことは今後の人生にとっても大切なことのように思えてきたな。




自己という商品の開発を怠るな。
at 2004 09/24 22:50 編集

「人生、勝負は後半にあり!」田中真澄著より

田中氏によると、商品は、新しく開発されて競争に勝たねばならない。また、私たちも自分を商品と見立てて、改善し開発していかなければならない、という。

自己開発には3つの条件があるらしい。

1.自分の仕事に研究熱心であること。研究熱心でなければ人も動かすことはできない。

2.身銭を投資すること。企業も伸びるためには研究開発に投資している、人も同様であるべき。

3.時間の有効活用。すべての人に同様に与えられている時間をどう使うかによって人生は決まってくる。

要約すると上記のようになる。なるほど、なるほどと思えることばかり。自分はもっと、もっと大いに開発が必要な商品なのだ!と思い込むことから始めよう。




ディスカウントとサービスを区別しよう。
at 2004 09/22 21:30 編集

「お客様が私の先生です」中谷彰宏著より

値下げとサービスは混同しやすいものだ。よく店で値下げして売っていることもあるが、決してサービスがいいわけではない。もし、値下げが当たり前になってしまったらありがたみもなくなってしまう。安さだけで勝負していたらすぐに限界はきてしまうだろう。

サービス精神は自分で感性を磨いていかなければいけないものらしい。サービスと一言でいってもその意味は広くて奥も深いものだ。まずはいろいろな文化的なものに触れて感性を磨いていかねば。




チア・スピリッツ~人を元気づけ、楽しませること~
at 2004 09/21 06:39 編集

「ダンス・ラブ★グランプリ」長谷川晶一著より

この本は2004年3月14日、チアダンスコンテストで全米を制覇した高校生の記録だった。

その高校生は普通の神奈川県の進学校の生徒でそれまでダンスドリルが未経験の少女ばかりだったことが驚きでもある。かなりハードなダンスのようだ。練習は毎日早朝から授業のあとの夜まで。2年間で頂点にまで持っていったのは並大抵のことではないに違いない。

一般的に私たちの生活でも「人を元気づけ、楽しませること」ができたら仕事も成功しそうだ。

この作者も取材中、身内の不幸が立て続けにあったが、彼女たちから逆に元気と勇気をもらい続けることができたという。う~む。

私ことながら、我が娘もこの学校のダンスドリル部に所属している。親の言うことは無視して先輩の言うことばかり聞くのだ・・・これもまた、う~む・・・




「健康」がビジネスマンの最強スキルになる
at 2004 09/19 21:33 編集

THE21 2004 10月号より

その次には「どんなに優秀な人だって、病気になったら終わりなのだ!」と書いてある。

まさにその通りではあるが、どんな人にも、私みたいに結構平凡な人間にだって怪我や病は仕事以上に深刻な問題には違いない。

現代はストレスがたまりやすく家庭のことや仕事によっては不規則な生活をしいられることもある。だからこそ、「健康」自体がスキルともなりえるのだろう。

健康体であること、そしてそれを維持していくことはビジネスマンでなくても仕事以前の基本的な仕事ともいえるのでしょうね。金銭を稼ぐ前に健康を稼げ!ともいえるかな・・・




「知るだけの者は好きな者には及ばない。好きな者もそれを楽しむ者には及ばない。」
at 2004 09/17 21:08 編集

「魅力創造のレシピ」坂井直樹、北山孝雄共著より

はじめこのタイトルが面白そうなので読んでみた。なるほどと思える箇所がいくつかあったものの、結局最後のほうのページで出会ったことばが一番印象に残った。

それは、上記の孔子の格言だった。

要するに仕事をするにもそこそこ気に入って一生懸命やるよりも、楽しんでやったほうが成果が上がるってことですね。

自分で企画したことがうまくいくと楽しい、そして楽しいと思ってやるからこそいい結果が残せる、そんなことをいくつも経験してみたいものだな。






今日は暑さを征服してやった。
at 2004 09/15 21:32 編集

志賀直哉の短編集の後にあった解説「志賀直哉・・・人と作品」藤枝静男より。

藤枝氏がある夏の暑い昼に志賀直哉に会ったときに言われた言葉。

つまりこれは朝から小説を書くことに集中していたということだったのだ。エアコンもない時代の真夏に暑さを忘れるほど没頭しながら創作活動をしているからこそ魂がこもった作品が出来上がるのかもしれないと思った次第。

はたして、自分自身今年の夏にそんな時間を過ごしただろうか、とふと反省させられた。前向きな意味で夢中になれる何かを持てることは幸福かもしれない。




しゃべる営業は売れない営業。
at 2004 09/14 19:21 編集

PRESIDENT online 10月4日号 より

しゃべっているのは、渡辺茂一郎さんという富士ゼロックスでトップ営業マンだった人だ。

「営業の極意はしゃべるな!」ということでもあるという。おやっ!と思ってしまう。黙っていては売れるわけがないからだ。一般的には営業マンは喋りがうまいほうが得なような気もするが、そうでもないようだ。

また、営業がしゃべらなくていったいどうする、という気もする。

つまりこれは一方的に、勝手に、カタログの説明のように、ということらしい。お客さんのニーズを無視したトークは受け入れられない。そこで、効果的な質問をすることからスタートすべきだといっている。「たとえば・・・について何かお困りなことはありませんか?」などと。

当然その前にはお客さんのことについて調べるなりの事前の準備が必要となる。実はこれがけっこう大変そうな気もする。順序としてはしゃべる前に「お客さんについての情報を得る」、「質問を考える」、「質問する」、「話を聞く」、「それに対応する」ということになりそう。

やはり手間隙かけないと効果的な質問もすることも聞くこともできなそうだな。






コレステロールに悪玉と善玉があるように、癖にも悪玉と善玉がある。
at 2004 09/12 06:56 編集

『「できる人」はどこがちがうのか』斉藤孝著より

先日もこの本からのフレーズを書いたが、読み進むうちにまた気になるフレーズに出会った。

自分自身もコレステロールが気になるが、癖にも善玉と悪玉があったと聞きまたまた気になってしまった。ここで著者が言いたいのは癖の技化(わざか)であった。

オリジナリティ(独自性)が重視される領域においては、基本は押さえた上で、自分の癖を技にアレンジしていくやり方も、効果的だと述べている。

そういわれると、すぐにプロ野球選手の例が頭に浮かんできてしまう。メジャーで活躍する野茂投手のあの上体をひねったトルネード投法は誰にも真似ができないものだがそれですごい実績を上げてきたのだから善玉の癖ともいえよう。また、オリックス時代にも安打を量産していたイチロー選手の振り子打法や、巨人のローズ選手の打席でバットを揺さぶる癖もそれで本塁打を量産しているのだから善玉の癖だ。

とりあえず、自分の癖を善玉と悪玉に分けることからはじめてみなければ。でも自分には、善玉と思える癖があるかどうか・・・





リレーションの上に立ったコミュニケーション
at 2004 09/09 08:13 編集

「新・エンターテイメントの発想力」桧垣俊幸著より

はじめは、このカタカナのフレーズにピンとこなかったのに、なぜか気になって何度も1ページを読み返してみた。前提として、この本はマーケティングのなかでいかにエンターテイメントが大切な要素であるかを述べている。

要するに、楽しくなければ、面白くなければ人は関心を示さないということは当然だ。そこで、まずそのエンターテイメント性から人やモノとの関係(リレーション)がはじまり、次にコミュニケーションへと移っていくという図式のことを述べている。

面白いテレビ番組を観たり、ちょっと楽しそうな人に出会ったら話題にして人に話してみたくなるのと同じようなものかな。そして話すことでコミュニケーションが図れる・・・




技を盗む力は、「技を盗もうとする意識」によって向上するものである。
at 2004 09/06 21:37 編集

『「できる人」はどこがちがうのか』斉藤孝著より

その後にも少し続いている。「・・・単なるまねることと盗むことの違いは、ここにある。」と。

これは、ワザを人から盗もうと思ったときの心構えとその前提について述べている部分だ。著者はさらに「盗むことができるためには、、自分の身体で技を試行錯誤した体験の蓄積が必要である」とも言っている。

基本的には貪欲な気持ちがなければ、しっかりと人のワザなど盗めるものではない。そして、結局ラクしていては上達はおぼつかないのだ。

マニュアルがあるからそのとおり出来たからって、それで満足している段階ではまだまだ本当のワザの習得には程遠いってことですね。




仕事は最高のホビー
at 2004 09/05 12:25 編集

TOKYO HEADLINE 8月30日号より。街で配布されているタブロイド版のフリーペーパー。

2ページにわたって矢沢永吉の特集が掲載されていた。その中のインタビューでいっている言葉。

「仕事を仕事だと思うからいけないの。これは最高に与えられたものだと思ったら、最高のホビーですよ」

そうさりげなく言い切ってしまうところが矢沢のすごいところだ。仕事と趣味が一致していたらいいのかのかわるいのかわからないが、彼の場合はそれでいい結果が残せているのだから説得力がある。常に人気を維持している元はそんなところにありそうだ。




好きなことや特技を伸ばすと、自信のない点がカバーされる
at 2004 09/03 22:08 編集

「ツキを呼ぶコツ」船井幸雄著より

ツキは自分の中にあるという。それは特技や好きなことをさしている。それらを伸ばすことでツキがやってくるらしい。これを経営指導では「長所伸展法」といっている。

誰でもが持っている欠点や不得意なことを克服しようとすればかなり大変なことだ。そんなんことをしている間に長所までもへこんでくる可能性もある。ならば、長所を伸ばせば不得手も消えるという。

まあ、これも相対的なことのような気もするが。いずれにしても、ツキがやってくるなら多少の欠点には目をつぶって、特技を伸ばせればいいかも。ところで、自分には何か特技みたいなものがあるのだろうか・・・





夢を追いかけているから、3時間しか眠らなくても平気だ
at 2004 09/02 20:59 編集

「マイクロビジネス」加藤敏春著より

こう言い放ったのは、インターネットの検索エンジン「YAHOO!」をつくりだしたジェリー・ヤングだった。著者がまだ無名だった青年との会話のなかで出てきたフレーズ。

加藤氏は、人を動かしていく駆動力という点で、「夢」にまさるものはないといっている。

さらに、自分の夢を実現しようという思いがあれば、働くことは「労働」でも「仕事」でもなく、「楽しみ」に近いらしい。

やはり、しっかりした夢を持ち続けることはすばらしいことなんですね。最近なんとなく疲れてる私はまだまだ夢の持ち方が強くないのかもしれない・・・




ファンタジーは、現代人の心象にアピールするキーワード
at 2004 09/01 19:16 編集

「ファンタジービジネスのしかけかた」野上暁著より

このセンテンスはその後にも少し続いてました。「ファンタジーは現代人の心象にアピールするキーワードとして、マーケティングやビジネスの現場でも様々に消費されているのだ。」

つまり、ファンタジーとは商売の元にもなっているということなんですね。この本の中ではその代表的な例としてハリーポッターシリーズの大成功を取り上げていました。

小説のほかにも映画でも様々な関連グッズでも無限に市場が広がっているのです。その前提としていかにメディアをうまく使うかもビジネス上のキーワードのようです。これからもますますファンタジーでビジネスチャンスが広がっていくのでしょうね。


過去の日記。2004.8

2007年07月24日 | Weblog

正確に作るだけなら誰でもできるけれども、プロとして作るならスピードと質が要求されます。
at 2004 08/27 07:12 編集

「造形集団 海洋堂の発想」宮脇修一著より

いまや食玩などのフィギャーの世界ではこの会社はかなり有名になっている。著者はその会社で専務をしている。彼が模型屋つまりプラモデルを作っているときにいった言葉だ。

プロなら当たり前なことかも知れない。しかし私たちも仕事をする場合プロという自覚をもっと持たなくてはとこの言葉で感じた次第。サラリーマンも主婦もそれなりにプロでなけばならないはず。

プロならきっちりやるのは当たり前で、そのうえスピードと質はその基本かもしれないな。もう一度考え直さねば。




人生の中で金メダル以上の経験をさせてもらった。
at 2004 08/24 20:50 編集

アテネ五輪72キロ級で銅メダルを獲得した浜口京子選手のことば。

精一杯戦ったあとの満足感からくるさわやかで印象的なことばだった。きっと今までの人生で最高の体験をしたのだろう。なかなか凡人にはそんなすばらしい金メダル以上の経験などはできないもの。浜口選手にはこの経験をいかして今後ともさらに飛躍してほしい。

それにしても、父親のアニマル浜口氏も全身でがんばっていた。これほどの絆で結ばれた父と娘はまるで劇画のようでもある。




五輪に来た以上、とりあえず狙ってみた。
at 2004 08/21 16:56 編集

競泳女子800メートル自由形で、女子自由形では日本人初の金メダリストとなった柴田亜衣選手(鹿屋体大)の言葉。(日本時間21日未明)

五輪代表選手ははじめから絶対にとか、どんなことをしても金メダルをとるんだ、という積極的な声が多い中で「とりあえず」という言葉はかなり控えめで逆に印象的にさえ思える。だからこそちょっと気になるフレーズなのだ。

そして、結果的に日本の五輪史上初の女子自由形での金メダルだから日本の五輪の歴史にきっちりと名を残すことになったのだ。本当にすごいことを成し遂げている。

インタビューのなかでも「自分でもびっくりだから、周りはもっとびっくりじゃないですか」そんな返答からも素直ささえうかがえる。

控えめな性格な人でもきっちりと結果を出す人はいるんですね。





つかんだ栄光を握り続けては次なるものはつかめない
at 2004 08/18 21:17 編集

横浜F.マリノス岡田監督のことば。(WEDGE2004 8月号より)

昨年の前、後期に続いて史上初の3期連続優勝という栄光をつかんだ後、市原に0-3と完敗したあとにこう言っている。

出来上がったものに対して常に「本当にこれでいいのか。このままでいいのか。」という小さな疑問を抱いておかないと、流れに取り残される。というコメントもありました。

やはり初心にかえることは大事なことなんですね。この考え方はビジネスにおいても全くあてはまるものだと思った次第です。




命を燃やして完全燃焼できているという確信
at 2004 08/17 18:50 編集

孫正義氏のことば(WEDGE2004 8月号より)

彼が完全燃焼しているもとは次のものだった。「世のため人のため、人々のライフスタイルそのものを変えるくらい大きなものを21世紀に残したい。人の幸福、楽しさ、豊かさを提供したい。それが僕の理念なんです。」

スケールの大きい仕事をしている人の言葉だ。さすが志の高い人は考えていることが違うな、と感じてしまう。どんなことでも、自分が完全燃焼できているときほど幸せなことはありませんね。

いまアテネ五輪でがんばっている選手の皆さんも完全燃焼しているに違いありません。




書くことによって発見することもいっぱいある。
at 2004 08/16 07:53 編集

これは私のホームページの掲示板に書いてくださった方のお言葉の一部。
確かに日記やメモにしても書いているうちに、新しい発想や気付きがありますね。そんなことを大事にしていきたいとも思いましたね。
今書いているこれも、掲示板への返信を書いているうちに、ちょっと気になるフレーズだと気が付いたのです。



人間は苦味成分を含む植物を好んで食べている
at 2004 08/14 18:58 編集

「サラダ野菜の植物史」大場秀章著より

この本で大昔、人類が生き延びるためには野生の動物たちと食べ物で競争しなけばならなかったことをあらためて知った気がする。ほかの動物たちが食べ残したものには、有毒植物や苦味のある植物が含まれていたのだ。
人間は持ち前の頭脳を働かせて食べられるものをさがす努力をしてきたという。そのひとつに苦味のある植物があり、いまでは逆にその苦味を愉しんでいるわけです。

大根、からし菜、春菊、レタス、ニガウリ、セロリ・・・など私たちが好んで食べるものは多いことに気づきますね。私のこの季節(夏場)のお気に入りはニガウリ(ゴーヤ)のサラダなんです。






実用書は現代人の心を映す鏡である。
at 2004 08/13 20:43 編集

「実用書の食べ方」岸本葉子著より

このフレーズは次の言葉のあとにつづいている。「コンプレックス、欲望、やむにやまれぬ必要、こだわり・・・・」

作者はさまざまな実用書を読んで理解するだけでなく、実際に試したりしている。そこからどう感じたかなどの感想を述べている。そして、その結果あとがきでいっているのが先ほどのフレーズだ。

連日実に多くの実用書が生まれているな、と新聞に掲載される書籍の広告で感じています。それだけあらゆるジャンルで必要な人が多いということにもなるのだろう。この数年は“起業”という言葉をタイトルに使ったものが目に付いたが、5年前には気がつかなかったほど。また、健康やお金についての本は常に生まれ続けている。

実用書のタイトルを眺めているだけでも、人が何を求めているかもわかるような気もしますね。




完璧に見えるものこそ不完全。
at 2004 08/12 21:27 編集

これは私がしばしば感じている個人的なフレーズ。

その一例はダイレクトメールです。封筒はたいていパソコンで住所や名前が印刷されています。確かに読みやすくて一見完璧に見えます。でも、もうそれだけで封を切って中を見る気にもなりません。

それが、もし手書きのものだったら何だろうと思ったりします。さらにちょっと気の利いた一言でもあればすぐにでも中を見たくなるかもしれません。

さらに中の印刷された文章の中にも直筆の部分があれば自然とそこに目が行きますね。きれいに出来上がっているものが本当にその目的を果たしているかどうか疑ってみることも必要かな、なんて思っているのです。




仕事はすべて発表の場。
at 2004 08/10 16:37 編集

「あなたが動けば人も動く」中谷彰宏著より

ただの作業と仕事とは違うもの、という前提だ。

つまりやった人によって変わってくるものに対して、人は初めて一生懸命やろうと思うのだという。

例として張り紙に描かれたイラストにその作者の名前を入れることで、その人への感謝の気持ちになるという。すると次も自発的に描こうという気にもなるもの。それはその「仕事が発表の場」になっているということだ。

誰がやっても同じ仕事は、誰も一生懸命やらない、とも言っている。そうかもしれない。個人の仕事がが評価されてこそ初めてやりがいは生まれるものなんですね。よし、これからは「仕事を発表の場」に変えていこう。問題はこのフレーズをいつまで覚えていられるかだ・・・




目的達成のために身近なものをすばやく使える能力
at 2004 08/09 21:08 編集

「百式」(ホームページ)の8/8付けより

このHPはメルマガも発行している。365日毎日いろいろな海外のビジネスを紹介している。その中のフレーズ。

そしてこの日は“チェアー・スリッパー”という商品を紹介していた。それは椅子や机の脚にゴムボールをつけて滑り止めにしているだけのことだった。しかもこれは既成のテニスボールに切れ込みを入れただけのもの。

こんな単純なものでも商売として成り立ってしまうのだ。身近にあるものをちょっと工夫して新しい提案をしているところが素晴らしい。

私たちも身近なものにアイデアをふりかけて新しい価値を創ってみたいもの。別に商売のことなんか考えずに、面白ければいいと思いますね。

何もしないよりは失敗した方がいい。
at 2004 08/07 21:00 編集

「成り上がりの時代」落合信彦著より

とくに若者にとってはトライ&エラーは特権だから、楽天的にチャレンジすることが、自分を飛躍させることになるという。

結局何もしなければなにも得られないということだ。べつに若者だけでなくても、ちょっとした失敗ならするだけ得られるものがあるかもしれない。

考えてみれば、けっこう当たり前のことかもしれないが、忘れがちのフレーズでもあるかな。この機会にもう一度肝に銘じたい。




好きも嫌いも女へん
at 2004 08/05 07:39 編集

ふと、頭に浮かんだ自分のフレーズ。

どうして正反対の言葉に女偏がついているのだろうか、とふと思ったりしたのです。

どちらかといえば、男の場合は感情より理屈が先に来るのかも知れない。それに対して、好きなのもは好きで、嫌いなものは嫌い、と理屈ではなく感覚だけではっきりいえるのは女だからだろうか。

でも、そんなこと勝手に書いたら女性から嫌われてしまうかな・・・




不変なものほど変化している
at 2004 08/03 21:17 編集

「やる気やるチャンスやる力」高原慶一朗著より

この人は、あらゆるものは(改良の余地のある)不良品だという。それをいまより完成品に近づけようとする努力が、売れる商品を生み出す最強の要因となるらしい。

そして、ロングセラーといわれる商品ほど絶え間なく変化しているものだという。確かに時代や消費者の好みに合わせて絶え間なく改良が重ねられているからこそ、ロングセラーになっているのだ。

もしベストセラーなら一時だけのものかもしれない。こんど身の回りのロングセラーを気にしてみよう。

そうそう、人だって歳とともにそれなりに変わらなければ・・・





過去の日記。2004.7

2007年07月24日 | Weblog
つまらない成功よりも、面白い失敗
at 2004 07/28 21:40 編集

「コンセプト気分の時代」坂井直樹著より

面白い失敗は結果的には成功につながることもあるという。それはユニークなことだったり、インパクトを与えることだったりするからだ。

減点主義の企業では常に成功だけが評価される。しかし、実際は失敗と成功が繰り返されているものだという。なるほどそうには違いない。あとはその繰り返しをどうやってコントロールしていくかが問題となる。

昔からいわれるように、失敗は成功の元になってこそ意味があるのだろう。自分の場合ほとんどが「つまらない失敗」ばかりだったような気がする。これからは「面白い失敗」をやってみるかな・・・




万単位の反復練習
at 2004 07/27 20:53 編集

「身体感覚を取り戻す」斎藤孝著より

武道の技を習得するには、万単位の反復練習が必要だという空手家の南郷継正の技論を紹介している。
そのなかでも「量質転化」という概念があり、量がある程度に達すると質的な変化を引き起こすというもの。それを目標に反復練習をするべきだという。

また一つの技を万単位で反復することがないなら、自分の得意技をもつことはできないともいう。これはとてつもない回数だ。一般にノウハウなどと言う言葉があるが、この技を習得するための反復回数の前にはあまりにも軽い言葉に思えてしまう。
仕事もこんな心がまえでやったらかなりのことが出来そうな気もするが、そんな根性は私にはないか。





プロになるには、努力だけではだめだ。
at 2004 07/21 21:54 編集

「マイ・フィールド・オブ・ドリームス」W.Pキンセラ著より

その次に続く言葉は・・・才能、そして鍛錬。この二つが夢の実現には必要である、と述べている。

この本は副題に“イチローとアメリカ物語”とあるようにイチローの活躍を中心とした内容になっている。

才能や実力に恵まれていない選手がメジャーという夢に取りつかれてしまったら、それも不幸だという。

例えば、イチローは打席に入る前には柔軟体操をし、守備についているときも何かを観察し、考えている。

やはり一流と言われるプロの選手は心構えからして違うもの。




サービスは値札のない商品でもある。
at 2004 07/20 10:21 編集

これは私の独り言。

ふつう商品には値札が付いていても、それを買うときに受けるサービスは付加価値のようなもの。またサービス業という職種では商品を手にとって見られるものばかりとは限らないので、なおさら対応する人によって受ける感じは異なってしまう。感じの良し悪しですぐに高くも安くもなってしまう。

笑顔や爽やかなあいさつはタダだが、それがあるだけでも結構いいサービスと感じるときがある。逆にそれがないと高いと感じてしまうときもあるが。




疑問や迷いはむしろ推進力として貴重。
at 2004 07/18 22:26 編集

「書くためのデジタル技法」二木麻里、中山元著より

エッセーなどを文献を使いながら書くことを想定している部分でのフレーズ。

なにかを書き始めるとその途中で次々と疑問を感じるときがあるが、そんなことが書くことの推進力として貴重らしい。つまりそれらの疑問をきっちりメモしておきインターネット等で検索して調べることでより具体的なものになるという。

自分にとっての疑問はあたらしい発想の元になるのかも知れない。だから同じような資料を使ってもイメージの持ち方で個性がでるともいえそうだ。




信頼は“手間暇”がつくる。
at 2004 07/17 08:55 編集

「逆転勝ちの発想」田原総一朗著より

本文では逆説的な言い方をしている。嫌われる人間の共通点はは自分を相手に理解させようと懸命に努力しないところだといっている。

つまり好かれる人間はきっちり手間暇をかけて説明する人ということになる。もちろんその説明が相手に十分伝わらなければ意味がないが・・・
私はせめてホームページの掲示版に書いてくださった方々にはちゃんと返信せねば。







ユーモアとは、いかに自分をさらけ出すか。
at 2004 07/16 06:29 編集

朝日新聞「ひと」欄より。7/16付け

「空中ブランコ」で第131回直木賞を受賞した奥田英朗さんのことば。

言葉では簡単そうですが実はこれがけっこう難しそうなこと。

ついでながら、「逆転勝ちの発想」田原総一朗著のなかでも、・・・・「ユーモアの基本は、自分をいかに客体化し、自分をいかに笑えるかということに尽きる。」ともいっている。

燃え尽き症候群のサラリーマンにならないためにも、ちょっと念頭に置いておきたいフレーズだと思いましたね。もっとも私はほとんど不真面目ですが。





メモは一種の飼育箱である。
at 2004 07/13 21:11 編集

「自分づくりの文章術」清水良典著より

この考えかたは何かを創造しようというとき役に立ちそうだ。ノートなどにはあとでまた書き加えられるように余白をつくっておくのがいいらしい。

メモを眺めることで次の着想や考えが引き出されていくという。そうしてメモは育っていく。

メモには生命力があったんですね!当然よく育つメモは自分の関心、興味が強いともいえそうだ。

いま、ここに書いているのも全くのメモといえる。




コミュニケーションのインフラを創る。
at 2004 07/12 21:44 編集

これは私の造語。

人といい関係を保つためには、つねに何らかのコミュニケーションを継続することが必要だと思っています。つまり私たちが生活するときに必要な電気、ガス、水道のようにコミュニケーションでも基盤をしっかりと創っておくことで、仕事がやりやすくなるのではないでしょうか。言い方を変えれば人間関係もよくなるともいえます。

今後とも長くお付き合いしたいと思う人に出会ったら、こちらから定期的にインフラを創るようにしたいもの。結構念頭においている言葉なんですが・・・




あなたがいかに定説や常識にしばられているか。
at 2004 07/11 21:45 編集

これも以前書いたことがある、ジェームス・スキナー氏の言葉。7/11付け朝日新聞全面広告より。

ビジネスの世界で生き残るには、新しい価値や答えを創り出してこそ意味があるというようなことをいっている。その面白い例として「○肉○食」では一般的には「弱肉強食」だけが正解とされる。また「焼肉定食」でもビジネスの世界では既にあるものなので当然すぎるという。

そこで全く新しい答えとして「豚肉禁食」であればジェームス氏にとっては正解なのだ。う~む、と言わざるを得ない。こんな問答をアメリカ人のビジネスマンが指摘するところがすごい!

つねに定説や常識を疑ってかかることも物事を新鮮にみるきっかけにもなりそうだ。




家庭教師に向いている子・・・
at 2004 07/08 22:27 編集

たまたまある雑誌を開いていたら、次のような家庭教師のトライの宣伝コピーが目にはいった。

「世の中には、塾に向いている子と、家庭教師に向いている子がいる。」というもの。

これを見て思わずツッコミを入れたくなってしまった。どちらにも向いてない子の方が多いんじゃないのって。

それよりむしろそんなものに頼らすに、自分の力でやってやるっていうくらいの根性を持って“トライ”したらどうだろうか。人に頼って満足な結果が得られなかったら他人のせいにするんじゃないだろうか。自分を信じて努力すればどんな結果だって納得できると思うんだが・・・

でも、受験生には結果さえよければ、なんていう気持ちが強いのかも。おじさんの独り言ですね。




人の心に響く粗品。
at 2004 07/07 21:33 編集

これは、ふと思い浮かんだ自分のフレーズ。

一般的には人の心に響いたりするのは、“言葉”だ。実際、人から言われたこと、小説の中で出会った言葉、映画の中のシーンでのセリフなどさまざまなケースがある。そんなふうにして印象的な言葉や感銘するフレーズに時たま出会うことはある。

しかし、ただの物(しばしば粗品など)をもらったときにこんな経験をした覚えはほとんどない。単によかったな程度のものだ。そこで、もしただでもらったものでも人の気持ちをよくしたりするものがあったらいいなと、思った次第。

粗品だから当然単価の安いものでなければならない。安いけれども気が利いているもの。いつかそんなものに出会ってみたいもの。あるいは作ってみたいものだ。




仕事はギフト。
at 2004 07/06 09:31 編集

7/4付けの朝日新聞の全面広告「朝日求人」のなかでジェームス・スキナー氏(経営コンサルタント、社会評論家)の言葉。

企業で働くことについて、単に自分の売上や企画だけを考えているだけの人間は弱いものだという。むしろ、お客様や社会に対してギフトを差し上げる気持ちをもつことが大事だと主張している。

自分の力を企業の中で生かし、お客様が喜んでいただけると思えるニーズを掘り当てることを集中して考えるべきだという。つまり、自分よりお客様に集中しなければいい仕事はできないのだ。

たとえば、ボランティアなんかは相手のことをまず先に考えなければならない。そんな気持ちでお客様がどうしたら喜んでくれるかを考えながら仕事をすすめたら、仕事の質もかなり変わってきそうに思えますね。こんなちょっとした意識の変化が積み重なると結構質のいい仕事ができるに違いない。「仕事はギフト」でもあることを肝に銘じたい。




僕の日記は、アンテナが錆びつかないように、磨くための手段でもあるのです。
at 2004 07/04 21:25 編集

「日記力『日記』を書く生活のすすめ」阿久悠著より。

氏は23年間毎日欠かさず日記を書き続けているという。それは作家としての神経が眠らないようにするためだと言っている。

しかも書いている内容は自分がなにをどうしたかの出来事ではなく、世の中で起こっていることをニュートラルな感じで書き綴っている。

一般人はむしろ日常生活では神経を休めることを目指すものだが、さすがクリエーターの心構えは違うと感じる。また言い換えれば、日記を書くことで感性を磨き続けているのかもしれない。





工夫の数だけ、売上が伸びる。
at 2004 07/03 13:24 編集

「しびれるサービス」中谷彰宏著より。

コンビニを例にとって話をすすめているところで、お客様からのクレームや要望はお客様からアイデアをいただいたと考えてすぐに工夫して実行すべきだと説いている。

もちろんコンビニに限らず、すべての仕事にいえることだとおもえる。また、やった結果のデータの積み重ねは財産だとも言っている。店を良くするためにどんどん変わることで売上も伸びる、というこを言いたいようだ。

ということは、逆にいえば売上が伸びないのはまだまだ工夫と実行が足りないということになる。う~む、そうかと考えざるを得ない。がんばらねば・・・




生き残るとは「己の武器」を見つけ出すこと。
at 2004 07/02 21:24 編集

「二勝一敗の人生哲学」森祗晶著より。

さすが、9年間の監督生活で8回のリーグ優勝、6回の日本一を達成した人の言葉らしい。

相撲の世界では、土俵の下に金が埋まっていて、野球界ならグラウンドに金が埋まっているという。問題はそれをどうやって掘り出すかだ。

森氏は、自分が信じた場所をひたすら掘るということだという。あとは我慢と忍耐しかない。

私たちは本当に信じた場所を持つことが先決な筈。もし見当違いな場所を掘ったらまるで無駄骨を折ることになってしまうかも知れない。

己の武器を見つけ出してそれをうまく利用できた人だけが成功するのだろう。しかしそんな人は身近には少なそう。そこそこの武器でもみつけたいもの。


過去の日記から。

2007年07月24日 | Weblog
「ビジネスは一夜漬けの連続」
at 2004 06/30 21:21 編集

これも前日の久恒氏の同著書からのもの。

私たちに押し寄せてくる情報の量は膨大で、刻々と変化しており、仕事は激流のようなスピードで展開していくため、毎日“一夜漬け感覚”でテキパキと対応していくことが必要だと説いています。

そんな中では問題の本質をすばやくとらえるには図解が有効のようだ。日頃の積み重ねができない自分にはトライする価値があるかも。

とはいっても、この図解はある程度のめり込まないと習熟しないかも知れない。





図解コミュニケーションは「納得の技術」
at 2004 06/29 12:41 編集

「図で考える人は仕事ができる」久恒啓一著より。

久恒さんは図解の第一人者といえる。この本の中で、文章によるコミュニケーションを「説得の技術」とすれば、図解コミュニケーションは「納得の技術」と説いている。

「人間というのは、説得されるのが嫌いなのです。他人から自分の考えを操作されているようで不快な感じがします。」とも書いてある。

確かにその通りで、相手の言うことはなるほどとは思っても気持ちがついていかないな、と思うこともある。それに対して、図解をすれば相手から合意を取り付けるのも容易らしい。

結局理屈よりもだれにでもすんなりと理解、納得できることが先決なんでしょうね。

この本には図解が非常に少なかったが、学ぶことは多かった。





自分の個性や人間性で勝負している。
at 2004 06/27 07:13 編集

PHP7月号、露木茂氏(元キャスター)のことば。

アナウンサーとして同期でフリーになっている森本毅郎、徳光和夫の両氏を評して、共通しているのは、テレビでも普段でもまったく同じであるという。これが簡単そうで非常に難しいらしい。

人に受け入れられるためには、とりつくろうより、むしろ自然体でいるべきだと説いている。

そんなところに人間関係をスムーズにしてくれる秘訣がありそうだ。





仕事しか出来ない人間はつまらない。
at 2004 06/26 08:24 編集

今朝の朝日新聞土曜版にあったフレーズ。今年、日本マクドナルドのCEOに就任した原田永幸さんのことば。彼は多忙でも学生時代からずっとドラムを続けていると言う。

趣味をずっと継続するのは価値あることに違いない。仕事では得られない価値観を得られる筈。それも仕事が満足にできることが先決かも知れない。仕事もできないのに・・・とも言われたくないし。

勉強も同じようなものかも。たとえば勉強しか出来ない人間はつまらない・・・とか。まあ、なんでも自信を持てるものがあるのはいいことなんでしょうね。





一筆箋でも作るかな・・・
at 2004 06/21 21:26 編集

これは私のひとり言。

以前何度か大型の文具店に行って探したものの、気に入ったものがなかったのでそれ以来パソコンで自分で作るようになっている。

デザインも自分の思い通りに作りイラストや写真も気に入ったものだけを入れている。一度テンプレートを完成すればあとはさまざまなバリエーションを楽しめる。おまけに買うより安上がりっていうのも気に入っている。

手元の枚数が少なくなったときに、思わず---そろそろ一筆箋でもつくるかな、というひとり言が出てきてしまう。





夢の実がなっている。
at 2004 06/20 20:36 編集

JAF Mate 7月号より。
田中義剛さんはタレントであると同時に酪農家でもある。彼は高校時代に北海道に一人旅をして経験した牧場生活に憧れて、その夢を持ち続けていたのです。
まず、北海道酪農大学に進学しその資金作りのために芸能界を目指したと言う。そしてついには「花畑牧場」主になってしまったのだ。つまり、「花畑牧場」には田中さんの夢の実がなっているらしい。
ほとんどの人にとっては夢が夢のままで実になることはほとんどなさそうなのに・・・スゴイ!





決して喜怒哀楽を見せないが、結果は残す。
at 2004 06/19 12:26 編集

6/18付け朝日新聞朝刊より。ドジャースを担当する女性スポーツライターのモリスさんが今年メジャーで10年目を迎える野茂に対する言葉。

「野茂の生き方には威厳がある。決して喜怒哀楽を見せないが、結果は残す。私はそんな彼を人生の模範にしてきた」という。

モリスさん自身は重度の身体障害者で歩くことも滑らかに話すこともできない。しかし、独力でスポーツライターになっている。

取材される側の野茂もメジャーで10年間も結果を残しているのもすごいが、それを取材するモリスさんの努力も並大抵ではないことがうかがわれる。野茂は日米通算200勝まであと5勝とせまっているが、苦闘している。

私たちはこの二人から学ぶことが多そうだ。






名球会は任意団体
at 2004 06/18 23:45 編集

今月(6/4)に巨人の清原選手が2000本安打を達成して、今夜その表彰があった。名球会の代表幹事の金田からブレザーを着せてもらっていた。

すでによく知られている入会資格は通算で投手200勝、打者2000本安打というのが基本にあるが、入会は任意であったのだ。

現中日監督の落合は2371安打の記録だが入会していなかった。江夏も206勝でも会員ではなかったのだ。





大きなアイデアは、小さなアイデアが集まってできる。
at 2004 06/16 20:55 編集

「アイデアが止まらなくなる50の方法」中谷彰宏著より。

つまり、いきなり大きなアイデアを考えてもそれは難しいと言っている。それはそうかもしれないな、と思わせる。

さらに「お店や業界を流行らせるためには、1つの大きなアイデアで一発勝負するのではなく、小さなことを100個やってみること」とも言っている。

しかし、100個もアイデアを思いつくこと自体とてつもなく大変なことだなと感じましたね。やはり凡人には無理そうな気もしてきた・・・





つまらない見栄やプライド・・・
at 2004 06/15 09:47 編集

PRESIDENT ON LINE 2004.7.5号の中での「金持ち家族、貧乏家族」という特集から。

元銀行員だった江上剛氏が語っていることば。彼は「つまらない見栄やプライドを捨てることが幸せになれる方法だ」と説いている。本当は可処分所得が少ないのに見栄をはるとろくなことはないという。この当然のことが過去に高額所得を得ていた人には難しいらしい。

まあ、自分などはじめからほどほどの所得しかないから見栄もプライドも大して気にしたことないか。





価値のあることなら必ず利益がついてくる
at 2004 06/14 21:05 編集

朝日新聞6/13の広告記事より松井道夫氏のことば。

もし手がけている商売の業績がふるわないなら、お客様から価値がないよと言われているだけだとも言う。

なるほどそうかもしれないと感じられる。会社というところは営業で利益がでてはじめて成り立っているわけだから、そこではしっかりと商人であることをもっと自覚すべきなのだろう。





雨の風景を楽しむ心の余裕を持ちたいもの。
at 2004 06/13 07:51 編集

これは私のところにきているメルマガ「健康応援メール」6/4にあったフレーズ。

梅雨の真っ最中ですが、こんなときには雨=ユウウツとなりやすいもの。しかしこの季節ならではの楽しみもみつけて楽しんではどうかという提案。アジサイ以外にもいろいろな花が咲いていますね。お気に入りのレイングッズがあれば出かけるのも気分が違うかな。あるいは晴耕雨読が安心してできるのもこのシーズンかも。





たまたま客をわざわざ客に。
at 2004 06/12 08:32 編集

昨夜6/11のNHKテレビの「21世紀ビジネス塾」のなかのフレーズ。

兵庫の洋菓子店「ツマガリ」ではお客さんのわがままを聞くことで、クオリティを上げてきた。その結果年商18億という。たとえば、洋菓子と花をセットして欲しいといわれてそれに答えたら、ヒット商品につながったというもの。商品を気に入ったお客がそれをギフトにしたら、今度は贈られた人がわざわざ買いにくるという。それだけ商品価値があるという証拠かもしれない。





その文章、Wordという名の特殊万年筆で書く必要がありますか?
at 2004 06/11 20:52 編集

「ワードを捨ててエディタを使おう」鐸木能光著より

つまりただ文章を書くだけならワードよりもエディタというソフトのほうがすんなりと書けるという意味だ。ワードが特殊万年筆ならエディタは普通のボールペンや鉛筆にあたり、書くだけならそれで充分だといっている。自分の経験からも確かにそのとおりで、実際ワードは時々フリーズしてしまうこともあるし、それに比べてエディタはかなり軽い感じがする。





相手に「ありがとう」といわせたほうが勝ち
at 2004 06/10 21:03 編集

掘之内九一郎さんのことば。THE21 7月号より

あなたが、多少の無理を引き受けることをいとわず、上司や顧客に悪かったな、つまり「ありがとう」といわせてしまうことができれば、それだけで相手より有利になります。以上は抜粋。

リサイクルショップを中心に年間100億円の売り上げを誇る「生活創庫」社長の体験から出た言葉はなるほどと思わせる。「ありがとう」を一つでも多くいただけるように心掛けたいもの。





たまには水泳にでも行ったら
at 2004 06/08 11:21 編集

今朝のちょっと気になるフレーズはワイフから言われた言葉。
先日、仕事や睡眠不足で胃がもたれてしまったら、妻から休みの日に長時間パソコンに向っているからだといわれた。また最近運動不足だから水泳にでも行ったら、ともいわれたのでさっそく今朝行って来たばかり。
自宅から自転車で10分ほどのところにある室内プールは、気候も暑くなったせいかかなりの人が泳いでいた。
約ひと月ぶりに泳いだら、初めの15分間はかなりきつかったけれどそれを過ぎたら少しづつ楽に泳げましたね。泳いだあとは気分もスッキリ!





ビジネスというのはアイデアの勝負でもある
at 2004 06/06 07:07 編集

PRESIDENT 2004.6.14号を読んでいたら、「斎藤孝がコーチ!頭スッキリ呼吸法入門」というコーナーにあったフレーズ。
全体的には呼吸法について説いているのだが、何故か「ビジネス~」という部分だけが頭に残ってしまった。
その文章の前後は次のようになっていた。・・・・・
呼吸法の効用はストレスの解消だけではない。ビジネスというのはアイデアの勝負でもある。そのため、あるテーマについて、アイデアが出るまで考え続けられるといった思考の持続力が求められてくる。そういった持続力を支えるのも呼吸である。
長く緩やかに一定の呼吸を続けられるかというだけで思考の集中が持続でき、時間の密度が高まるからだ。・・・・・
ちょっと長いが引用してみた。






小学生のインターネットの利用率は62%
at 2004 06/05 11:26 編集

今朝の朝日新聞の社説にあった、ひと言だ。社説のタイトルは「ネットの海にただよう子」となっていた。
先般の佐世保の小学校で起きた同級生の殺人事件に関連して書かれていた。亡くなった女の子も切り付けた女の子も自分のホームページをもっていたという。オジサンからみると、今どきの小学生は進んでいるなと思わざるをえない。そして、インターネットの掲示版やチャットでの書き込みが事件の要因とも言われている。便利な道具は恐ろしい事件への引き金になってしまったのか。
もっと、外へ出て健康的な遊びに励んでほしいものとおもいますがね。





値段でしか訴求できない商品やサービスは売れない
at 2004 06/04 06:33 編集

つまりこれは、もう安けりゃいいっていう時代じゃない、という意味だろう。

「せまく売れ、高く売れ、価値で売れ」藤村正宏著を読んでいたら気になったフレーズ。

価格競争に巻き込まれない「価値」がなければならないし、さらにそれをちゃんと伝えることができなければならないということだ。

もっと言えば、たとえその商品に価値があっても消費者に認めてもらえなければ買ってはもらえない。そのためにはまず、自分がその価値を認めなければ。





言葉にできないのは自分が理解していない証拠
at 2004 06/03 07:22 編集

「中谷彰宏の交渉塾」より。
当たり前なことだが意外と忘れているかも、と思った次第。相手を説得するためには何よりもまずきちんとコミュニケーションをとることがが必要だという。
自分自身の経験にもとづいた自信が言葉になって表れたとき、もっとも説得力を増すものと思われる。








イチローが本場の安打製造機”に並んだ
at 2004 06/02 07:41 編集

またまた、今日もイチローの話題になってしまいました。でも本当にすごいから書いてしまったのです。
今朝の朝日新聞のワンセンテンスから。
昨日、怒りを表わしたばかりのイチローは、ピーートローズの記録と並ぶ2度目の月間50安打を達成。さすが!という感じだ。今後は記録をもっと伸ばして大リーグの歴史にもっと大きな足跡を残してもらいたい。






あわや退場!イチロー初抗議
at 2004 06/01 08:58 編集

今朝のヤフーのスポーツニッポンの見出しにそんなのがあった。

ハーフスイングをとられて三振したときのことだ。いままでストライク、ボールの判定で抗議するのはメジャーでもオリックス時代にもなかったことだという。
怒りで真っ赤になった顔で抗議したのは、それだけ自分に自信があったからに違いない。
その怒りのエネルギーをパワーに変えて今後の試合でのいい結果を期待したい。
最近はゴジラ松井の活躍もすごいですね。リトル松井にも頑張ってほしいもの。


懐かしい日記から。

2007年07月24日 | Weblog
1日1万6000メートルも泳ぎこんだ
at 2004 05/31 20:39 編集

WEDGE 6月号
女子100mバタフライで五輪キップを手にしたのは大西順子選手。記録は58秒62.日本記録を六年ぶりに塗り替えた。しかも29歳は競泳史上最年長の五輪代表選手。
これを可能にしたのは、毎日1万6000メートルもの練習だった。
1.日本記録を塗り替えたい・・・目標意識
2.身体能力、心肺機能を高める、そのために技術面を変更・・・目的意識
この2つをきっちり組み合せ実行した結果だったのだ。すごい精神力でアテネでもいい結果を出してもらいたい。







ご都合主義で行こう!
at 2004 05/30 07:54 編集

これは昨日観た面白いミュージカルふうの芝居「おっ、ぺれった」のタイトルでした。

主役は声優で有名な田中真弓さん。三ツ矢雄二氏との息のあったコンビで相変わらずパワフルな舞台をみた。歌って踊って演技して、とめまぐるしい場面転換で笑わせてもらった。いろいろな劇団のメンバーが都合をつけながら集まっての芝居作りは大変だったろうな、と感じたのは自分が田中さんの知り合いだったからかも知れない。





酒を飲まずに食事をするような野蛮人・・・
at 2004 05/29 08:40 編集

このあとにも少し言葉が続いている。

「酒を飲まずに食事をするような野蛮人とは、同じ食卓にはつけない」これは石原慎太郎氏の言葉で、子供たちが酒を飲むようになってからはそういっていたらしい。
次男の良純さんが「石原家の激しく優しい親子関係」というタイトルで語っている。
相鉄瓦版平成16年5月号より。
酒好きで美食家であるこの頑固でスパルタ教育で有名な父は会話や言葉を大切にしていたという。
こんなスパルタオヤジになれない自分には羨ましいかぎり。






私には夢がある
at 2004 05/28 06:25 編集

なんだかこれは書き言葉や話し言葉のようだが、こんな名称の会社名があるんですね。有限会社で講演会やセミナーをやっているらしい。代表取締役は1976年生まれの若い女性。
こんな会社で働く人はみな夢を持って仕事してるんだろうな、と思った次第。
「どちらにお勤めですか?」といわれて「私には夢がある、です」と答えたらちょっと面白そうだ。



成果主義を取り入れて成功した会社は日本にひとつもありません
at 2004 05/27 21:12 編集

そう言い切ってしまうのは、東京大学大学院経済学研究科の高橋伸夫教授だ。
プレジデント on line 6/14号

評価はすべて結果次第というのも味気ないですね。つまり結果さえ出せれば、プロセスはどうでもいい、というような雰囲気が漂っています。やはり経験やそれまでの実績なども仕事を円滑に進めるうえではかなり重要な要素だと思うんですがね。
営業だったら数字がすべてで、それが昇進や給料に反映してしまう。それだけで、いいのだろうかといつも心にひっかかっているのは私だけではないようだ。







詳しいことは番組のホームページで。
at 2004 05/26 22:31 編集

昨夜「なんでも鑑定団」を観ていたら、番組の最後で応募要項などの説明があったのですが、その際「・・・詳しいことは番組のホームページをご覧ください」といっている。
これはまさに、各家庭にインターネット環境が整っていることを前提にしているわけですね。
もう、パソコン無しでは生活できないような錯覚をしてしまいます。
それから、今朝、森永卓郎のラジオ番組「もりだくSUN」を聞いていたときのこと。
番組の最後で何かの応募があって、その「詳しい応募方法は番組のホームページでお知らせしています」と言っていたな。
テレビもラジオも似たようなこと言ってますね。
やはり、パソコンは家庭用品の一部のようになってしまったのかと、思う一瞬でしたね。







自分で仕組みをつくる
at 2004 05/25 09:04 編集

「条件が整っていないなら、自分で仕組みをつくればいい」・・・・THE21 6月号より
こう語るのはセブンイレブンの鈴木敏文氏。
やはり商売の哲学を持っている人は違うなと感じます。
とくに日常の仕事をする際にはマニュアルなどとくにないので、自分なりに考え作り出して、それなりの成果が上がるとそれが自分のノウハウになりますね。




デジメモをする
at 2004 05/24 20:41 編集

「~いかに楽をしてちょっとしたデータをメモ撮り・・・・」

つまりこれはカメラ付きケータイでメモるというものだ。いつも身につけているものだから簡単にその場で記録することができる。先日も人に家の写真を撮って「こんな感じ・・・」と見せたらすぐに納得。もしこれを口で説明しても分かってもらえないなと思いましたね。

読んだ本・・・ケータイ「メモ撮り」発想法(山田雅夫著)